39話 灰白色の壁の都市 (2)
トルド伯爵の案内を受け、都市の壁の内側に続く道を進み、バラ・グラス城へとディアラと兵士たちが移動した。城前の跳ね橋を渡る前に、城の大きさに比べて小さく見える小堡を過ぎ、太い鉄鎖の音が響いた後、下りてきた跳ね橋を渡り、一行は城の前庭に到着した。
見知らぬ客人の訪問に、前庭の広い空き地で剣を交え、鍛錬をしていた騎士たちと、それより遠くの円形の馬場を回る馬たちを世話していた人々も、城の入り口を通って入ってきたディアラの馬車に視線が集まっていた。
「こりゃあ、こりゃあ! 城主たる者が毎度毎度こうして席を空けてどうするんだ!」
トルド伯爵に向かって、誰かが城郭の内側で一番大きな建物の入り口から、前庭の反対側まで響き渡るほどの大声で叫んだ。
「ふふふ。ヘッス! 女神様がお前の祈りがもう必要ないっておっしゃったのか! 神官がどうしてそんなにうろついておるんだ。」
トルド伯爵は馬から降り、厩舎番に手綱を渡した後、長年の親友であるヘッス神官に向かって両腕を広げて近づき、久々の再会の喜びを表していた。
手を覆うほど長く垂れた袖の大きな白いローブを纏い、髪が見えないほど丁寧に頭を包んだ神官帽に、長く伸ばした髭が印象的な老人のヘッスが、穏やかな微笑みを浮かべて古い友人と挨拶を交わしていた。
ディアラが馬車から降りた後、グラベルとイリスと共に、トルド伯爵とヘッス神官が話している本城の入り口へ歩みを移していた。馬車を追っていた兵士たちも、手に持った槍と背負った荷物を下ろし、馬車を守る数人を残して、城郭の本城の隣にある建物へ、使用人の案内に従って建物の中へ向かった。
「ああ。この方々は今日泊まられる客人だよ。冒険者のグラベルとイリス、そして隠れ月の騎士であるディアラだ。ディアラはお前も昔から知っているよな?」
「ようこそお越しくださいました。取るに足らない灰色の石城ですが、どうぞおくつろぎください。そしてディアラ、久しぶりだな。神殿から飛び出してヴェス・ディナスの街で会ったのが、ついこの間のように思えるのに、もう随分と時間が経ったものだ。」
「お……お久しぶりです。ヘッス神官様!」
「どうして俺の城をお前が取るに足らないなんて言うんだ!」
顔を赤らめたディアラと、取るに足らない灰色の石城の主人が、ヘッス神官の前に立ちはだかって言った。
「歓迎していただき、ありがとうございます。冒険者には分不相応な場所ですので、ご心配なく。」
挨拶を交わした人々が、本城の内側へ歩いて入っていった。
4キュビット(2m)を超える大きな窓から差し込む光が満ちた廊下を通り、一行は本城内部の大広間に到着した。
壁に掛けられた絵画と、広間の隅に置かれた長い卓子。床に敷かれた濃い色の模様が見える絨毯が、大広間に入ったグラベルの目に映った。
部屋の一角には、広い大広間に温もりを加える青銅製の装飾で縁取られた暖炉が、赤い光を放っていた。
「それで、繁栄の女神様の声に耳を傾けねばならない神官殿が、どうしてこの灰色の石城にいらっしゃったんだ。」
大広間に入ったトルド伯爵が、纏っていた赤熊の毛皮を最初に目についた椅子の上に掛けながら言った。
「大したことじゃないさ。たまたま昨日、ララー家の使者がバラ・グラスに入ってくるのを見かけたんだ。きっとお前は不在だろうし、ラビルが毎度席を空ける爺さんを代わって使者を迎えるだろうと思って、手助けになればと城に来ていたんだが、今や伯爵殿がお戻りになったので、そんな必要はないようだな。」
ヘッス神官は長い灰色の顎髭を指の間で梳くように撫で、軽く頷いてトルド伯爵に言った。
