44話 レバドスの平原 (2)
ディアラとグラベルが素早く馬を駆り、道を駆け下りると、二人の方向に向かって急接近する馬車と、それを追うロックスクレーパーの姿がはっきりと確認できた。
ディアラは疾走する馬を急停止させ、手綱を引いて馬の向きを変え、遠くにいるロックスクレーパーに向かって杖の先を伸ばした。
「ヴルペス・フラマ!(Vulpes Flamma)」
燃えるろうそくのような細い尾が揺らめく、明るく赤い光を放つ狐の形をした炎の凝集体が魔法陣から噴き上がった。
炎の形をした足が地面に触れた瞬間、小さな爆発のように火花が散り、狐は前足を曲げて力強く地面を蹴り、跳ね上がった。その動きはディアラの杖が狙った方向とぴったり重なり、狐の炎の体はまるで杖の先から伸びた線の上を滑るように、直線的にロックスクレーパーに向かって突進した。
足跡一つ一つが地面を蹴るたびに燃え残る炎が飛び散り、瞬く間に周囲の草葉と土が炎に巻き込まれて焦げた。四本の脚がぼやけた残像だけを残し、直線に伸びた軌跡を辿ってロックスクレーパーに向かって駆けた。ロックスクレーパーに向かって飛んでいった揺らめく炎の形は、いつの間にか地面にほとんど触れずに跳ね上がり—
頭からまっすぐに突っ込むように突進し、ロックスクレーパーのハサミを正面から噛みついた。その瞬間、硬い殻が焦げる音と共に炎が分裂して広がった。
突然現れ、自分のハサミを噛みちぎる炎の獣に驚いたロックスクレーパーが—キィギギギギ—古い木の板を踏んだときのような奇妙な音を出し、噛まれたハサミを振り回して、自分のハサミを燃やしている炎の狐を振り払おうとした。
「ヒィーッ!!」
馬車の後方から怪物が発する奇怪な音に、馬車を駆って逃げていた商人が首を振り返り、空中に振り回される燃えるハサミの怪物を見て、誰かが自分を助けようと怪物に攻撃したことに気づき、手綱を握ったまま額に流れる汗を拭った。
「大丈夫ですか?」
「あ・・・。え? ええ! 本当にこれで終わりだと思いました。助けていただいてありがとうございます。」
「そのまま道を進んでいけば、私たちの仲間がいます。そこまで行ってください。早く!」
馬車を駆る商人とディアラがすれ違いざまに互いに言葉を交わした。そしてその先では、スピードを緩めないグラベルがロックスクレーパーに向かって近づいていた。
『本で見たシンギング・ソード(Singing Sword)を練習してみようか。』
素早く馬を駆り、今ではその大きさをはっきり把握できるほど近づいたグラベルが、左手で腰に差した鞘を強く握りしめ、目の前に見える重厚な甲殻のザリガニを相手にする方法を考えていた。
ロックスクレーパーも、燃えるハサミを諦め、グラベルの方向に体を向け、猛烈な勢いで突進してきた。
「今頃気づいたのか、ザリガニ怪物。」
グラベルが疾走する馬から飛び降りながら言った。そして馬から飛び降りるのと同時に、すぐに右手で剣の柄を握り、体を丸めるように鞘に向かってしゃがみ込んだ。
「フウウウ・・・」
全身に広がる増幅されたマナの気配が、グラベルが大きく息を吸い込むのと同時に放出され始めた。
『全身から放出されるマナを! 剣身に移せばいいんだ!』
グラベルの姿が一瞬ぼやけ、地面を蹴る音と共にロックスクレーパーに向かって体を飛ばした。
弓から放たれた矢のように射出されるように飛んでいくグラベル。右手はまだ鞘に入った剣の柄を握ったままだった。
—キィギギギギク—妙な音を出し、自分に向かって飛んでくるグラベルに向かって、ロックスクレーパーがまだ燃えるハサミを振り下ろす。しかしその瞬間。
—プァァァン!!—
ハサミを噛んだフォックスフレイム(Fox Flame)が爆発し、厚い殻内の肉が破裂する音と共に青い血が噴き上がり、ハサミがロックスクレーパーから離れて地面に落ちた。
「ちょうどいいタイミングでフォックスフレイムが爆発したな!」
グラベルが目の前で爆発したディアラの魔法を見て、微笑みながら言った。
