43話 レバドスの平原 (1)
灰色の石壁に囲まれた中庭の上に、薄曇りの朝陽がゆっくりと降り注いでいた。冷たい空気の中を、馬蹄の音がカツカツと響き渡っていた。
準備を終えた黒い馬車の前には、馬に乗ったグラベルが静かに手綱を握って立っており、その隣ではイリスが自分の馬を一時止めて、周囲を見回していた。馬車の後方では、簡単な荷物の整理作業が終わりを迎えようとしており、早朝にもかかわらず、城内の人々は静かに道を譲りながら彼らを見送っていた。
まもなく動き出そうという緊張感が漂うその瞬間、城の内側の廊下から誰かが慌ただしく飛び出してきた。酒にまみれた夜を過ごしたためか腫れぼったい顔、まだ眠りから覚めきっていない目。それはリブだった。
「デ、ディアラ様! ちょっと待ってください!」
よろよろと走り寄ってきた彼は、中庭の石畳を滑るように駆け寄り、馬車の傍に立った。額には汗がぽつぽつと浮かび、乱れた髪の向こうに切羽詰まった眼差しが見えた。
「こ、こんなふうに置いて行かれるのは困りますよ。馬車の点検とか野営の準備みたいな基本的なことをする人も必要じゃないですか? ケインと僕がその役目を引き受けます。どうか、一緒に行かせてください。」
ディアラは馬上から彼を見下ろし、無言でその顔を観察した。普段なら返事もせずに顔を背けたかもしれないが、リブの言葉には確かに理があった。
静かに馬車の後方で整理を終えたケインが姿を現した。彼は余計な言葉を挟まず、短く付け加えた。
「必要な支援だと判断します。お任せください。」
グラベルが馬車の上から短く息を吐きながら言った。
「そうですね。そういうことも確かに必要でしょう。お二人がお手伝いくださるなら、僕も賛成です。」
少し間を置いていたディアラも頷き、短く言った。
「いいわ。一緒に行きましょう。」
リブはその時ようやく安堵の息を吐き、腰を曲げて礼をした。
「ありがとうございます。本当に役に立つようにします。」
リブの提案に理があると見たディアラがトルド伯爵に事情を説明した後、二頭の馬と予備の鎧を得て、バラ・グラスを発った。
そしてリブとケインは、馬車に積まれた黒トナカイの毛皮を売るためではないと、他の人々に何度も強調するのも忘れなかった。
「ディアラ様。このまま道を進んでレバドスの平原に向かうんですか?」
ケインが馬の鞍の袋から水筒を取り出して飲んだ後、ディアラに尋ねた。昨夜飲んだ酒と強く味付けされた肉のせいか喉がずっと乾いていたため、リブとケインの二人は普段より頻繁に水筒を取り出して飲んでいた。
「ええ。ちょうどトレア商隊がレバドスの平原の十字路でグランドマーケットを開く時期だから、大陸各地から行き来する数百台の馬車がレバドスの平原にいるはずよ。私たちにとっては好都合ね。」
「あ! そうですね。たくさんの馬車の中に私たちの馬車を見つけ出すのは難しいでしょうから。」
ケインが頷きながら言った。
「それでもいつも周囲を警戒してくださいね。グリックみたいな連中が私たちを見つけ出す可能性もあるんだから。」
「わかりました、ディアラ様。」
西にはノルワン山脈。南にはペストロナク山脈。そして東のロウィン山脈。北はキャットクロウ海に囲まれたエステタ王国の北西部の土地で最も広い平原であるレバドスの平原がある。
そしてその平原には、さまざまな地域を繋ぐ大きな街道がいくつかあり、北へはバナス公爵の都市ヴェス・ディナスへ。西へ行けばトルド伯爵のバラ・グラス。南へ行けばカビル公爵のカロブディッフ、東の最も大きく長い道はロウィン山脈とペストロナク山脈の間を通り、大陸中央のエステタ王国の首都ドラスナァルまで続く道がある。そしてこれらの街道が交わる平原の真ん中には、大十字路と呼ばれる場所がある。
その大十字路では、集まるのに30日。滞在するのに30日。散るのに30日かかると言われる90日間のグランドマーケットが開かれる。
大陸の各地から商品を積んでやってくる商人たちの馬車が集まるグランドマーケットには、大陸最大の都市イクスターンの商店から来る出張支店、南の砂漠王国の商人、さらに遠い東のドワーフたちと大陸北部の海にあるコバルト群島の魔道具商人、獣人たちの島であるロンデラ島から遠い道を厭わずグランドマーケットに向かう獣人商人たちが集まる。商売をする商人なら一度は耳にし、一度は行きたいと思うのがトレア商隊のグランドマーケットだ。
