154話 アクイルン (3)
アレンロルはテーブルに着くなり、メニューを広げた。木製のそれは長年使い込まれたのか、縁が手垢でつやつやと光っていた。彼はページをめくるたびに独特の陽気な笑みを浮かべ、軽く手を打ち鳴らしては声を上げた。
「ルード、我が親友よ!かような質素な食事では、明日旅立つそなたの友らを見送ることなどできまい。今宵、この酒場で最も素晴らしい料理を注文し、我がもてなしを受けよ!」
彼は頭を巡らせて酒場を見渡すと、近くにいた女給を手招きした。女給は驚いた様子で近づいてきた。アレンロルは椅子からやや前のめりになり、声を大いに張り上げた。
「燻製 の分厚いソーセージを山ほど持ってきてくれ!皿の上にてんこ盛りにしてな!米を入れてじっくり煮込んだ鶏料理も頼む。いや、口の大きな魚料理も欠かせぬぞ!油をたっぷりかけてきらきらと輝くように仕上げてくれ!そして緑と黄色の豆を入れて炒めたガチョウ肉も頼む。ああ!最後に、葡萄酒 を蒸留した深みのある香りの酒と、最近流行りのジュニパーベリーの香りがする透明な酒も持ってきてくれ。」
女給はしばらく目をぱちくりさせて戸惑った表情を見せたが、アレンロルの弾んだ顔つきを見て、すぐに頷いた。
「はい、ただいまご用意いたします。」
アレンロルは両手を大きく広げ、満面の笑みを向けた。
「心配無用!今宵は我が払う。我が友らの腹を満たすためならば、金も銀も惜しむ気など毛頭ない!」
間もなく、厨房の慌ただしい音が酒場に響き始めた。肉を焼く音、鍋が煮え立つ音、そして料理人が大きな俎板 の上で包丁を振るう音が、陽気な音楽のように聞こえてきた。
やがて女給が大きな盆に料理を山盛りにして運んできた。テーブルの上はたちまち豊かな料理で埋め尽くされた。
燻製ソーセージの表面は滑らかで、よく焼けた濃い褐色にてらてらと輝いていた。香ばしく塩気のある香りが鼻をくすぐり、食欲をそそった。アレンロルは慎重に一切れを取り上げ、一口かじった。ソーセージの中から肉汁が弾けるように溢れ出し、彼の顔にはたちまち満足げな笑みが広がった。
「ふむ、この味!実に完璧だ……。そなたらも早く食べてみよ。」
グラベルは米を入れてじっくり煮込んだ鶏料理を丁寧に切り分け、一口味わった。鶏の身はフォークが触れただけで柔らかくほどけ、深いスープの香りが鼻と口の中に広がった。
「これは本当に柔らかいですね。スープから深い旨みが感じられます。」
隣に置かれたガチョウ肉は、分厚い身の上に濃い香辛料が均一にまぶされており、緑と黄色の豆がよく炒められて添えられていた。ルードはガチョウ肉を慎重に一口かじり、ゆっくりと頷いた。
「アレンロル、これだけのもてなしなら、本当に忘れられない夜になりそうだな?」
最後に運ばれた酒はことさら格別だった。葡萄酒を蒸留して作られた黄金色の酒はグラスの中でほのかに輝き、傾けるたびに馥郁 とした香りが立ち上った。一口飲めば強い熱さが喉を伝って下りてゆき、深い余韻を残した。一方、透明な酒はジュニパーベリーの香りが鼻先をくすぐり、口の中に爽やかな感覚をもたらした。
アレンロルはグラスを手に皆を見渡し、声を高らかに上げた。
「くぅ……っ!この味!友らよ、これぞ冒険者の街道でしか味わえない醍醐味 というものだ!」
彼の叫びに、酒場の何人かの客も拍手を送ったり笑い声を上げたりした。テーブルの上の料理は皆に、忘れがたい祭りのような一時をもたらしていた。
何杯かの酒が行き交い、アレンロルの顔は赤く染まっていった。酒を飲み干した彼はグラスをテーブルに置き、愚痴をこぼし始めた。
「あ……くぅっ。あの種族差別主義者のエルフめ!ルード、お前には分からんよ。己の存在の半分だけを蔑 ろにされるという、この何とも言えない不快感をな。」
ルードはグラスを手にしながら笑い声を上げた。
「またシリアの話?一体シリアとどんなことがあったんだ、毎回こんなに熱くなるなんてさ。」
