49話 レバドスの平原 (7)
歓呼の声。競技場に最初に入ってきたのは、牛頭の形をした兜をかぶり、大きな鈍器を携えた闘士だ。観衆の歓呼に周囲を見回しながら入場する。腕と脚の鎧は革と鎖を編み込んだもので、胸甲は黄金色の兜に合わせた金箔を施した肩が露出した鉄板鎧だ。
続いて競技場に入ってくるのは、短剣と大型盾を携えた剣闘士。目と鼻の部分をT字型に切り抜いた兜をかぶり、大きな目で周囲をゆっくり見回しながら競技場に入っていた。
次に入ってきたのは、普通の弓よりもはるかに大きな弓を携え、魚の形に似た丸く頭を覆う兜をかぶった弓手。
長い槍と小さな盾を携えた闘士は二人だった。兜と鎧、槍の刃の形状まで完璧に同じ武装をした二人の闘士が並んで歩いていた。唯一の違いといえば、左側の槍を携えた闘士が左利きなので、並んで歩く二人の姿がまるで対称のように見える。
そして、鋭い棘のついた鞭を携え、小さな革片と金属が混ざった札甲を着た女性闘士と、長い長剣を二本携え、手首を使ってくるくると回しながら競技場に入場する剣闘士が見えた。
試合に面白さを加えるためか、競技場にはさまざまな掩蔽物が設置されていた。濃い茶色のローブとそれに付いたフードを深くかぶって顔が見えない競技場の作業員たちが忙しく動き回り、丸い木樽をいくつか置き、箱類と粗末に立てられたような印象を与える木柱を競技場のあちこちに立て、他の作業員たちは競技場床の血痕を砂を撒いて消していた。何人かの作業員が競技場の外へ素早く退出し、デュバランに準備が整ったという合図を送ると、デュバランが再び観客たちに向かって叫んだ。
「それじゃあ、準備ができたようだな! 金を賭ける奴らは賭けろ! 食事を楽しむ奴らは楽しめ! このデュバランが乾いた砂を赤く染めるのを鑑賞しろ! あいつらの中で何匹の首をこの競技場の床に落とし、何匹の首を残すかをじっくり見届けろよ!」
デュバランが手に握ったソウドランスを斜めに持ち上げ、その先を七人の闘士に向け、豪快に笑った。
「クハハハ。ようやく銀貨の値打ちをする場面が見られそうだ。」
カロットが水かき付きの手のひらを打ち合わせて拍手し、嬉しそうに言った。
冷たい飲み物を携え、競技場の観客席を忙しく駆け回る商人たち。肉干し、パン、ソーセージを売る商人たちの動きが慌ただしくなり、賭博師たちの声が高くなる。
「デュバランの言葉聞いただろ? さっさと賭けろよ!」
「あの大きな盾と弓を持った奴が生き残るのに金貨3枚賭けるぜ! 予感が来たよ、予感が!」
「七人全員死ぬってのに配当が低いんだよな~?」
「デュバランが負けるのに賭けるのはどうだ? 七人だぞ。それも囚人じゃなくてそれなりに名のある闘士七人だ。あっちの牛頭はもうイクスターンで何度も試合に勝ってるって聞いたぜ。」
「ええい! しばらく酒断ちだな! あの牛頭と魚兜が生き残るのに賭けるぜ!」
「うん……。次の試合に賭けた方がいいかもな。」
「クハ~ア、なんか三人くらいは生き残りそうな気がするぜ……」
競技場の賭博師たちに集まる観客たちと、手に持った銀貨や金貨を振り回して叫ぶ者たち、ぼろぼろの紙に賭け者の名前を書き取り、集まる手に握られた金を袋に詰める賭博仲介人の忙しい手捌きが見えた。
「どうだ、グラベル。お前も賭けてみるか?」
カロットがさっき近くを通り過ぎた肉干し商人を呼び止めて買った肉干しを口に放り込み、噛みしめながらグラベルに尋ねた。
「いえ、結構です。賭博にはそれほど興味が湧かないもので。」
