38話 灰白色の壁の都市 (1)
【番外編:シャラボラス】
シャラボラス森林。古くは赤い狐が多く生息するとして赤狐の森と呼ばれていたが、森の中から発見された遺跡の名にちなんでその名が改められた。
遺跡で最大の建物の壁の一角に、古語で記された「シャラボラス」という単語以外はすべて謎に包まれた遺跡であった。
シャラボラス森林を訪れる者は三種に分かれる。遺跡を探査する学者、狐を狩る猟師、そして最後に遺跡の各所から見つかる黄金を求めて遺跡を探索する遺跡採集人である。
数多の者が黄金を求めてシャラボラス遺跡を徘徊し、一攫千金の夢を追い求めた。
そんなある日、一人の遺跡採集人によって発見されたのが地下遺跡だった。地上の遺跡など比較にならないほどの巨大な地下都市である。地下遺跡の発見後、学者たちの追加探査により見つかったのが壺文書。
遺跡から発掘された多数の壺の内側には、多数の人間によって慌ただしく書き殴られた文句らが記されていた。遺跡が廃墟となる前の都市についての話、都市の滅亡、そして遺跡の各所から見つかる黄金の理由と「シャラボラス」という言葉の意味を、壺の中の文字らが語っていた。
その数多の壺の中の文字を組み合わせると、一つの物語が紡ぎ出される。
偉大なる王ミュルン。高くそびえる古木の森に囲まれた、高い壁の都市レアダルの支配者。
ある日、霧に包まれた夜明け前。重なり合う古びたローブの裾が床を静かに擦りながら、身元不明の影が一つ、城門へと近づいてきた。
その者は自らをシャラボラスと名乗り、指先を軽く擦ると、その間から金粉が舞い散った。続いて両手を合わせ、ゆっくりと擦ると、その隙間から小石ほどの金の塊が「トク」「トクトク」と音を立てて床に落ちた。彼はレアダルを大陸で最も輝き、繁栄する都市にすると宣言した。
しかし、賢明なる王ミュルンはシャラボラスの正体が邪悪なる悪魔であることを見抜き、その力がまだ弱い隙を突いて封印に成功した。
レアダル城の地下。数十個の魔法の文句が刻まれた封印石に囲まれ、魔法陣の中に封じられたシャラボラスは、指二本だけを魔法陣の外に差し出すことを許された。そしてミュルンとレアダルの繁栄のために、その指先から絶え間なく金粉を生み出さねばならなかった。
時はその後も流れ続け、やがてレアダルは「黄金の都市」と呼ばれるほどの眩い繁栄を遂げた。そしてその日、ミュルンの子孫ジェーナ王が城の地下深く、シャラボラスの前に立っていた。
いつものように、醜悪に細く尖った爪のついた指先から金粉を生み出しながら、シャラボラスはジェーナに語りかけた。
「賢明にして勇猛なるレアダルの王よ。なぜお前はこの小さな森の中の都市一つに満足なさるのですか? 西のエルフ、東のドワーフ、南の砂漠王国、北の鳥たちの島、これらすべてを手中に収めるに相応しい力と才覚をお持ちではないですか。」
シャラボラスの誘惑と幻惑の囁きは続いた。
「代償ですか? 自由ですか? シャハハハ。そんなものは求めません。先代の王たちもおっしゃったでしょう? 悪魔シャラボラスを決して解き放ってはならない、と。金を生み出さなくなったら、石版に記された呪文を唱えて苦痛を与えればいい、と。ですから、しばらくその呪文を止めて、私の話を聞いてください。長くありません、とても短いだけです。」
「私は自分の境遇をよく知っています。だから自由など渇望もせず、この地下で偉大なる王たちの話を聞きながら過ごす今に満足しています。」
「しかし、あの広大な地と多くの国々を征服なさるには、さぞ多額の金が必要でしょう? そのためには、私の指ではなく両腕が自由でなければなりません。両腕だけを抜き出して、あとはこの醜く取るに足らぬ私の体躯はこの魔法陣の中に留め置くだけでいいのです。」
