お兄ちゃん堕落計画
小学校から帰ってきた後、僕は二佳を連れて近所の公園へ遊びに来ていた。
いつものように砂場で遊んでいた二佳だったが、その日は珍しく、滑り台で遊ぶ僕の元へやってくる。
「今日は砂場で遊ばないの?」
そう僕が問いかけると、二佳はすんとした表情で答えた。
「…滑り台の魅力に気づいたの」
「ほんとうに!?じゃあ、一緒に遊ぼ!」
僕は自分が大好きなものに興味を持ってくれたことが嬉しくて、二佳と一緒になって滑り台で遊んだ。何度か休憩を挟みながらも、後ろ向きで滑ったり、肩を組んで一緒に滑ったりしているうちに、時間はあっという間に過ぎていく。
そうして、日が落ちかけてきた頃、幼稚園くらいの小さな女の子が母親と一緒に僕たちのもとへやってきた。
「これ、貸してくれてありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げる母親と女の子。その手には二佳が普段から使っている砂場道具が握られていた。
「あっ、それで今日は砂場で遊ばなかったのか」
「…滑り台の魅力に気づいただけ」
二佳はそっけない態度でまた滑り台に登りだしたから、僕が代わりに軽く会釈をして道具を受け取った。
二佳は昔から恥ずかしがり屋だけれど、それ以上にとても優しいのだ。
だから僕は昔から二佳のことが大好きで、誇らしかった。
「二佳はいい子だね!」
「……にい、くすぐったい」
「よ〜しよしよし。二佳は可愛いなぁ」
シスコンという言葉を知ったのは、それからずいぶん経ってからのことだ。
※※※
「…………」
夢を見ていたと気づくにはそれなりの時間を要した。
汗がだらりと首筋に垂れてくる。冷房はいつの間にか切れていたらしい。
「あの頃の二佳、可愛かったな…。もちろん今も可愛いけど…」
そんな絶対に本人には聞かせられない独り言をつぶやき、僕はベッドから起き上がる。
二佳にフレンチトーストを作ってあげた後、今度こそスマホから就活サイトへ登録しようとした。ただ、どうしても心理的な抵抗感(怠けともいう)に勝てず、またベッドに逃げ込んでしまったのだ。時計を見ると、あれから数時間が経過していた。つまり、それだけの時間を無駄にしてしまったことになる。
このままではいけない。そう思って、とりあえず外へ出てみることに決めた。
外へ行けば、働いていたときのような緊張感をもって職探しに励めるのではと思ったからだ。もしそれでもダメそうだったら、就活サイトではなく、ハローワークまで直接足を運ぶという選択肢もある。誰かの手を借りるともなれば、怠けることもできなくなるだろう。
クローゼットの奥から外用の私服を取り出して着替えを済ませる。スーツか部屋着ばかり着ていたからこれを着るのは数か月ぶりだ。
それから、そっと音を立てずに部屋を出る。
二佳にはまだ仕事を辞めたことを伝えていない。どの道バレることだろうし、同じ家に住む妹には打ち明けるべきだとは思うのだが、どうしても自分から言う気にはなれなかった。
問題を先送りにする行為でしかないと分かっていても、二佳に家にいるとバレないように、静かに家の中を移動する。
廊下をわたり、階段を下りて、玄関に辿り着いた。
そのまま履きなれた靴を履き、扉を開けようとして僕は…。
「………………」
――その場に、座り込んだ。
あとはドアを開けるだけ。ただそれだけなのに、どうしてもその一歩が踏み出せない。
ドアの向こうには、少し前までは当たり前だった日常が、何一つ変わることなくそこにあるように思えた。
無能な自分を恥じ、上司には厳しく指導され、自分の至らなさを突きつけられる日々。
踏み出せば、またあの日々に逆戻りしてしまいそうで、身体が金縛りにあったみたいに動かなくなる。
仕事をしていた時も毎朝、同じ症状に陥っていた。その時は決まって凄まじい吐き気も伴っていたが、それでも仕事への責任感からどうにか一歩踏み出していた。
