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2話-デルタの雑貨店

グランド・ワールド・オンラインのプレイヤーハウジングシステムの一つである空中莊園(くうちゅうしょうえん)。グランド・ワールド・オンラインのプレイヤーたちの集まりであるギルドのほとんどは、その規模に応じてゲーム内の領地の支配権を奪うため、プレイヤー対プレイヤー、あるいはプレイヤー対NPC勢力、さらにはNPC同士の勢力間でも戦争を繰り広げる。


だが、そうした戦争への参加を避け、自分だけの小さなハウジングスペースを求めるソロプレイヤーや小規模なグループのために登場したのが、空を漂う島、空中莊園だった。


グラベルもまた莫大な資金を投じ、同時に長く複雑なクエストをこなした末に、最大の浮遊島(ふゆうとう)を手に入れた。彼はその場所を自分の拠点とし、長年のプレイタイムの結晶である宝物や財貨をそこに集めていた。


そして、その事実を教えてくれたイリスの一言で、忘れていたその空中莊園の存在が鮮明に蘇った。


だが、自分とイリスだけでこの世界にやってきたのだとしたら? 絶望的な仮定もしてみた。一方で、自分の拠点を見つけるという明確な目標ができたことで、複雑な思いや不安を振り払うことができた。


「拠点帰還のゲート魔法は使えるかな?」


グラベルが手を前に伸ばし、魔法陣(まほうじん)を手前に描き出したが、一瞬光を放った魔法陣はすぐに輝きを失い、消えてしまった。


『 発動しないのか? じゃあ、やっぱり最悪の状況ってことか……』


「ちょっと行ってくるよ、イリス。」


短い一言とともに、グラベルはイリスの目の前で空へと飛び上がり、舞い上がった。空に消えたグラベルはしばらく時間が経った後、再びイリスの前に降り立った。


「念のため、この辺りに浮遊島がないか探してみたけど、なかったよ。」


大きな期待はしていなかったが、それでも少しの失望は抑えきれなかったのか、グラベルの眉間が寄っていた。


「まあ、都合よく俺たちの近くに空中莊園が付いてきてたら良かったけどさ……ちょっと楽観的すぎたかな?」


「いいえ、グラベル様。確かな証拠があります。」


イリスがグラベルに向かって、指にはめた指輪を見せた。グラベルはイリスの指輪を見るなり、自分もガントレットを外し、指にはめられた指輪の一つを見つめた。


「あ、大天使(だいてんし)の指輪があったか!」


大天使の指輪はグランド・ワールド・オンラインでグラベルが手に入れたもので、全部で7つの指輪があり、それぞれ7人の大天使を象徴する紋章(もんしょう)が刻まれていた。ちょうどその数が自分と莊園にいる6人の仲間NPCと一致したため、分けて装備した記憶が蘇った。


「はい! 指輪の光が7つとも輝いているところを見ると、もしかしたら他の皆さんも私たちのいるこの世界に来ているのではないでしょうか?」


イリスが指にはめた指輪を顔の近くに寄せて言った。


「うーん、でもそれが5人が生きてるってことと、この世界に来たってこととは……。それに、空中莊園が一緒についてきたと確定はできないよな。」


それでも、他の仲間NPCたちがこの世界に来ているというのは、かなり希望的な知らせだった。


「そうですね……。すみませんでした。私、余計なことを言ってしまって……」


落ち込んだというより、仲間がこの世界に一緒にいるという喜びに浮かれて深く考えなかった自分に苛立っているような表情がイリスの顔に浮かんでいた。


「いや、そう考えるのも無理はないよ。俺だって、パロスのじいさんやスルルの奴が莊園の外に出るなんて想像もできないし。たぶん、莊園に……留まってるんじゃないかな。」


うつむいたイリスに、グラベルが慰めの言葉をかけた。


「じゃあ、少なくとも他の5人がこの世界に来てるのは確かだしさ。とりあえず最良のケースとして、空中莊園と5人がこの世界に来てると仮定して、情報を集めて莊園を見つけるって目標にしてみないか!」


