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第9話 遠慮したいタイプの朝チュン

 ふわふわした感触があった。

 俺の背中がベッドにぴったりくっつているからかもしれない。

 いつの間に俺はベッドで眠っていたのだろう?


「あ、起きちゃいました?」


 すぐ隣から、優しく、それでいて甘い声が響く。

 この胸の内をくすぐられそうな声音は……泰栖やすずみ希沙良きさらのものだ。

 けれど、泰栖さんの格好は驚くべきものだった。

 だって、白い肌を惜しげもなく晒しだした一糸まとわぬ姿なのだから。

 ……えっ、どういうこと?

 いつの間に俺は、学校の聖女様と大人な関係になったんだ?


「ふふふ。どうしてそんな顔をするんです?」


 いつもの泰栖さんらしからない妖艶な笑みを浮かべる。


「私たち、恋人同士じゃないですか? それなら、これくらいのこと普通ですよ」


 そう言って、俺の肩に頬を寄せてくる全裸な泰栖さん。

 でも、変だな。

 体同士がぴったりくっついているはずなのに、感触が曖昧だ。


「あー、翔ちゃん! こんなところでなにしてんの!」


 まったく場に似つかわしくない、賑やかな声が響く。

 瑞望だ。

 え、なんでこの場所に? 俺と泰栖さんの二人きりしかいない部屋っぽいのに。どうやって来たの?

 そんな疑問すら感じることのない不思議な俺の腕に、瑞望が抱きついてくる。


「翔ちゃんは、あたしと付き合ってるんだよね? ね?」


 瑞望の声は、俺の耳にはどこか子供っぽく響いた。

 瑞望の体に触れていると安心する。

 けれど、恋愛で感じるのであろうドキドキとした高揚感とは違った。

 まるで、お気に入りの毛布にくるまっているような感覚だ。


「どういうことですか? 川幡くんは、私のことを好きなんですよ?」


 天から降ってくる御託宣みたいに神々しい声が響いて、声の主である泰栖さんが、空いている方の俺の腕に抱きついてくる。


「どうしてきーちゃんが出てくるの? 翔ちゃんのカノジョはあたしなのに」

「だって川幡くんは、私の告白を受け入れてくれましたよ? それって、誰ともお付き合いしてないからですよね?」

「そんな話、あたし聞いてないよぉ」

「私も、川幡くんが瑞望ちゃんと交際しているとは聞いていませんが」

「あれれ、おかしいぞー」

「妙ですね……」


 二人の視線が、同時に俺に向う。


「翔ちゃん、交際ゼロ日で浮気?」

「川幡くんは、浮気なんて不誠実なことを平気でするんですか?」


 瑞望も泰栖さんも、心底俺を軽蔑したような視線を向けてくる。

 罰ゲーム告白の現場に踏み込んできたときの表情そのままだ。


「さいあくー、親友と二股するなんて」

「なんと下劣な生き物なんでしょう。いいことを思いつきました。切っちゃいましょう」

「いいね! もう二度と悪さしないように!」


 瑞望と泰栖さんが、天に向かって両腕を突き上げると、二人の腕は巨大なハサミになって、それは俺へと向けられた。


「こうなったのも全部、翔ちゃんが悪いんだよ」

「心が2つあることを悩んでしまうのなら、二等分にしてしまえば解決ですね」

「俺は、俺は悪く……」


 悪くない、とは言い切れなかった。

 すべては、優柔不断な俺のせい。


「大丈夫。翔ちゃんが半分になっても大事にしてあげるから」

「気が向いたら、瑞望さんの分と合わせてまた一つに戻してあげますね。まあその時はとっくに川幡くんの意識はないと思いますけど」


 俺が悪いとわかっていても、生存本能は働いてしまうらしい。


「わぁぁぁぁぁぁ!」


 叫びながら逃げようとした直後。

 ごつん、という音がして、頭に鈍い痛みが走る。

 ついさっきまでの感覚と違って、はっきりと感じる痛みだ。


「いてて……」


 気づくとそこは、見慣れた俺の部屋。

 ベッドには誰もいない。俺以外の人の気配もない。

 窓の外からは、小鳥が呑気にチュンチュン鳴いていた。


「夢か……でもなんだよこの最悪な朝チュン」


 俺は悪夢を見ていたようだ。

 寝汗びっしょりだよ……。


「……泰栖さんの殺意とサイコみ強いのなんで?」


 夢に出てくるほどの深層部分で、俺は聖女様な泰栖さんのことを恐ろしい存在と感じているのかもしれない。


「ていうか俺……二股なんてしてないんだけどな。一応、まだ」


 泰栖さんから、まさかの告白を受けたのは昨日のこと。

 でも俺は……結局、返事をしなかった。

 あの時点で何かを決断することは、俺の情報処理能力や人生経験では無理だったのだ。


「でも、『じっくり考えて返事をしたいから、もう少し待って!』なんて答えてるあたり、泰栖さんをキープしようなんて考えてる感出まくりじゃねぇか……!」


 過去の不誠実な俺をぶん殴りたくなるが、半日と経っていない過去のことなのだから、今の俺とは地続きだ。今すぐ自分をはっ倒さないといけない。

 泰栖さんは、俺の答えに悲しむことも怒ることもなく、どこか安堵した様子で、『それなら、お返事をくれるまで待ちます。その間は私、誰の告白も受けませんから』と言っていた。


「俺の返事が伸びれば伸びるほど、泰栖さんは出会いのチャンスを逃すことになっちゃう! 俺ごときが泰栖さんの人生に影響を与えるなんて、大罪モノだぞ……!」


 カーペットを敷いた床に、土下座をするみたいにうずくまって頭を抱えてしまう。


「でも、瑞望と付き合ったばかりで別れるわけにもいかないし……そんな酷いこと、俺にはできない……! あいつは俺をどうにかして慰めようとしてくれたんだぞ!」


 瑞望をぞんざいに扱いたくなくて、大事にしたい気持ちがあるのもまた事実。


「やっぱ俺は最低野郎だ……」


 結局俺は、泰栖さんと瑞望のことを天秤にかけ、比べてしまっている。

 そんなの、俺が怒りと不満を向けていたはずの、聖女様と比べて瑞望を軽く扱う連中と同じだ。


「それに……夢の中とはいえ瑞望を性的コンテンツとして消費しようとしたみたいで後ろめたいな……」


 泰栖さんならオーケーというわけではないのだが、瑞望のことは未だに「異性」という意識が希薄で身内の感覚が強いから。


「だいたい、あいつはそういう迫り方しないだろ。昔から俺を好きでいてくれたみたいだけど……仲良しの兄弟と一緒にいたい感覚っていうか、あいつも俺を『異性』と思ってるような感じはしなかったしなぁ」


 だから、瑞望が女の魅力をフル活用して俺に近づくなんてことは、あり得ないわけで。


「学校で会ったら気まずいな。とりあえず出会い頭で謝っておくか……ん?」


 枕元に置いている、充電中のスマホが着信を告げた。


「瑞望からメッセージ……ずっと俺を見ていたみたいなタイミングでちょっと怖いぞ」


 一体、何を伝えようとしているんだ?

 不安な気持ちになりながら、俺はスマホをタップした。


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