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ツンデレ朔愛からは逃れられない  作者: 柚野ゆず
第1章 縁の始まり
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第4話 怪我の功名?


「いてっ」


 放課後、部室で広報誌(部の活動実績として紙ベースで生徒会に提出が義務付けられている)を作っていたのだが、貼り付ける資料をカッターで切ろうとしたら勢い余って左手の人差し指を切ってしまう。


「大丈夫!?水樹くん!」

「おい春人、大丈夫か?」


 部室で一緒に広報誌を作成していた沢渡と武史が同時に声を上げる。


「あぁうん。大丈夫、大した事ないよ。ちょっと指先を切っちゃっただけだから」


 薄く切れた傷口からじわりと血が滲んでいた。


「あっ、しまった。私、今日に限って絆創膏が入ったポーチを持ってきていないわ」

「むぅ、俺も今日は絆創膏を持ってないな」


 いや、お前は普段から持っていないだろと武史に突っ込みつつ、傷を見ると浅くはあるが、だからと言ってそのまま直ぐに血が止まりそうでもない。


 仕方ない、保健室に行くか。


「ごめん、ちょっと保健室行って絆創膏を貰ってくるわ」


 2人に声をかけ、指にティッシュを押し当てて立ち上がる。


「大丈夫?水樹くん。保健室、一緒に行こうか?」

「ははっ、大丈夫だよこれくらい。一人で行けるよ」


「大丈夫か?春人。一緒に保健室へ行くか?」

「武史、お前の心配は嘘くさい。作業が面倒くさいだけだろ」


 オレがジト目で睨むとテヘッと舌を出す武史。


「悪いな2人とも。直ぐに帰って来るからさ」

「うん、全然気にしないで良いからね。しっかり手当をして貰うんだよ、水樹くん」

「お大事にな、春人。お前の分の仕事もちゃんと取っておくから安心してな!」


 いや、そこは取っておかなくて良いぞと再び武史に突っ込みを入れ、オレは部室を後にした。



「お邪魔しまーす」


 ガラガラとドアを開け保健室の中に入ると中には誰もおらず、医学書が積み上がっている机の上に紙が一枚置いてある。

 そこには『只今席を外してまーす。しばらく戻らないよ❤』と汚い字で走り書きがしてあった。


「中条先生、このご時世にまた隠れてタバコ休憩か?全くどうしようもないな」


 オレは小さく溜息をついて紙を手に取る。


 中条優子先生。この学校の保健医でしょっちゅう保健室を空にする。

 保健医としての腕は良いのだろう。処置も的確だし病気を見抜く目も確かで、野球部の生徒が頭に打球を受けた際、直ぐに異常を察知して自家用車で近隣の病院へ自ら運んだと言う話も聞いた事がある。

 結果、その生徒は脳内で軽い出血をしていたらしいが、大事には至らず早期復帰が出来たらしい。


 ――が、とにかくいい加減で適当な人だ。

 1年生の時に保健委員だったので良く保健室には来たが……よくこの人は保健医を続けていられるなぁと呆れたものだ。


「しゃーない。自分で処置するか」


 勝手知ったる、とまではいかないが大体どこに何があるのかくらいは把握している。オレは棚から絆創膏と消毒薬、それと化膿止めの軟膏を取り出し、先生の椅子に座って自身でちゃちゃっと処置を終える。


「さて、それじゃ部室戻るか」


 机の上の書き置きに絆創膏や消毒薬を使った旨を書き込み、さぁ行くかと椅子から立ち上がろうとするとガラガラっと保健室の扉が開く音がした。


「はぁ。どこ行ってたんですか先生。もう勝手に薬を使っ」


 そう愚痴りながら扉の方に振り向いたオレは言葉を途中で詰まらせ、ゴクリと唾を飲み込む。


 そこに立っていたのは中条先生では無く、結城朔愛だった。




「あれ、水樹じゃん」


 結城はクリクリとした猫目を更に大きくさせ、笑顔をこちらに向ける。


「わっ、結城さん。保健室で合うなんて珍しいね」


 極力冷静に対応するが、オレの心臓は張り裂けんばかりにバクバク言っている。


「保健の先生に用があったんだけどなー。今いないの?先生」

「うん。今は席を外しているみたい」


 そう言って、オレは机の上にある紙を手に取り結城に向ける。

 てくてくとこちらに歩いて来た結城はオレの前で立ち止まり、腰を曲げて紙を覗き込む。


「ふーん、そっかー。今いないのかー。困ったなー」


 走り書きを見た結城が腰を戻して腕を組み、むーっとした表情を浮かべる。

 出来るだけ関わりたくはないけど、ここで声を掛けないのは人としてどうなの……と葛藤した末にオレは結城に問いかける。


「……どうしたの?何かあった?」

「んー。さっき友達の髪をコテで巻いてあげてたんどけどさー。うっかりしてちょっと火傷しちゃった」


 そう言って結城が右手をこちらに向けると、手首の内側の下辺りが薄っすらと赤くなっていた。


「別に大した火傷じゃないんだけどね、一応先生に見て貰おうかなって。でも、いないんじゃしょうがないよね」


 結城は「ちぇっ」と言って口を尖らす。


……ほらほら中条先生、こう言う時こそ保健医がいないとダメなんですよ。

 でもどうしよう。これは余計なお節介になるかなー……でも放って置けないしなぁ……と先程以上に葛藤した末、オレはおずおずと再び結城に問いかける。


「あのさ、結城さん。もし良かったら、オレが手当しようか?」

「えっ!?水樹ってそんなん出来るの?」

「あぁ、うん。オレ、1年の時に保健委員だったから薬の場所は大体分かるし、実家が薬局でちょっとした傷とかは家の薬を使って自分で処置してたからさ。今日もついさっき指を切っちゃって保健室に来たんだけど、先生がいないので勝手に薬を使って処置しちゃったしね」


