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42話 灰白色の壁の都市 (5)

番外編: ルディアン・ララー


暖炉の炎が部屋の影を揺らす薄暗い部屋の中。一人の男が暖炉の中の揺らめく炎を見つめ、毛皮で装飾された椅子に座っていた。


その傍らには、暖炉の熱気のせいか、それとも別の理由からか、額と頰に汗の玉がぽつぽつと浮かぶプンシャル・デイラが立っていた。


「ふむ…トルドの老いぼれとスモレンの赤毛までいたというのか?」


「ええ…ええ。まさかあの二人がバラ・グラスにいるとは思いませんでした…。確かにあの頃にはバラ・グラスの西にあるロールにしばらく滞在するはずだと、トルド伯爵に付けた我々の者が伝えてきたので、私がバラ・グラスに向かったのですが…」


プンシャルが小さなハンカチを取り出し、額を拭きながら椅子に座る男に言った。


「ふん! スモレンの奴は元々行動が予測しにくい奴だから、予想できなかったのは仕方ないとして…トルドの動きを報告したあの…密偵(みってい)は罰を与えねばな…。それと、これだが…」


男が手に持っていた紙をプンシャルに見せながら差し出した。


「あ…ありませんでした。ララー男爵様はこの手紙をご覧になったこともなく、このプンシャルが帰る途中でトルド伯爵の書簡(しょかん)を紛失したのです。」


プンシャルが急ぎ足でララー男爵に近づき、男爵の手から紙を奪い取って暖炉に投げ入れながら言った。


「トルド家のラビルの奴がどれほどの人物か見極めるつもりで、プンシャル、お前を送ったんだが、頭痛がさらに増えただけだ。」


「お許しください…。スモレン男爵さえあの場に現れなければ、どうにか事は運んだはずなのに。」


両手を合わせ、(うやうや)しくララー男爵にプンシャルが許しを乞うた。


「こんな王国の片隅の男爵領だから人材が貴重で、お前のそのつまらない能力でも使われるんだ。せめて使えるうちに仕事をしっかりこなさねばな。違うか、プンシャル。」


ララー男爵が席から立ち上がり、暖炉の横のテーブルに置かれた小さな錫製(すずせい)のゴブレットを取り、酒を注ぎながらプンシャルに顔を向けて言った。


「はいぃ。よく存じております。男爵様がこのような私をお使いくださるのですから、このプンシャルはいつも感謝の気持ちで日々を生きております。」


「ならば、そのおべっかへの褒美として、話を一つしてやろう…。この指先が見えるか?」


ララー男爵が持っていたゴブレットを置き、プンシャルに手袋を脱いで自分の手を見せながら言った。


「そ…爪を染められたのですか?」


プンシャルがぼんやりと見えるララー男爵の手を見るために目を細めて眺めながら言った。そうして見た男爵の爪の先には、黒い模様が不規則に浮かんでいた。


「染めてはいるな。ペストロナク山脈の南の遠い土地から取り寄せた毒だ。プンシャル、お前が私に感謝の気持ちで毎日毎日生きていると言うように、私も朝の始まりに爪の先をこの毒に浸して一日を始める。」


「毒を…。お体は大丈夫なのですか、男爵様? 爪とはいえ毒ですよ…」


「どうして? この手でうっかりパンを取ったり、頭を掻いたりするのを心配してか? 最初はきつかったよ。夜に熱が上がり眠れず、冷や汗が雨のように流れたからな…」


「なるほど…。お見事です、男爵様。」


プンシャルが大きく目を見開いてララー男爵の手を見ながら言った。


「指先に毒を染めたのを自慢してるんじゃない。毎日緩まぬように過ごす覚悟、決意、そんなものを伝えてるんだ。緊張を緩めれば、私がこの毒に真っ先に死ぬことになるからな。」


