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第八話 九尾の猫又福の神

「どいてどいてどいてーーーーー!!!」


大通りで朝香はひたすら前方にいる妖達を蹴散らしながら走っていた。というより妖達は朝香の後ろを見るや否や自ら散開していった。


平地で敵う者はいないと豪語したものの流石常世の支配者。

朝香が全力疾走しても土煙と咆哮を上げてながら着かず離れず着いてくる。


(あばばば祟り神サマったら思ったより速いじゃーん!)


朝香は内心焦っていた。


平地と言っても土地勘のない見知らぬ街。時に行き止まりに突き当たっていたら割と時間を食ってしまう。

そうする間に祟り神に段々と距離を詰められてしまったのだ。


(あ、やば!また行き止まりじゃん!)


朝香は仕方なしに壁を蹴って平屋の屋根の上に登ると素早く次の道を選んで飛び降りた。


(あーん!も〜!ヤマビシさんに地図でも貰っとけばよかった〜!!!)


今更嘆いたところで自分の蒔いた種。今はただひたすら逃げに徹するのみだった。


幅広い階段を三段飛ばしで駆け上る。


常世は閉ざされた世界だと夜白は言っていたがこうして走っていると色んな区画があって意外に広い。


至る所に提灯が下がり、時に頭上高くに唐傘が逆さ吊りに重ねられ幻想的な和風世界を感じさせられる。

本来ならのんびり歩いて観光して回りたい所だが現状も本来置かれた状態を考えてもそれは叶わないだろう。


それにしても……


(お腹すいたよ〜〜〜)