アレンロルはグラスをテーブルにどんと置き、両手を宙に大げさに振り回した。その身振りは大仰ではあったが、その奥には滲み出るような無念 さがあった。
「シラ・ルメン・ティエルボ!精霊が光で我らの出会いを照らす……という挨拶を他の者たちにしていた彼女が、我にはこう言ったのだ。フィン・シラ・レフェ・ルメン・ティエルボ。『小さな精霊が半分の光で我らの出会いを照らす』という意味だぞ。どういうことか分かるか?つまり我は半分しか歓迎されないということではないか!」
グラベルは笑いをこらえようとするかのように、唇をぐっと噛んだ。
「それは少し解釈が過ぎるのではないですか?シリアという方も、冗談のつもりでおっしゃったのかもしれませんよ。」
アレンロルは首を横に振り、大きく手を振った。
「いや、違う!グラベル、そなたはシリアのことをよく知らぬ。彼女の冗談は冗談ではないのだよ。あの無愛想な顔で、言葉の端々に必ず棘 を潜ませているんだから。」
ルードがグラスを置きながら言った。
「シリアはそういうところあるよな。でも、お前にだけ特別にきつくあたってる気もするけど?」
アレンロルはルードを指差しながら叫んだ。
「そう!まさにそれだよ!この我にだけ特別に手厳しくあたるんだ。お前は知らないだろうが、少し前には我のことを『なんちゃって弓手 』などと言いおったのだぞ。この我の華麗な弓の腕前を何度も見ているくせに!」
ルードは笑いをこらえきれずに言った。
「あははっ!弓なら俺よりうまいじゃないか。それでなんちゃってとは?」
アレンロルは胸に手を当て、深刻な表情を作った。
「そうなんだよ!しかもある日、我が矢で木の上のリンゴを見事射貫いたら、彼女が何と言ったか分かるか?」
グラベルが興味深そうな目で口元をほころばせながら聞いた。
「何とおっしゃったんですか?」
アレンロルはシリアの声を真似ながら言った。
「『ハーフエルフだからかしら、バランスのとれた正確さは見事ね。でもそのバランスが、果たして感嘆に値する技巧へと繋がれるのかしら?』と言ったのだぞ!」
アレンロルは片手を振りながら言葉を続けた。
「それだけか?数日前には我が弓を担いで歩いているのを見て、『その弓はかなり頑丈そうですね。ハーフエルフでもちゃんと引けるくらいとは、作った人が凄いのかしら、それとも弓が優しいのかしら?』などと言いやがったんだ!」
グラベルは爆笑しながら言った。
「ははは!それは本当にひどいですね?」
ルードは腹を抱えて笑い声を上げた。
「ははは!シリアらしいな。でも、もしかしてそれはお前が特別ってことじゃないか?シリアがお前にだけそうするのは、それだけ目立ってるからだろ。」
アレンロルは頬杖をついたまま、しょんぼりした表情で呟いた。
「そういう風に考えられればいいのだがな。毎回そうして一言ずつ放り込んでくるたびに、この酒なしには耐えられない心地だよ。そなたらには分からないだろう——毎瞬間、均衡のとれた己の自我を褒めそやされるという、この奇妙な屈辱を。」
イリスはグラスを傾けながら微笑んで言った。
「アレンロルさん、もしかしてシリアさんは本当にあなたのことを特別に好きなのかもしれませんよ。彼女なりの方法で。」
アレンロルはゆっくりと頭を上げながら言った。
「本当にそうなら……。この酒一杯で彼女の棘棘しさを許してやれるかもしれぬな。そなたらはどう思う?」
皆が笑い声を上げながらグラスを高く掲げた。
またしばらく時間が過ぎた後。新たな料理と酒が運ばれてきてから、さほど時間が経っていない頃だった。
アレンロルの愚痴を聞きながら笑い続けていたルードが、手にしていたグラスを置いて突然手を打ち鳴らし、声を上げた。
「そうだ!ダム!今やっと思い出した!」
アレンロルが首を傾けながら聞いた。
「どうしたんだ、ルード?急に悟 りを開いたような顔をしているが。」
ルードは笑いながらグラベルを見た。
「グラベル、ダムで誰かに会いに行くって言ってたよな?」
グラベルは驚いたようにルードを見ながら答えた。