ララー男爵が黒く変色した自分の爪を細く目を細めて見つめながら言った。


「私も男爵様のお話を伺って…。ますますララー家のために身を捧げて働かねばという気持ちが湧いてまいります。」


「ははは。いつも口は上手いな、プンシャル。この手のために愛しい我が子の顔も手袋を着けて触らねばならず、手を握る時も不便だと言おうと思ったが、やめておこう。」


ララー男爵が再び手袋を着けながらプンシャルに言った。


「このプンシャルにその手をお見せになりながらおっしゃろうとしたお心を、深く胸に刻みます。」


プンシャルが片膝を床に着き、体を低くしてララー男爵に言った。


「私の手の話はこのくらいにして…ランタ要塞について思い浮かんだことがあってな…」


「え? スモレン家の連中が作ったダケカンバの森の要塞のことですか?」


プンシャルが顔を上げ、大きく目を見開いてララー男爵を見ながら言った。


「ランタ要塞のスモレン家の兵士たちにも、この名もなき毒を染めた私の指先を味わわせてやったらどうかと思ってな…。今すぐではないにしても、近い将来に…」


「良いお考えです! いつでもそうできるように、私が事前に人を準備しておきます。」


「そうだ…。いつも準備はしておかねば。しばらくはランタ要塞を見守ろう。どうせ私のものになるのだから、できるだけ頑丈に建ててくれることを祈りながらな。」


番外編: ルディアン・ララー -終わり-






*****


時間が経ち、イリスとグラベル。二人が座るテーブルとその周辺の床には、小さな文字が書かれた紙や絵が描かれた紙が散らばっていた。


イリスが席から立ち上がり、踏み出す足の位置を変えながら剣術の姿勢をグラベルに説明している時だった。


髪を束ねてまとめた、黒いワンピースと白いエプロンを着たきちんとした服装のメイドが近づき、食事が準備できたので大広間へご案内しますと二人に言った。


そんなメイドの言葉に、テーブルの近くに散らばった紙を拾い集めて袋にしまい、グラベルとイリスが先を歩くメイドの後を追って大広間へ向かった。


階段を下りると、廊下からすでに多くの人々の話し声が賑やかに聞こえてきた。廊下を進むと大広間の扉が開き、その音はさらに大きくなった。


大広間内の長く並んだロングテーブルと、そこに並ぶ料理の皿。チャリンとグラスに注がれるワイン。笑い、話し、口の中に甘い油が広がる肉を運ぶ兵士たちの姿がグラベルの目に映った。


「さあ、来なさい。グラベル、イリス。」


ホールの最も奥、唯一横向きに置かれたロングテーブルから、トルド伯爵が大きな声でグラベルとイリスに挨拶した。


伯爵の挨拶に、同席していたヘッス神官と伯爵の孫ラビル・トルド、そしてスモレン男爵とディアラが席に加わる二人と挨拶を交わした。


席に着いた二人の前に赤いワインの入ったゴブレットが置かれ、大広間の中央で焼かれている巨大な動物の肉片とその皮を盛った皿が運ばれた。そして小さな皿にはリンゴと山の実が盛られてテーブルに置かれた。


「どうだ。グラングデイルのロックバードの味は!」


「おお~ほう。これがその…ロックバードの肉か。」


トルド伯爵の言葉に、ヘッス神官が口に含んだ酒をごくりと飲み込んで言った。


「今回、イールス山の猟師たちからラビルが買い入れたものだ。二羽のうち一羽はバナス大公へ送り、残った一羽を今あそこで焼いているのだ。」


トルド伯爵が長い鉄串(てつくし)に刺され、炉の上で焼かれているロックバードの肉を見ながらヘッス神官と会話を交わした。


[ ロックバード、大陸の北西部に生息する空を飛ぶ鳥類の中で最も大きいと知られる鳥。身長は雄の場合10キュビト(5m)を超え、体重は400ストーン(400kg)を超える。ロックバードの卵さえも3ストーンの重さを持つ。


大部分の生涯を空の上を飛びながら過ごし、繁殖のために一生に数度地面に降りるが、それさえも高い山の頂上付近のため、普通の人なら一生出会うことのない鳥だが、イールス山の猟師たちは違う。


