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蜘蛛と悪魔と謎の図書館

 そこにはまるで子供の頃にプレイしたロールプレイングゲームの地下ダンジョンのような光景が広がっていた。周囲に照明らしきものは見当たらないが、まるで周囲の空気そのものが仄かに発光しているような感じでかろうじて視界は開けていた。

 周囲には天まで続いているかのような巨大な本棚がまるで迷路を作るかのように立ち並んでいる。上を見上げても天井は見えない。一体どれほどの高さがあるのだろうか。上から見渡せば少しは今の状況が分かるかと思ったが、この本棚の上に登るのは無理そうだ。

 ――そうだ! 遥香はどうなったんだ! 状況が飲み込めず、混乱した状態で立ちつくしていた俺だったが、はっとしたように目線を落として周囲を見渡した。そこには床に横たわる遥香の姿があった。床に広がった長い黒髪を踏まないように気をつけながら、その場に膝をついた。

「おいっ! 大丈夫か、遥香! おいっ! 起きろって!」

 彼は遥香の肩を掴み、その体を揺さぶりながら声をかけた。

「うぅ……うぅん……」

 彼女は僅かに声を漏らし上半身を起こす。そして、まるで眠りから覚めたかのように目を擦りながら上半身を起こした。

「あれ……何がどうなって……あっ! 和也! 魔法の本、魔法の本はどこにやったの!?」

 がばっと立ちあがると遥香は俺の手を振り払って例の魔法の本を探し始めた。幸い、それはすぐ近くに落ちていた。

「よかった、あった! 目的の物を見つけたのに失くしちゃうんじゃ馬鹿みたいだもんね」

 遥香は本を胸に抱きかかえながら、安堵の表情を浮かべた。しかし、その表情はすぐに困惑したものに変わった。

「あれ? 私たち学校の図書室にいたはずなのに……いつのまにか随分と立派になっちゃって。もしかしなくても校舎よりも広いんじゃない?」

「何を言ってるんだ。というか本なんかよりも先に気がつくだろう、普通」

 俺はきょろきょろと周囲を見渡す彼女に呆れた声で言った。

「まあいいわ。なんだか楽しそうだし。こんな怪しげな場所だもの、あちこち調べればお宝の一つや二つ出てくるに違いないわ。それよりまずはこの本ね。この表紙の文字、私でも見たことないもの。なかなか期待できそうじゃない」

 そう言って彼女は手に持っている本を開こうとする。

「あれ? なんで? えいっ! とりゃっ! このっ! ……ダメね。まるで開かないわ。和也、男なら力があるでしょう? 開けてちょうだい」

 彼女は俺に本を差し出した。男ならって……たぶん遥香の方が俺なんかよりも力強があるはずなんだが。そう思ったが、言葉に出すと殴られるだろうと容易に想像がついたので口には出さずに心の中に留めておいた。

「俺がやっても変わらないと思うが……」

 俺は試しに本を開こうとしてみる。まあ、遥香に開けられなかった時点で俺に開けられる訳がないと分かってはいたのだが……!

「どう、開きそう?」

「…………いや、無理っぽいな」

 俺は感情がこもっていない声でそう答えた。

「そう、じゃあ残念だけどここの探索を優先する必要がありそうね。こんなおかしな場所、世界中探してもそうそう見つからないもの。きっと珍しい物や不思議なものが山のようにあるに違いないわ」

「まず探すべきはお宝じゃなくて出口だけどな」

 カサカサッカサカサッ。

「今なんか変な音が聞こえなかった?」

「さぁ? 風の音かなんかじゃねえの?」

「何言ってんの? 風なんか吹いてないじゃない」

「そういやそうだな」

 カサカサッカサカサッカサカサッカサカサッ。

 俺たちが話している間にもその音は段々と大きくなってくる。

 カサカサッカサカサッカサカサッカサカサッ、カサカサッカサカサッカサカサッカサカサッ。

「これってなんかやばいんじゃ」

 俺たちはほぼ同時に音が聞こえてくる方向を見た。

 その数秒後、本棚によって作られた通路の曲がりがとにブルドーザーほどの大きさをした巨大な蜘蛛が現れた。

「おわっ」

 俺は吃驚して思わず手に持っていた本を放りだしてしまった。最悪なことにその巨大蜘蛛がいる方向にだ。

「ばかっ! 何やってんの! まだ詳しく調べていないのにっ!」

 そう叫ぶと、遥香は放物線を描きながら飛んでいく本に向かって駆け出すと、勢いよくジャンプしてキャッチした。

 その瞬間、巨大な蜘蛛は口から紫色の液体を吐き出した。その液体が着地した遥香の足にふりりかかる。

「っ!」

 遥香が言葉にならない叫びをあげた。掴んだ本を床に落とす。

「遥香、大丈夫か!」

 俺は慌てて遥香の傍に駆け寄った。蜘蛛の吐いた液体がかかった彼女の素足はまるで焼け爛れたかのようになっていた。スカートも液体のかかった部分が溶けてている。

 俺は彼女を背負うと、彼女が床に落とした本を脇にかかえ走り出した。

 カサカサッカサカサッカサカサッカサカサッ。

 聞こえてくる音で全力疾走している俺のことを巨大蜘蛛が着かず離れずの距離で追いかけてくるのが分かる。遥香のことを背負いながらでは、いずれは追いつかれる。

「ごめんね、和也。まさか蜘蛛が毒液を飛ばしてくるなんて思わなくて……」

「馬鹿、謝るんじゃねえよ。そもそも俺が本を放りだしちまったのがいけないんだ。それにお前のやることの後始末なんて日常茶飯事さ。お前は黙って知らん顔してりゃいいんだよ」