「クックック。まあ、強要はしねえよ。選択はお前のものさ。ただな—最初は一晩の酒代くらい賭けてた奴らが、いつの間にか上着を脱ぎ、装飾品を差し出し、最後には靴まで脱ぎ捨てるのが賭博ってものだぜ。一回だけ、一試合だけ、そう呟いてるうちに、それが一日になり二日になり、全てを賭けるようになる。だがな……節制さえできりゃ? これほどスリリングで楽しい娯楽もねえよ。心臓を鷲掴みにされる味ってか。」
手に持った肉干しをもう一つ口に詰め込み、指に付いた調味料を舐めながらカロットが言った。
「金は全部賭けたか! 始まってから後悔すんじゃねえぞ、早く早く!」
響き渡るデュバランの声に、観衆たちも歓呼し始めた。
「実力を見せてくれ、デュバラン!」
「負けに誰も賭けてねえんだから! 負けんじゃねえよ!」
「前回みたいに早く終わらせんじゃねえぞ! 今日ようやく金貯めて来たんだからよ!」
歓呼と喝采の声を聞き、周囲の観客たちに向かって手を振りながら話していたデュバランが、地面に突き立てたソウドランスを手に取った。
「それじゃあ、始めるぞ!!!」
言葉が終わると同時に、デュバランの肩の鎧に矢一本が飛んできてぶつかり、弾かれる音がした。
自分が放った矢が外れたのを知った魚兜の弓手が、再び一本の矢をデュバランに向かって放つ。
「クハハハ! まずは鬱陶しい弓使いから片付けてやるぜ!」
言葉を終えたデュバランが、すぐさまソウドランスを弓手に向かって投げつけた。バリスタの投射体が飛ぶような速さでデュバランの腕を離れたソウドランスが、弓手に向かって飛んだ。
「グアアアック!」
弓手の胴体にソウドランスが飛んで突き刺さると同時に、魚の形の兜の中から血が噴き出した。巨大な刃に体を貫かれた弓手の両足が地面から浮き上がり、ソウドランスと共に飛んで競技場の床に倒れた。
床には、弓手が背負っていた紐が切れた矢筒と筒から零れ落ちた矢たちと共に、弓手の体から噴き出した血が散らばっていた。
「まずは一匹! 鹿や猪を射る弓なんかを競技場に持ち込むんじゃねえよ! カハハハ!」
ソウドランスを投げると同時に前方に駆け出したデュバランが、地面に突き刺さった武器の柄を掴み、弓手の体から引き抜いて空中に振り回し、刃に付いた血を振り払った。
そして、牛兜の鈍器を携えた戦士に向かってゆっくり歩き始めた。その後ろでは、槍を携えた二人の闘士が槍を地面に立て、腕組みをして前方で駆けていく牛兜の男を眺め、他の闘士たちも同様だった。
「はあ?! みんなでかかっても厳しいだろうに? 今そのプライドがお互いの命を削ってるのがわかんねえのか!」
デュバランの目が大きく見開かれ、駆け寄ってくる牛頭の闘士に言った。
「プライドじゃねえよ、デュバラン! お前は俺一人で十分だからだぜ!」
銅色の牛頭兜の中から響く太い男の声が聞こえた。
「グオオオオ!」
牛兜の剣闘士が棘付きの鈍器を両手で高く掲げ、デュバランに向かって振り下ろす。
「自分を高く評価しすぎだぜ! 牛頭野郎!」
デュバランもまたソウドランスを両手で振り回し、大きな弧を描いて牛兜の剣闘士に向かって振り下ろす。
—ガーン—
二人の間で交差した武器が耳を劈く金属の衝突音を響かせ、牛頭闘士の鈍器が手から離れ、折れた腕の痛みに叫ぶ間もなく、デュバランのソウドランスが兜の角を通り越し、肩と体を斜めに斬り、太ももを貫通した。
「グフッ!」
逆流する血を含んだ呻きが短く聞こえ。
空中に飛んだ丸い先端の鈍器が地面に落ちる前に、裂けた牛兜が着用者と共に力なく地面に落ちた。
「ブリック! ブニック! それに鞭を持ってるお嬢さん! 双剣の剣闘士さん、ひとりずつ攻撃するっていうのはキャンセルしない?」
自分の身長ほどもある長方形の大型盾を携えた剣闘士が、周囲の四人の闘士に言った。
「ちっ! だからデュバランを一人ずつ相手にするなんて馬鹿なこと、誰が言い出したのよ。