「ダムのベナールという名の商人のことですが……。」
ルードはすぐに頷きながら話を続けた。
「ああ、そうだ。それを朝に見たんだよ。冒険者ギルドの掲示板に、護衛依頼の板の一番上に大きな文字で書いてあったんだ。」
彼は朝のギルドを思い浮かべながら言った。
「うーん……あの時間はいつも混んでるんだよな。鎧 をがちゃがちゃ言わせながら歩き回る戦士たち、不安そうな新人たち、そしてその中で掲示板の前で場所取り合戦もしてさ。俺のすぐ前にいた奴の背中の武器が邪魔で、やっと首を伸ばして中身を見てたんだけど。」
ルードは指先で宙に文字を書くような仕草をしながら、依頼の内容を読み上げた。
「『人物護衛。目的地:ダムのベナール邸。報酬:金貨十五枚』だったかな……。いや、金貨十五枚より高かったかな……?」
ルードはテーブルの上に残ったグラスを手に取って一口飲んでから、話を続けた。
「まあとにかく、ダムへ向かう一行を紹介してくれるって話だったよな?それでも紹介よりは、冒険者ギルドの公認の依頼を通してそのベナールに会う方がいいんじゃないかと思うんだが。」
グラベルはグラスを手にしたまま考え込んだ。その表情が次第に真剣になり、やがて静かに頷いた。
グラベルはグラスをテーブルの上にそっと置いた。視線は杯に向いていたが、頭の中では素早く計算が進んでいた。
『ベナールのような人物なら当然信頼を重んじるだろう。ダレンの紹介だけを頼りに訪ねていくのは無謀すぎる。それに依頼を通じて接触すれば、少なくとも基本的な信頼は保証されるはずだ。』
彼は長く息をついてから口を開いた。
「ルードさんのおっしゃる通りかもしれません。たとえ知人の紹介があるとしても、正式に依頼を受けて接触する方が、はるかに安全ですし、相手に信頼を与えることができるでしょう。」
グラベルは指先でテーブルを叩きながら言葉を続けた。
「ベナールのような大商人ならば、見知らぬ者と会うことに神経を尖らせている可能性が高いです。紹介があるとはいっても、第三者が突然訪ねていくのは、余計な誤解を招きかねません。依頼を通じて接触すれば、自然な形で会うことができるでしょう。」
ルードはグラスを置きながら言った。
「そうだな、その方法なら確かにずっと安全だよ。ダムへ向かう道中に同行することになれば、依頼人との会話からそのベナールという大商人についての重要な情報も得られるかもしれないしな。」
グラベルは微笑みを浮かべながら、決意するように頷いた。
「今すぐその依頼について調べてみなければなりません。できる限り早く依頼を受理して、準備を始めなければ。」
「え?今?今すぐは少し早すぎないか?」
グラベルが席から立ち上がると、ルードも続いて立ち上がりながら叫んだ。
グラベルは断固とした表情で言った。
「今が一番早いですから。手をこまねいている余裕はありません。」
その決意に満ちた態度に、皆が一瞬言葉を失った。しかしすぐにアレンロルが笑い声を上げながら席から立ち上がった。
「よし!ならば我はそなたのためにこの夜の陽気な杯を代わりに掲げよう、グラベル!早く行ってやるべきことを片付けて戻ってくるがよい。」
グラベルは軽く頭を下げながら言葉を締めくくった。
「すぐに戻ります。イリス、ついてこなくていい。すぐ戻るから、ニアも。」
彼の後ろ姿が酒場を出て消えると、残っていたアレンロルはその決断力に小さく感嘆しながらグラスを再び手に取った。そして椅子に寄りかかり、杯をゆっくりと傾けた。
「決断が早いな。あの断固とした態度。普通の者なら席を立つ前に、『もう一杯飲んでから立つか?』と考えたところだろうがな。」
イリスは頷きながら言った。
「グラベル様はいつも決断が早いです。」
アレンロルは彼女に向かってグラスを掲げた。
「そうだとも!そのような彼の決断力に乾杯!そして彼が戻るまでの間、我はここに残った酒を全部空けてやるぞ!」
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