 そう言って、先程処置した指を結城に見せる。


「へー!……うん、それならやって貰う!水樹に手当して貰う!!」


 何故か結城はウキウキとした表情でオレが座っている隣の椅子に座る。


「それじゃ、ちょっと待っててね。薬とガーゼ取ってくるから」


 オレは薬棚に向かい、抗生物質と弱いステロイドが一緒に入った軟膏とガーゼ、テープを手に取って再び結城の前に座る。


「とりあえず、薬を塗ってガーゼを当てておくね。多分そんなに酷くはならないと思うけれど、もし水膨れが出来たり強く痛みだしたら病院か薬屋さんにちゃんと行ってね」


「はーい」


 結城は目をキラキラさせながらこちらを見つめるが、オレはまともに結城の顔を見る事さえ出来ない。

 仕方がないので処置中はずっと結城の腕を見つめる。


 それにしても……色白できめ細かい肌だなぁ。そのせいで火傷の赤みが余計に痛々しい。ただまぁ、はっきり断言は出来ないが、この程度の火傷であれば跡も残らず綺麗に治るだろう。

 結城の手の甲を左手で支え、右手に持った軟膏を赤くなった場所に薄く塗り伸ばす。

 ガーゼにも薄く軟膏を塗り、火傷部分に当ててテープで留める。


「はい、出来た。痛くなかった?」


 特に意識もせず顔を上げると、結城がじっとオレの顔を見つめていた。

 予期せず目と目が合ってしまい、思わずオレはサッと目をそらす。


「跡には残らないと思うけど……折角の白い肌なんだからお大事にね」


 いきなり目が合ってしまい、少々混乱していたのだろう。ついつい何も考えずに軽口を叩いてしまう。


「あれ、それって私の肌を褒めてくれてるの?」


 小悪魔っぽい笑みを浮かべた結城が首を傾げ、そらしていたオレの顔を覗き込む。


「いや、まぁ、そう言う事になるの……かな?」


 何とも言えない気持ちのまま、もごもごと小さく答える。


「ふふっ、でも良かったー!」


 処置したガーゼを見ながら、結城が笑顔を浮かべる。


「えっ、何が良かったの?」

「てっきりさー、水樹って私の事が嫌いなのかなーって思ってたからさ?でも違うみたいじゃん?嫌いだったらこんな風に手当をしてくれないだろうし」

「いやいやいや!何でそうなるの???……別にそんな……結城さんの事を嫌いになる理由なんてないし……」


 確かに結城に対して苦手意識があるにはあるが、嫌いって訳ではない。

 その苦手意識だってオレが勝手に感じている一種の劣等感みたいな物だし……


「んー、何となく。そっけないと言うか、極力私と関わらないようにしている感じとか。前に下駄箱裏でコンビニの件を話した時にそう感じたんだよね」


 あー、うん……それは合ってる。鋭いなぁ結城。それともオレの態度があからさまだったのかなぁ。

 何だか少し申し訳ないな、と心がチクリと痛む。


「その……ほら、結城さんて綺麗だし回りの友達もキラキラしているし、オレみたいな地味な男が絡むのも何て言うか不釣り合いかなと思ってて。もしかしたらオレのそう言う考えが誤解を生んじゃったのかもしれない。ごめんね、結城さん」


 自分の卑屈さがつくづく嫌になる。

 だが、どんな世界にも相応・不相応と言う物はある。

 それを無視すれば結局は自分が傷つく事になるんだ。

 オレはオレに見合った世界で平穏に暮らせればそれで十分満足なんだ。


「ふうん、そんな風に思ってたんだ。変なの」


 不思議そうにオレを見つめる結城。

 そうだよね。多分、わからないよ。結城みたいな人気者には。


「あの、結城さん。オレはそろそろ部室に戻るね。広報誌を作成する作業が残っててさ。腕……お大事にね」


 何となくバツが悪くなったオレは少々強引に会話を終わらせ、軽く結城に会釈をしてから保健室のドアへ向かう。


「ねぇ」


 オレの背中に結城の声がかかる。


「もう一度聞くけどさ。水樹は私の事、嫌いじゃないんだよね?」


「それはまぁ……嫌いじゃないよ」


 オレは結城の方を見ず、手をギュッと握って答える。


「そ、良かった。私も水樹の事、嫌いじゃないよ」


 結城の言葉を聞いてオレの心臓がどくんと跳ねる。

 ダメだ、勘違いするな。

 自分の立ち位置を考えろ。

 オレと結城じゃ友達すら不釣り合いだ。

 思い出せ。


「……そか。ありがと」


 結城に背を向けたまま、そうそっけなく返すのがオレの精一杯の言葉だった。





 春人が出ていき、保健室に一人残った朔愛は丁寧に手当をされた腕を見る。


「水樹かー。変なやつ。でも……ま、嫌いじゃないけど。うん、嫌いじゃない」


 座ったまま足をパタパタさせ、朔愛は鼻歌交じりにニマニマと笑みを浮かべた。


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