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第七話 二度あることは三度ある

夜白が刀を手に取って間も無くスーッと静かに襖が開いた。


「やあ、夜白。君が自らここへ戻ってくるなんて珍しいじゃないか」


部屋に入って来たのは流麗、という言葉が似合う男だった。


豪華な着物を幾重にも着崩し、細身に見える体だが実用的な筋肉が付いているのがちらほら見える。身長は優に二メートルはありそうだ。

頬に触れそうな程長い睫毛に切れ長の目。

緩くまとめられた長い黒髪はツヤッツヤだ。

ただ、血に濡れたような瞳と額に生える二本のツノが人間ではないことを物語っている。


(コイツが夜兄攫った祟り神サマ?祟り神って言ったらもっとこう、ウニョウニョがいっぱい生えた奴みたいなのって思ってた……。

ツノとか以外フツーの人間とあんま変わんないんだけど?ホントに祟り神?トコヨの支配者?

ん?トコヨ……祟り……?)


祟り神に付いて思案していた朝香の頭の片隅にナニカが引っかかった。

が、2人の会話ですぐ現実に引き戻される。


「俺が何処にいようと勝手だろう」


「勝手じゃないさ。君の主は私なのだから」


「俺はお前の下僕になったつもりはない」


夜白は鋭い目つきで男を見上げた。


「下僕だなんてとんでもないさ」


男は始終穏やかな態度を崩さない。


「長く『暇つぶし』のできるおもちゃ。その持ち主ってだけじゃないか」


「より悪い!」


夜白は刀を抜き放つとなんの構えも取らない男に斬りかかった。が、その刃は届く事なく男の人差し指と中指で止められていた。


「また少し速くなったね。呪いが馴染んできたのかな。おや?

ふむ。今日は沢山の気配を漂わせているね」


朝香のハンパでない動体視力でもその男が指で刃を取った瞬間を見逃す所だった。それほどの反射神経を持つという事だった。


(っていうか夜兄!あたしに力技で掛かるなって言っといて自分はおもクソ斬りかかってんじゃん!)


しばし力は拮抗した後、男が軽く腕を振っただけで夜白は障子と柱をへし折りながら突き抜け、呆気なく外へ投げ出されてしまった。

その風速で被った羽織と朝香の髪が吹き乱れた。


(夜兄っ!)


思わず立ちあがろうとした朝香を夜白が刀を突き上げ押し留める。


「その火傷は、孤月くんとでも喧嘩したのかな?()()()なら瞬時に治せるだろう?何故、そのままにしているんだい?」


「使え、ば使うほど、呪いに蝕まれるようにお前がしたんだろ」


夜白はよろめきながら立ち上がり脇を抑えた。抑えた手の間からポタリと血が伝うのを見て朝香はグッと歯を食いしばった。


「何を言うんだい。拒むから辛いんだ。君ならきっと素晴らしい妖になれるだろう。」


「何が素晴らしい妖だ。今までお前に呪われた人間も、妖怪も穢れに蝕まれた挙句……!発狂して瘴気をばら撒く化け物にされるだけじゃないか!そして最後は常世中の神に寄ってたかって殺される!お前はそれを暇つぶしと言ってどれくらい保つのか高みの見物して楽しんでいるだけだろうが!」


夜白の呪いの行く末に朝香は小さく息を呑んだ。


「私は力をほんの少し分け与えただけだよ。だが彼らは弱すぎてそれに呑まれた。今の常世は閉ざされている。ならばこの世界で生きるために陰の気に馴染む必要がある。私はほんの少しその手助けをしただけなんだよ。弱さは罪だ」


「お前の罪を人に被せるな!!!」


夜白の叫びを一蹴するように嗤い男はふわりと庭に降り立った。


「その点、君は素晴らしい逸材だよ、夜白。暮れの苗字に夜の名を持つ君は陰の気に非常に馴染みやすい。それに加えて膨大な気。私の力にも呑まれずに争うその心。君を支えるのは現世への強い未練だけ……と、思っていたのだけど」


次の瞬間、男は夜白の真横に現れた。振るわれる刀を意にも介さず、黒く、硬化した肌で弾き夜白の顔を掴んで吊り上げた。


「違うのかな?君が今、纏っている陽の気が誰のものなのか気になって仕方がない。とても懐かしく、ひどく腹立たしい気分になるんだ。よく見れば順調に君を侵していた私の力が押し戻されている。それも、腹立たしいな」