「うふふ! グランドマーケットでは黒トナカイの毛皮をいくらで売れるかな?」
リブが喜びが溢れ出るような笑い声を上げながらケインに言った。
「商売の天才たちが集まる場所だからね。値切ってくるかもしれないし、無駄な物を付け加えて渡す金貨を減らすかもしれないから、しっかり気合い入れてなきゃ!」
「うん! そうだよ、一文だって損しないように!」
リブとケインが馬上で会話を交わしている時、グラベルの視線は遠くに見える関門要塞の壁に向けられていた。一方の城壁は南に流れるディウレ川に、もう一方は北の麓に接する要塞の高くそびえる城壁が近づくにつれ、その高さと堅牢さを示していた。
「トンデ関門要塞ですね。東からバラ・グラスに行くにはあそこを通らなきゃいけません。そして関門を過ぎればレバドスの平原に繋がりますよ。」
「川と山を繋げて作った堅固な要塞ですね。」
関門要塞の壁にさらに近づくと、城壁の高さは今や首を後ろに反らせて見上げなければならないほど高くそびえていた。
トルド伯爵は王国の最西端の領地を治める辺境の伯爵だが、王国外部側ではなく東をこのように堅固な関門で塞いだ理由には複雑な事情があるようだった。
グラベルは馬上からゆっくりと首を振り、一瞬要塞を眺めた。そしてすぐにディアラの馬車を追って関門の入り口へ馬を向けた。
関門要塞の入り口に着くと、ディアラの馬車以外にも多くの荷馬車や背負い荷を担いだ商人、荷を積んだロバ、さまざまな姿の商人たちが列をなしていた。
「みんな十字路に向かうんでしょうか?」
リブが前に続く列の長さを見て言った。
「ええ。おそらくそうでしょうね。」
「リブ。列を待ってる人の中に毛皮商人はいない?」
「うーん・・・。さあ・・・。気にして詳しく見てなかったからわからないけど? でも毛皮商人ってなんで?」
「グランドマーケットに向かう毛皮商人なら、黒トナカイの毛皮を高く買ってくれる商人を知ってる可能性もあるじゃないか。」
「おお! そうだ! それいい考えだよ、ケイン。列の前までちょっと行ってくるよ。」
リブがケインに手綱を渡した後、馬から降りて関門の入り口へ走っていった。
そうして列を待つ時間を過ごした後、ディアラの馬車はトンデ関門要塞の東の道の上にあった。従う四頭の馬の蹄の音と馬車の車輪の音が互いに調和するように心地よいリズムで耳に響いてくる。
地平線が見える広大な平原が全員の目に映ると、全員がまるで約束したようにゆっくりと首を動かしてその様子を眺めた。
耳を鳴らす風の音と、時折聞こえる平原狼の遠吠えが馬の歩みを止め、ざわめく草の音が心地よく耳をくすぐるように響く。視界を遮る山もないため、果てしなく続く平原の端には空と出会う地平線が見える。
何人かは道から少し離れて焚き火を起こし、通り過ぎる商人たちと挨拶を交わしながら予定より遅れた食事と甘いお茶を沸かして飲み、遠くに見える今日の獲物をくわえて巣穴へ向かう狐を眺めている。
名も知れぬ藪に咲く黄色い花と、その隣の岩の上に休む大きな鳥たちの群れが見え、近づく馬蹄の音に驚いて空へ飛び立つ翼の羽ばたき音さえも、遠くにいる一行に聞こえてくる。
果てしなく続く平原の道に退屈を感じたグラベルが、ディアラにレバドスの平原の動物やここで育つ草や木について尋ね、答えるディアラは自ら平原地帯を旅して知ったことや、隠れ月の寺院の書庫で学んだ知識をグラベルに教えてくれる。
今では馬上でもペンを取り出して字を書く行為に慣れたグラベルが、ディアラと会話をしながらディアラが伝える知識を紙に写す。
そうして時間が過ぎ、日が沈み、道から適度に離れた場所に夜を明かす野営地が設けられ、平原のあちこちでも赤い焚き火の灯が見え、静かに耳を澄ませば聞こえる楽器の音と歌声、笑い声と会話の声が混ざり合って響く平原の夜が過ぎていった。
翌日。トナカイの干し肉を細かく切って煮込んだスープを固い硬いパンと一緒に簡単な朝食として食べ、ディアラの馬車が再び道を進んだ。
昨日と似た一日が始まる。昨日一日で慣れた風景を眺めながら馬に乗り、横を通り過ぎる一行に挨拶する重い荷を背負った商人の群れを過ぎ、東に開かれた大市へディアラの馬車が向かう。