けれど、今の僕には気力が足りないらしい。何度、自分を奮い立たせようとしても進めなかった。
結局その日は、1時間くらい玄関で葛藤した後、二佳に見つからないうちに自分の部屋に戻った。
※※※
――あれから何度も外へ出ようと挑戦したけれど、玄関から先、あと一歩が踏み出せず、無為な時間だけが過ぎていった。仕事を辞めてから、もうどれほどの時間を無駄にしたのだろうか。元々は仕事を辞めた後すぐにでも職探しをして、働くつもりだったのに…。
最近は何かをしようとすると思考にもやがかかり、動けなくなることも増えてきた。
食欲も失われ、最後に食事をしたのがいつだったのかも覚えていない。
料理をする気にもなれず、二佳にはお金だけ渡して飢えを凌いでもらっている体たらくだ。
そして今日もまた、玄関から動けずに時間だけが過ぎていく。
天井を仰ぎ、目をつむると、冷たい雫が頬を伝った。
今日も何も食べられなかった。
※※※
真っ暗な部屋の中で僕は目を覚ました。少しの間だけど眠れてはいたらしい。頭の疲れは全然とれた気はしないけど、それでもずっと起きているよりはマシに思えた。
夢うつつなまま、水でも飲みに行こうと思って部屋を出ると、一階から水音が聞こえてきた。二佳も水を飲みに行ったのだろうか。
こないだの一件もあって、今、二佳と鉢合わせるのは僕も二佳も気まずい…。
そう思って部屋に引き返そうとしたその時、今度はチャカチャカチャカという高く跳ねるような音が聞こえてきて、思わず足を止める。
この音は僕もよく知っている。ボウルで何かをかき混ぜている時の音だ。
ということは、二佳は料理でもしているのだろうか?でも、どうして急に?
そう疑問に思うも心当たりは一つしかない。
僕がご飯を作らなくなったからだ。
ちくりと胸が痛くなる。だが、それよりも二佳のことが心配だった。
料理には危険も多い。ましてや素人の二佳にとってはなおさらだろう。
ふいに、二佳が包丁の扱いを間違えて大けがを負う姿を鮮明に想像してしまう。
一度想像してしまったらそれが現実になってしまうような気がして、不安に駆られた僕は階段を下りてキッチンを目指した。
とはいえ、基本的には黙って見守るつもりだ。だけど、もし二佳が本当に危なそうだったら、その時はちゃんと助言してあげよう。
リビングにつながる扉をそっと開けて、奥のキッチンの様子をうかがう。
キッチンの前には、元々肩まで伸びている髪を後ろでひとつ結びにした二佳の姿があった。
母さんが昔よく着ていた、中心にカメの親子のイラストが描かれたエプロンも着けて料理している。元々母の部屋だった所を今は二佳の部屋にしているから、どこかから見つけてきたのかもしれない。
台所の上には、大きなボウルと食パンが置かれているのが見てとれるが、ボウルの中まではここからだ見えないので、何を作っているのかまではわからなかった。
「えっと…、次は…」
小さな独り言をぶつぶつと呟きながら、二佳は下の棚から包丁を取り出した。見るからに扱い慣れていない二佳の姿に、ひやひやとさせられる。
本当は今すぐ包丁の持ち方から何まで教えに行きたいけれど、仕事を辞めたことへの負い目や、先日の一件から生じた気まずさが僕の一歩を遅らせた。
「痛っ…!」
「二佳!」
二佳の痛がる声を聞いた瞬間、頭が真っ白になる。
後ろめたい感情は全部ぶっちぎって、慌ててキッチンへ飛び出していった。
「二佳、大丈夫!?」
「え、にい…?」
手元を見るに、指を包丁で切ってしまったらしい。
僕はすぐに消毒液と絆創膏を棚からとってきた。
「まずは傷口を洗って」
「…っ!しみる…」
「大丈夫、痛いのはすぐだから。それが終わったら消毒して絆創膏を貼るからね」
二佳の手当が完了し、僕はやっと一息ついた。
とりあえず、深い傷にはなっていないみたいでよかった。
「…………」
一方、二佳は口を閉ざしたまま何もしゃべらなくなってしまった。