「ぐっぁああっ!」


白く戻っていた夜白の肌が再び黒に侵食される。


「いつもの様に門の前で健気に人間を追い返していたんだろう?今日に限ってその人物にでも縋ったのかい?それほどにも強い陽の気を持つなんてまるで……」


「さっきから聞いてりゃ好きほーだい言ってくれちゃって……!」


とうとう堪忍袋が爆発した朝香が高く跳躍し、男の真後ろに現れた。

掴まれた手の隙間から覗く夜白の目が見開かれる。

音も気配もなく現れた朝香に男は遅れを取り……


「舐めんじゃないわよ!ギャルチョップーッ!!!」


怒りのセリフとともに振り下ろされた手刀になんとか腕を翳すのが精一杯だった。


瞬間。朝香の手が眩いオレンジ色の炎に包まれ、男の腕をなんと一刀両断してしまった。


「ぐあああっ!!!」


「ふぇっ!?」


男は悶絶し夜白を取り落とした。だが驚いたのは朝香の方である。


「あわ、あわわ。ごめん、腕が取れるとは思わずでしててて」


仕掛けたのは朝香だがまさかチョップが腕を切り落とすとは思っていなかった。


「あ、さか……動くなって、言ったろ……」


「いや、夜兄がカタナ振り回して攻撃してるからチョップぐらいならいいと思ったんだけど……」


想像以上に効果覿面である。

あのオレンジ色の炎には見覚えがあった。門で一悶着あった時、リュックを包んだ炎。あれと同じだ。


一方男は切り落とされた腕を押さえ俯いて停止していた。

先ほどまでの温厚さも消し飛び、獣のようなグルルルという呻き声とともにその身が徐々に盛り上がり巨大化していく。


「に……げろ、あさ、か……ガハッ」


肩を貸す朝香に夜白は逃げるよう促したが呪いに一気に侵食された影響か血を吐いた。


「うんうん。ちょっとなんかヤバそうかも。逃げるよ、夜兄」


流石に目の前の男にジャーマンスープレックスが効くとは思えない。危険信号が脳内を駆け巡る。


「俺は、……だいじょ、ぶだから……置いていけ」


「そんなワケないっしょ!あたしと夜兄は一年托生!置いて逃げるなんて選択肢ないんだから!」


「一蓮托生だ馬鹿……」


それに今は夜白だ。負傷した夜白を抱えたままこの男と戦うには武が悪すぎる。


『お前……お前は……!』


そうする間にも男の姿は歪に、巨大に変貌を遂げていき、声も重なるような重低音へ変化した。そして血色の眼がギョロリと朝香へ向けられる。。


だけど朝香も怯んだりなんてしない。

夜白を横抱きにし、仁王立ちして真っ向から向かい合った。


『その力は……お前は……!まさか……!?いや、・明野・はもう遺滅したはず……?』


「なっ?朝香逃げ———


「ふぅん、あたしの苗字知ってるんだ。まあ、いいわ!あたしの名前は<明野朝香>!!!あんたが夜兄苦しめてるチョー本人ってことはよ〜く分かったわ!ヤルってんなら受けて立ぁつ!!!」


