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鈴野冬亜

『今や日本全国に現れるようになった”海獣”。彼らは果たしてどこから来ているのでしょうか』

『海洋生物の専門家、東京海皇学院大学の草分名誉教授にお話を伺ってみたいと思います』


土曜の朝七時。脂の乗った鮭をおかずに温かい白米を頬張っているとテレビから聞こえてくるアナウンサーの声。二、三ヶ月ほど前、突如として現れた半透明な海洋生物の形をした謎の生き物。専門家たちはそれを"海獣”と呼んだ。

 

初めて確認されたのは渋谷のスクランブル交差点上空。鯨の形をした何かが尾鰭を大きく動かしながらまるで海を泳ぐかのようにどこかへ消えていった。その時の様子が今でもネットやテレビで流され騒がれている。最初こそプロジェクションマッピングだとか巨大な風船だとか言われていたが他の場所での目撃情報が多発し、偽物だと疑う人はほとんど見なくなった。ネットサーフィンをしていると陰謀論や世界の終焉説なんかを掲示板で考察している人はいるが「現れた」という事実だけで何の根拠も無い。


「今日は部活なの?」

「うん。お昼まで」


そう言って味噌汁を流し込んだ冬亜は食器をシンクに置いて学校に行く準備を始めた。中学生の時から愛用しているグレーのリュックサックにノートパソコン、筆記用具、新聞、カメラを詰め込んでチャックを閉める。制服に着替えて玄関に向かいローファーを履けば準備は完了。

家を出ようとドアノブに手を掛けたタイミングで母が

 「鍵!」

と叫びながら小走りで玄関まで来た。

 

「忘れてる!」

「またやるとこだった。ありがとう」


母が届けてくれたのは自転車の鍵だった。高校まで自転車通学をしている冬亜だか殆ど毎日このやり取りを繰り返している。興味のない事にはとことん無関心な冬亜は鍵を抜いて持って帰ってきても家のどこに置いたかを忘れる、または存在そのものを忘れているためこの癖が治るのは難航している。


「行ってらっしゃい!」


そう言った母は冬亜の人束だけ跳ねた寝癖を撫でた。呆れたような、優しい眼差しに冬亜はむず痒くなる。


「じゃあ、行ってくる」


顔を下に傾けていたせいで少しズレた眼鏡を直して振り返らず家を後にした。 


団地の五階から見える空は道路から見るよりも近く、五階から見ると近づいたはずなのに永遠に届かない青く広い海のように感じる。


(海獣現れないかな……)


まだ本物を目にしたことはない。毎日ニュースで報道される"海獣"をいつか目撃できる日が来るのだろうか。そんなことを考えながら長い階段を降りて、駐輪場に向かう。若草色の自転車に跨り片道三十分の学校を目指した。


学校に近づくにつれ住宅が少なくなり、川や木々が多くなる。今は七月下旬、蒸し暑くも朝の涼しい空気が肌を伝う。


校門を通り過ぎる前に自転車から降りて駐輪場まで押して行く。学校の駐輪場は部活で来ている生徒の自転車のみでがらんとしていた。活発になった女郎蜘蛛たちが大きな巣を柱と屋根の間に張っている。


昇降口に入るとひんやりとした心地よい涼しさ。校庭の前を通ってきた時は陸上部や野球部が汗を流し声を出して走っていたが校内は窓から入る太陽光だけの薄暗い静かな廊下が続いている。上履きに履き替えて一階の突き当たりにある生物室へ向かう。


生物室に近づくと「海獣研究部」と手書きで紙に書かれた看板が扉に貼ってある。海獣研究部とは二ヶ月ほど前に鈴野冬亜の熱意によって設立された部活である。部員は冬亜一人。誰も冴えない眼鏡海獣オタクが作った部活に入ろうとはしなかった。


照明を点けて一番窓際の席に座り、リュックサックから持ってきた物を机に広げる。家でも部室でも情報を得ようと新聞やwebニュースなどと睨めっこをしているがまだ何も掴めない。専門家たちですら解らないものを17歳の少年が解明するなんて無理に等しいのかもしれない。そんな気持ちがよぎってしまいそうになるが今は満ち満ちる好奇心が冬亜を突き動かしている。


「は〜〜〜。なんの手がかりもない。各地のLiveカメラ、新聞、webニュース、毎日確認してるのに……」


今はノートパソコンで海獣が現れた時の過去の動画を見返していた。何百回と繰り返し気になるところのメモをとっているがその正体に結びつきそうにない。


机に突っ伏して項垂れるが時間が過ぎて行くだけで無駄である。時間を確認するためパソコンの端に表示されている時間に目を向けた。だかもう一つ視界に入るものがあった。


「同じ制服だ」


見つけたのは流しっぱなしにしていた動画の隅の方に映る冬亜と同じ学校の制服を着た少女だった。ズームアップしてみると太陽光に照らされ虹色に輝く銀の長髪をしていた。周りにいたら目を惹きそうな姿だ。


「この学校に実際に目撃した人がいる。つまり情報を得るチャンス!」


ぶつぶつ独り言を唱えながら他の写真や動画に目を通してみると驚く事に全ての写真にその少女が写っていた。偶然と思うには出来すぎている。活動を始めてやっと見つけた手がかりかもしれない少女。


興奮冷めやらぬままにメッセージアプリで少ない友達全員に少女の写真を送りきいて回った。五分後一番仲良くしている竜樹から返信があった。


【お前知らないの?!別棟の特進コースで全国模試一位取ったって廊下に貼り出されてた人だよ】

【そうなの?全然しらなかった】


興味のない事にとことん無関心な冬亜は姿だけでなく勉学でも目立つ人なのだと始めて知った。


【まぁ、冬亜だしな〜。えっと八組の確か名前は……】


「天宮冷斗」


この少女との出会いで人生が大きく動き出すことを冬亜はまだ知らない。


初投稿です。

よろしくお願いします。

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