ぐーたら生活の始まり
窓から、日の光が差し込んでいる。
ベッド脇の時計を見ると、午前11時を指していた。
久しぶりに長時間眠ることができたおかげで頭の中がスッキリとしている。
思い出すのはつい昨日のこと。今もまだ二佳から貰った優しさを思うと胸が暖かくなる。二佳から本気で心配されて、私が堕落させてあげる、とまで言わせてしまったのには申し訳ないけれど、久しぶりに兄妹として会話することができて嬉しかった。
というか、待てよ…?昨日のあの雰囲気のままいけるならば…。
もしかして、今日からまた子供のころのように二佳と仲良くおしゃべりできるのでは?
そう思ったらテンションが上がってきた…!
だが、ここで浮かれてはいけない。
もしまた二佳と関係を戻すことができたとしても、また避けられるようになっては意味がない。
今度こそちゃんと二佳と向き合って、二佳の気持ちを知って、寄り添うようにしたい。
もちろん、就職活動も続けていくけれど、二佳との時間は、今何よりも優先されるようなことに思えた。
そうとなればこうしてはいられない!
僕はベッドから勢いよく飛び降りてキッチンへ向かう。
手早く朝食のベーコンとスクランブルエッグを作り上げ、二佳の部屋へお持ちした。
いつもなら扉の前に置いて終わりだけれど、今日はもう一歩踏み出してみることにする。
昨日は二佳が頑張ってくれた。だから今日は僕が頑張る番だ。
こんこん、と二佳の部屋をノックし、優しく声をかける。
「お、遅くなっちゃったけど、朝ご飯できたよ~。よ、よかったら一緒に食べ…」
バタン!
と、一生懸命二佳に話しかけている途中で、勢いよく扉が開いた。
髪をぼさぼさにして、だぼだぼのシャツからは片方の肩が大胆に露出している。寝ぼけているのか目は全く開いていなかった。
「お、おはよう二佳。開けてくれたっていうことは一緒に…」
「…………ぎ」
「ぎ、なんて…?」
二佳がもごもごと何かを口走る。
二佳の小さな声を聞き取るのには長けている自分でも、さすがに寝ぼけた状態では聞き取ることもできなかったので、大人しく二佳に耳を近づけることにする。
「朝早すぎ……」
ぎろりと二佳に睨まれる。
……え、もう11時だよね?
「いや、でもそろそろ起きてご飯食べないとお昼になっちゃうし…」
「眠い……」
目をしょぼしょぼさせている二佳はとても可愛い。つい甘やかしたくなってしまう。
「じゃあ、後で食べる?」
「……いい」
そういって二佳はのっそのっそと僕の脇を通ってリビングへ歩き出す。
あまりにおぼつかない足取りで心配だったので、付き添いながら下へ向かった。
なにはともあれ、久しぶりに二佳と一緒の朝食だ。
普通にお話しすることもできたし、やっぱり昨日の一件のおかげで幾分か二佳との距離を縮めることが出来たんだ。万歳!
席について、いただきますをした後、二人でゆっくりと食べ始める。
二佳と一緒に食べられる嬉しさからか、食欲は普通にあった。
「…ところで、昨日は本当にありがとね。おかげで元気がもらえたよ」
「……うん」
そっと目をそらした二佳の頬は紅く染められている。
そうだろうな、とは思ったけれど、やっぱり昨日の出来事は二佳にとってもすごく恥ずかしかったみたいだ。改めてお礼も言えたことだし、二佳のためにも、これ以上この話題を掘り下げるのはやめておこう。
そう思って、食事を続けようとしたときに二佳から話しかけられた。
「……にいは」
「ん?」
「にいはもうお仕事探しはやめる……?」
「あぁっと……」
確かに、このあたりをはっきりさせないとまた心配かけちゃうよな。
僕はとりあえずの予定を二佳に伝えることにした。
「いったん、一カ月くらいはゆっくりしながら仕事を探そうと思う。前みたいに無理にでも頑張ろうとするのはやめておくよ」
幸い残業をしまくっていたおかげで、一カ月くらいならどうにかなるくらいの貯金はある。仕事探しも大事だけれど、せっかくこうして二佳と話せるようになったわけだから今は二佳との時間を大切にしたいと思っていた。
「……なんにもしないわけにはいかないの?」
「それは…、収入がなくなっちゃうからね…。全く動かないわけにもいかないかな」
「……やっぱりお金。……私も収録を……、もっと……稼がないと……」
「に、二佳…?」
急に二佳がぶつぶつと言い出したから心配になってしまった。
僕を堕落させると言っていた二佳のことだし、本当は何もしないでいてほしいのだろうけれど、こればっかりは仕方ないからな。
「……べ、別に何でもない。それより…、ゆっくりするっていっても何かしたいことはある、の…?」
「うーん、それがこれまで趣味という趣味がなかったから特にないんだよね。よかったら二佳が普段していることとかを教えてもらえないかな?」
二佳が1年近くの引きこもり生活で何をしていたのか、それを知ることが二佳について理解を深めることに繋がると思って、僕はそう質問した。
「……ふ、ふへへ」
二佳は僕の質問を受けて、大変機嫌がよさそうに笑った。
これは二佳のテンションが上がっているときの独特の笑い方だ。初めて二佳のこの笑い声を聞いた人はびっくりすることが多い、けれど僕はとってもかわいい笑い方だと思っている。いつだって二佳に笑って過ごしてほしいシスコンお兄ちゃんとしては、この笑い声を聞くために頑張っているといっても過言ではない。
「……そういうことなら、任せて。にいの堕落計画は既にいろいろと考えてあるから」
「堕落計画……?」
「……そう。すべて終えたころにはにいはきっと、ぐーたらへの未練を捨てられず立派なニートになっているはず」
「そ、それは困るなぁ……」
「……ふへ」
だんだん二佳の笑い方が悪魔じみて見えてきたのは気のせいだろうか。
「それじゃあまずは、アニメ鑑賞から、始める…」
「なるほど、二佳の好きなアニメを教えてくれるんだね」
「……うん、そして一気見した後にはきっとぐっすり眠れるはず。とりあえずにいにはたくさん眠ってほしい」
「僕の睡眠の心配までしてくれるなんて…、二佳は優しいなぁ…」
「そうしないと、収録する時間とれないし……」
「ん?今、なんか言った?」
「…なんでもない!……えっと、部屋からパソコン持ってくる、ね。テレビとつなげてそれで見るから」
二佳はそういって慌ただしく階段を駆け上がっていった。
正直、こんなことをしていていいのだろうか、という疑念が全くないわけでもない。二佳のために時間を使うと決めても、どうしても、手に職がないという状態は不安になる。
けど、わくわくとした表情でリビングに戻ってきた可愛い二佳の姿を見れば、そんな角ばった心も自然と柔らかくさせられるのだった。