「はい、グラベル様。」


指輪を見つめていたイリスが顔を上げ、グラベルに答えた。


「さっき空から周りを見てた時、あっちに結構大きな街が見えたから、まずはそこに行ってみよう。」


グラベルが丘の下を指さして言うと、イリスとともに二人は丘を下り始めた。


丘を下り、さらにしばらく歩いて、空を覆う高い木々が茂る森の中を通り抜け、もう少し進むと、草が生えず、馬車の車輪の跡や蹄の跡が残る、よく整備された道が現れた。


道から遠く離れた森の中で鳥のさえずりを聞き、高く育った木々が作る木陰の涼しさを楽しみながら、二人は道に沿ってしばらく歩き、やっと森を抜けて広々とした野原が広がる道を進むことができた。


道の遠くには畑仕事をする人々が見え、さらに遠くには道を走る馬車が、グラベルとイリスが向かう街へと進んでいた。


「新しい世界に来たって実感がどんどん湧いてくるな……」


大きく息を吸い込むと、乾いた土の匂いと近くの畑で育つ大麦(おおむぎ)の香りが鼻を通り、胸の中を満たすようだった。


これまで全てが新しく、未知だった。依然として自分はゲームの中のキャラクターであるグラベルだったが、思い出せない自分の正体に積もる不安を少しずつ振り払い、目の前の世界に集中していた。


「とりあえず、あの街に入って情報を集めよう。」


「はい、グラベル様。」


短く答えたイリスが、早足で歩くグラベルの後を追った。


それほど高くない石を積み上げた外壁(がいへき)と、その下で金属の兜と槍を持った兵士が守る関門を抜け、街の中に入ると、グラベルの目に最初に飛び込んできたのは、道端の建物に掲げられた、首が短く胴が太いガラス瓶の形が描かれた木の看板だった。


そしてその下には、見慣れない言語で文字が書かれていた。


「デルタの雑貨店。(なんで読めるんだ?)」


『たぶんグランド・ワールド・オンラインで学者系の職業は言語ペナルティがないって設定が反映されてるのかな……? それ以外に、今の状況を説明する方法が思いつかないんだけど……』


一瞬、グラベルのグランド・ワールド・オンラインでのクラスである魔道学者(まどうがくしゃ)のパッシブスキルが頭に浮かんだ。


「いらっしゃいませ~!」


姿の見えない、ガラガラした中年男性の声が、ドアを開けて店内に入った二人を迎えた。


『 今の言葉も理解できた。別にコミュニケーションの魔法なしでも聞き取れるのか……?』


ゲームでも魔道学者のパッシブであるコミュニケーションの常時発動はかなり便利な能力だったため、今の状況を解釈することができた。


「携帯用の食料と、それを入れられる袋ってありますか?」


雑貨店ならありそうな物について店主に尋ねた。もし自分が発した言葉がこの世界の言語と合ってるのか? と考える間、店の隅で透明な液体が入ったガラス瓶を整理していた店主がグラベルの前に現れた。


「干し肉とビスケットならありますけど、それでいいですか?」


「(俺の言葉もちゃんと通じてるみたいだな。)うん、それで十分そうです。」


「じゃあ、袋は小さなサドルバッグでいいですね。」


「うん。でも、代金って通貨じゃなくて小さな金のかけらでも大丈夫ですか?」


この世界で使われる通貨を見たことがなかったため、グラベルは街に着く前、道を歩きながら持っていたグランド・ワールドの金貨を魔法で溶かし、小さな金のかけらにしてポケットに入れていた。


「もちろん大丈夫ですけど……。コホン。それじゃあ、秤を持ってきますね。」


店主が首をかしげて二人をじろりと見つめた後、秤を取りにグラベルの視界から消えた。


常連でもない限り、すべての客の顔や名前を覚えるのは無理があったが、王国の通貨ではなく金のかけら


で支払う黒髪の客だったため、店主であるデルタは疑わしげな目でグラベルとイリスを見つめるしかなかった。


南西(なんせい)鉱山村(こうざんむら)でもらったものなんですよ。」


デルタの疑念を払うためについた嘘だった。街に来る途中、西の遠くに太陽が沈む方向に大きな山脈を見ており、そんな山には鉱山がありそうだと考え、南西という位置と鉱山という曖昧な言葉で店主の疑いを晴らそうとしたのだ。


「ああ、テウント炭鉱村(たんこうむら)のことですか? いやはや、ずいぶん気を遣ってくれたんですね? でも、ちゃんと計算して受け取ったんでしょうね? 金貨と金のかけらは別物ですから。」


