第11話 聖女に圧倒される俺
瑞望から遅れて、教室を目指して廊下を歩く。
その途中、空気感が変わったのが肌感覚でわかった。
空気が浄化され、澄んだ雰囲気で満たされる。
廊下を歩いてこちらに向かってくる泰栖さんがいて、まだ告白の返事をしていないことを思い出してしまった。
返事に期限を設定されることはなかったけれど、急かされると困ったことになるな……。
まあ、泰栖さんは学校内では俺との交流はこれまで皆無だったのだから気にすることもないだろうと軽く考えていたんだけど。
「おはようございます」
しっかり俺の目を見て、泰栖さんが微笑む。
「お、おう、おはよう……」
どこに視線を向ければいいかわからない状態になり、明らかにキョドる俺。
一体、天下の聖女様である泰栖さんは、こんな俺のどこを好きになったっていうんだ?
まさか罰ゲーム返しとかそういうのじゃないよな……?
――『だから、あたしと翔ちゃんで秘密の恋人同士ね!』
瑞望の顔をふと思い出す。
しまった。今の俺は、瑞望からもらった弁当を手にしているのだ。
以前までは持っていなかった弁当の存在から、俺と瑞望が付き合っていることがバレたら……。
バレたら……何がマズイんだ?
そのときは、正直に言えばいいだけじゃないか。
俺は浅葱瑞望と付き合ってるから、泰栖さんとは付き合えないんだ、ごめん!
そう言って断れば、この問題はすぐ解決するはず。
なのに、そうなることを恐れているのは……やっぱり俺は、泰栖さんと付き合う可能性を残しておきたい本心があるってこと?
「もうすぐ予鈴が鳴りますから、急いだ方がいいですよ」
男子の大多数が、それを目にしただけで一日を幸福な気持ちで過ごせると評判の笑みを向け、泰栖さんは妙にあっさりと俺を通り過ぎていった。
「……それだけ?」
返事を急かされるのでは、と身構えすぎていただけに拍子抜けしてしまう。
もしかして、あの告白は俺の幻聴だったとか?
俺は泰栖さんの方を振り返るのだが、彼女もまた立ち止まる。
「お返事、いつでもお待ちしていますね」
圧を掛けている感じではなく、至って自然な微笑み。
どうやら現実での言葉だったらしい。
教室に戻るまで、泰栖さんのその一言はずっと俺の頭で鳴り響き続けた。