「あ、えっと…」
とっさに飛び出してしまったけれど、そりゃ気まずいよな。
微妙な空気が二人の間に漂う。
とりあえず何かしゃべろうとするけれど、何を言えばいいのかわからない。
「…料理、してたんだよね。…僕が作ろうか?また怪我したら危ないし」
長い時間をかけてひねり出した言葉がそれだった。
二佳にしてみれば、さっさと部屋に戻ってほしかっただろうけれど、僕が料理をしなかったせいで、二佳に怪我させてしまったのだとしたら、このまま見て見ぬふりはできなかった。
幸い、二佳の前だからか一人でいるときよりは料理への気力がある。
うん、今なら作れる気がする。たぶん…。
「…ない」
「え?」
「それじゃあ、意味ない、から…」
「意味…?」
こちらに目を合わせることなく、ぽつり、ぽつりと二佳が呟いた
意味がないとはどういうことだろうか。もしかすると二佳は、自分で料理の練習をしてみたかったとか?だとしたら確かに、僕が代わりにやるのはよくないだろう。でも、それはそれで心配だから、できることなら近くで見守っていたい…。
そんな風に二佳の言葉の意味を考えていると、小さな手が僕の袖をぎゅっと掴んできた。
「二佳?」
横から覗いて見えた二佳の表情はとても不安そうで、心配になる。二佳が何を考えているのかわからない。でも、僕の袖を掴んだということは何か言いたいことがあるということだ。
二佳は昔から、自分の言葉を話すのにとても時間がかかることが多い。だから僕は、じっと二佳の言葉を待っていた。
そして、しばらく待って二佳の口から発せられたのは……。
「ねえ…、にいって、シスコン…?」
「へ?」
それは僕にとってあまりにクリティカルな質問だった。
待て待て待て、いったん落ち着け。動揺するな…。
汗がだらだらと流れ、鼓動がどんどん早くなっていく。二佳の手前、表情こそ繕っているが、本当は今すぐにでも逃げ出したい気分だった。
いつかは――この時が来ると思っていた。二佳がその言葉を知り、直接そう問われてしまう日が。でも…。
「どうして、今…?」
「…いいから、答えて…」
「……答えなかったら?」
「…一生、口きかない……」
ぷいとそっぽを向く二佳。
それだけで、僕は絶望的な気分にさせられる。
二佳に一生口をきいてもらえないなんて、想像しただけでも恐ろしい…。
でも、素直に答えたとしても、二佳に嫌われるに決まっている。
「5…、4」
「え、ちょ、二佳!?」
「3、2…」
黙ってしまった僕に対し、二佳は容赦なく指を折りながらカウントダウンしてきた。もうあと2秒以内に答えないと二佳に一生口をきいてもらえなくなってしまう。
でも、答えたところで結果は同じなんじゃないだろうか?もし重度のシスコンだとバレたら、こんなキモい兄と話すのなんて嫌だって思われるだろう。
「1……」
ダメだ。怖い!二佳に嫌われるのはどうしようもなく恐ろしい!
でも!
「ゼ…」
「僕は!二佳のことが大好きなシスコン野郎ですぅぅぅ!!」
「…………!」
嘘はつきたくない。
もし、これで二佳に嫌われてしまうのだとしても、自分の素直な気持ちは誤魔化さずに言葉にするべきだと思った。
大事な人と、二度と会えない辛さを知っている僕たちだから。
感情の大きさに比例したせいか、想像以上に大きな声が出てしまったこともあり、二佳は驚いて目を丸くしていた。
そのまましばらく固まっているかと思ったら、今度は深く顔を伏せる。
――そして、まっすぐに僕の方へと歩み寄ってきた。
「その、二佳…」
「にい、どいて…」
「あ…」
冷えた声でそう言われ、反射的に台所の前から立ち退いた。
やっぱり、今の告白で二佳に嫌われてしまったのだろうか。
暗い感情に引きずられそうになりながらも二佳の様子を窺っていると――二佳は包丁を手に取った。
「二佳!?何を!?」
もしかして、お兄ちゃんを殺そうとしてる!?嫌いを通り越して殺意を抱かれた!?