「今お立ちの所の前に、小さな封印石を四つだけどかせば、私の両腕は自由になり、今の金粉など比較にならぬ金の塊を生み出せます。信じがたいなら、王家の記録官や魔導士たちに尋ねてみてください。」
そうしてジェーナ王が悪魔の話を聞いた後、再びシャラボラスの前に立った時、数名の華やかなローブと杖を持った魔導士たちを伴っていた。数十名の魔導士らがジェーナ王の後ろに控え、シャラボラスに向かって杖を構えていた。
「シャハハハハ。確認なさったのですね。いかがです? 私の言う通りでしょう? 両腕です。それ以上は求めません。王への私の忠誠をお認めください。ただ、大陸を征服する偉大なる王の征途をお手伝いしたいだけです。」
王と魔導士らがシャラボラスを封じた魔法陣周囲の封印石を移動させ、封印の一部を解こうとしていた。ジェーナ王に伴われた記録官と画家らがその様子をそれぞれの紙に記し、画家は素早く手を動かして描き込んでいた。
「ああ~ありがとうございます。偉大なるジェーナ王よ。これでより多くの金を生み出せます。王により大きなお役に立てます。」
シャラボラスの赤い小さな瞳が何度も震え、口が徐々に大きく開き、口角が上を向き、魔法陣外に差し出した指二本がパルパルと短く震えた。封印石数個がどかせられると、長い爪の指と、手の甲の骨が見えるほどやせ細った悪魔の手が魔法陣の外へ伸びた。
「では、まずは……」
指を握り拳を作り、ジェーナ王に向かって腕を伸ばし、指を一本ずつ開いて、手のひらに置かれた小石大の金の塊をいくつも王に見せつけた。
「どうです? 金粉など比較になりませんね? 一瞬たりとも休まず、こんな金の塊を生み出しますよ。もっと早く私の腕を自由にしてくれればよかったのに。ここにまだあります。多くの金があります。王の偉業に使う金です。軍勢と馬、甲冑と槍、剣! 弓! 華麗な城と高い壁を築く輝く黄金です。」
シャラボラスが両手を合わせ、金の塊を床に撒き散らし始めた。王の命令で召使いらが金を入れる箱を持ってきて、次々と拾い集めた。ジェーナ王が微笑を浮かべ、忙しなく手を動かして金を拾う召使いらを眺めていた。そして床に置かれた特に大きな金の塊を拾おうと腰を屈め、頭を下げた瞬間だった。
「フヒヒヒヒ! フハハハハハ!! シャハハハハハハハハ!!!」
部屋中に反響する哄笑と共に、シャラボラスが指を鳴らし、ジェーナの首を胴体から落とした。それでも満足せず、手を伸ばし続け、まるで伸びるように延長したシャラボラスの長い腕が、首を落とされて崩れ落ちたジェーナ王の体を拳で乱打した。
悪魔の手が血に染まり、王を殺した悪魔に向かって魔導士らが叫び、攻撃を試みようとした瞬間。部屋中の者たちに悪魔の声が響いた。
「ミュルンの子孫どもよ! レアダルの人間どもよ! 復讐の時だ!」
魔法陣外の手が伸びるように膨張し、周囲の封印石を砕き始めた。王の魔導士のうち勇猛な者らが手に魔法を放ったが、何の効き目もなかった。
杖や指先から放たれた魔法は悪魔の体に触れる間もなく消え失せ、部屋中の封印石がすべて砕け、シャラボラスを閉じ込めていた魔法陣の光がすべて消えた。
数百年間、悪魔の体内に数百年間閉じ込められていた憤怒、ただの人間などに捕らわれ、金粉などを作らされていた屈辱が、シャラボラスの胸中で爆発した。
レアダルのすべての生命を絶つために放ったシャラボラスの魔法により、都市の大部分が地下に沈んだ。解放されたシャラボラスはレアダルのすべての生命を奪い、壁を崩し、城を焼き払った。翌日の陽が昇る前に、数百年繁栄を続けた「黄金の都市」レアダルは滅亡した。壺に記された文句らは、その最後にレアダルの滅亡を記していた。
