第35話 窮地を乗り越える
その後も打ち合わせの日々が続く。
少しずつながらステージイベントのプログラムが埋まっていき、新入生歓迎会を台無しにすることがない目処が立ち始めてきたのだが。
ここに来て、一番厄介な部活動と打ち合わせをしないといけなくなった。
「ここが、空手部の部室かぁ」
「部室がたくさんある棟とは離れてるんですね」
空手部には、ステージで空手の型を披露してもらう手筈になっている。
その部室は、学校の敷地内の隅っこにあった。
部室棟と呼ばれている校舎内の一帯から離れていて、一旦校舎の外に出ないといけないから、まるで学校から隔離されているように思えた。
まあ、単に空手部が練習場所にしている道場から近いというだけなのだが、そこはかとなくアウトロー感が漂っている。
プレハブ小屋っぽくて、見た目ボロいし……。
実際、うちの学校の空手部はみんなから恐れられていた。
他に格闘技系の部活動がないからってこともある。
でも、空手部には毎年新入生歓迎会で空手の型を披露をしてもらっているわけで、イメージほど頑固で暴力的なわけではない……と信じたい。
「すみません。新入生歓迎会の実行委員として、ステージイベントの打ち合わせに来たのですが」
泰栖さんを伴って、部室に入る。
高校生の拠点とは思えないような、なんというかヤニまみれの雀荘みたいな雰囲気(偏見)がある室内には、見知った顔があった。
「は? 川幡じゃね? なんでだよ?」
クラスの意地悪なチャラ男こと豊浜篤紀だ。
部屋の奥にあるパイプ椅子に座って、他の厳つそうな男子とテーブルを囲んでいた。
で、なんかカードゲームをしていた。ポケカとかそういう可愛らしいのならまだよかったんだけど、今どき高校生でカード麻雀ってやるぅ? ていうかカード麻雀って何?
「いや、新入生歓迎会の実行委員だって……」
豊浜は俺と同じクラスだから、俺が実行委員だって知ってるはずなのに。
「知らねー。おっ、希沙良ちゃんじゃん!」
椅子から立ち上がった豊浜は、俺を突き飛ばすようにして泰栖さんの隣に立つ。
「おれに会いに来てくれたの? そうだよな?」
マズい。
泰栖さんは、こういうガンガングイグイ行く恥知らずを大の苦手にしているはず。
その上、豊浜の仲間らしき連中が好色そうな視線を向けてきているのだから、なおさら怖い。
「いえ、仕事で……」
泰栖さんはうつむき、豊浜と視線を合わせないようにしている。
豊浜はそんな姿を奥ゆかしいと錯覚したのか、与し易い相手と感じたのか、ともかくろくでもないことを考えていそうな表情をした。
「俺たちは、新入生歓迎会の打ち合わせにきたんだ」
俺はどうにか泰栖さんを豊浜から遠ざけようとする。
「んだよ、邪魔しやがってよー」
不服そうに、豊浜が言った。
豊浜は俺より少し背が低くてチャラついた雰囲気があるけれど、腕力じゃちょっと敵いそうにない感じだ。精神的優位には立てない。
「型ね。そんなめんどうなことしなきゃいけないってなんか言ってたな」
「去年も空手部には参加してもらったんだ。今年は不参加ってわけにもいかないだろ」
どうにか俺は言い返す。
「それ、おれらが出て何の得があんの?」
「得……?」
「たとえば、聖女様がおれらに一日付き合ってくれるとかさー、そういう特典がないとやる気でねぇだろ?」
豊浜の周りには、ガラの悪そうな男子たちが集まっていた。
ぐへへ……とか言いそう……。
「ぐへへ……」
言ったし。
「聖女様がデートしてくれなきゃ、おれら真面目にやんねーよ?」
「泰栖さんとのデートなんて、新入生歓迎会と関係ないだろ……」
「川幡ぁ、お前に聞いてねぇんだよ。聖女様の返事が聞きてーんだ」
泰栖さんは一見、涼しげな表情を浮かべているように見えた。
けれどよく見ると、足元が小さく震えていた。
俺だって、豊浜やその他ガラ悪男子のことは怖い。
でも、瑞望に泰栖さんを託されている以上、泰栖さんを守らなければいけない。
「ダメだ。お前たちには付き合わせない」
泰栖さんを背中に隠し、俺は言った。
「だからおれは、聖女様に聞いてんだけど?」
「話なら俺が聞く。けど、新入生歓迎会と関係ない話はナシだ」
「えらそーによ。泰栖さんはどうなんだよ? いいだろ、デートの一回くらい。初めてってわけじゃねえんだろうからさぁ」
なんだかどんどんゲスになっていくな、こいつは。
俺の背中に隠れている泰栖さんが、俺の袖をきゅっと握った。
