第31話 データ系カノジョ
翌日。
いつものように体育倉庫裏で瑞望の弁当を受け取るときのことだ。
「あのね、きーちゃんの取説持ってきたんだけど」
「泰栖さんは家電かなんかなの?」
「いいから、これ読んで。昨日徹夜で書いてまとめたの」
「ほう……」
弁当と一緒に、ずっしりとした重さのコピー用紙の束を渡される。
『きーちゃんマニュアル』と書かれたそのクリップ止めのその冊子には、泰栖さんと付き合う上で気をつけることがびっしり書き込まれていた。
この情熱に情報量……瑞望にとっていかに泰栖さんが特別な存在なのかわかってしまうというものだ。
パラパラめくるうちに、とあるページに目が留まる。
「スリーサイズ……? ええと、上から89――」
「そんなとこは見なくていいの!」
「じゃ、書くなよ……」
「ちなみにそれ、去年のデータだから今年は修正が必要かも。体育の着替えのときに見て思った……」
沈んだ様子で瑞望が言う。
「きーちゃんにくらべたら、あたしなんか土偶戦士だから……」
マズい。また泰栖さんへのコンプレックスが……。一度吐露してくれただけに、弱音を吐くハードルが下がったみたいだ。
「気にすることないって。俺は瑞望のこと好きだし」
それに瑞望は、別に太っているわけじゃない。少し前までは部活の助っ人をする日々を過ごしていたのだから。分が悪い人と比べてしまっているだけで。
「ほんと? じゃ抱きしめて」
「今、ここでか?」
「……やっぱり土偶戦士は嫌かぁ」
「嫌じゃないって!」
朝からイチャつくのは恥ずかしかったけれど、この際仕方がない!
俺は、誰もいない体育倉庫裏で瑞望をぎゅっと抱きしめた。
ほどよく柔らかく、そして何だかフルーツっぽい甘い匂いがする。
もちろん嫌というわけじゃないけど……このままくっついていたら、俺からも瑞望と同じ匂いがして、クラスメイトに付き合ってることバレちゃわないか?
「ふふふ、今日の翔ちゃん分充電しちゃった!」
瑞望は喜んでくれてるみたいだからよかったけど。
「あのね、きーちゃんは結構ぼんやりしてるから、翔ちゃんがちゃんと引っ張ってあげないとダメだよ?」
「わかってる。瑞望の大事な友達だからな。こんな俺だけど全力を尽くすさ。取説だってもらっちまったしな」
「そうそう! 参考にしてね! あっ、でも……」
再び俺にしがみついてくる瑞望。
「大事にしすぎて、きーちゃんのこと好きになっちゃったらダメだよ!? 好きになる気持ちはあたしもわかるけど、今はあたしがいるんだから!」
焦る姿を見せる瑞望。ほんのり涙目だ。
「不安になることないって。俺だって、みすみす瑞望とケンカになるようなことはしたくないから」
泰栖さんと付き合う可能性を頭に入れてしまって、右往左往していた以前の俺とは違うのだ。
「安心して待っててくれよ。そうだ、イベントが終わったら、またどこかに出かけよう。今度はちょっと遠出でもしてさ」
「で、デゼニーとか!?」
自称東京のテーマパークへ行くことは、高校生からすれば痛い出費を強いられるのだが、瑞望を安心させるためなら仕方がない。
瞳をキラキラさせて、すっげぇ期待してるし……。
恋人づきあいってもっと現実離れした幸せな世界が広がっているものと思っていたけれど、案外世知辛いところもあるんだな。
「ま、頑張るよ」
このイベントを終え、今度こそ泰栖さんとの曖昧な関係に決着を付け……瑞望と楽しく過ごせるようになろう。
「でも、どうしよっかなー。翔ちゃんが放課後は実行委員の仕事するなら、あたしヒマになっちゃうよぉ」
「悪いな。でも、いい機会って考えてまた部活の助っ人を引き受けたら? まだ引く手あまたなんだろ?」
「これまでは翔ちゃんと過ごしたくて断ってたんだけど……」
うーん、と考える仕草をする瑞望。
「でも、久々に体動かしたくなっちゃったし、それもいいかもね!」
両腕で力こぶをつくるポーズをする瑞望。
「いーっぱい体力つけて待ってるから! 翔ちゃんも楽しみにしてて!」
「お、おう……」
瑞望が体力をつけることで俺が楽しめることってなんだ?




