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俺と彼女と魔法の本

 とある新月の夜、上を見上げても東京の空に星は一つもない。そんな暗闇の中で俺たちは帝都東高校の校門前に立っている。俺の名前は冬馬和也(とうまかずや)。まあ俺自身はどこにでもいる平凡な高校生だろう。そして一緒にいるのは幼馴染である日向遙香(ひなたはるか)だ。そして俺たちは目の前にある帝都東高校の生徒でもある。

「なあ、遙香? 本当に今日じゃないといけないのかよ?」

「当たり前でしょ! 今日できることは今日やる! 私は一秒だって時間を無駄にしたくないの!」

 俺たちは今から校内に侵入しようとしている。もちろん許可などとってはいない。一応、現役の生徒なので、ばれたとしても罪に問われるようなことはないだろうが、少なくとも褒められた行為ではないことだけは確かだ。

「でも門には鍵がついてるじゃないか。これじゃ中に入るのは無理だろう?」

 俺は扉に付けられた古めかしい南京錠を指指した。

「ふふん、そんなもの私にかかればないに等しいわ」

 そう言うと遥香は前髪をまとめているヘアピンを一つ外して捻じ曲げはじめた。何をするつもりだろうと思いながら見ていると、彼女はそのヘアピンの先を南京錠の鍵穴に差し込んだ。鍵穴の中でヘアピンが擦れる小さな音が聞こえる。やがてガチャッというそれまでに比べれば大きな音が聞こえた。それに続けて門が開く音が聞こえてきた。

「ほら開いた。こんなもん序の口ね。セキュリティを見直すべきだわ。さあ、急いで図書室へ向かうわよ」

 遥香は俺が答えるのを待たずにさっさと先へいってしまった。ため息を吐いてから俺も仕方なく彼女の後を追う。

 走りながら俺は考える。今の状況も、これから起こることも、あれも、これも、それも、どれも、みんな遥香のせいである。俺は幼い頃から幾度となく彼女の無茶に付き合わされてきた。そしてばれた時の責任をとるのはいつも俺だ。今回のこともばれた時に責任をとるのは俺だろう。しかし、俺は今も彼女の無茶に付き合っている。普通なら嫌いになっていてもおかしくないのに、何故いまも付き合っているのか? それは健全な男子高校生なら分かって貰えることだろう。

 俺の幼馴染の遥香はかなりの美人である。綺麗な艶のある長い黒髪に大きな瞳、スタイルは抜群とまではいかないが実に女性らしい美しいフォルムをしている。さらに言えば遥香は自分の容姿など気にもかけていない。つまりはノーメイクだということだ。その状態でもメイクをばっちりきめたアイドルなんかよりも断然可愛いのだから、遥香よりも可愛い女の子なんて世界中を探しても数えるほどしかいないに違いない。それでもって成績優秀、スポーツ万能、あとあまり知られてはいないが料理もめちゃくちゃ上手い。やや性格に難があるが、ただ破天荒だというだけでで嫌な性格という訳ではない。それに彼女の無茶に付き合うのも実は少し楽しかったりもする。そう、俺には彼女を嫌いになる理由なんてありはしないのだ。

「それにしたって走るの速すぎだろう……」

 俺なりに全力で彼女を追いかけていたはずだが、いつのまにか遥香を見失ってしまっていた。しかし慌てる必要なんてない。今回の目的地は図書室であると、前もって遥香から聞いていたからだ。なんでもうちの高校の図書室には魔法の本があるとかないとか。どこから仕入れた情報なんだか、まるで信じられない話ではあるが遥香には何か感じるものがあったのだろう。こういう時には何かが起こるんだ。今までの経験からそう感じ取った俺は追いつけないと分かっていても図書室まで全力疾走を続けた。その途中、鍵を開けるために遥香に割られたと思われる校舎の玄関のガラスは見ないふりをした。どうやら南京錠を開けられる遥香も校舎の鍵は開けられなかったらしい。彼女のことだからただ開けるのがめんどくさかっただけかもしれないが……

 息を切らした俺が図書室に着いた時には、その部屋は既に図書室とは呼びがたいものへと変貌していた。空っぽの本棚。床に散乱した崩れた本の山。そこには次から次へと棚から本を出してはパラパラと中身を確認してから床へ放り投げる可愛い女の子の姿があった。

「遥香、お前……目的の本を探すにしたってこんなに散らかすことはないだろう」

 呆れたような声で俺が言うと、遥香は何が問題なのか分かっていないような表情で答えた。勿論、魔法の本を探す彼女の手の動きは止まることはない。

「魔法の本っていうぐらいだからきっと巧妙に隠されているに違いないわ! 表紙は普通の本だけど、実は中身は魔法の本ってこともありえるし、もしかしたら棚に何か仕掛けがあるのかも。それを考えればこれが一番効率のいい方法でしょう?」

 道徳的問題や倫理観を考慮に入れなければ、確かに彼女のとっている方法は最も効率がいいかもしれない。しかし、俺には彼女の方法の問題点がすぐに分かった。それはいつも事の後始末を行っている俺だからこそすぐに気付くことができたのだろう。

「ただし、見落としがなければな!」

 俺は床に散らばった本から適当に一冊拾い上げた。

「馬鹿ね。私に見落としなんてあるわけが……」

 彼女の言葉は途中で止まった。彼女が自分の話を途中で止めるなんてことは初めてのことだった。そして、本を拾い上げた俺の手が炎のように赤く発光している……これもまた初めてのことだった。

 俺がその手に掴んでいる本もまた眩いばかりに輝いていた。その平凡な表紙――厚さから考えて元は辞典かなにかだろうか――はみるみるうちに煤けた茶色に変わり、そこには見たこともないような文字で何かが綴られている。本を掴む俺の手はまるで燃えているかのように熱かったが、どうしても自分の意思で本を放すことができない。まるで吸いつくかのように本と俺の手のひらはぴったりとくっついている。

「ちょっと和也、その本……!」

 流石にあまりの事態に驚いたのか動きを止めていた遥香だったが、それも一瞬のことであり、次の瞬間にはこちらに向かって駆け出していた。そして俺の手の中で輝く本の端をその手で掴む。

「遂に見つけた。魔力をもつものを」

 その瞬間、遥香のものではない女の声が聞こえたかと思うと、図書室全体が眩しい光に包まれた。俺たちは反射的に目を瞑った。

 ――目を開くと、そこには見たこともない光景が広がっていた。

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