実は今、朝香は結構なピンチに立たされていた。異常な身体能力と引き換え……というかそれと見合うように朝香の食事量は半端じゃない。

山籠りでサバイバル術を身につけたのも持ち歩ける分だけではあっという間に食料が尽きてしまうからだ。


腹が減っては戦はできぬ。が朝香の座右の銘だ。


今日は熊二頭という大収穫だったにもかかわらず、常世に招かれてしまったせいで食べ損ねてしまった。つまり晩御飯を抜いているのだ。

山菱にもらった揚げ菓子だけで腹が満ちるはずもなく、全力疾走する今も朝香のお腹は「ぐーきゅるる〜」と切なげな音を立てて空腹を訴えている。


されとて立ち止まって呑気に缶詰を取り出すヒマを祟り神サマがくれる筈もなく、結果として朝香は腹を摩り宥めながら走るしかない。


スタートを切った時には祟り神を置いてけぼりにしそうだったスピードも今は半分ほどに減速している。


このまま走り続ければますますお腹が減って体力が削られていくのは明白。スピードが落ちて追いつかれるのも時間の問題。大ピンチだ。


『お困りかにゃん?』


朝香の足元から声が掛かったのはそんな時だった。



◇◇◇


時は少し遡り———


「山菱!早く壊せ!まだ三つ目だぞ!」


祟り神の神殿にて夜白と山菱が奮闘していた。


「これでもガァーッんばってるんだって!仮にもタタリサマの依代なんだカァーッらカァーッたいんだって!おいらにそんな高い攻撃力はないのわカァーッてんだろぉ〜!」


山菱は小さな手鏡を叩き割ろうと躍起になって錫杖でガンガンと突きまくる。


「俺が鏡を守るこいつらを斬る。その間にお前がそれを壊す!お前はこいつらに触れると障るから俺がこっちに回るしかないんだから仕方がないだろう!」


夜白はというと黒い寄生虫を思わせる祟り神の眷属を次々と斬って山菱を守っていた。

眷属と言っても意思はなく、ただ、祟り神の依代である鏡を守るための仕掛け。穢れの塊だ。まさしく朝香が思い浮かべていたウニョウニョのアレである。


「時間がかかると瘴気が満ちてお前に負担がかかる。それに朝香も心配だ!」


「わぁってんよ!」


それは山菱も重々承知の上のことでカァンッっと一際大きく突くと、ようやく鏡が小さな音を立てて砕け散り眷属達も消え去った。


「ハアハア、後何個あんのよ?」


「四つだ」


「カァーッ!!!」


余りの多さに頭を抱えた山菱だったが、すぐさま次の依代の元へ夜白を抱え、猛スピードで廊下を飛ぶ。


「そういえば、今更だけどこんなに依代ぶっ壊し続けてんのにタタリサマは気づカァーないもんなのかね?」


「屋敷に戻ってすぐ全体に隠しの呪い(まじない)を張った。今は形を保てないほど怒りで我を忘れているし、大丈夫だろ。多分」


「多分、カァー……バレたらおいら殺されちまうカァーな。今更だけど」


「今更だけど」を強調しながら山菱は肩を落としたがそんなこと知らんと夜白が止まるよう合図する。


「ここだ、行くぞ」


「アイヨぉ〜」


夜白はスパァンと襖を勢いよく開け、文机の上に鎮座していた置き鏡を手に取り山菱に放る。

山菱が錫杖でそれを叩き始めた瞬間、四方八方から眷属が湧き出た。

夜白は足に気を溜め、素早く駆け回り眷属を蹴飛ばして山菱から遠ざける先から斬って捨てた。


「手伝ってもらって置いて敢えて言うがもっとマシな武器はないのか!」


「これが一番固いんだカァーッ!おいら遊びの神だもん!そんな物騒なもん持っててたまるカァーッ!」


「次から槌くらい持っておけ!」


「次があってたまるカァーッ!」


親友同士阿吽の呼吸で何とか四つ目の鏡を割る。


「まだ半分カァー。アサカちゃん大丈夫カァーね」


「俺を抱えてアレだけ走れていたことを考えれば大丈夫そうだが何があるか分からん。あれは抜けているからな……」


「カァーッ!」


次を目指しながら二人は朝香を案じたが不安しかない。


「だがこちらも半分以上依代を壊した。

そろそろ本体への影響も大きくなっているはずだ。戻ってくる前に少しでも片付けて弱体化させる!」


普段は祟りと顔を合わさず済むので助かると密かに思っていたこの神殿の広さが今は恨めしい。

次、次、と時間はかかりながらも確実に依代を壊していき、あと一つとなったところでそれは現れた。


『お困りかにゃん?』


白い、煙でできた猫。



◇◇◇


小さいけど綺麗な畳が敷かれたお座敷で。


朝香は出されたお膳にガッツいていた。だが視線は目の前のヒトに釘付けだ。


「ふふっ、あんな状況で開口一番に『腹が減った』なんて言ったのはあんたが初めてさね」


そのヒトは小さく笑ってキセルから口を離し色っぽくふぅ〜と白い煙を吐いた。

朝香は口と手はしっかり動かしながらもまだそのヒトから目を逸らせずにいた。


「ああ、コレ?今はただの煙さね。でも、いい匂いがするだろう?特別な香の一種だからねぇ。

あたしゃコレを使って式神を作るのさ」


朝香はもぐもぐもぐと口の動きを止めずに話を聞きながら無言でお椀を差し出した。

もう何杯目になるか分からないおかわりの催促である。


「しかしまあ警戒心のない娘だねぇ。肝が据わってるとでも言うか……。会って間もない相手の飯をそう、もぐもぐと……あたしゃよく食べる娘は好きだがね」


そのヒト……人間の形をした絶世の美女は朝香から受け取ったお椀に大盛りご飯をよそっておしんこのお代わりまで出してくれた。


常世に来て夜白や祟り神など人間に近い姿の者はいたがこんな完全に人間にしか見えないヒトは誰1人として居なかった。

それも言い表せないほどの絶世の美女である。


花魁風に気崩した着物から見える頸は白く細く、滑らかで完璧な曲線を描く頬、嫋やかな微笑みを湛える真っ赤な唇、長くふさふさの睫毛に縁取られた切れ長の目。完璧な造形美の人間の女性だ。

強いて、強いて言えばその瞳孔がキャッツアイだという事だけが彼女が人間でないことを物語る。だがそれが更なる妖艶さを演出していることは間違いない。


「そうそう、あたしの名前はミケ。ミケ姐さんとお呼び。……あたしの顔に何か付いてるのかい?」


ミケと名乗ったそのヒトはキセルをもう一息吸おうとした所でようやく朝香のガン見に気が付いた。


「もぐもぐもぐ、ごっくん。いやあんまりにもおウツクシイんで」


「あっはっはっは!やっと喋ったと思ったらソレかい。最初にお礼を言ってから一言も発さずがっついて、よっぽど腹が減ってたんだねぇ。たぁんとお食べ」


まだまだ茶碗を手放しそうにない朝香を見てミケはあっけらかんと笑った。

鈴を転がすようなその声にウツクシイ人とは声までウツクシイのかと朝香は一人納得していた。


「はぐはぐはぐ。もぐもぐ、んぐっ!あ、ご飯めちゃおいしいです。ありがとござます。あの、なんであたしを助けてくれたです?」


祟り神に追いかけられていた時ふと突如として現れた白い煙でできた猫。あれが目の前のミケが言う式神とやららしい。


「その変な敬語は止めちまいな。ふふふ、あたしゃ人間が好きなのさ。だからこうして常世で迷子になってる人間を匿うことがちょこちょこあるんだよ」


ミケは目を細めて朝香を見つめた。再びご粒立った美味しい白米をいただきながらも朝香の顔を赤らめた。


「もぐもぐ、ごくん。ミケさんはなんであたしが走り回ってたのに場所わかったの?」


「ああ、それはね。常世中の猫が教えてくれるのさ」


「猫?なんで?」


朝香が首を傾げると煙を燻らせながらミケは妖艶に笑った。


「あたしゃ九尾の猫又、福の神。猫の神だから猫はみぃんなあたしの眷属なのさね。猫の噂は風をも超える。朝ちゃんが孤月のスケベに招かれた事も、夜坊と奪われ合いになってる事も、タタリを怒らせて追いかけられてることもみんなみんな猫達が囁いて教えてくれたのさ」


