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第12話 フルスロットルカノジョ

 放課後になる。

 瑞望と恋人同士になってから初めての学校生活を過ごしたわけだけど、教室での瑞望は宣言通り本当に俺と恋人っぽい雰囲気を出そうとしなかった。

 いつものように泰栖さんと一緒にいる時間の方がずっと多かった。

 もしかしたら、瑞望の方からいかにも恋人っぽい振る舞いや、そうじゃなくても匂わせ程度のことをしてくるのかと身構えていただけに、拍子抜けではある。

 瑞望にしろ、泰栖さんにしろ、何を考えているのかいまいちわかりやしない。確かなことは、瑞望お手製の弁当が思いの外美味かったことだけだ。


 教室を出て昇降口にたどり着くと、靴箱の前に立っている瑞望と泰栖さんの背中が見えた。


「きーちゃん、今日も習い事?」

「ええ。生け花教室ですね」


 そんな雅な習い事をしているのか。

 そういう習い事の成果が身に染み付いていることが、そこらの女子とは違う優雅な所作となって出ているのだろう。


「瑞望ちゃんは、部活のお手伝いですか?」

「今日はフリーなんだよー。ていうか、これからは断ることの方が多くなるかな」

「珍しいですね。中学のときから瑞望ちゃんは、いろんな運動部に引っ張りだこで大活躍でしたのに。他に何か予定ができたんですか?」

「うーん、ま、いろいろね! 大事な用事ができちゃって、外せないんだよね!」

「そうですか。瑞望ちゃんがお断りするくらいですから、よほど大事な用事なんでしょうね」

「ふふふ、そーなの」


 デレデレした顔になる瑞望。


「瑞望ちゃんと遊べる機会も増えるかもと期待したのですけど、そこまで大事な用事があるなら、相変わらず瑞望ちゃんとの予定は合いそうにないですね」

「ごめんねー、でもほら、どこかで一緒に遊べる時間はつくるからさ!」

「ふふ、楽しみにしてますね」

「うん、しててしてて!」


 お互い笑い合う、瑞望と泰栖さん。

 瑞望はいつもどおりだけど、泰栖さんの前だと本当に自然体で笑っているように見える。

 二人が昇降口を出て、正門前に停まっていた黒塗りの乗用車に泰栖さんが乗り込んだあと。

 見送る瑞望に知らんぷりをするふりをして、同じ制服姿の連中が見えなくなるところまで歩いていくと、背後から軽快な足音が響いて、近づいてきた。


「翔ちゃん、かーえろ!」

「おい、背骨が折れるかと思ったぞ」

「そんな強く抱きついてないじゃん」

「全速力ダッシュで背中から突進される俺の身にもなれ……」

「ごめん、ごめん」


 悪びれる様子がない瑞望である。


「だって、学校じゃこうやってベタベタするわけにもいかないでしょー?」


 セルフヘッドロックって感じで俺の脇からにゅっと顔を出してくる瑞望。

 思うんだけど……恋人同士になってからの瑞望、距離感なんかおかしい気がするんだよ。

 元々、小学生時代からの付き合いだから、遠慮するような距離感じゃなかったんだけどさ。でもあくまで友達同士でハイタッチしたり、肩を組んだりする程度の距離感であって、こうやってベタベタするような感じじゃなかった気がするんだけど。


「ね、今日はどっちの家で遊ぶ? それともこのままどっか出かけちゃう? あ、それなら一旦着替えた方がいいよね!」

「え……」

「なに、なんか嫌そうだけど、なんで?」

「いや、なんで今日も遊ぶ前提なんだろうって思って」

「だってほら、うちら教室では恋人同士って秘密にしてるでしょ? だから、放課後は翔ちゃんと一緒にいたいんだよね」


 俺の脇から頭だけ出した瑞望が、体を左右に振ってもじもじと照れる。


「翔ちゃんは恋人だし、一緒に付き合ってくれると思ったんだ。ダメかな?」


 子どもライクな見た目をしている瑞望が恋愛にどっぷり浸かるタイプなことには驚いたけれど、これはチャンスだ。

 瑞望と濃密な時間を過ごすとができれば、泰栖さんへの未練を断ち切って、告白をお断りする決意ができるかもしれない。


「わかったよ。瑞望がそう言ってくれるのは嬉しいから、今日も一緒に遊ぶか」

「やった!」


 そしてやってきた、浅葱あさぎ家。

 俺の家だと、歩衣に何かと詮索されそうなのが面倒だから。

 瑞望の部屋に来たところで、前回のときと同じくやることはゲームだから、別に色っぽいことは起きないと思ったんだけど……。


「瑞望、座る場所おかしくない?」

「なんで?」

「俺を座椅子にするみたいな座り方は止せ。この前みたいに並んで座ればいいだけだろ……」

「だって。それじゃ翔ちゃんを感じられないんだもん」

「俺を感じるってどういうことだよ」

「こうやって座ってると、翔ちゃんに包まれてるみたいなんだよね!」


 瑞望は、俺を背もたれにするみたいに思い切りもたれかかってくる。


「好きな人に抱っこされてると、すっごく落ち着くんだ」

「……」


 顎を上げた瑞望と、見下ろす俺とで視線が合ってしまう。

 こいつ……。

 なんで、恋人になったばかりなのに、こんなフルスロットルでデレ甘カノジョになれんの?

 ただ、そこは相手が瑞望だから、恋人っぽい甘ったるい雰囲気にはならない。

 子犬がじゃれついてきているような感じだ。


「でもねー、この体勢だと欠点もあってー」

「まだ何か不満があるのか?」

「翔ちゃんの顔見ながらゲームできないんだよね!」

「ゲームは他人の顔より画面見てやるものだしな」

「あたしは翔ちゃんの顔見てやりたいの!」


 コントローラーを手にしたまま、ぐるんと体を入れ替えて座り直す瑞望。

 ちょっと待ってよ、この体勢完全に対面座位だよ……。


「お前、そんな舐めプじゃ二度と俺に勝てないぞ?」

「いいよ?」

「え……」

「勝負より、あたしはゲームしてる翔ちゃんの顔見てた方が楽しいから!」


 バカな。

 ゲームにおいては、俺に負けることをあれだけ嫌がっていた瑞望が、勝負を捨てただと……?

 恋愛って、こんなにも人を変えてしまうものなのか?

 なんて思うんだけど、付き合ったのが瑞望以外に存在しない上に彼女持ちの友達がいない俺は、もしかしたら世間の恋人ビギナーはこんなものなのでは? という疑問を捨てきれず、瑞望に強く言えないのだった。


 結局、メリカーバトルでは俺がコテンパンに瑞望に負けた。

 画面見ないで完走するどころかトップ取っちまうなんておかしいだろ……。


「だって、翔ちゃんの瞳にゲーム画面が映ってるんだもん。慣れたら普通にプレイできちゃうよ?」


 狂気の沙汰だよな。


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