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天宮冷斗

ツツジの植え込みに隠れ、距離があるとは言え本物を見ることができた冬亜の気持ちは今までの人生で感じたことがないほどの喜びと興奮で溢れていた。


ブランコ、滑り台、砂場、ベンチのみの公園は昼間に見たら簡素に思うだろう。だが夜の雰囲気と取り付けられた背が低めの街灯、そして月に照らされ淡く深海にいるように輝く海月の海獣。色が増えるだけで寂しい公園の風景は様変わりする。


あまりの美しい光景に見惚れてしまったが海獣研究部としやらねばならないことを思い出し、スマホを向けた。高性能ではないため少しぼやけるが撮らないという選択肢はない。一枚一枚撮っている余裕などなく音が響くほど連写をする。


すると竜樹に肘で小突かれた。


「おい、そんなに音立ててバレて襲われでもしたらどうすんだよ」

「大丈夫だよ!今まで襲われたっていう事例は上がってないし、海月に耳はないから」

「そうかもしんないけど、あいつらは形をしてるだけの別の性質を持った生き物って可能性もあるだろ」


竜樹は連絡をした時は"見つけた"という興奮が勝っていたが今は尋常じゃない量の写真を撮りまくる冬亜を見て冷静に戻ったようだ。海洋生物に興味のない竜樹だが冬亜の一方的な説明によって知識がついたためなんとか会話が成り立っている。


どれだけ言っても連写を止める気がなさそうな冬亜に呆れていると、公園入り口の方からジャリッと砂を踏む音がした。だんだんこちらに近づいているようだ。足音に気づいていない冬亜の連写を止めさせるため手を抑え無理矢理スマホを奪う。


「なにすんだ「静かに!」


大声で抗議してこようとする冬亜に小声で注意する。


姿勢を低くして足音の正体を待つと目の前を通り過ぎて海獣の方に向かって行った。最初は暗くてよく見えなかったが海獣に近づくにつれてその姿がはっきり目視できた。 


同じ高校の制服を着た女である。


「あの人近づいて行ってるけど止めた方が……

なぁ冬亜」


冬亜の方に目をやると凝視しながらわなわなと震えていた。


「あの子だ」

「………は?」

「天宮冷斗」


もう一度よく観察すると光に当たると虹のように輝く銀髪の長い髪をしている。ここら辺であんなに分かりやすい特徴を持っているのは冷斗ぐらいだろう。


冬亜はさながら待てができない犬の状態で今にも植え込みから出ていきそうになっている。ここで堂々と出て行かれたらまずいと思った竜樹は強めに腕を引いた。


「お前の性格考えたらそうなるのも分かるけど一旦落ち着け。もっと様子を伺おう」

「いいからはなせー!」


冬亜は本物の海獣、そして月曜日まで会って話しが聴けないと思っていた冷斗が目の前にいることで完全に冷静さを欠いていた。


襟と腕を引っ張って抑えていた竜樹だがもう限界に近く静かにできる状況ではなかった。


「ねぇ。そこで何してるの?」


冷ややかな女の声が聞こえた。


チラリと見れば冷斗がこちらを振り返っている。


バレたという焦りから冷や汗をかく竜樹の隙をついて冬亜は手から離れ勢いよく立ち上がった。


「あ、あの!天宮さんだよね!」

「…………君は?」

「えっと僕、鈴野冬亜!」


名乗ると冬亜は冷斗の元へ何やら喋りながら向かって行く。


「僕、学校で海獣研究部やってて色々調べてたんだけど、どの写真や動画を見ても君がいることに気づいたんだ。この公園の情報はまだテレビやSNSに上がっていない筈だけどどうやって来たの?それとも呼んでるの?なんで場所が分かるの?教えて!」


興奮した勢いのまま詰め寄られても早口で捲し立てられても冷斗は表情一つ変えない。目は口ほどにものを言う、という諺があるが紫がかった青い双眼は何も語らない。


オタク全開に暴走してしまった冬亜のフォローに入るため竜樹も植え込みから移動して軽く挨拶と謝罪を入れるが目が合うだけだ。冬亜に至ってはスマホで呑気にメモ帳を準備している。気まずい空気をどうにかしようと思っていると冷斗が口を開いた。


「海の、潮の匂いがするの。それを辿ってる」


一言だけ言うと冷斗は浮遊する海月の群れの真下まで歩いて行った。


「あのー、危なくないんですか?」

「…………大丈夫。こうしても襲われたことはないから」


竜樹は声をかけたが不要な心配だったらしい。


冷斗は海月に右手を伸ばした。それに気づいたのか海月たちが降りて来て一匹が手のひらに触手を伸ばした。握手をするように優しく握り返すとそれが嬉しかったのか腕に巻きついた。冷斗の表情も先ほどより柔らかい気がする。


「本物の海月には触手に毒があるけど海獣の海月には形を模倣するだけでないんですかね!?」


冬亜は相変わらず変なテンションで話しかけているが


「さぁ。痛くはないけど」


積極的に話しかけられるのが苦手なのか冬亜の問いに対しては反応が薄い。


冬亜はチャンスとばかりに海月の群れの中心に立った。冷斗と同じように手を伸ばしてみるが一匹も触れてこない。それどころか腕に巻きついていた個体も離れて群れで冬亜の周りを回りながら浮遊し始めた。まるで観察されているような。その様子も片手でスマホにメモを取る。


そんな姿に呆れた視線を送っていたその時、冷斗が目を見開いたかと思うと冬亜の手を引いて走り出した。


「逃げて!!」


そう竜樹に叫んで。


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