第18話 慣れないことを馴染みの君に
そして、約束の休日。
俺の部屋で、瑞望と歩衣は久々の再会を果たしたのだが。
「えー! ほんとに歩衣ちゃんなの!?」
「えぇ! マジでズモちゃん!? ヤバ!」
お互い驚き合ったと思ったら、二人はがっちり抱擁を交わす。
「すーっごく可愛いくなっちゃって!」
「ズモちゃんも、めーっちゃ可愛すぎてマジヤバいんだけどー!」
美しい再会の一幕だ。
俺、もしかしてお邪魔かな?
「あっ、翔ちゃんどこ行くの?」
「いや、あとはお若い二人に任せようと思って」
「おにぃ、仲間外れなこと気にしてんの?」
ニヤニヤしながら、歩衣が言った。
「まあ、おにぃはあんまし変化ないからね。ズモちゃんも、おにぃと再会しても変わんねーって感想だったんじゃない?」
「あはは、そうかも!」
「こら、そこは否定してくれ」
「でも、そこがいいとこなんだよー」
瑞望が俺の腕を掴む。いつものように抱き寄せることはしなかった。
「小学生のときと全然変わんない! そこが翔ちゃんのいいところ! 実家のような安心感だよね!」
「それを言うなら、瑞望だって見た目小学生のときとあんま変わんないじゃないか。高校の制服に着替えただけで小学生の瑞望がタイムリープしてきたんじゃないかってビビったんだから」
「女子高生ですけど!?」
ぷんすかする瑞望。
「あたしが変わんないんじゃなくて、翔ちゃんがぐーんってでっかくなっただけ!」
「あー、おにぃはやたらと長くなったからね。身長はおにぃの数少ない取り柄だよね~?」
「変な弄り方するなら帰らせてもらうが」
「ここ、おにぃの部屋なのに?」
「……トイレに籠城して、お前らが使えないようにしてやる」
「もー、おにぃってばマジ暗いしー。せっかくズモちゃんといるんだから、もっと楽しくいこーよ」
「そうそう。今日は小学生のときみたいにいっぱい遊ぼ」
瑞望と歩衣が俺の肩を掴み、その場に座らせようとする。
こいつら、変なところで仲良し姉妹みたいだよ。
やがて、俺の部屋のローテーブルにジュースとお菓子を広げ、ジャンクなお茶会が始まる。
楽しそうな様子でおしゃべりしながら、むしゃむしゃスナック菓子を食べていた瑞望だが、俺の部屋にある漫画が気になるのか、本棚にやたらと視線を向けていた。
「読みたいのあれば読んでいいぞ」
「いいの? んひひ」
「でもページの隙間にお菓子の食べかす落とすようなことするなよ」
「そんなちっちゃい子みたいなことしないよ!」
憤慨するわりには、軽快な足取りで本棚へと向かっていく。
「ね、ね、おにぃ!」
その隙に、歩衣が寄ってきて俺に耳打ちをしてくる。
「なんだよ?」
「おにぃ、これまでズモちゃんのこと褒めた!?」
「なんでお前が興奮気味なのか知らんけど、褒めるには褒めたことあるぞ?」
「わ、おにぃに似合わね~」
「なんだ、俺を苛立たせるために話しかけてきたのかよ……」
「そうじゃねーってば。おにぃを応援したいの!」
「応援ねぇ。楽しんでるだけじゃない?」
「そんなことないって。ワンチャン付き合えるかもしれないんだから。だからアドバイスしてあげようと思って!」
ワンチャンも何も、付き合ってはいるのだが……。
ちなみにこの場で『俺たち付き合ってまーす』なんて流れにならないのは、俺たち三人の関係性が小学生時代のものと同じに戻っているからだ。そういうことを言う空気じゃない。あと、言ったら言ったで歩衣が面倒くさそうだから。
「この際ズモちゃんいっぱい褒めちゃいなよ。ここでポイント稼いどけば付き合える可能性もぐーんと上がんだから!」
そんなことは露知らず、歩衣は俺と瑞望をくっつけようとする。
まあ、そうか。こいつは瑞望みたいな姉を欲しがっているのだから、そんなお節介だってしようとするよな。
「ほらほら、早く~」
歩衣は俺の背中を文字通り押し、ベッドに腰掛けてページをてろてろめくっている瑞望のもとへ近づけようとする。
歩衣は一度言い出すとうるさいからな。
まあ、泰栖さんをキープ状態という俺の不徳の致すところで瑞望に申し訳なく思っていることもあるし、褒めるのも多少の罪滅ぼしか……。
「なぁ、瑞望」
「今いいところ」
「え?」
「集中して読んでるんだから、もう少し待ってて」