その後も時は流れ続け、森の各所で金が発見され、赤い狐たちが徘徊していた古い記憶を失った森には、金を求める採集人たちだけが森の中の遺跡をさまようばかりである。
【番外編:シャラボラス ―終―】
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バラ・グラス。前面にはディウレ川が静かに流れ、後ろにはイールス山が北東の冷たい風を遮っている。人一人の背丈の五倍はあろうかという高さの灰色の長壁が都市を囲んでいる。
イールス山の灰色岩を石工が切り出したレンガで築かれたバラ・グラスの壁は、長き時を経ても一度の修繕もなく耐え抜くほどの堅牢さを誇り、山と川に囲まれた地形の利と頑丈な壁で築かれたトルド家の城は、エステタ王国の北西部でも最も堅固で、防衛に有利な城として、王国内で「その姿だけで侵略者の意志を挫く」と貴族たちの間で名高いほどだった。
城壁の間に位置する主塔の上では、自分の身の丈よりも大きな長弓を手に、深く被った鉄兜の下から鋭い眼光で周囲を監視する兵士たちと、壁の上に立ち、長槍を脇に立てて壁上の通路を移動する兵士たちの姿が、最初に目に入った。
遠くからでも目立つトルド伯爵の馬と、その上に跨る白髪の老人の正体を看破した監視兵が、周囲の同僚たちにも知らせたためか、普段より厳重な様子で都市の門に向かう自らの主を迎える準備をしていた。
都市の前のディウレ川畔の船着き場に到着した船から降ろされた荷物や箱を運ぶ荷車と、大きな袋を背負った人々が列をなしてバラ・グラスの門へと向かっていた。
その群れに混じってディアラが手綱を握り、その後ろに兵士たちが従う馬車の行列が移動していた。馬車の脇にはトルド伯爵が馬上からその速度に合わせて進み、馬車上のディアラと、馬車とトルド伯爵の間に歩くグラベルとイリスに、自慢の都市を紹介していた。
「聞いているか? ディアラよ。あのレンガ一つ一つが石工どもが切り出したものだぞ? 焼成レンガなど比較にならぬほど頑丈だ。」
伯爵は自分を認めた領民たちの挨拶に手を振って応えながら、ディアラに話しかけていた。二人の会話というより、孫娘のように可愛がるディアラの来訪に上機嫌で一方的に語るトルド伯爵の様子に、グラベルは馬車の脇を歩きながらそう思い、苦笑を浮かべていた。
「伯爵様、どこへお出かけでしたの~?」
「伯爵様だ!」
トルド伯爵を認識した領民たちの声が聞こえてきた。
「皆、元気でやっていたか?」
トルド伯爵が周りに集まった領民たちに笑顔で語りかける間、ディアラの馬車はバラ・グラスの門へと進んでいた。
荷馬車と人々が列をなして門へ向かうため、素早く門を守る衛兵の前まで到達した。
衛兵たちが馬車上のディアラに声をかけようとした瞬間、傍らに近づいて立っていた赤熊の毛皮を纏ったトルド伯爵に気づいた兵が、手に持った槍を正し、伯爵に敬礼した。
「お帰りなさいませ、伯爵様!」
「ああ。列が適度に減っていく様子を見ると、よく働いているな。そしてこの馬車と後ろの兵士たちは皆、私の客だ。通すがいい。」
「はっ! 承知!」
声に力を込め、再び槍を立てて大声で敬礼する兵の挨拶を受け、トルド伯爵の馬を先頭にディアラの馬車が進んだ。
「あ、そうだ……。客を迎える主として挨拶を怠ったな。ようこそ、灰色の壁の都市バラ・グラスへ来たまえ。」
トルド伯爵が馬の手綱を引いて体を向け、後ろの者たちに言った。
皆様、道端で指先から金粉を出す怪しい人(?)に会っても、決して家へ連れて帰ってはいけませんよ。