それは怒りなのか、悲しみなのか、もしくは両方かもしれない。
「……」
やっぱり泰栖さんは聖女様だと思ったよ。
こうして頼られるだけで、たとえ相手が苦手なヤツだろうと、俺がどうにかしないとって思っちゃうもんな。
「ダメだ」
「あ?」
「泰栖さんは、お前らの自由にさせない。そして、新入生歓迎会の打ち合わせには付き合ってもらう。そこに座れ。時間がもったいないから、さっさと始めよう」
「偉そうに」
今にも俺の胸ぐらを掴みかねない勢いで、豊浜が近づいてきたとき。
「豊浜くん」
泰栖さんが口を開く。
それまで俺の後ろにいたのに、すぐ隣に立つくらい一歩を踏み出していた。
「私、豊浜くんといかなる場合でもお付き合いする気はありませんから」
「……」
泰栖さんといえば、いつでもたおやかな笑みを浮かべていて、決して誰かを否定するような雰囲気がないことで有名だった。
豊浜だって、優しいイメージを持つ泰栖さんが相手だからとナメてかかったところもあるのかもしれない。
だからこそ、こんな風にバッサリと切るような発言をくらったらひとたまりもない。
「え……いや……」
動揺が走る豊浜。
「私がお付き合いしたいと思えるのは、ここにいる川幡くんだけです」
そう言って、俺の腕を抱く泰栖さん。
完全に告白の言葉ではあるんだけど、豊浜始めこの場にいる空手部員は、愛の告白ではなく豊浜に対して強烈な皮肉で拒絶したと解釈したらしい。
あまりに強烈なバッサリっぷりだったからか、豊浜の後ろでぐへへ……していた部員たちも思わず吹き出してしまっていた。
「お前ら、笑ってんじゃねえよ!」
叫ぶ豊浜だが、すっかり哀れな道化と化した豊浜を笑う空気になっていて、笑いは止まらなかった。
泰栖さんのおかげで、形勢逆転だ。
ここは少し、カマをかけてみるか。
「もういい。やる気のないヤツに頼みたくない」
俺は言った。
「俺たちはステージイベントをするつもりだけど、後輩たちに示しを付けられない情けない先輩を見世物にする気はないから。他を当たるよ」
俺は背中を向けて、情けなさを自覚した豊浜から「ちょ待てよ。……やるよ」とでも言ってくれることを期待したのだが。
「ん? どうしたんだ? 何の騒ぎだ?」
出入り口を塞ぐように、巨漢が現れた。
なんだ、こいつは。まるで歩く岩石だ……。
「部長……」
部員の誰かがポツリと口にする。
部長……この人が?
マズい。こんなヤニカスまみれの雀荘みたいな(偏見)巣窟のボスだとしたら、豊浜なんかよりずっとずっとガラが悪いのでは……?
「君らは?」
厳つい見た目からは想像できない柔らかい声音で、巨漢が言った。
「あの、俺たちは新入生歓迎会の仕事で……ステージイベントの打ち合わせを」
「ああ、そうか。もうそんな時期か」
「打ち合わせを進めようとしたのですが、豊浜くんを始め、かれらが打ち合わせに応じてくれず、困っていたのです」
泰栖さんが続けた。
巨漢の部長氏は、校内では知らない者がいない泰栖さんを前にしても、他の男子のようにガッつくことはなく、苦笑しながら頭を下げた。
「ああ、うちのバカ後輩がごめんね」
ぺこぺこする巨漢だったが、豊浜たちの方へ視線を向けたとき、一気に戦う男の顔になった。
「お前ら! そんないい加減な態度で部の評判下げんじゃねえ! 罰として先に道場行って、基礎体やっとけ!」
後輩たちへの一喝により、豊浜たちはわらわらと逃げるように部室を出ていった。
「くそっ、おれのせいじゃないのに……罰ゲーム野郎が調子に乗るから……」
豊浜だけはぶつくさ文句を言っているのは、厳つい先輩が相手でもタダでは従わないガッツがあると褒めるべきなのだろうか? いや、褒めなくていいか。
いなくなった豊浜の代わりに部長が打ち合わせに応じてくれた。
いや、彼は部長なのだから、元からこっちと交渉をするべきだったのだ。
「新入生歓迎会は、うちの部としても部員勧誘のアピールになるから助かるよ」
驚くほどスムーズに打ち合わせが進む中、部長が言った。
「あいつらみたいな問題児を排除することも大事なんだろうけどさ、うちを出て問題を起こしたら困るから、オレが見守ってるところもあるんだよな。オレがいるうちにまともな部員に入ってほしいよ」
どうやら、部長としても思うところがあるらしい。
まあその辺は、空手部の問題だから内々に解決してほしいところではあるけれど。