しまった。こういうやつだった。
こいつは人当たりのいい陽キャのくせに、ひとたび漫画を読むと、その世界に没頭したがるあまり声を掛けられることを嫌がる。
ただ、映画やドラマのときはその限りじゃなくて、みんなでワイワイして楽しみを共有するのが好きみたいだから、その辺の線引きは俺にはよくわからない。
まあでも、ちょうどいいか。
瑞望を真正面から褒めるのって、ちょっと恥ずかしいし。
瑞望がどれだけ評価されるべき人間か、本人の前で熱く語ってしまったことはあるけれど、あれは周囲が瑞望を過小評価する怒り込みの勢いで言えただけで、素面じゃ無理というもの。
だから、瑞望の耳に入らない状況で褒めれば、その恥ずかしさだって大幅ダウンだ。
俺の背後には、この場で瑞望褒めないと絶対許さないマンが控えているわけだし、さっさと済ませてしまおう。もたもたしてるとなんか悪口言われそうだし。
「おにぃ」
「なんだよ? これからやろうと思ってたんだよ……」
想定より早くいちゃもんを付けてくる歩衣。
「どうして突っ立ったまま話そうとしてんの? もっと寄ってあげて」
「寄るったって」
漫画読む邪魔したら怒りそうな空気でしょうが。
「耳元で囁いてあげるんだよ! そしたらズモちゃんだってきゅーんってなっちゃうんだから」
「お前、相手は俺ということを忘れるなよ。イケメン俳優じゃないんだぞ」
ひたすら自分のプランを実現することしか考えていない歩衣に押され、俺は瑞望の隣に座ることになった。
でもなぁ、褒めろったってどうすれば?
そう悩む間にも、歩衣からのプレッシャーをびしびし感じてしまう。
仕方ない。このまま黙ってるわけにもいかないよな。
「瑞望、昔はもっと髪短かったよな? 伸ばすとこう、大人っぽく見えるよ。さっきは小柄なままだからって再会しても昔と変わんないとか言っちゃったけど、本当は瑞望なのか一瞬わからなかったんだ」
機嫌取りのウソではない。
小学生時代の瑞望の髪は、首を覆う程度の長さだったから。そんなボーイッシュだったからこそ、同性と同じ感覚で仲良くできたというところもある。まあ今の瑞望は二つ結びで、そこはちょっと子供っぽいのだが、あの頃よりは女性らしくは見える。
瑞望に話しかけながら、俺は視界の端に入る歩衣のことを気にしていた。
レフェリー気取りの歩衣は、なぜか中腰で、真剣な表情で親指を立てている。
なるほど……ナシな発言ではないと。
すると今度は両手で押すようなジェスチャーを何度も繰り返す。
話を続けろ、という意味か?
「しばらく話しかけられなかったのはそれも理由かな。俺のことなんてどうせ忘れてるかもって思ったくらいだから」
今の俺は妹のリモコンだよ。
「でも、憧れのままでいてくれてよかったとも思ったんだ」
瑞望が俺のヒーローだということは疑いようのないことなので、照れずに言うことができた。
「この前も、瑞望は女の子が仲間に入れるように真っ先に助けに行ったもんな。高校生になっても相変わらず人助けができちゃうんだから、やっぱお前って凄いよ」
ちらりと歩衣に視線を向ける。腕をクロスして顔を隠すポーズをしていた。
それ、どういう感情……? バツ印ってことは、ダメってことか?
気になって見ていると、両腕を引いたと思ったら、心臓の位置くらいのところで両手を使ってハートマークを作った。
なにそれ正解なの? まさか乳首の位置アピールじゃないだろうし。
歩衣の謎の行動に呆れていた俺は、うっかり羞恥心というものを忘れてしまっていたようだ。
「まあ、やっぱり俺にとってはなくてはならない存在っていうか……再会できてよかったなって」
するっとそんな言葉が口から出てきた。
「しゅ、集中できないよぉ!」
漫画を投げ出して、こちらを見上げる瑞望の顔色は真っ赤だった。
「ど、どうしてそんないいところいっぱい言ってくれるの~!?」
ぴょんと飛び上がって、俺に抱きつく……というより、首に腕を回してぶら下がってくる瑞望。
「ヤバ! やったじゃん、おにぃ! ポイントバカ稼いだよ!」
背中を叩いてくる我が妹。
これでちゃんと褒めていることになるのかどうかわからないのだが。
瑞望と歩衣が満足そうだから、まあいいか。




