40話 灰白色の壁の都市 (3)
プンシャルとその傍らに立っていた護衛の男が反応する間もなく、赤毛の男が左手でプンシャルの襟首を掴み上げた。二人の身長差が大きかったため、プンシャルは空中に両足を浮かせたまま足をばたつかせて暴れ、そのことに気づいたプンシャルの護衛の男が赤毛の男に向かって拳を振り上げた。
「ふん! ララーの犬が二匹か!」
赤毛の男は左手でプンシャルを掴み上げた姿勢を保ちながら、右腕を振り回した。その拳は突進してくる相手の顔面を強打し、殴られた男はよろめいてそのまま床に倒れた。
続いて倒れた相手に一歩近づいた彼は、迷うことなく足先で胴体を強く蹴飛ばした。
一瞬のうちに起きた赤毛の男の攻撃に、プンシャルの護衛の男は両手で顔を覆い、後ろへ転がりながらホールの一方の壁端まで滑るように進み、壁にぶつかった。
目の前で自分の護衛が制圧されるのを見たプンシャルが、襟首を掴まれて首が締めつけられる痛みの中で言葉を吐き出した。
「く……くっ……く、くえっ! こ、これは何という無礼な真似だ! こ……これを離せ!」
依然として空中に両足を浮かせたまま、体をよじって逃れようとプンシャルが言っていた。
「ふふふ。ようこそ、ヴィトルト。そしてそのララー家の使者はもう下ろしてやってくれ。」
トルド伯爵が赤毛の男に向かって笑いながら言った。
「挨拶が遅れました。トルド家の家臣、スモレン家の家主ヴィトルトが伯爵様にご挨拶申し上げます!」
ヴィトルトの手で掴まれていたプンシャルの耳が鳴るほどの大声で言い、続いて左手に力を抜くとドンという音を立ててプンシャルが床に落ちた。そしてヴィトルトは片膝を折り、頭を下げてトルド伯爵に礼を尽くした挨拶をした。
「では、争っている二家の者が揃ったのだから、話がしやすくなったな。ヴィトルト、ララー家の使者の言葉は本当か?」
「ダケカンバの森が広がり続けなければの話ですが。ここ数年、この者どもが森の木を移植し、魔法まで使って木を育て、森の範囲をトルに向かって広げてきていました。だからそれに対応するために要塞を築いただけです。」
「スモレン男爵の言葉を聞いたので、今度はララー家の使者がその言葉に答えてみろ。」
トルド伯爵がホールの中央にある大きな椅子に座り、傍らに立てかけていた剣を鞘ごと持ち上げ、床にその先端を叩きつけた。鈍い鞘が石の床を叩く音だったが、ざわついていた周囲の空気を一気に集中させるには十分だった。
「は……はい。ええと、森全体に木を少し植えたせいで……森が少し広がったように見えるのは確かですが……特別な意図はありません。ただ、狩りに適した森なので……男爵様が森が少し広がればいいとおっしゃったので……」
最初の勢いとは違い、プンシャルが言葉を躊躇しながら言った。それも当然で、自分を守るはずの護衛は今ようやく目を覚まし、壁に寄りかかって座ったまま、トルド家の下僕が持ってきた布を顔に当て、咳き込みながら血を拭いていたし、目の前のスモレン男爵は今にも自分の首根っこを掴んで投げ飛ばしそうな勢いで睨んでおり、そして話を聞いてくれていたトルド伯爵は、自分の口から出る言葉次第でいつでも剣を抜いて斬りかかりそうな雰囲気だった。
ララー男爵にバラ・グラスへ自分が赴き、トルド伯爵に今回の問題について堂々と問い詰めてくると大見得を切って言ったことが悔やまれ始めた。目の前のスモレン男爵の眼光に、頭の中で準備していた言葉がねじ曲がり、消え、考えが絡みつき、いつの間にかプンシャルの額に冷や汗が流れていた。まさに猛獣たちの檻に放り込まれたような気分だった。大きく唾を飲み込み、プンシャルが再び気を取り直して言葉を吐き出した。
「し……しかし、たかだか数ティタにも満たない土地に木を植えただけなのに、ス……スモレン家では森の奥深くに要塞を築いたじゃないですか!」
プンシャルが震える声で乾いた唾を飲み込みながら言った。横目でスモレン男爵の様子を窺いながら、ようやく絞り出した言葉だった。
「おい! ララー家の使者! その首を今ここに置いて帰りたいのか!」
スモレン男爵の目を見開き、今にもプンシャルの首を噛みちぎりそうな勢いで睨みつけ、大きく叫んだ。
「二人の話はよく聞いたよ。それでは、今度は俺なりの解決法を言ってみようと思うが、どうだ? 聞いてくれるか?」
トルド伯爵が落ち着いた口調で二人に向かって言った。
「もちろんです、伯爵様。」
「はい、伯爵様。」
伯爵の声を聞いた二人が、再び体を伯爵の方へ向け、膝を折って答えた。
「スモレン家では、ララー家の領地がダケカンバの森を利用して森に木を植え、その領域を広げてスモレン家の領地を侵略したと言い、ララー家ではダケカンバの木を森に植えるうちに小さなミスでスモレン家の領地方向に木を植え、領地を少し広げたのに、スモレン家がそれに対応して森の奥深くまで入り込み要塞を築いて逆にララー家の領地を侵略したと言う。合っているか?」
トルド伯爵が手に持った剣を再び椅子の横に置いて言った。
「おっしゃる通りです。」
「え……ええ、そう言えるでしょう。」
「ならば、こうしよう。まずスモレン男爵が要塞を築く際に伐採した木についてはその代価を支払い、スモレン家とララー家の領地の曖昧な境界を、今回建設中のランタ要塞を基準にするというのはどうだ?」
「ははは! はい! 木の代金などいくらでも払いますよ。」