グラベルの姿がぼやけて見えるほど素早く動いた。それと同時に、猛進してグラベルに突っ込んでいたロックスクレーパーの動きが止まり、一筋の光がロックスクレーパーを貫く。そしてその光の筋の先には、いつの間にかロックスクレーパーの後ろに立ったグラベルが、鞘から抜いたソード・オブ・イースト・エンド(Sword of East End)を手に持って立っていた。
「ハハ! これ、すごいな? 何を切ってるかも感じないくらい、滑らかに切れたよ!」
ソード・オブ・イースト・エンドを目の高さに持ち上げ、光に包まれた剣身を眺めながらグラベルが言った。そしてまだ白い光を放つ剣を鞘に収めた。
剣を収めて振り返ると、グラベルの前には残った一つのハサミと頭が地面に落ちて死んでいるロックスクレーパーの死体があった。ディアラのフォックスフレイムの爆発で落ちたハサミとは違い、グラベルの剣で切られた頭とハサミは驚くほど滑らかな断面が見えた。
『それにしても、体を最大限に捻って剣を抜く速度を上げる抜刀術を真似してみたんだけど・・・想像してたのと全然違うな。』
頭を掻きながら剣を鞘に収めるタイミングで切られるロックスクレーパーの姿を想像していたグラベルだったが、抜いた剣をロックスクレーパーを切った直後にすぐに納剣するのも忘れ、ロックスクレーパーもグラベルの剣で切られた瞬間に頭とハサミが体から切れ落ちた。
想像していたカッコいい抜刀術を演出できなかったのは残念だったが、シンギング・ソードの実戦効果は確かに実感できた。死んだロックスクレーパーの横に立って、グラベルが再び剣を抜き、放出されたマナの気配で包まれたソード・オブ・イースト・エンドを振り回してみている頃、ディアラが馬に乗ってグラベルとロックスクレーパーの死体がある場所に到着した。
「一撃で・・・ロックスクレーパーを倒すなんて・・・」
切れ落ちたロックスクレーパーの頭とハサミを見ながらディアラが言った。
「ディアラさんのフォックスフレイムがちょうど爆発したおかげですよ。」
再び剣を収めながらグラベルが言った。
「教えてくださったフォックスフレイムは、私が使ってみたどんな魔法より魔法陣を実装するのも簡単で、テタ(4)レベルの魔法なのに消費されたマナが少なかったです!」
「ええ。4レベ・・・いや、テタ級では威力に対して効率が一番いい魔法ですからね。(普通は多重魔法陣で同時に9体まで発動する魔法だけど・・・。ディアラさんにはまだ無理だろうな・・・。)」
二人が会話を交わした後、グラベルが遠くまで逃げていた自分の馬を取り戻す間に、イリスと兵士たち、そして商人の荷馬車が二人のいる場所に合流した。
「うわぁ! ものすごく大きなザリガニだね?」
「ふぅん! でもこの臭い匂いは何だ?」
ケインが急いで鼻と口を塞ぎながら言った。
「きっとロックスクレーパーの肉と血が焼ける匂いでしょうね。」
「え? じゃあ食べられないんですか? 巨大なザリガニだって、今日はザリガニ焼きを食べられると思ってたのに・・・」
リブのしょんぼりした声が彼の気分を物語るようだった。
「ええ。ロックスクレーパーの血は猛毒だから。食べられないわよ。」
ディアラが落ち着いた声でリブに言った。
「では、リンゴの焼き物はどうでしょう?」
ロックスクレーパーに追われていた馬車の主である男が一行に言った。男は暗い茶色の服を着ており、怪物に追われて流した冷や汗の跡がシャツにまだ残っていた。
「私はディアンプという名の商人です。皆さんがいなければ、馬車とその中の私の全財産で買ったリンゴたちを全部失うところでした。おかげで何の被害もなく商売を続けられることになったので、感謝の意を込めてこのリンゴをおごらせてください。」
馬車から降りながら自己紹介したディアンプが、馬車の内側から赤いリンゴが満載の大きなバスケットを下ろした。
「おお! リンゴだ!」
「ふぅー、馬車いっぱいにリンゴが入ってたんだな。」
きしきしとバスケットを下ろすディアンプを横から手伝っていたケインとリブが言った。
「売る商品なのに、私たちが受け取るわけにはいかないです。」