ディアラの馬車とその傍を従う全員が馬に乗っていたため、大路を進むにつれ、徒歩で道を行く人々や穀物の入った袋を積み上げた荷車を引くロバ二頭を引く御者が見えた。
そうして数時間が経った後、イリスがグラベルの近くに馬を寄せて小さな声で言った。
「遠く前方に、大きなザリガニみたいな怪物が馬車に乗った商人らしい人を追ってるんですよ。」
「ん? あそこ前方に? よく見えないけど。何か見えるような気も…」
グラベルが目を細めて遠くの小さな点のような何かを眺めようとした。
「ケンタウロスの脈にマナを集中させれば見えますよ。」
「え? あ・・・。そうだね。そうしてみるよ。」
グラベルが眉間の指二本分ほどの位置にあるマナ脈にマナを注ぎ込むと、イリスが言ったザリガニ怪物の姿が見えた。
これは感覚系魔法とは違う感覚だった。物を視る力が増幅され、対象を眼前へ引き寄せて拡大して見る感覚だった。
「これ、すごいな…」
新しく身につけた能力にグラベルが感嘆し、馬車を追う怪物を眺めていた。乾いた土をかぶった岩のような暗い黄色の頭と背を繋ぐ体を覆う外殻は厚く頑丈そうだった。大きなハサミを馬車に伸ばし、逃げる馬車を捕まえようとしていた。
「なんだ? あそこ遠く前方に土煙が…」
リブが馬を速く駆って前方へ走り出し、土煙の正体を探ろうとした。
「厚い殻のザリガニみたいな怪物なんだけど、馬車を追ってるのよ。」
「え? グラベル様にはそれが見えるんですか?」
リブが目の辺りに手をかざして陽を遮り、遠くの馬車とその後ろの怪物を眺めようとしたが、グラベルが説明した姿を確認するには距離が遠すぎた。
「説明していただいた外見なら、ロックスクレーパーだと思います! 追われてる人を助けに行きます。少し馬車をお願いします。」
ディアラが二頭の馬のうち左側の馬に乗り、馬車と繋いだ紐を解いて前方へ進んだ。いつも馬車の横席に寄りかかって置いていた杖も、いつの間にかディアラの一手に握られていた。
「イリス! 兵士のお二人と馬車を頼む!」
グラベルが馬を急かす声を上げ、速く馬を駆ってディアラの後を追った。
「ディアラさん、昨夜呪文刻印で覚えたフォックスフレイムを使ってみるのはどうですか?」
「ええ! やってみるわ。」
グラベルが言った呪文刻印とは、グランドワールドオンラインでのグラベルの職業の一つである魔道学者の固有スキルだ。レベル5以下のどんな魔法でも他人に伝授できるスキル。入手難易度の高い魔法の場合、主に魔道学者職業を持つプレイヤーから学ぶ人が多いほど、その有用性が証明されたスキルだった。
異世界に来て間もない頃、イリスにも呪文刻印を使って魔法を伝授しようとしたが、イリスが持つ職業に魔法関連のものがなかったせいか発動しなかった。
しかし魔法の基礎知識を身につけた後には、その機能が発動することを確認した。
つまり、魔法の基礎的な理論さえ理解していれば、魔法系職業がなくてもイリスも呪文刻印を通じて魔法を学べるということだった。
昨夜、いつものように野営地でディアラとこの世界の魔法について会話を交わす中、新しい魔法を習得する過程と高いレベルの魔法を使うための修練方法を聞いているうちに、しばらく忘れていた呪文刻印について話すことになり、魔法に関する知識欲ならグラベルに負けないほどのディアラだったため、喜んでグラベルの呪文刻印を通じて魔法を伝授されることになり、レベル4の魔法のうち火魔法であるフォックスフレイムを習得した。
すでにレベル4級の炎系魔法を使えると言っていたので、同レベルの魔法ならディアラが習得できるだろうとグラベルは思った。
過程はディアラの想像よりはるかに簡潔だった。グラベルの指先に輝く小さなマナの粒子が集まった球体をディアラの額に近づけると、ディアラの頭の中に呪文を発動するための魔法文、魔法陣の構成、最適なサイズ、予想されるマナの消費量などの魔法を発動するためのすべての知識が波のように流れ込んできた。
グラベルの「呪文刻印」によって、ディアラが新しい魔法を習得しました。レベル4の『フォックスフレイム』が実戦でどんな威力を見せるのか、次回の戦闘シーンをご期待ください。




