ハプニング
目が覚めても窓の外は暗いままだった。それでも部屋の時計を見ると、1時間は眠れたようだ。
中途覚醒のまま起きたせいか、頭が重いけど、それでも眠る前の雑音まみれだった脳内よりはマシに思えた。昨日までの僕なら明日の仕事に備えて二度寝していたところだけど、今は明日を気にする必要もない。
僕はお腹に力を入れて、ベッドから上半身を起こした。堕落は少しの綻びから始まる。動けるうちに少しでも職探しをしておいた方がいい。何事も真面目にコツコツが肝心だ。
ふと、お尻の下に違和感を覚えた。
ベッドに身を投げたまま眠ったからブランケットを下敷きにしてしまったのだろう。
…けど、それじゃあ僕の体にかかっていたブランケットは?
暗くてよくわからなかったけど、改めて見ると水色のブランケットがかけられていたことに気付く。
この色は、妹の二佳のものだ。
「それがどうしてここに…?」
混乱と同時に、寝ぼけた頭が徐々に冴えていく。
そしてさらにもう一つ。いつの間にか、僕の右手に握られていたものに気が付いた。
無意識のうちに、ずっと右手で掴んでいた”それ”をようやく知覚し、僕は恐る恐る目の前に広げる。
手触りはやわらかく、透けるほどに薄い。よく見えるようにさらに広げていき、僕は手に持っていたものを完全に理解する。
淡いピンクのキャミソール。二佳の肌着である。
いや、待て待て待て待て待て!!??
これは本当にどういうことだ?
もしかして寝る部屋を間違えたのかと思い、きょろきょろと部屋の中を見回すが何度見ても自分の部屋であることに間違いはない。
というか例え本当に二佳の部屋で寝てしまっいたのだとしても、二佳の肌着を掴んで寝てるのはおかしいだろう。
とするとじゃあ、まさか...。
その瞬間、僕の脳内に最低な想像が浮かんできた。
……zzZzzZzzz……
睡眠中、夢遊状態に陥った僕は隣の二佳の部屋へと忍び込む。
ベットの上に寝転がる妹の無防備な顔に僕は舌なめずりをする。
はぁはぁ...世界一可愛い、僕の妹...。
二っ佳ちゅわ〜ん♡
目をギンギラギンにさせ、狼に変身した僕は、二佳のブランケットを剥いで、肌着に掴みかかった。
「にい…!?やめて…。目を覚まして…!」
「……うぅ」
「にい…!」
「アオーーーン!!」
二佳に乱暴を働き、身に着けたものを脱がせる。
戦利品のブランケットと肌着を手に入れた僕は満足そうな笑みを浮かべ、再び部屋へと戻っていくのだった。
……zzZzzZzzz……
「そんな、まさか…!?」
自分の嫌な想像を振り払おうと頭をぶんぶんと横に振る。
だけど、どうしても自分の想像を否定しきれない。
心の奥で、昨日僕が眠る前に聞いたあの『幻聴』がひっかかっていたからだ。
あれは僕の中にどうしようもない性欲がたまっていた証拠に他ならない。
それに、長年一緒に過ごしている家族の僕にさえ人見知りを発動する、超超恥ずかしがり屋である二佳のことだ。ブランケットはまだしも、肌着を僕に差し出すなんてことは絶対にありえないだろう。
つまり、僕が二佳から無理やり肌着を奪い取ったことはほぼほぼ間違いないのだ。
ああ、ダメだ。考えれば考えるほど、そうとしか思えなくなってきた。
最悪だ…。自分のことを無能だとは思っていたけれど、根もクズだったなんて。
しかし、落ち込んでばかりではいられない。今はなによりも二佳の精神状態の方が心配だ。
僕の妄想だと肌着を奪うまでだったけれど(…想像もしたくないけれど)実際はそれ以上に酷いことをしてしまった可能性もある。
いてもたってもいられず、僕は勢いよくベッドから飛び起きた。
そのまま部屋を出て、隣の妹の部屋の前までやってくる。
けど、ここで動けなくなってしまった。喉がからからになり、寝ている間にかいた汗が気持ち悪い。
二佳の部屋をこうして尋ねるのは1年ぶりくらいだ。ずっと避けられていたから、僕からも話しかけないようにはしていたけれど、さすがにこれほどのことをやらかしておいて逃げるわけにもいかない。
僕は意を決して、二佳の部屋のドアを開いた。
「二佳、入るぞ」
そう声を出した0.01秒後に、僕は自分のミスに気が付いた。久々に二佳の部屋を訪れたからか、あるいは極度の緊張状態だったからか。
ああ…、なんで、入る前にノックをしておかなかったのだろう。だが、後悔してももう遅い。見てしまったものは見てしまったのだから。
扉の先にいた二佳は、下着姿のまま四つん這いで、股に手を置いていた。
「……オ、オ、オナ…!?」
「にい!?…あ、いやちがっ!これは...!」
バタンと勢いよく扉を閉める。
落ち着け。落ち着くんだ。年頃の中学生だ。こういうこともあって当然だ。今の僕は二佳の兄であり保護者でもある。こういう時の言葉選びはものすごく重要だ。
もしここでデリカシーのない発言をしたら、一生二佳に口を聞いてもらえなくなるかもしれない。それだけは嫌だ。絶対に嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!!
その時、二佳が部屋の中から飛び出してきた。
さすがに、上にシャツを羽織ってきたいたが、顔は紅潮し、口をわなわなとさせている。
「さ、さっきのは…、ち、違うから!!」
二佳の鋭い眼光が僕に突き刺さる。
どうしよう。まだ言うべき言葉を何も考えていないのに。どんな言葉を二佳に言おう。どうするのが正解なんだ?どうすれば二佳に嫌われない?
考えろ考えろ、考えろ!!!
必死に思考を回転させる。
その結果、瞬発的に脳にストレスがかかり、いつものあの衝動に襲われた。
「ヴぉえええええええええ」
僕は妹の前で盛大に吐しゃ物をぶちまけた。