だが、二佳は恐怖で震えている僕を一瞥することもなく、真剣な表情でキッチンの上で寝かせていた食パンに切れ込みを入れだした。
……ただ料理を再開したかっただけ…?
「……にいはそこで待ってて。すぐ作るから」
「い、いや、僕が作るよ!…またさっきみたいに怪我したら…」
「それじゃあ、意味ないの…」
「意味って、どういう…」
「だって、にい、自分で作っても食べないでしょ…?」
「――――――――」
図星すぎて、声が出なかった。
「にい、もう何日も食べてない……」
僕が食事を摂っていないことは、二佳に気付かれていたのか。
「でも……、だ、大好きな妹の手料理なら、にいは食べてくれるかもしれないって…。だから……!」
――シスコンかどうか聞いてきたのはこのためだったのか。
先ほどの質問の隠れた意味を理解すると同時に、二佳が何を作ろうとしているのかもわかった。ボウルの中にはかき混ぜられた卵と、パンには切れ込み。よく見たらすぐにわかる。
二佳と、僕が大好きなフレンチトーストだ。
「…………、…………!」
あの僕にさえ人見知りをしていた二佳は、今も必死で言葉を伝えようとしてくれていた。
「…にい、仕事も行ってない…。やめちゃったん、でしょ?」
「それ、は……」
二佳に確信的な事を聞かれて、とっさに誤魔化したくなってしまう。
でも、二佳がここまで頑張ってくれたのに、ここで僕が逃げるわけにはいかない。
弱い心を抑え込んで、下を俯きながら白状する。
「…ごめん、せっかくいい所に雇ってもらったのにこんなことになっちゃって…」
「…ち、あ…。べ、別にそんなのはどうだっていい…」
「仕事はまたすぐ見つけるから。前よりお給料は下がっちゃうかもしれないけれど…、二佳は心配しないでこれまで通り…」
「……だ」
「え?」
「嫌だ!」
ダンッ!と二佳は手に持った包丁を台所の上に叩きつけ、僕にまっすぐ向き直った。
「嫌だ!これまで通りなんて絶対に嫌!!」
これまでに聞いたこともない声量で二佳が叫ぶ。
僕が思わず顔をあげると、二佳の目からは涙が零れていた。
その瞬間、頭の中が真っ白になる。
自己嫌悪も、気まずさも、恥じらいも、二佳の涙を見た途端に掻き消える。
ただまっすぐに二佳の感情、想い、言葉が僕の心に届いてくる。
「だって、にい…。辛いんでしょ?いつも玄関の前ですごく苦しそうにしてる…」
「……見られたのか」
「辛いなら…、休んでよ…。お金のことなら私も頑張るから…。それでも…、それでもまだ、にいが苦労を全部背負うって言うのなら――」
二佳は涙を頬に流しながら、不器用に笑った。
「――私がにいを堕落させてあげる」
「……っ!」
二佳の顔がぼやけて見えなくなってくる。
二佳なりの優しさと愛情が、心の奥深くまで届く。
1年近く、ずっと僕を避けてきた二佳が、あの人見知りの二佳が、想像もつかないほどの勇気を振り絞って僕の心に踏み込んでくれたんだ。それがすごく嬉しかった。
父さんと母さんが死んじゃってから、二佳の前でだけは絶対に泣かないって。じゃないと二佳が僕に頼れなくなるからって、我慢していたのに……。
「なんだよ、それ……」
ずっと抑え込んでいた感情が濁流のように溢れていく。
気付けばぼろぼろと涙が零れ落ちていた。泣き崩れて、膝立ちになってしまった僕を、二佳は恐る恐るも、優しくそっと撫でてくれた。
「…わ、私は既に1年近く引きこもっていて…、堕落しきった女だから…。安心して任せてほしい…」
「……それは、頼もしいね」