「えー、そんな。私の馬車の中にたくさんありますよ。魔法使いさんとあそこの剣士さんがいなければ、全部あの臭いザリガニの餌食になってたリンゴですから、気負わずに召し上がってください。」
ディアラとディアンプの押し問答がしばらく続いた後、十字路のグランドマーケットまで一緒に進み、ディアンプの馬車を守る代わりにリンゴ一籠を受け取ることで話をまとめ、二台の馬車とそれに従う四頭の馬が再び道を進んだ。
*****
再び草原に夜が訪れ、道を行く商人や旅人たちの野営地を照らす焚き火が灯され、ディアラ一行も馬車を止めて野営の準備をした。止めたディアンプの馬車とディアラの馬車が吹いてくる夕風を遮り、リンゴ満載の馬車からはその香りが風に乗って、野営を準備する皆の食欲を刺激してきた。
「夕食は私が準備します! エルフたちのリンゴの木から今年初めて収穫したリンゴと塩漬けした豚肉を一緒に焼いた料理、そしてリンゴのバター焼きを準備します。」
熱くなった鉄のフライパンに細かく切った豚肉を乗せ、ジュージューという音と共にその上に切ったリンゴの欠片とジャガイモ、タマネギを乗せ、それらしい形の料理が作られ、バターを塗って長い串に刺したリンゴを焚き火の炎で焼いた。
「ディアンプさん、エルフのリンゴっておっしゃってましたが、ラトゥール洞窟道を通ってエルフの土地まで行ってきたんですか?」
焚き火に枝を数本追加しながら料理を眺めていたリブがディアンプに尋ねた。
「いえ。バラ・グラス近辺の果樹園で育てられたエルフたちのリンゴですよ。何年か前、トルド伯爵様がエルフたちから小さな苗木を受け取り、バラ・グラス近辺の果樹園に分けてくださったおかげで、今では遠くに行かなくてもこのリンゴを味わえるようになったんです。」
「おー、伯爵様が・・・。でも普通のリンゴじゃなくて、売る商品をこんなに食べてもいいんですか? 馬たちにまで食べさせて・・・」
「へへ。大丈夫ですよ。どうせブッシェル(Bushel)バスケット単位で取引するんですからね。ある程度は馬と私が食べ、道で出会う人たちと分かち合うために余裕を持って持ってきたので、安心してたくさん召し上がってください。」
ディアンプが忙しく手を動かし、リンゴが焦げないように焚き火の上で焼けるリンゴたちをくるくる回し、鉄のフライパンを揺らしながらリブとの会話を続けた。
「それにしても、グランドマーケットには何の用事で行くんですか?」
「ん? あー、トナカイの毛皮をいい値段で売れるかなと思って行ってるんですよ。それも黒トナカイの毛皮!」
「おおー、あの貴重なノルワンの黒トナカイの毛皮を・・・だからこんな護衛の方たちと一緒に行ってるんですね。」
「ええ。まあ、そんなところです。ハハハ!」
石像については誰にでも話せるわけではないので、ディアンプが一行をトナカイの毛皮を売るための猟師というか毛皮商人と、それを護衛する雇われ傭兵と見てくれるのは幸いだとリブは思った。
「あ! そうだ! 食事の前にリンゴを召し上がってみてください。料理にも十分入ってますけど、火の気配が加わっていないときにマナの気配を一番感じられるそうですよ。」
ディアンプが手を太ももに擦って拭き、横に置いたリンゴを他の人たちに勧めた。
「どうぞ召し上がって。」
ディアンプが片手に握ったリンゴをグラベルに差し出しながら言った。
「じゃあ、ありがたくいただきます。」
グラベルがリンゴを受け取り、手に持った大きなリンゴを眺めた。焚き火に映ったせいか、リンゴは濃い赤色を帯びていた。グラベルが手に持ったリンゴを口に運び、一口かじった。
「んむ?!!」
リンゴの味はディアンプが自信を持っていたように、軽い酸味のある甘い蜜の味が舌の下と顎をじんじん刺激し、噛むほどに濃いリンゴの香りが口内から鼻を通って抜け、その喜びをさらに感じたくて欲する心地よい余韻が残る味と香りが融合したリンゴの味だった。
しかしグラベルが驚いたのはリンゴの味や香りではなかった。これまで食べたどんな食べ物より含まれるマナの量が多かったからだった。
激しい戦闘の後の、静かな夜の野営。この空気感の差が伝われば幸いです。エルフのリンゴ、一度食べてみたいものですね。




