森と世界と魔法使い
「ではこんな場所とはさっさとおさらばするとしようか」
そういうとフェレスは自分の腕を天井へと向かって突き上げた。その手のひらも天井に向けられている。
「何をするつもりなんだ?」
「まあ、黙って見ていろ」
フェレスはそう言うと、その手のひらから黒い光線が天井へと向けて放った。それは蜘蛛に向けて放った黒球とは比べ物にならないほどの大きさだった。周囲には空気を裂くような音が響く。
数秒後、その黒い光が消えると、その直撃を受けた天井には大きな穴が開いていた。破片が落ちてこないところから考えるに穴の開いた部分は上空まで吹き飛ばされたようだ。
「すげえ……」
「うむ……人間からすればそう思うのも無理ないかもしれんな。しかし、私に言わせれば今一つといったところだな。もっと派手にぶち壊してやるつもりだったのだが……久しぶりだからなのかどうも調子が悪いな」
これで今一つって本気で撃ったらどんな威力になるんだよ。俺は言葉通りに開いた口が塞がらなかった。
「さて、これで出口はできた。さあ、脱出するぞ。私の手に掴まれ」
そう言ったフェレスの背中にはまるで悪魔のような黒い翼が生えていた。
俺はまだ意識を取り戻していない遥香を抱きかかえると、残った方の手でフェレスの手を掴んだ。
フェレスは黒い翼を羽ばたかせて浮き上がった。そのまま高度をどんどんと上げていく。やがて、俺たちはこの巨大図書館とも言うべき空間から抜け出した。驚くべきことに、この空間の周囲の本棚は天井まで届いていた。いや、届いていたというよりは天井と一体化していたという表現の方が正しいだろうか。
巨大空間を抜けた先には森が広がっていた。これまたロールプレイングゲームに出てきそうな感じの森だ。今のところ俺の見える限りでは先ほどの巨大蜘蛛のような生物の姿は確認できないが、周囲からはコウモリだか昆虫だかの怪しげな鳴き声が聞こえてくる。
適当なところに俺たちをおろすと、フェレスも着地した。そして顎に手をあててなにか考えているような素振りを見せた。
「ここは……もしかすると迷いの森あたりか? だとすれば少々やっかいだな」
「迷いの森? それって……」
俺が口を開いたそのとき、未だ俺の腕の中にいる遥香が小さな声を出した。
「う……うぅん」
「遥香、気がついたのか?」
「あれ、ここは? それにあの蜘蛛は? 私あの後どうなって……! ちょっと! 和也! どこ触ってんのよ!」
遥香は俺の腕を振り払うと強烈な平手打ちを放ってきた。俺の頬がじんと痛み赤くなる。俺は頬を抑えながら遥かに向かって言った。
「痛えな。一体、誰のおかげで……」
「遥香とか言う女よ、それは私のおかげだよ」
俺の言葉を遮って、横からフェレスがそう言った。
「あら驚いたわ。あの状況からあなたみたいな小さな女の子が助けてくれたの?」
「失礼な奴だ。私を見て小さな女の子などと……そんな戯言は鏡を見てからよく考えて言うことだな」
フェレスは確信に満ちた声でそう言ったが、その姿は明らかに子供だろう。誰からみてもそう見えると思うが……自覚がないのか?
「いや、フェレスさんの方こそ鏡を見てから言った方がいいと思うぞ」
「フェレスさん? フェレスちゃんの方がいいんじゃないの?」
「いや、自分でそう呼べって言うんだよ」
「やだ、フェレスちゃんったらおませさんなのね」
「き、貴様ら好き勝手言ってくれおって……私のどこが小さな女の子なのかと……」
フェレスは憎しみの籠った声で言葉を発したが、自分の手を見るや否や慌てたような表情になった。
「な、なんだこの手は? まさか魔力が足りないとでもいうのか? そんな馬鹿な! こちらの世界の扉を開けるほどの魔力の持ち主のはず。でなければこの世界にいるはずが……」
「ど、どうしちゃったの彼女? 私が子供扱いしたからかしら?」
「いや、そんな感じじゃないみたいだけど」
ぶつぶつと何かを呟くフェレスを見ながら俺と遥香はお互いの顔を見た。
「ぷ、あはは、あはははははっ」
「ちょ、なんでいきなり笑ってんだよ」
「いや、こんな変な状況なのに和也の顔はいつもと同じなんだもん。なんだかおかしくって」
「は、遥香……お前なぁ」
俺がため息を吐くと、近くで草をかき分けるような音が聞こえた。それと人の足音のようなリズムで草を踏む音も。
「もしかして誰か人が近くにいるのか?」
「だとしたらラッキーね。状況も分からないし助けてもらいましょうよ」
「でもよい人とは限らないだろう?」
「ほら、渡る世間に鬼はなしっていうじゃない。たぶん大丈夫よ」
「まて、貴様ら」
その音に向かって歩き出そうとする俺たちをフェレスが静止した。
「まてって言われても……この状況じゃ助けを呼んだ方がいいだろう?」
俺は首を傾げながらフェレスに尋ねる。
「いや、おそらくは先ほどの光の調査に来た魔法学園の者だろう。貴様らは私に話を合わせろよ。さもないとめんどくさいことになる」
「めんどくさいことって……」
その時、すぐ近くの茂みから人が現れた。
「私は魔法学園で教師をしているアレンというものだが……君たちは一体なにをしているのだね?」
その人は黒いローブを身にまとい、長い杖を手に持った魔法使いのような人であった。