「ふふふふ。トルド家にそんなに気を遣ってくれるとは、お前のウィロー家がなかったら我が家はどうなっていたことか……」
「そんなに感謝するなら、神殿に顔を見せろよ。女神様に老いぼれの信者の姿を見せて良いことはないが、それでも伯爵たる者が神殿にたまには来るべきだ……」
「ああ、分かったよ。お前の小言を長く聞きすぎて、客人たちを立たせすぎたじゃないか。だから神殿の話は次にするとして。」
トルド伯爵が柔らかくヘッス神官の小言をかわし、ディアラの方へ近づきながら言った。
「それじゃあ、俺はこの城郭にこれ以上留まる必要はないようだな、神殿に戻るとしよう。」
「ラビルの顔は見たか? それでもあいつがお前が来たことを知ったら喜ぶぞ……」
「顔なんて、お前とは違ってラビルは神殿にしょっちゅう来るから、問題ないさ。」
「ふふふふ! これは明日にも神殿に行かねばなあ。それじゃあ、久しぶりに古い親友との食事はどうだ。客人たちもいるから、普段とは違って良い料理と酒が出るぞ。」
「おお? それは少し留まりたくなる言葉だな。それじゃあ、夕食を楽しみに、ラビルに会って話をしよう。客人たちとゆっくり話をしてくれ。」
「ふう。小言好きの爺さんは片付いたぞ。ディアラ、お前はどうする? 馬車を操って疲れたろうから、まずは部屋で休むというのはどうだ?」
「そうしていただけると嬉しいです。」
「それじゃあ、冒険者殿たちもそうするのが良いだろうな。」
トルド伯爵はしばらく考え込むように視線を横に逸らし、すぐに顔を上げて言葉を続けた。
「ああ、そうだ。前に話した本は、人をやって部屋に送らせよう。」
「はい。そうします。」
グラベルの返事と共に、トルド伯爵が手招きして呼んだ使用人たちが近づき、大広間の外へ客人たちを案内して出ていった。
「ふむ。それにしても……カビル家の猟犬が何の用で使者まで送ってきたのか……」
窓辺へ歩みを移し、外を眺めながらトルド伯爵が言った。
王国北西部でも一番小さな男爵領を治める家門。カビル家の単なる一兵士から始まり、男爵の地位までカビル家の息がかかったドラスラットの王室から正式に認められたルディアン・ララーが家主である、まだ歴史の浅い家門だった。
トルド伯爵は直接ルディアン・ララーと顔を合わせたことはないが、彼に関する様々な噂は耳にしていた。
仲間を売って地位を得た者。残酷な徴税官。ララー家から送られる酒は飲むなという噂など、聞くところあらゆる陰険な人物を表す言葉をすべて付けてもいいような人物らしい。
カビル家の最西端の領地がララー家の所有なら、ララー家と接するトルド家の最南端、ノルワン山脈を横断する巨大な洞窟道であるラトゥール洞窟道の東端の人間の領地はスモレン男爵家の領地だった。
山脈の向こうのダウィやムワたちは人間王国を旅することを嫌うため、ほとんどの商品取引はスモレン家が治める都市トルでなされた。小さな男爵領の都市だったが、トルはまだ粗削りで洗練されていないだけ、間もなく繁栄が約束された土地だった。
そうしてララー家とスモレン家間の争いは、常にトルの繁栄を妬み嫉妬するララー家から生じていた。トルド伯爵にとってララー家は、常に自分の家臣であるスモレン家を脅かす存在として記憶されていた。
「それじゃあ、楽しい食事の時間前に、カビル家の猟犬が何を吠えるのか聞いてみるか。」
伯爵は眉間に皺を寄せ、ゆっくりとため息をついた。手は腰に軽く置いたまま、短い沈黙が流れた。
「ララー家の使者を連れてこい。」
