27話 大きな前足の酒場
ノードポード、エステタ王国の最も西北端にある辺境の都市。大陸のどの都市よりも大きく美しい景観を誇る都市ではなかったが、王国の各地から新しい始まりを求めて移住してきた人々が集まり、今ようやく村の規模を脱したばかりのそんな都市だった。
この新しい開拓都市に、商人ギルドが最初に自分たちの象徴である青緑色の扉がついた建物を建て、続いて冒険者ギルドも負けじと建物を建て始めた。
ノードポードは荒れた土地の上に築かれたが、新しい始まりと可能性の象徴として見なされていた。街のあちこちには、建てられたばかりの木造の建物と半分完成した建築物が混在し、街の広場では毎日さまざまな人々や荷馬車が出入りし、農民と商人が活発に物を売り買いしていた。角を曲がれば、新しく開店した鍛冶屋から鉄を叩く音が響き渡り、子供たちの笑い声とともに開拓地の活気が感じられた。
新しい都市には人々が集まり、毎日都市の境界が広がっていく王国の最も若い都市には、いつも賑やかな人々の声と行き来する荷馬車と馬車を引く動物の鳴き声、都市の外では羊の声とその羊を追う犬の吠え声が響く活気ある音が絶えない都市、それがノードポードだった。
グラベルとイリスが石像を運ぶディアラの馬車についてノードポードに到着したのは、日が沈んでからかなり経った明け方近くにようやく都市の境界塔を過ぎ、都市外郭の酒場に馬車を停め、旅に疲れた人々と馬が皆休むことができた。
馬車が多く出入りする都市であることを証明するように、酒場の隣には三、四台の馬車とその馬車を引く馬が休める大きな馬小屋があった。
大きな前足の熊という変わった酒場の名前に、兵士の一人が酒場の主人らしい中年夫婦のうち妻に酒場名の由来を尋ねると、馬小屋の方へ歩いていく夫の背中を指さし、夫もあなたたちのように若かった頃は兵士で、当時一緒にいた仲間たちがつけたあだ名をそのまま酒場の名前にしたのだと言った。
馬車内の石像を守る数名の兵士を残し、他の者たちは朝に出るという酒場女主人の言った、大きな前足の熊の自慢であるチーズがたっぷり入った柔らかいスープを期待しながら眠りについた。
日が明け、グラベルとイリスが一階で朝食を終えて立ち上がろうとした頃に、ディアラが早朝からどこかへ出かけていたようで、酒場の扉を開けて入ってきて、グラベルとイリスに予定が変更になったことを告げていた。
「数日もっと滞在するのは、私とイリスは構いませんけど。でも、石像をヴェス・ディナスにできるだけ早く運ばないといけないんじゃないんですか?」
「時間に追われる状況じゃないんです。カビル家の目と石像を狙うグリックのような者たちを避けて、無事に大公殿下に石像を届けることができれば、数日の予定が遅れるのは問題ありません。」
「わかりました。私たちはここにさらに滞在しても構いません。兵士の方々が大変でしょうね、プロイクトンからノードポードに到着したばかりなのにまた……」
「兵士の方々は理解してくださったのです。幾人かはこのノードポード出身の方もいらっしゃるし。」
ディアラが言ったこのノードポードに数日さらに滞在しなければならない理由は、さまざまな不幸の連続と絶妙な瞬間にノードポードに到着したディアラの石像を輸送する馬車が作り出した偶然の産物だった。
その内容とは、ディアラと兵士たちが到着する三日前、ノードポード西側の木製の防壁が雨の多い日に山崩れで流れてきた土と岩によって壊された。8キュビト(4m)を超える家ほどの大きな岩も一緒に転がってきて防壁を壊したが、幸い怪我人はなく、防壁だけを壊して止まったのがむしろ幸いだと言う人が多かったそうだ。
石工と大工たちがノードポードの兵士たちと共に再び防壁を作るために石を割り、木を伐ってきて壁を再建しているそうだが、手伝う人手が不足して三日が経った今も完成していないという。
そんな事態と人手の不足を知ったのは、ディアラが馬車に積む補給品を注文するために都市中心の商人ギルドへ行った時だった。濃い青色のローブを着た女性がディアラの肩をトントンと叩いて挨拶してきたのだ。
隠れ月の騎士の服は暗い黒色に青みが混じった独特な色合いのローブで、どこでも自分の紹介なしにその存在を知る人なら分かる服だったため、ディアラはすぐに自分の肩を叩いた女性が自分と同じ隠れ月の騎士であることを知ることができた。