「うん、それは分かってて、少し多めに受け取りました。支払う時もその分多めにしようと思ってます。」


内心を見抜いてくれたグラベルの言葉に、気分が良くなったのか、デルタの顔に笑みが浮かんだ。


「そうしてくれるなら、こっちは大感謝ですよ、お客さん。他に必要なものはないですか? 冒険者っぽい雰囲気ですけど、ランタンオイルとか、スパイスや塩の袋もありますし、携帯用の寝具も軽くて暖かい商品がありますよ。特にこのランタンオイルはぜひ使ってみてください。他の店と違って魚油を使ってないから匂いも少ないし、長く燃えることで有名なうちの人気商品なんです。だから看板にも油瓶を描いてるくらいですから。」


『ポーション瓶じゃなかったのか。』


疑いが晴れたデルタがあれこれ品物を見せながら勧めてきたが、火打石やランタンオイルは必要ないと思った。


『初心者じゃないなら、松明やランタンで光を確保する必要はないよな。』


グランド・ワールド・オンラインのキャラクターとしてのグラベルの考えだったのだろうか。簡単な魔法で松明とは比べ物にならないほどの明るい光を出せるという思いが浮かんだ。


『でも、魔法だけで解決しようとすると目立っちゃう場合もあるかな……』


「じゃあ、勧めてくれたランタンオイルを4瓶、火打石2つ、携帯用の寝具2つ、それと小さなナイフも2つください。その代わり、」


「必要そうだから勧めたんですけど、ありがとうございます、お客さん。でも『その代わり』って何ですか? また何か……」


どうやらたくさん買う代わりに値引きを求めるつもりかと思い、『そんなに売ったら儲けがなくなりますよ』とか『さっき買ったバッグのトナカイ革の良さはですね』と言う準備をしながら、客の言葉に対応する商人の頭が素早く回り始めた。


「残った金のかけらを金貨と銀貨に混ぜて両替してください。手数料はこっちで払います。」


「手数料は商人ギルドや冒険者ギルド(ぼうけんしゃギルド)より安くすればいいんですよね?」


「うん、しばらくこの街にいるつもりだから、よろしくお願いします。」


しばらく滞在する、つまり今回の取引が気に入ればまた利用するという、商人にとって効果的な言葉とともに、グラベルは小さな袋から金のかけらを取り出し、デルタに渡した。その後、計算を終えたデルタは鼻歌を歌いながら品物を袋に詰め始めた。


雑貨店を出たグラベルとイリスは、街の中心に向かう道を歩いていた。先ほど雑貨店で買った毛皮の携帯用寝具(けいたいようしんぐ)は丸めて背中の腰あたりに巻き付け、新しい袋は太ももの上に来るように肩に長い紐をかけた。


「よし! 色々買ったし、次は稼ぐぞ!」


さっき雑貨店で耳にした「冒険者ギルド」という言葉に口元が緩み、グラベルの足取りが軽かった。


ゲーマーとしてずっと夢見てきた状況だ。いつもグランド・ワールドをプレイしながら繰り返し思っていた「こんな世界に住みたい」という願いの現実だった。今の自分がこの新しい世界でグランド・ワールドとは違ってあまりにも弱い存在かもしれないと考えなかったわけではないが、まあ何だっていい、強くなればいい。冒険ができる。


この世界にあってはならない規格外の強さを持つ存在がいたら? 構わない。喜ぶだろう。どうでもいい。夢が叶ったじゃないか。自分がずっと望み、憧れていた世界だ。思い出せない「自分は誰か」という記憶なんてどうでもいい。魔法がある、冒険者ギルドがある。もっと知ろう。もっとたくさん知ろう。何をしても楽しいはずだ。


一緒にいる仲間であるイリスがいる。探さなきゃいけない、帰らなきゃいけない家がある。また会わなきゃいけない仲間たちがいる。そうしてグラベルの内に小さな情熱が燃え始めた。小さな炎がグラベルの心の中で灯った。

もしグラベルがグランドワールドオンラインの通貨をデルタに提示していたなら、店主はおそらく音による判別(ティン(Ting)テスト)を行い、本物の金貨や銀貨なら硬い表面に軽く落とすか、軽くぶつけることで澄んだ金属音が鳴るはずだった。一方で、鉛などの不純物が混ざった偽造貨幣は鈍い音がするため、それによって真偽を見分けることができた。

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