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第14話 人助けのおせっかい

 放課後。

 お迎えの車に乗って学校をあとにする泰栖さんを瑞望が見送る姿を確認してから、瑞望と一緒に帰ることになる。

 結局この日も、告白の返事はできなかった。

 泰栖さんが変に急かさないだけに、放っておくとこのままズルズル返事ができないなんて最悪なことになるんじゃないだろうか?

 いや、泰栖さんに責任転嫁する気はない。こうなったのも俺の意思の弱さが原因だから。


「今日さー、どうする?」


 ニコニコする瑞望が、俺の腕に抱きついてくる。


「またあたしの家に来ちゃう~?」


 どうやら瑞望としては、放課後は絶対に一緒に過ごすものと決まっているらしく、「今日は一人でいたいから」なんて言おうものならしょんぼりしちゃいそうな気がする。


「そろそろあたし、ゲーム以外のことがしたいんだよね! ふふふ、なんのことかわかるー? ヒントはね、『キ』で始まって『ス』で終わることだよー」


 瑞望は今日も色ボケ全開だ。


「翔ちゃんにわかるかなー。次のヒントはねー、唇に関係があることなんだよね!」


 なんとも能天気な様子でアヒルみたいに口をとがらせる瑞望を見ていると、悩みがなさそうでいいな、と感じてしまう。


「あっ、ここ懐かしくない?」


 すると突然、瑞望が俺の腕を引っ張る。

 話題がコロコロ変わるな、キスのことはもういいのかな、なんて思いながら視線を向けると、そこには公園があった。


「ああ、小学生のときよく来てた公園だな」


 ちょっとした球技ができそうなくらい広い公園は、地元の小学生のたまり場として有名だった。中学生になってからは完全に足が遠のいていたから、本当に久しぶりな感じがする。


「今の小学生もああやってボール遊びするんだねー」


 小学生男子のグループがサッカーらしき遊びをしていた。グラウンドほど広くはないから、空き缶とペットボトルを使って仮のゴールを作り、その間にボールを通せば得点というルールで遊んでいるらしい。


「俺たちのときも似たようなことやってたな」

「あと野球もやってたよね。おもちゃのバットと柔らかいボール使って」


 よく覚えてるなぁ、と感心していると瑞望は公園にズカズカ入り込んでいき。


「うちらも混ぜて!」

「え……」


 思うんだけど、俺が小学生の立場だったら、突如制服姿の知らないお姉さん(背丈はそんなに変わらない)が乱入してきたら、ちょっと嫌だなぁって思ってただろうな。

「おまえ、だれ?」って態度を隠そうとしないどころか、実際に口にして不満を示す小学生だが、極めつけは。


「なんだぁ、どこ小だよ?」

「女子高生ですけど!? この制服が見えない!?」


 小柄と童顔を年下にいじられる始末。

 小学生って生意気だからなぁ。高学年となればなおさら。口も達者になるし。

 だが、ここで怒って「もう知らない!」なんてならないのが瑞望の凄いところというか、いいところではある。


「ふふん。いらない子扱いする前に、うちらのボールさばきを見てほしいなー。ほら、翔ちゃんも一緒にやろ?」


 なぜか俺まで子どものボール遊びに引っ張り込まれる。

 当初は知らない高校生の乱入で白けた様子の男子たちだが、やがてそんな空気は消えた。


「翔ちゃん! そこでシュート」

「おっ、おう! ……あっ!」

「だせー、空振りだ!」「それでも高校生かよー」「転んでやがるぜー、どうしようもねえ」「浅葱おねーちゃんの方がずっとすごい!」


 見るも無惨な運動神経を披露する俺がいる一方、瑞望は巧みかつトリッキーなスーパープレーの連続で、地元小学生男子をあっという間に手なづけてしまっていた。


「翔ちゃん、残念だったねー。思いっきり蹴るんじゃなくて、ボールに足を当てることを意識したら上手く行くよ?」


 自らを慕う小学生男子を従える瑞望は、シュートした脚の遠心力に振り回されて尻もちをついた俺に手を差し伸べようとする。こんな屈辱的な状況もそうあるまいよ。

 俺はお前の噛ませ犬としてここにいるんじゃないんだぞ……!

 スポーツができないことは今更コンプレックスにすら感じない俺だが、ボールを蹴っている最中にどうしても視線が向かってしまうことがあった。


「あの子は何なの? お前らの仲間じゃないのか?」


 公園の端にあるベンチに座って、じっとこちらを見ている女の子がいた。


「あー、山本のことは気にしなくていいよー」「あいつ、いつもあそこにいてじっと見てるんだ」「変なやつだよ」


 口々に言う男子キッズたち。


「それ、混ざりたいんじゃないの? 意地悪しないで入れてやれよ」

「言ったよ。一緒に遊んだこともあるし。でも、そこからがおかしかったんだ」「そうそう。一回一緒に遊んで、あいつ結構上手くて楽しかったからさ、次も誘ったんだ。でも『もうやらない』って言って」「やらないって言ったわりに、いつもそこにいるんだぜ? わけわかんねーよ」


 なるほど。一応、誘いはしたのか。

 断っているのに、それでもあの場にいるのはなんでだろう?