バナビル・バナス大公の騎士団である隠れ月の騎士団は、エステタ王国の各地で難なく見つけることができる。エステタ王国だけでなく、自分の使い道がある場所ならどこでも、隠れ月の神殿の教えに従ってどこにでも滞在し、どこにでも旅をする。
そんな理由でディアラが同じ隠れ月の騎士に会ったのは、それほど驚くことでもなかった。ランダという名の隠れ月の騎士がディアラに自分を紹介しながら、最近村の防壁が崩れた件で防壁の修復のために人手が必要だったが、都市の多くの冒険者が北の沼亀の狩りに出かけ、麦の収穫期であるこの時期にノードポードには人手があまりにも不足している状況を説明した。
ノードポードが小さな村だった頃からここに住み続け、ノードポードの大小の事に携わりながら隠れ月の神殿から正式にノードポードの常駐する隠れ月の騎士に任命されるほど、ランダは毎日毎日変わり成長するノードポードへの愛着が深かった。だから防壁の修復のために人手が足りず、近隣の村や少し離れた都市にでも人手の派遣を依頼すべきか悩んでいた時にディアラとの出会いは、まさに切実さが呼び寄せた運命かと思えるほど、最も必要な瞬間にディアラがランダの前に現れたのだった。
そうしてランダの事情を聞いたディアラが予定を遅らせて防壁の工事に自分と一緒に来た兵士たちが手伝うことにすると、ランダはこれに感謝して午後にまた会う約束をし、しばらく休めなかったのかふらつく足取りで建物を出て行った。その後、ディアラはグラベルと兵士たちにこの事実を伝えるために大きな前足の熊の酒場に戻ってきたのだった。
「うううん……それじゃ、予定が変わったみたいだから、何しようか!」
椅子に座って空中に両腕をぐっと伸ばして伸びをしながら、グラベルが言った。
南の都市へ向かっていたのにまたディアラに会って北へ移動して来た都市、グラベルが過去数日間の出来事を振り返りながら椅子に体をさらに寄せかけて目を閉じていた時だった。
「冒険者さん、暇そうですね?」
酒場の女主人が箒で床を掃きながらグラベルに声をかけてきた。
「ええ。少し予定が変わっちゃって。夕方までは都市の周辺とか見物しようかと思ってましたけど……」
『少なくとも日が沈まないと都市中心の人々が集まる酒場を探して「空に浮かぶ島を見たことがありますか?」って質問くらいはできるから……』
「それじゃ、特にやることはないってことですね?」
「え、だから周辺に何があるか……」
「予定はないんですよね?」
「え。ええ……ちょうど暇すぎますね。」
負担になるほど過度に温かい笑顔のせいか、分からない女主人の圧力にグラベルが説得されてしまった。
「あら~、よかったわ。すごくよかった。それじゃ、お願い一つだけいいかしら。ちょっとしたらうちの旦那が棘の藪を少し切ってこないといけないんだけど、それを手伝って。そしたらお昼にガチョウ一羽おいしく焼いてあげるわ。」
「ガチョウ焼きか……食べたことないけど、期待しちゃうな。それじゃ、ご主人と一緒に行けばいいんですよね?」
「ええ。ただ斧だけあそこの馬小屋の隣の倉庫から出して、ついて行けばいいわよ。あなた~」
グラベルに馬小屋側に開いた小さな扉を指さした後、女主人は酒場の扉の外に体を乗り出して大きな声で自分の夫を呼んだ。
「あらまあどこ行ったのよ。もう行っちゃった? そんなに素早い人じゃないのに……あなた~!」
「なーに! 今針金雀枝切りにいく準備してるじゃないか!」
ガラガラした低音の酒場主人の声が馬小屋側の扉の外から聞こえてきた。
「いや、だから、ここうちに泊まってるお客さんの中の一人がその棘の藪切りを手伝ってくれるって。」
扉越しに叫びながら会話を続けるのが大変だったのか、女主人が馬小屋側の扉へ歩いて行き、頭を扉の外に出して会話を続けた。
「手伝ってくれる人がいるなら、俺は楽でいい。でも今日ガチョウ焼いてくれるって?」
「ええ。後でガチョウ農場に行って何羽か買ってくるわ。」
「おおお。楽しみだな。楽しみ。秋のガチョウは肉が乗って味がいいよな。うへへへ。」