あたしの名前はリクタ。人を名前で呼びなさい!」
鞭を地面に垂らした闘士が顔を歪めて言った。
「はっ! 名前なんか知ってどうすんだよ! よく見ろよ、この俺の素早い剣を!」
両手に握った二本の剣を交差させ、前方に駆け出しながら双剣の剣闘士が言った。
「おお! そうだ、そうだ。みんなでかかってこい! クハハハ!」
デュバランが笑いながら近づいてくる双剣の剣闘士にソウドランスの柄の端を掴んで振り回した。
「うっ!」
—ガガガガガ—
予想外の距離まで届くデュバランの攻撃に、双剣の剣闘士が急遽自分の左側から飛んでくるソウドランスの刃を交差した二本の剣で流す。完璧に流しきれなかったせいで、地面を滑るように押し出され、かろうじてバランスを保って体勢を整えた。
肩にはソウドランスの刃に斬られた傷から血が流れ出ていた。
その短い隙を突いて、ブリックとブニックの攻撃が続いた。デュバランの首に向かって飛んでくる鋭い二本の槍。
「ハハ! 速いのはいいが! 威力がねえよ!」
軽い笑いと共に、デュバランが手甲を覆う鉄板を使って飛んでくる槍を弾くと、間髪入れずに重厚な大型盾がデュバランの眼前に出現し、ぶつかってきた。
「もう一度攻撃して!」
盾を押し、デュバランにぶつかってくる剣闘士が叫んだ。
「声が細いからガキかと思ったが、女だったか!」
「グリエルです。詳しい紹介は後で。」
兜の奥で光る青い大きな瞳。埃を被ってはいるが、透き通った肌。兜の間から飛び出した明るい金髪の髪と高い声の響きで、デュバランは対峙する相手が女性だとわかった。
「ハハハハ。生き残ったらな。それじゃあ、よ~く逝けよ! グリエル嬢!」
デュバランが微笑みを浮かべて見せ、グリエルの盾を押し返した。太い腕から出る怪力と、グリエルが見せた一瞬の隙を逃さず、二人の間に間合いを作り、足を使って巨大な四角い盾を蹴り飛ばした。
グリエルがデュバランの蹴りに押され、盾と共に飛んで競技場に積まれた木箱に向かって飛んだ。
—ワアアアア!—
爆発するように湧き上がった観衆の歓声に、デュバランが一瞬手を振って応える。そんな観衆の声に、グリエルが飛んでぶつかった木箱が壊れる音は他の者たちには聞こえなかった。
「そうだ! 俺の動きに合わせて爆発するこの声を聞きたかった!」
デュバランが快活な笑みを浮かべて言うのも束の間。彼の腕に向かって飛んできた鞭が腕を回って巻きつき、その先に付いた棘刃が肉に食い込んだ。
「こりゃ、ちょっと楽しむ時間をくれ!」
鞭の先を見てデュバランが言った。
「あたしと遊べばいいでしょ、黒獅子〜!」
リクタが鞭をさらに強く引きながら言った。
「ぴちぴちうるせえ鞭なら、片付けてやるか!」
食い込んだ棘刃の痛みなど気にせず腕を素早く引き、鞭の反対側で柄を握っているリクタを引き寄せようとすると、バランスを崩しそうになったリクタが握っていた鞭を離し、後ろに下がった。
「無茶苦茶な力ね……まるで怪物みたいな奴じゃない……」
「力だけじゃねえよ!」
デュバランが前方に一歩深く踏み込んだ。目の前に立ったリクタは反応できなかった。ソウドランスのポメルがそのまま彼女の首筋を強打した。鈍い衝撃音と共に、リクタの首が横に折れ、体全体が崩れた。気道が塞がり、何の音も出せないまま、リクタは膝から崩れ落ちた。
デュバランは隙を与えなかった。腕を後ろに引き、手を滑らせてソウドランスの柄の最端を握り締めた。腰を回転させて重心を低くし、ソウドランスを地面と水平に大きく振り回した。背後、気配のあった方向を正確に狙った一撃だった。
七人を相手にしても微動だにしないデュバランの余裕! 『黒獅子』の名に恥じない実力ですね!