スモレン男爵が大きく笑い、金属が補強されたガントレットで手を叩くチャリンという音が響いた。
「あ……そんな馬鹿な……」
プンシャルが流れる汗を短く太い手で握った小さなハンカチで拭き、震える声と青ざめた顔をしかめて言った。
「不満か? スモレン家がこのトルド家の家臣だからといって、そちらを贔屓しすぎだと思うのか? 俺から見れば、その境界と言ったダケカンバの森が消えてしまうよりはマシだと思って言ったのだが。」
トルド伯爵が穏やかな微笑みを浮かべてプンシャルに言った。トルド伯爵がプンシャルに言った「ダケカンバの森が消えてしまうよりはマシだ」という言葉の意味を、プンシャルはよく理解できた。森を焼くにしろ木をすべて伐採するにしろ、その森を消してしまえば、ララー家が領地を受け取った際の文書に記された「ダケカンバの森を境界とする」という文言が毒となって返ってくる。
その点を鋭く見抜いたトルド伯爵の穏やかな脅しが、プンシャルを締めつけた。
「あ……そうですよね。素晴らしい判断です……しかし、この重大な問題を決定できるほどの権限が私にはないもので……」
まずは引いて、この件を曖昧に流してやり過ごさねばと思った。プンシャルが素早い判断でトルド伯爵の提案を受け入れず、かわそうとした。
「それは心配するな。俺が直接お前の主君であるルディアンに手紙を書いて送ってやるよ。まさかそんなことまでカビル家の許可を求めるわけじゃあるまい?」
口角を優しく上げた微笑みでトルド伯爵がプンシャルに言った。
「あ……それなら、事が早く進むでしょう。」
今回の件を曖昧にやり過ごそうとしたプンシャルの計画は崩れた。苦笑いを浮かべてプンシャルが頭を下げたままトルド伯爵に答えた。
「それでは、もう使者の役目は終わったようだから、帰る前に食事でもどうだ? ヴィトルト、お前はどうだ?」
「いいですね! ちょうどバラ・グラスへ来る途中でダムから送られてきた塩漬けの鮭を数樽持ってきたので、それも召し上がってください。」
スモレン男爵がトルド伯爵に向かって言い、大広間の外の荷馬車を窓辺へ近づき、手先で外側を指し示した。
「ふふふ。ダムから毎度こうして贈り物が来るなんて……このままではダウィ・ムワたちの鮭なしでは食卓が寂しく感じるかもしれないな。」
スモレン男爵に続いて窓辺へ近づき、大きな木樽が並んで積まれた荷馬車を見下ろしながらトルド伯爵が言った。
「お誘いはありがたいのですが、私の主君であるルディアン・ララー様に一刻も早く今日のこの件をお伝えせねばなりませんので、そろそろおいとましなければ。」
「ああ、残念だな、プンシャル! ダウィ・ムワたちの鮭は逃すには惜しい味だというのに……。それなら、帰る前に先ほどの内容を記した手紙を一通持って行け。すぐに書いてやる。」
「は……はい。それでは、そうさせていただきます……」
プンシャルが片膝を曲げて挨拶した後、依然として布で顔を覆った男と共に、大広間を早足で去った。
「ヴィトルト! ちょうど今回トルへお前を訪ねようと思っていたのに、そちらから先に俺を訪ねてきたとはな。」
トルド伯爵がスモレン男爵の肩を手の甲で叩きながら言葉をかけた。
「ははは! お渡しする物もあって来たのですが、ララー家の馬車が見えたので、急いで許可もなく入ってしまった点をお許しください。」
「いやいや。そんなところが、お前の父を見ているようでかえって気分がいい。それにしても、会わぬ間に体躯がさらに大きくなったんじゃないか。このままでは手合わせで俺が負ける日が来そうだな。」
「とんでもありません。私が伯爵様の域に達するにはまだ遠いです。」
スモレン男爵がトルド伯爵に向かって歩みを進めながら言った。そしてすぐに別の話題を思い出したように言葉を続けた。
「それにしても、ララー家の奴ら……どう反応してくるでしょうね?」
「数把にも満たない森の境界の土地で事を大きくするとは思えない。それに、そんな僅かな土地のために自分の主君に助けを求めに行くほどプライドのない人物でもなさそうだし、仮に戦争でも起これば……」
「むしろこちらの望むところ! ララー家などこの王国から消し去ってやりますよ。愚かな主君に従う汚い猟犬など、私の相手になりませんからな!」
スモレン男爵が大きく笑みを浮かべ、腕を上げて拳を強く握りしめて見せた。
「そうだな。こちらがむしろ力で解決することを望んでいるのを、ララー家もよく知っているはずだ。それにカビル家が助けても、トルド家とスモレン家二つで十分に相手できることを見せつければ、いくらカビル家の猟犬として生きるララー家でも容易く牙を剥いてはこないだろうよ。」
「はい! いつかこの戦争に備えてランタ要塞をさらに堅固にします! 兵士たちの訓練にも常に気を配っていますので、ご心配なく。」
「ふふふふ。よしよし。それでいい。それでは食事までまだ時間があるから、溜まった話を少ししようか。」
「はい! いい酒を準備してください。私が鮭の樽を馬車から持ってきます。」
「そうだな。いい考えだ。ちょうどトルへ行く時に、お前にやるつもりだった酒が数本あるんだ。バラ・グラスに来たついでに腹の中に全部入れて帰ればいい。ふははは!」
二人が笑いながら大広間の外へ歩み出た。
ダウィ・ムワの塩漬け鮭、私も一口食べてみたいものです。