よだれを飲みながら今日食べられるガチョウ焼きを想像する主人の笑い声が聞こえてきた。
「そうよ。ついこの間あそこのガチョウ農場の主人が、うちは麦刈りはいつやるのって聞いてきたわよ。アヒルの卵何個かあげるから収穫終わった麦畑にうちのガチョウとアヒルたちを放して落ちた麦の粒を食べさせろって。そんなに熱心に畑に放って太らせたガチョウだから、後でその家に行って何羽か買おうと思って。」
「くはは。昨日あの女魔法使いさんがお金出してくれたみたいだな! それじゃ早く行ってくるよ、そこ手伝ってくれるって人! 行こうぜ! 今行けば日が沈む前には帰れる。」
「はい。今行きます。」
グラベルが扉の外へ出ると、斧二本を肩に担いだ酒場主人がそのうち一本をグラベルに渡した。
すでにいない酒場の女主人に向かって大きな声で言った後、酒場主人は再び体を回してグラベルと共に酒場を出て、都市外郭の方向に続く道へ向かって歩き出した。
二人が言葉なく道を歩き、収穫を終えた麦畑とまだ収穫前の畑を見ながら木々がそれほど密に立っていない森の入り口に到着する頃になると、酒場主人がぼさぼさの髭を一度すっと撫でて口を開いた。
「それにしてもお互いの名前も知らないな。俺はダークだ。」
ダークが隣で歩いていたグラベルに手を差し出して握手を求めた。
「グラベルです。」
「でも、髪の色と顔立ちがこの辺の人間じゃないみたいだな。遠くから来たのか?」
「ええ。とても遠いところから旅してきました。」
「は! こんな田舎まで来て見るものもないのに、遠くまで来すぎじゃないか!」
ダークが笑いながら会話を続けた。
「旅人さんは斧を扱えるか? 下手すると棘が顔に飛んできたりするぜ。」
「頻繁に使ったことはないけど、慎重に扱ってみます。」
「そうだな。まあ無茶にぶった切らなければ大丈夫だからよ。おっと! ちょうどあそこに見えたぜ!」
ダークが手を挙げて指さしたところには、明るい黄色の花が咲いた人より少し低い棘の藪の木々があった。
「これが針金雀花って奴でな。通常この時期に切ってきて穀物倉庫の床に敷くんだ。」
「そうなんですか。でもこれをなんで倉庫の床に敷くんですか?」
グラベルが長く伸びた藪の枝一本を斧を使って切り落としながらダークに言った。地面から胸の高さまで伸びた枝は大きな棘たちと枝に沿って生えた無数の小さな緑色の葉がついた姿だった。棘は鋭く長かったが、注意して棘と棘の間を指先を使って切り落とした枝を掴んで運べる程度だった。
「お? この棘の藪を倉庫の床に厚く敷いてやると、鼠を防いでくれるんだ。風もよく通るし、葉からは虫が嫌う香りが出るから、倉庫に敷くにはこれ以上ないぜ。」
ダークが顎髭に付いた棘たちを剥がしながらグラベルに言った。
「外側の長い枝だけで切り取ろうぜ。来年も使わなきゃいけないからな。」
「はい。わかりました。ガチョウ焼きの対価はしないと!」
グラベルが再び斧の柄を握り直して棘の藪の枝を斧で切り落とした。しばらく二人の斧の音に合わせて揺れる藪の枝と枝同士がぶつかる音が響いた。そして再びダークが口を開いてグラベルに言った。
「そういえば今年は緑のガチョウを食ったっけか?」
「緑のガチョウですか?」
プロイクトンでは聞いたこともない言葉だった。『ノードポードの特別なガチョウか?』と思う頃、グラベルの表情を読んだダークの説明が続いた。
「通常春から夏まで草が多い季節だからガチョウを放して育てるんだ。その時草を食べて太ったガチョウを緑のガチョウって言って、秋の収穫期に収穫終わった畑に放って落ちた粒を食べて太ったガチョウを黄色いガチョウや秋のガチョウって言うんだ。」
「そういう理由があったんですね。説明を聞くとますますおばさんのガチョウ料理が楽しみになります。」
「くはは。何もそんな大した料理じゃない。ただ|薪《まきの火に調味料塗って長くゆっくり焼くだけだからな。でもこの季節になるといつも思い浮かぶそんな料理だぜ。」
ダークが口に溜まった唾を飲みながら再び斧を振り始めた。帰ったら食べられるガチョウ焼きを期待しながら、二人の斧の音が静かな森の中に広がっていった。
近くにガチョウの料理屋なんてあるのか?いや、ガチョウ?そもそもガチョウ自体、見たことがない気がするな




