第8話 微妙な変化
週が開けた月曜日の朝、下駄箱で靴を履き替えて教室に向かうがどうにも足が重い。
ただでさえ週初めは何となく憂鬱なのに、あの日曜日の出来事が頭をよぎり、余計に気分が落ち込む。
昨日の結城との買い物は概ね上手く行ったと思う。
あの帰り際の失態さえ無ければ。
あれではまるで、オレが結城から逃げ帰ったみたいである。
いや、実際にあの場から逃げ出したのだから、そう思われても仕方が無いのだが。
オレの背中に声を掛けてくれた結城の表情を想像するだけで、心がずーんと重くなる。
教室で結城に会った時、オレはどんな顔をすれば良いか……と思ったけれど、そもそも今まで結城とは教室で話す事なんて無かった訳だし、気にせず行こう!と自分に発破をかけるが、あの時の結城の気持ちを考えると、結城に対して申し訳ない気持ちと自己嫌悪が入り混じったモヤモヤが心を覆い、すっかり気持ちが落ちてしまう……と言うのをもう何回も繰り返している。
はぁ、と一つ小さい溜息を付いて、ガラガラと教室のドアを開けて中に入り、目線を下げながら教室の中央後ろにある自席まで歩いて椅子に座る。
「よっ、春人。今日はまた一段と元気が無いな?」
先に席に着いていた武史が机に肘を付きながらこちらに顔を向ける。
「そうか?ま、でも月曜って何だかダルいよな。早く週末にならんかな」
そう返事をして隣の席の武史を見るが、その武史越しに……窓際の席で机の上に座り、友人達と楽しそうに話している結城の姿が目に入る。
良かった、いつもと変わらず楽しそうで……うん、オレと結城はそもそも住む世界が違うんだ。別に一緒に買物に行った帰り際、何となく気まずくなったって別に結城は気にしないだろ。だって相手はオレなんだし。それにお姉さんの誕生日プレゼントだって無事買えたんだ。もうオレなんかに用は無いはずさ。
何となくホッと息を付いて再び武史と会話を続ける。
少しだけ気持ちが楽になるのと同時に何故か心の奥がチクリと痛んだが、オレ自身、それがどう言う痛みなのかを理解する事は出来なかった。
「なー朔にゃん、今度2人でカラオケ行こうぜー」
「は?ウザっ。何であんたと2人きりで行かなきゃいけないのよ」
「はい勇斗、本日も撃沈~」
「ゲラゲラ」
友達数人でワイワイとする中、私に誘いを断られた勇斗が回りから弄られている。
ま、いつもの光景だし、良くもまぁ毎回飽きないなと思う。
私は比較的誰とでも友達になれる性格だけど、所謂男女間の関係と言うか、友達以上の関係を望む男子とほいほい簡単に馴れ合うつもりは無い。
自分の容姿が比較的恵まれている事も、男子からそれなりに好意を抱かれている事も理解はしているが、私は私の興味が湧く人にしか懐くつもりは無い。
勇斗も確かに外見は良く、女子からも人気があるが私にとっては興味を引く男子ではない。
ふっと勇斗越しに教室の中央に目を向ける。
そこには友達と楽しそうに話をしている水樹が席に座っていた。
水樹……春人。
コンビニで馬鹿みたいな男達に絡まれているのを助けてくれた人。
放課後、火傷をしてしまった時に保健の先生に代わって治療をしてくれた人。
ちょっと強引にお願いしちゃったけど、お姉の誕生日プレゼントを一緒に買いに行ってくれた人。
水樹と会う前は、男の子と2人でラーメンを食べに行くなんて考えた事も無かったけれど、あの時は自分でも驚くくらい自然に誘えてしまった。
水樹の手を取った時も、何も考えず自然に水樹の手を握り引っ張っていた。
私がラーメンにトッピングをいっぱい付けて完食した時は、水樹、驚いた顔をしてたなー。だって美味しかったんだもん!
最後に寄ったお店で、水樹が外国の人を英語で案内してたのもびっくりしたな。水樹ってそんな事も出来るんだ!って。
昨日の事を思い出すと、ふと頬が緩み微笑んでしまう。
私が水樹に抱いている気持ちが何なのかは、私自身にも分からない。
でも私が今、一番に興味を持っている男子は水樹で間違いない。
水樹がどうしてあんなにも自分に自信が無いのか、それを知りたい。
私が抱いているこの気持ちの行き先が、一体何処なのかも知りたい。
そして何よりも……もっともっと私の事を水樹に知って欲しい!!!
私は机に腰掛け適当に友達の話に相槌を打ちながら、水樹の事をじっと眺め続けた。