普段は罠を仕掛けて小さな動物を捕らえたり、イールス山の山羊を狩ったりして生活する彼らは、ロックバードの痕跡を見つけ出すことに長けている。木に引っかかった羽、羊を食い散らかした跡、大きな翼を畳んでよたよたと歩いた足跡を季節に関係なく見つけ、追跡してロックバードを狩る。]


イールス山の猟師たちの間では、ロックバード一羽で一年の収入を(まかな)えるという言葉がある。そんなロックバードが最近捕らえられ、ラビル・トルドの手に渡った。


バラ・グラスを留守にした祖父のため、そしてヴェス・ディナスのバナス大公へ送るために、二羽のロックバードをイールス山の猟師たちから購入しておいたのだ。


保存処理した巨大な鳥の肉をバナス大公へ送り、貴重な客たちに振る舞う良い料理の材料を準備したことに、トルド伯爵から褒められたラビル・トルドの表情が明るかった。


孫を満足げに見つめた後、トルド伯爵が肉の一片を大きくかじって飲み込み、言った。


「それにしてもディアラよ。明日レバドス平原を通過して北へ向かう予定だな?」


「ええ。イールス山を越えるのは道が険しすぎますから。」


ディアラが顔を向けてトルド伯爵に答えた。


「ならば兵士たちはバラ・グラスで休ませて。ここにいるグラベルとイリスには馬に乗せて行かせたらどうだ? カビルの領地に近すぎるから、今のようにバナス家の(よろい)を着た兵士たちが一緒にいるのはかえって危険だろう…。替えの鎧は余分にあるが、それが一日で調整できるかもわからないしな…」


トルド伯爵が持っていた錫製の杯の外側の装飾模様をいじりながら、明日バラ・グラスを発つディアラに自分の考えを伝えた。すでにグラベルとの会話で起きた事件から、馬車を護衛するのに数人の兵士よりグラベル一人で十分だと伯爵は知っていたため、ディアラにそう言ったのだ。


「ふ~む。それでも兵士さんたちをここに置いて行くのは…」


ディアラがトルド伯爵の言葉に悩んだ。伯爵の言葉には理があった。明日向かうレバドス平原はバナス家の領地であるバナルド地方の最南端の地域だ。


カビル家の領地と最も近い地域を通過しなければならないため、馬車と馬を使って素早く通り抜けるのが良さそうだった。


ディアラがそんな考えをしながら悩んでいる中、トルド伯爵が杯のワインを飲み干してディアラとの会話を続けた。


「兵士たちは心配するな。しっかり食わせて、トルド家の訓練で王国一の兵士たちに仕立てて返してやるよ。どうせ冬が来る前に私も大公に会うためにヴェス・ディナスへ行く予定だから、その時にうちの兵士たちと一緒に連れて行けばいいさ。」


「そうしていただけるんですか?」


悩みが解決したディアラがしかめていた表情を笑みに変えてトルド伯爵に言った。


「ははは。そうだ、今すぐ召使たちに明日二人が乗る馬を準備させるよ。あ…そういえばこの時期ならトレア商隊(しょうたい)が十字路に来る頃か?」


トルド伯爵が最近冷たくなった風の吹く天気を思い浮かべながら言うと、ディアラが席から立ち上がり、大広間を横切って歩き出した。


「馬車にもバナス家の紋章が描かれているんです。明日出発前に消しておかないと。まずは失礼します!」


気が急いたディアラがトルド伯爵に素早く挨拶を済ませて大広間の外へ向かった。


「……せっかくの久しぶりの食事なのに、薄情(はくじょう)な奴だ…」


トルド伯爵がため息をつき、大広間を出て消えるディアラの後ろ姿を切ない目で見つめた。

指先を毒に浸すララー男爵のモーニングルーティン…。ストイックすぎて、私なら三日でうっかり目を擦ってしまいそうです。

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