「きゅ、九尾の猫又!?九尾ってフツーキツネじゃないの!?なんで!?しかも福の神って!ミケさんめちゃすごいじゃん!めっちゃ美人だし!要素過多ってやつじゃん!」


朝香は大興奮した。


「やれやれ元気な娘だねえ。落ち着きな、おべんとが口についてるよ。猫には九生あるって聞いた事はあるだろう?あれは本当さ。一生を終えた猫は常世に戻ってくる。そんでまた生まれ変わって現世に行くんだ」


「猫って九回も人生送んの!?」


「そうさ。一生をどれだけ満足して終えることができるか。そうやって一生重ねるごとに尻尾が増えて知能も変化力も神格も上っていくんだよ」


「ほぇ〜」


ミケの話に関心しながら米を一粒残さず綺麗に平らげた朝香はとふと気がついた。


「ってさっきなんかキキズテならないこと聞いた気がすんだけど!現世に行くって言わなかった!?あたしと夜兄も帰れる!?」


ガバリと立ち上がってミケに詰め寄った、その時。


「朝香っ!無事か!?」


「あ、夜兄ぃ〜。ヨリシロぶっ壊せた?」


「…………」


必死の形相で飛び込んだにも関わらず呑気な答えを返す朝香に夜白はしばし沈黙し座敷の真ん中に鎮座する膳を見る。そして……


「何故呑気に飯を集っている!」


ズビシッといい音を立ててチョップを入れた。


「いたっ!夜兄、ヒドっ!あたし今日晩ご飯食べてなかったんだよ!?ヘロヘロになってちょー危なかったんだから労ってよ!」


「カァー、アサカちゃん無事でよカァーったぜ!」


朝香の答えに夜白は目を揉んだ。その後ろから山菱が現れる。


「あ、ヤマビシさんもオツ!」


「カカカ、心配したけど思ったよりなんともなかったみたいじゃねえか。よかったな?ヤシロっち!」


「この馬鹿は腹を空かせ過ぎて窮地に陥っていたらしい」


「カァーッ!?」


三人の様子を楽し気に見ていたミケが口を開いた。


「おや、夜坊今日は随分元気じゃないか。よかったねえ朝ちゃんが来て」


「よくない!……が、朝香を救ってくれて礼を言う、姐さん」


「夜兄またありがとう忘れてる〜」


ミケに頭を下げる夜白に朝香が茶々を入れると再びチョップが入った。


「ふっくく。状況があんまりよくないことは分かってるさね。それでもいつもみたいに気力を無くしてしょんぼりしてるよりそうやってるあんたの方がいいよ。根暗にいじいじしてるよりずぅっと呪いの進行もおそくなるさ」


そうしてふぅっと煙管を吸って香の煙を吹きかけると夜白の煤は綺麗に落ちていた。


「ああ……ありがとう、姐さん。それで少し相談があるんだが……」


「朝ちゃんのことだろう?いいよ、ウチで匿おうじゃないか。そのつもりで呼んだんだしね」


二人の会話に朝香はキョトンとした。


「アサカちゃん、アサカちゃん。姐さんはな神格『一霊級』のすんごいお方なんだぜ。ここにいりゃ孤月サマも手が出せねえのさ!」


ヤマビシが朝香に解説する。


「さらに更に!姐さんちは常世にあって常世に在らず!現世と常世の境界だカァーらタタリ様だってそう簡単にはここの場所は分からねえってワケよ!」


「ん?どゆこと?」


ヤマビシは指を立ててチッチッチと振ると


「ココは姐さんの常世での別荘で、本拠のお社は現世にあるって事さ!」


「ぬぇっ!?現世!?」


二人がそんなやり取りをしているとふと、ミケが声をかけて来た。


「この人数じゃちょいと手狭だし場所を移そうじゃないか」


と、煙管で大きな箪笥をコン、と叩いた。


すると箪笥がパタパタと開き地下へ伸びる通路が現れた。


「隠し通路ーーーっ!!!」


その後箪笥に取り付いて大興奮する朝香を引き剥がして階段へ突っ込むまで三人がかりで数刻かかった。

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