「うん……ありがと」

 俺は必死に走った。あるのかどうかすら分からない出口を探して。後ろから追ってくる巨大蜘蛛が止まる気配はない。

 必死に走る俺の頭の中に直接声が響いてくる。ここに来る直前、学校の図書室で聞こえたあの女の声だ。

「助けてやろうか?」

 誰がお前なんかの助けなんて借りるか。こんなことになっているのもお前のせいだろうにっ。

「私のせいなどと言っている場合なのか? それともあの蜘蛛から逃げ切る算段がついているのか? 出口も何も分からぬこの状況で?」

 うるさい。黙れ。俺に話しかけるな。

「強情な奴だ。なあに一言、契約する。そう言うだけでいいんだ。実に簡単だろう? それとも貴様は助かりたくないのか?」

 なにが助けてやるだ。信用できるか。お前なんて。

「いくら私を拒絶したとしても、結局は貴様は私と契約せざるをえないだろうよ」

 絶対にあの声の主の力なんて借りたくはない。といっても俺の体力はもう限界に近付いてきていた。体が熱い、足が悲鳴をあげている。でも背中に背負っている遥香の荒い呼吸音が聞こえる。遥香のためにも止まるわけにはいかない。しかし、俺の意思とは反対に走るスピードが落ちていっているのが分かった。

 カサカサッカサカサッカサカサッカサカサッ、カサカサッカサカサッカサカサッカサカサッ。

 巨大蜘蛛との距離が段々と狭まっていく。まだだ! 俺はまだ走れる!

「和也、無理しなくていいよ。私を背負ってなければあんな蜘蛛からは簡単に逃げられるでしょ。私のことはいいから和也だけでも逃げて……」

「何を言ってるんだ、お前は! 遥香のことを置いて逃げれるわけがないだろう!」

「いいの。ごめんね、和也」

 直後、誰かに押されるような感覚がした。その途端に俺の背中が軽くなる。そしてすぐ後ろで床に何かが落ちる音。

 なんだ、遥香が自分から落ちたって言うのか!?

 俺は急いで反転する。しかし、無理な方向転換をしようとしたせいで勢いよくすっ転んでしまった。俺の視界には遥かのすぐ傍にまで迫った巨大蜘蛛が移る。蜘蛛の顎が激しく動いている。間違いない。喰う気だ、遥香を。

「止めろーーっ! 分かった、契約する。契約するから遥香を……遥香を助けてくれ!」

「やれやれ、ひさしぶりの世界で最初にすることが人助けだとはな」

 転んだ拍子に落とした本を開くと、そこから学校の図書室で見たのと同じ光が湧き出した。

「我の名はメフィストフェレス。封印を解きし汝に我が力の一端を貸してやろう」

 本から湧き出る光の中に女の子のようなシルエットが浮かんだ。すると、本から湧き出る眩い光は漆黒の黒に染まっていった。

「魔族ですらない俗物が。私の敵ではない」

 彼女が手を前に突き出すと、その手の平に黒い光の塊が球状に集まっていく。そして彼女はその黒球を巨大蜘蛛めがけて放った。

 それに当たった巨大蜘蛛は叫び声をあげながら黒球に吸い込まれて消えた。

「は、遥香!」

 俺は床に倒れている遥香の元へ駆け寄った。背負っている間は必死すぎて気がつかなかったが、その顔は赤く染まり体温が異常なまでに上がっている。

「大丈夫か、しっかりしろ! 遥香! おいってばっ!」

 体を揺さぶっても反応はない。

「低俗な魔物の毒でもただの人間にとっては猛毒だ。このままでは助からんな」

 本から現れたメフィストフェレスと名乗った女は遥香のことを見るとそう言った。

「しかし、貴様の願いはこの女を助けることだったな。仕方がないから助けてやるとするか」

 そういって彼女は身をかがめるとその手を遥香の胸の上においた。みるみるうちに彼女の表情が和らいでいく。

「これで大丈夫だろう。こんなものなど私にとっては毒の内にも入らんな」

 そう言って彼女は立ちあがった。

「なあメフィストフェレスといったか? これからどうするんだ? 俺は契約とやらをしてやったんだ。外に出してくれないと遥香を助けたくれたことにはならないぞ」

「……質問に答える前に一つ言っておこう。メフィストの名は好きではない。私のことはフェレスさんと呼べ」

 フェレスは俺のことを睨みながらそう言った。

「でも最初に自分で名乗ったじゃないか」

「自分で言うのはよいのだ」

「……分かったよ。フェレスさん。それで質問の答えの方は?」

「ああ、ちゃんと外に出してやるさ。こんな暗い場所では私の美貌も霞んでしまうからな。ただし、貴様たちの世界には戻してやれないぞ」

 フェレスは笑いながらそう言った。最後の言葉の意味は今の俺には分からなかったが、少なくとも子供のように背の低い女の子に霞むほどの美貌があるとは俺には思えなかった。

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