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第10話 カノジョの手作り

 少し早めに登校した俺は、校舎ではなく体育倉庫裏にいた。

 朝練をする運動部でもあまり寄り付かない人気のない場所だが、目の前に見知った顔が一人立っている。


「――それでねー、これ! お弁当つくってきたんだ!」


 子犬感溢れる人懐っこい笑みを見せる瑞望は、ランチバッグをこちらに差し出していた。


「本当は昨日のうちにメッセージできたら良かったんだけど、なんか恥ずかしくて言い出せなくてー。気づいたら朝になっちゃってたの」

「これ、まさか瑞望の手作り?」

「うん!」

「瑞望ママに手伝ってもらったわけじゃなく?」

「なに不安になってんの! あたし結構料理できるんだからー」

「泥だんご作りは誰よりも上手かった記憶はあるけど……」

「ちゃんとした料理だよ! もう! なんで疑うの!」

「ごめんごめん、ちゃんと嬉しいけど、びっくりして。小学生のときは、そういうイメージなかったからさ」

「あたしだって、普段はお弁当作りなんてやらないよ。朝からめんどくさいなーって思っちゃうし」


 指先をつんつんさせて、照れくさそうに微笑む瑞望。


「でも、翔ちゃんのカノジョになったわけだし……。それっぽいことがしたくて」


 今朝、瑞望が送ってきたメッセージ。

 そこに書かれていたのは、手作りのお弁当を渡したいから登校したらすぐ体育館裏に来て! というものだった。

 それで、こうして瑞望特製のお弁当を受け取っているってわけ。

 でもまさか、瑞望がこんないかにもなカノジョっぽいことをしてくれるなんて。

 瑞望とは付き合うことになろうとも、友達の関係性から抜け出すことはないと思っていたけれど、この様子だったら、もしかしたら……。


「あっ、い、嫌だったかなー。いきなりこんなことしちゃって」

「そ、そんなことないって!」

「翔ちゃんだって、購買とか学食でお昼の友達同士のお付き合いあるもんね」

「ああ、ぼっちの俺には関係ないから気にするな」

「それめっちゃ気になっちゃうよ!?」


 掴みかかるように寄ってくる瑞望。


「翔ちゃん、お昼休みには教室で見かけないから、一年生のときのクラスメイトと一緒に食べてるのかなって思ってたのに、まさかそんな可哀想なことになってるなんて……」


 そして今度は、瑞望の顔が青ざめる。


「大丈夫!? あたしが間に入ってお友達つくる手伝いしてあげよっか!?」

「気持ちだけもらっておくからそういうのはやめて!」


 逆に悲しくなるから!


「……学校ではぼっちってだけで、小学校とか中学校の連中とは付き合いあるから、あまり深刻に受け止めないでくれ」

「で、でも教室で話す人いないのは寂しくない?」

「平気だよ。一年のときもそんな感じで慣れてるし――」

「翔ちゃん!? やっぱ友達作り手伝う!?」

「だ、だから平気だって!」


 瑞望は人懐っこくてコミュ力も高いから、俺が想像するよりずっとぼっちという環境を深刻に捉えてしまうのだろう。


「だいたい今はぼっちじゃないだろ。お前がいるんだし」

「えっ?」

「……カノジョがいるんだから、ぼっちとはまた違うと思わないか?」

「そ、そうだね!」


 パッと表情を明るくして、俺の腕に抱きついてくる瑞望。


「あたしがついてるから、翔ちゃんはもうぼっちを気にしなくていいからね!」

「俺は別に気にしてないけどな」

「またそんなこと言って!」


 俺の手を握ってぶんぶん振り回す瑞望。

 せっかくの弁当を落としそうになるから、やめてくれ。


「ふふふ、じゃ、また教室で会おうねー」


 スキップするような足取りで、瑞望が手を振りながら去っていく。

 俺と瑞望は、恋人同士であることを隠しているから、教室に一緒に戻ることはない。

 俺と恋人同士になったことを瑞望が喜んでくれているのは確かなことだろう。

 それでも、教室ではお互いに恋人同士なことを秘密にしようと約束してきたのは、それ以上に泰栖さんのことを気にかけているからだ。


「そんな瑞望の仲良しさんと……俺は天秤にかけて……」


 瑞望がいなくなった途端、自己嫌悪が押し寄せ、俺は縋るように瑞望手製の弁当を抱きしめるのだった。


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