伯爵が待機していた使用人に命じた後、大広間の壁のうち、トルド家の象徴であるサイの紋章が刺繍された旗が掛けられた壁の下に位置する、肘掛けの先端にもサイの頭の形が飾られた椅子に座り、体を傾けて片方の顎を支え、歓迎しがたい客の到来を待った。
しばらく後、大広間の廊下から複数の革靴が床を叩く音がトルド伯爵の耳に聞こえてきた。
足音が止まり、厚い大広間の扉が開く音と共に、使用人二人が左右の扉を押さえていた。そしてその間には、細くつり上がった目と奇妙な形の髭、そして小柄で腹が突き出た男と、その後ろについてきた熊のような体躯の男が立っていた。男の頰と露わになった腕にいくつもの傷跡が見える荒々しい印象の男は、誰が見ても前の小柄で太った男を護衛する者だと分かった。
「ララー家の使者! プンシャル・デイラ様でございます!」
体躯の大きな男が、部屋が震えるほどの大声で言った。前に立っていた小柄な男の帽子から飛び出た髪が乱れて舞うほどの大きな声だった。
「ようこそ、プンシャル・デイラ。」
トルド伯爵は椅子に座ったまま、大広間に姿を現したプンシャルに言った。
「紹介されたプンシャル・デイラでございます。トルド伯爵様にご挨拶申し上げます。」
短い脚を動かしてトルド伯爵の座る椅子の前まで近づいたプンシャルが、帽子を脱ぎ、右腕をまっすぐに伸ばし、右足を右側に一歩移した後、左足を前に踏み出し、帽子を胸に当てて頭を下げ、貴族に対する礼を尽くした挨拶を示した。
「それで。何の用件でこんな礼儀正しい使者をララー家からバラ・グラスまで送ってきたんだ?」
トルド伯爵がプンシャルに言葉をかけている間、一緒に来た体躯の大きな男がトルド家の使用人に小さな箱を渡し、使用人はその箱を開けて中身を確認した後、伯爵の傍らに近づき、箱の中の金と宝石で飾られた小さな彫像を見せた。
「他でもありません、トルド家の家臣であるスモレン家との領地に関して……え……意見が合わず。その仲裁をお願いしたく、こうしてララー家のルディアン・ララー男爵の代わりとして参りました。」
「そうか。それじゃあ、その合わない意見の内容を話してみろ。」
プンシャルの話を聞きながら、使用人が傍らに立って見せている箱を退けながらトルド伯爵が言った。
「え~。その問題は、スモレン家が今も建設中の森の要塞のせいです。ランタ要塞と名付けられたそうですね。我が主ルディアン・ララー様がカビル大公から領地を賜った際、明らかにララー男爵領の領地は今スモレン家のランタ要塞があるダケカンバの森までが我がララー家の領地で……」
プンシャルが髭の端を引っ張りながら言葉を続けようとした瞬間だった。
「ララーの犬がここで戯言をほざいてるのか!」
広間内の全員が驚いて振り返るほどの大声で罵声を上げた人の声が大広間の外から聞こえ、振り返った大広間の入り口には、左右の巨大な大広間の扉を両腕で押し開けた人が立っていた。
暗い赤色の髪を後ろに梳きつけ、重厚なプレートメイルを着込んだ巨躯の男だった。目を大きく見開き、歯を食いしばり、トルド伯爵の前に立つプンシャルを鋭い眼光で睨みつけていた。
「こ……こんな伯爵様とお話する場で、誰がこんな下品な言葉を……」
プンシャルの言葉を無視し、赤髪の男が大きく力強く歩みを進めた。プンシャルに近づく一歩一歩に力が入った男の歩みに、足の甲と脛を覆う鎧の金属が音を立てていた。
「これ全部カビル家の犬であるお前らの仕業じゃねえか!」
今回、プンシャルが披露したあの「やたらと丁寧な挨拶」。
実はこれ、かつてヨーロッパの王室で実際に使われていた由緒正しき作法なんです。
気になって鏡の前で一人で再現してみたのですが……。鏡の中にいたのは貴族ではなく、ただの『足をもつれさせた不審者』でした。