「どれだけくそ真面目なにいでも、万年ぐーたらな私にかかれば余裕、だから…!」
二佳は冗談か本気で言っているかはわからない。
けれど、二佳が僕を心配してくれていることは十二分に伝わってきた。
僕の背中を二佳がぽんぽんと何度も優しく叩いてくれる。
昔、母さんが僕によくしてくれたように。昔、僕が二佳によくしていたように。
「…にい」
「なに…?」
「……お仕事、おつかれさま」
僕から流れる涙を優しく掬いながら、二佳はそんな言葉を僕にかけてくれる。
それは、僕が、僕自身にさえずっと言えていなかった言葉だった。
「うっ、ぐぅ……、ありが、とう……」
号泣する僕の頭を、二佳はそれからも優しく撫で続けた。
しばらくして落ち着いた後、二佳が作ってくれたフレンチトーストを食べて、僕は部屋に戻った。
泣き疲れたせいか、久しぶりに頭の中がとても静かだった。
ベッドの上で目を瞑り、そのまま心地よい眠気に身を任せる。
目覚ましはかけなかった。
※Nika※
まだ、心臓がバクバク鳴っている。
にいとは長い間、気まずい関係が続いていたのに、今日の私はどう考えても踏み込みすぎた。自分でもびっくりしている。これまでは話しかけようと思っても、喉に言葉が詰まってばかりだったのに、今日は言葉がするすると出てきたから。
とにかく必死だった。ここで何か言わないと、何かしないと、にいがずっと遠くへ行ってしまう気がして。
にいはお父さんとお母さんが亡くなってから変わってしまった。
それまでやんちゃ気味だったにいは、臆病なまでに慎重で、真面目な性格になった。
にいはよく、私の頭を撫でては「二佳のことは僕が守るから」と、口癖のように言ってくれた。両親が亡くなった日も同じことを言ってくれていたと思う。
実際、にいは私のためにたくさん努力してくれて、そのことごとくが成功した。
高卒ながら大企業に就職して、ばらばらの親戚の家で引き取られそうになった私たち家族をつなぎとめてくれたのだから、にいは本当にすごいと思う。
でもだからこそ、今回、お仕事をやめちゃったのは、にいにとっては初めての挫折と呼べる経験だったのかもしれない。
にいは、私にとってのヒーローだ。
そしてにいも、私にとってのヒーローになれるようにたくさんたくさん努力して、頼られるために強がってくれている。
にいの「私を守ってくれる」という言葉はとても恥ずかしいけれど、心地よくて、嬉しくて…、甘えたくなる言葉だった。
でも、本当は......、頑張ってるにいには絶対に言えなかったけど、守ってもらえなくても、強くなくてもいいって思っていた。
傍にいてくれるなら、それだけで十分だって。
でも、これからはただ思ってるだけで、終わらせない。
優しくしてあげたい。どれだけ恥ずかしくても。
自分を大事にしてほしい、どれだけ私が頼りなくても。
にいには、幸せになってほしい。それが私の本心だ。
長い間、逃げ続けてきちゃったけど、これからはそうも言っていられない。
心が熱く燃えていた。にいを元気にする。それはきっと私にしかできない使命だと思うから。
だけど私は、映画の中のヒロインのように、傷ついたヒーローを癒した後にもう一度戦場へ送り出すような真似をするつもりはない。
元気になった後も、ぐーたらして、月並みの幸せを享受してもらいたい。
だから私は、絶対に、にいを堕落させてやるのだ。
アニメの一気見、昼寝、8度寝、徹夜でゲーム。やりたいことは山ほどある。
まずは何から始めていくべきか。私は頭を悩ませながら堕落計画を練っていく。
それはとても楽しい時間だった。