邂逅
今日は土曜日、天宮冷斗の情報をせっかく貰ったが明後日にならないと本人に会うことができない。早く本人に確かめられない歯痒い気持ちを抑えつつ十二時になったため帰る準備をする。荷物を全て詰めて生物室を後にした。
靴を履き替え、昇降口を出ると外部活をしていた数十名が日陰に入って水分補給をしている。その前を通るのはなんだか気まずくて少し俯きがちに早足でその場を去る。
自転車で風を受けるも昼間の暑さは尋常ではない。朝のニュースで三十五度まで上がると言っていた気がするが、早く家に帰ってクーラー効いたの部屋へ入れば涼しさもひとしおである。
今日部活に持ってこられなかった資料が部屋にたくさん保管してある。その中に手がかりになり得るあの少女がいるのではないかと思うと暑さを忘れ自転車のペダルを踏む足に勢いが増す。人がいないことを確認してギアを上げて家へと急いだ。
はやる気持ちのままに自転車を乱暴に止めて五階までの階段を駆け上がる。運動不足が祟って家に入る前に体力の限界を感じ、両膝に手をついた。呼吸を整えて玄関を開ける。
「ただいまー」
声をかけるとリビングの扉が開き母親が顔を出した。
「おかえり〜、今焼きそば作ってるから手が離せん」
そう言った母親は台所に戻って行った。
靴を揃えて、洗面台に向かうと鏡に映る冬亜の顔は林檎のように真っ赤だった。炎天下のなか自転車を飛ばして来たせいだろう。水で顔を洗うと熱が取れて気持ちがいい。
洗面所から出てまずは冬亜の部屋へ行く。部屋は熱気が立ち込めて蒸し暑い。リュックサックを置いて冷房をつけてからお昼を食べるためリビングへ向かった。
キンキンに冷えたリビングは暑さで怠く疲れた体を癒してくれる。テーブルにはすでに焼きそばが置かれていた。椅子に座ると母親も前の席にアイスコーヒーを持って座った。
「部活どうだった?」
「別に普通」
「相変わらず一人か」
「できたばっかだし、しょうがないだろ」
冬亜は問いに対して素っ気なく返すがアイスコーヒーを飲みながら柔らかな表情で揶揄ってくる母。少しムキになるがいつものことであるため無言で麺を啜った。
「あんた行動力はあるのにコミュ障なんだから」
「ほっとけ、ご馳走様」
「はいよ」
母親もアイスコーヒーを飲み終わったのか皿にマグカップを重ねてシンクへ持って行った。冬亜も部屋へ戻り、専門家たちの考察、冬亜の考察、そしてあの天宮冷斗についてノートにまとめる。シャーペンを勢いよく走らせる音だけが部屋に響いている。机の備え付けの棚には新聞をまとめたファイルや休みの日に海獣が現れたという場所に足を運んだ時のアルバムや考察ノート、海洋生物の図鑑なんかがずらりと並べられている。
(写っていないものもあるが人が一緒に撮られている写真には必ずと言っていいほど彼女が写っている)
(考えられるのは彼女が呼んでいるのか、それとも出現する場所が分かるのか)
どんな答えであっても研究が一歩進むことに違いはない。もしも偶々だとしたらどれだけ運が良いのだろうか。冬亜は代わりたいくらいに思った。
書き始めて一時間が経った。時刻は三時半、伸びをして机から立ちベッドにうつ伏せになった。スマホを片手にSNSで何か呟かれていないか探すが新しい情報は特にない。画面をずっと眺めていたが次第に瞼が重くなり意識が途切れた。
ブーブーと携帯のバイブレーションで意識が浮上する。はっきりしない視界に違和感を覚え眼鏡が寝ているうちに外れていたことに気がついた。眠気で怠い体を起こし、眼鏡をかけ少しぼーっとしてからスマホを開いた。竜樹からの着信だった。切れてしまった為こちらから掛け直すとすぐに通話が開始された。
『あっ!やっと出た。急ぎなのに、何、寝てたん?』
「そう、寝てた」
『やっぱり、そんなことよりさ!出たんだよ海獣!』
「……はぁ!!どこに?!」
『今俺の家の近くの公園にいるんだけど、そこに海月の形した海獣の群れが公園内を浮遊しながら徘徊してる!』
地図を送るからと言われ電話を切った。ずくにメッセージアプリには地図が送られて来ていた。場所は家から徒歩十五分ほどの公園。SNSを確認したが言っていた情報はまだ出ていなかった。今行けば確実に見られる。ベッドから飛び起きて玄関まで走って靴を履く。物音に気づいた母親が玄関に来た。
「どこへ行くの?!もう夜だよ」
ハッとしてスマホの時計を確認すると九時を回っていた。
だが今の冬亜を止められるものは何もあるはずがない。
「すぐ戻るから!!」
そう言って家を飛び出した。
満月と星々が燦然と輝く夜の世界。だが冬亜は夜空には気にも止めず、スマホと道を交互に見ながら走り続けた。横断歩道を赤信号で止められると無性に腹が立ち貧乏ゆすりをしてしまう。なんとか必死の思いで公園の近くまで来ると公園入り口の所で竜樹が手を振っていて合流できた。
「はぁはぁ、間に合ったぁ」
「よかった。意外と早く着いたじゃん!」
念の為、竜樹の案内でツツジの植え込みに身を隠した。竜樹が広い公園の奥の方を指差す。
そこには本当に海月の形をした海獣の群れが海の中で揺られるように浮遊している。月明かりに照らされ反射した姿は角度によって様々な色に変わった。まるで虹のような神秘的な姿。その時、冬亜はあの少女のことを思い出していた。