第28話 困っている聖女様
そんなやりとりがあり、この日も瑞望とは時間差で教室に向うことになる。
昇降口でのことだ。
靴箱の前に立っている泰栖さんの姿を見つけた。
瑞望と付き合う覚悟を決めても、泰栖さんの姿を見ると胸が高鳴ってしまう。
でもこれは、それだけ泰栖希沙良という女子が魅力的というだけで、俺の気持ちが泰栖さんに向かってしまっているわけではない。美しいものを目にしたときに誰にでも起こり得る反応に過ぎないのだから。
「泰栖さん、どうしたの?」
だから、好かれようとするプレッシャーで緊張することなく泰栖さんに声を掛けることができた。
「いえ、あの……」
少しためらったのち、泰栖さんは俺を見つめる。
「私、上履きは毎日持ち帰るようにしていまして」
「そうだったんだ?」
「はい。以前は置いていたのですが、何かと隠されてしまうことが多くて」
泰栖さんに嫌がらせをするなんてとんだ悪党だ、と一瞬憤慨するのだが、規格外の人気者なだけに、こじらせたファン心理で上履きを持ち帰る輩が現れた可能性もある。うちの学校の靴箱はロッカーっぽい見た目をしているけれど、カギはついていないから。
「だから上履きは靴箱に置かないようにしていたのですが、今日……忘れてしまいまして」
「それで困ってたのか?」
「はい。お恥ずかしい話ですけど」
「それなら、今日はスリッパで済ませたらいいんじゃないかな? 俺、持ってくるよ」
一年生の頃、うっかりしているクラスメイトが上履きを忘れて、スリッパを履いてきたことがあった。確か、職員室で頼めば貸してくれるらしい。
「ちょっと待っててくれ!」
俺は急いで二階の職員室へ行き、スリッパを一組借りると、泰栖さんのもとへ戻った。
「はい、これ」
「ありがとうございます。すみません、わざわざ……」
「いいって。困ったときはお互い様だから」
「川幡くんは、優しい人ですね」
高名な絵師の筆で描かれた絵画みたいな笑みを見せてくれる泰栖さん。
困った。
俺のことを優しい人と言ってくれる泰栖さんに、俺はお断りの返事をしないといけないのだから。
でも……告白を断ったところで、俺は別に嫌な人になるわけじゃないよな……?
できれば、泰栖さんを傷つけないように断りたいものだけど。
スリッパ履きの泰栖さんと一緒に教室へと向う。
「そういえば、新入生向けの歓迎会がもうすぐ始まりますね」
泰栖さんが言った。
「そうか。俺たちが一年のときも、そんなイベントあったよな」
うちの学校では、二年生の中から選ばれた生徒たちで新一年生を歓待するイベントが開かれる。
二年生の一クラスの男女一人ずつを選び、イベントの実行委員を決めるそうだ。噂によれば、これは担任教師による指名か、もしくはくじ引きで決まるらしい。
つまり、正直みんなめんどくさくてやりたくないと思っているということ。
もちろん俺もそっちの派閥である。
一年生に知り合いはいないし、部活に入っているわけでもないから、後輩もいない。
「俺はめんどくさいって思っちゃうな。泰栖さんは?」
「私は興味ありますよ」
もし、新入生歓迎イベントに泰栖さんが現れたら、一年生は大喜びだろうな。そして、我が校の「顔」を目にすることになるのだ。ただでさえ多いファンがさらに増えることだろう。
「私……普段は習い事で放課後になればすぐ学校をあとにしてしまいますから。こういうイベントに参加しないと、学校との関わりが薄くなってしまいそうで」
「なるほどなぁ」
泰栖さんが習い事に熱心なのは瑞望から聞いていたけれど、やっぱり学校のみんなと遊びたい気持ちも強いってことか。
「委員は男女一人ずつですから、もしかしたら川幡くんと一緒に実行委員になることもあるかもしれませんね」
微笑み掛けてくる泰栖さん。
その表情には、期待感が満ちて見えた。
泰栖さんと一緒にイベントをこなす。泰栖さんと一緒にいる機会が増える。
正直、胸の内が賑やかになる感覚はあった。
でも、泰栖さんの告白を断る気持ちに変化はない。
今も、どこで断れば泰栖さんを傷つけずに済むか? ということばかり考えて、そのタイミングを伺っている。
「そうなったら、私としてはイベントまでの毎日が楽しみになってしまいますね」
まあ、あの聖女様からそんなことを言われたら、気持ちが揺さぶられることはあるけどさ……。
「その時は、俺も全力で協力するよ」
泰栖さんとともに実行委員に選ばれる。
二人の機会が増えれば、告白を断る機会も増えそうだけれど、問題もある。
このタイミングで告白を断ってしまったら、イベントが終わるまで、気まずい時間を過ごさないといけないのだ。
天下の聖女様と一緒に気まずい時間を過ごした上で、イベントを完遂できるメンタルは、俺にはなさそうだ。
担任の指名にしろ、くじ引きにしろ、泰栖さんと実行委員に選ばれるのは遠慮したいかも。
そう思う俺だった。