「おれたち、なんか嫌われることしたかなー」「なー」「悪口とか言ってないのになー」


 男子たちも気まずそうな顔を向け合う。

 ひょっとしたら自分たちに原因があるかもしれないから、あの女の子を追い出そうとはしないのだろう。俺の運動神経のなさを煽り散らかしてきたときは、なんて嫌なガキどもなんだ、と思ったけれど、悪魔の手先ではないらしい。

 瑞望に意見を仰ごうとしたとき、視線を向けた先に瑞望はおらず。


「ねー、あなたも一緒にやらない?」


 ベンチに座っている女の子に声を掛けていた。

 子ども同士の揉め事に首を突っ込むなんてお人好しだな。

 でも瑞望は……昔からそういうヤツだった。

 だから俺にも声を掛けてくれたんだから。


「……やらない」


 女の子が答える。ボールを抱えていて、瑞望と目を合わせようとしなかった。


「どうして? 楽しいよ?」

「わたし、一人で練習したいの。だから、みんながいなくなるの待ってるだけ」


 女の子はひたすら素っ気ない。

 小学生軍団も、だから言っただろ、とばかりに瑞望の腕を引っ張って、サッカーの続きをしようと急かしている。

 瑞望、本人がやりたくないって言ってるんだから、無理して引き込まなくていいだろ。あまりやりすぎると余計なお節介になるぞ。

 そう言っても良かったのだが、女の子の表情を見るとそうも言っていられなくなった。

 だって女の子は、どこかの誰かと似たような雰囲気があったのだから。


「もしかしてこの子、転校してきて間もないんじゃない?」


 俺は瑞望にそっと耳打ちをしたのだが、声は女の子にまで聞こえてしまったらしい。


「そうだけど、なんでわかるの……?」


 戸惑う女の子が言った。


「俺も君と同じくらいで転校してきたからだよ」


 女の子のどこか寂しげな姿が、小学生時代の俺と重なっていた。

 公園で遊ぶ同じ学校の男子たちがいて、誘ってくれても断り、それなのに寂しそうにしているという状況がどういう意味を持つのか、自分の例に照らし合わせて想像する。


「もしかして、前の学校で一緒に遊んでた友達が恋しいとか?」

「……!?」


 ハッとした顔をこちらに向ける女の子。

 ハズレではないらしい。


「サッカーはしたい。あの男子たちを邪険にしたいわけでもない。でも、一度あいつらと一緒に遊んだとき、前の学校の友達を思い出して寂しくなった。だから、あいつらと混ざって遊ばなくなった……ってとこかな?」

「すごーい! 翔ちゃんなんでわかるの? 名探偵じゃん!」

「ただの想像だよ」

「ううん、合ってる」


 女の子は、悲しそうな表情をした。


「……わたし、前の学校が楽しかったの。誘ってくれるのはうれしかったけど……みんなと一緒に遊んだとき、もう前の学校とは違うんだって気付かされて、寂しくなったの」

「大丈夫だよぉ~」


 瑞望が女の子の隣に腰掛け、そっと寄り添って肩を抱いた。


「新しい学校の友達ができても、前の学校の友達と友達じゃなくなるわけじゃないよ。むしろ、友達が増えて楽しいがいっぱい増えるチャンスだよ? 前の友達はそのままで、新しい友達が増えるんだから、いいことでいっぱいじゃない?」


 すると瑞望は俺を指差し。


「だって、ここにいる翔ちゃんだってそうだからね!」

「いや、俺は……」


 悪いが、俺の場合転校前の学校の友達とは今はもう交流がない。これは俺が社交的じゃないからで、目の前の女の子にも当てはまるとは限らない。

 どうしよう。せっかく瑞望が女の子の新しい出会いを促そうとしているのに、俺が水を差すわけにもいかないよな……。

 ああ、でも、転校後も年賀状のやりとりはしてたな。まあ、そんなアナログなやりとりをするのは小学生の頃までで、今はすっかり没交渉だけど。


「……そうだな。瑞望の言う通りだよ。離れていても、案外人間関係は続くもんだ」

「ほらね? 大丈夫だよ。今の友達と付き合ったって、昔のことが全部なくなっちゃうわけじゃないんだから」

「……うん、そう思うことにする」


 どうやら気持ちは通じたらしく、女の子は立ち上がって、それまでこちらを気にしていた男子たちの方へ向かい。


「仲間に入れて?」


 自らの意思で、そう告げてみせた。


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