夜白が止めようとするも虚しく、朝香は常世の支配者である祟り神に宣戦布告してしまった。

そして更に悪いことに


『憎い、ああ憎い……!あけの……明野……憎き明野の残存がぁぁああああああーーーー!!!!』


「な、なんだ?」


朝香の予感は的中したらしい。だが突然の男の取り乱した咆哮に夜白は戸惑いを隠せないようだ。


次の瞬間、朝香は夜白を抱えたまま横っとびに転がった。


最早人の形を留めないほど膨れ上がった祟り神がその腕を振るったからだ。綺麗に整えられていた庭が抉れ砂利が飛び散る。


朝香は岩と松の木を足場にぴょんぴょんと飛び上がり塀に足を掛けた。


「あんたが何をしたいのかなんて知らんけど!夜兄や無関係の人の人生狂わせといてただで済むなんて思わないでよね!」


そう言い残して塀を飛び降り夜白を抱えて駆け出した。


『明野ぉぉおおおおーーーーー!!!』


祟り神の雄叫びが2人を追いかけた。




◇◇◇


「ぅぉぉおおおーーーあばばばやばばばやばいやばいやばいーーー!!!」


常世の街のとある一角で轟音と土煙が上がりその中から夜白を抱えた朝香が叫びながら飛び出した。


後ろからはドゴォンッドガァアンッと物凄い轟音と瓦礫が時折飛んでくる。

歪なドラゴンの様になった祟り神サマが追いかけてきているのだ。


そんな訳で本日三度目になる逃走劇を繰り広げていた。二度あることは三度あるとはこのこと。


「なんで追いかけてくんのー!!!」


「お前が喧嘩を吹っかけたからだ馬鹿っ!そろそろ降ろせっ!」


「だぁって夜兄も斬りかかってたじゃん!人の事言えんじゃん!夜兄重症じゃん!下ろせるわけないでしょ!」


「俺はいつもの事だからいいんだよ!奴は現世の者を殊更憎んでいる!完全に目え付けられたぞお前!」


「ケンカジョートーっ!でもあのヒトとはちゃんとハナシしないといけない気がする」


「あ゛あ゛?」


「いや喧嘩吹っ掛けたのはマジごめんて。でも夜兄あのままあんなされてたら呪いますます酷くなってたじゃん?」


「……」


「夜兄だってワザワザ斬りかかって喧嘩売ってたじゃん?だからあんなシウチされたんじゃないん?」


「何もしてなくても結果穢れを仕込まれる流れは変わらん」


「ウソぉ」


人間離れした猛ダッシュで街を縦横無尽に走り抜けながらもわちゃわちゃと兄妹喧嘩を交わす。

また三つ離れた街角から轟音と土煙が上がった。


「ねねね、一回あんなふうにぼーそーした神様ってどうやったら元に戻んの?」


「方法は二つ、ある。ケフッ」


「夜兄だいじょぶ!?」


「ああ、お前といるから随分違う。怪我のせいだ」


朝香が背中を摩ると夜白は口の端を上げた。


「一つは気が済むまで放っておく。対象を片付けたら怒りも収まるだろう」


「ダメじゃん!あたし死ぬじゃん!」


「だから二つ目だ」


夜白は血に塗れた手の指を二本立てた。


「常世の神や妖はもれなく屋敷が社だ。その中に自分の存在を保つための魂の一部を移した依代がある。幾つもに分けて隠している場合もあるがな」


「ヨリシロ!?それで!?」


「それを壊せば常世の神や妖は一時的だが弱体化し強制的に屋敷や神殿に引き戻される。身を休めねばならないからな」


「それなら話は早いわ!あたしがこのままオトリするから夜兄がヨリシロ壊してきてよ!

どーせ夜兄の事だから祟り神サマのヨリシロがどこにあるのか分かってんでしょ!?」


予想通り夜白はふ、と笑みをこぼした。久々に見る腹黒い笑顔だ。


「ああ、一筋縄じゃ行かないが、当然だ。だが移動手段が……」


「それこそヤマビシさん呼びなよ!『ヤマビシさんよこいこーい』って!」


その瞬間山菱が朝香の影から飛び出した。夜白も朝香も驚きに目を剥いた。


「呼ばれて飛び出てジャ、ジャ、ジャジャーン!

おいらヤマビシ参上ってあれ?お二人さんさっきぶり?」


「え、ウッソ今のテキトーなんで呼べるん?ってかあたし使えないんじゃなかったの?」


「そうか、お前の力は今馬鹿に全開だから大体のことはなんでもできるんだ……」


そんなこんなしていると二つ後ろの家が豪快に倒壊した。


「ッてッギャーーーー!!!この短時間で何したのさ二人ともぉ!タタリサマがぁ大暴れしてるじゃないの!」


歪な祟り神を遠くに視認して山菱は飛び上がった。


「山菱!悪い、訳は後だ!俺の足になってくれ!」


「ウィ〜……何処まで?ってかタタリサマヤシロっち追ってんでしょ?おいらの人生……儚かったな……」


「追われているのは朝香だ!俺がこのままじゃ朝香の負担になる。だから朝香を囮に祟りの依代を俺たちで叩く!」


夜白の手短な説明に山菱は白目を剥いた。


「おいらぁ幾つ命があっても足りねえよぉ〜分かったよぉ〜。でもヤシロっち満身創痍じゃないカァー?」


「朝香のおかげでだいぶ癒えた。いける。」


「しょ〜がねぇ〜なーもぉーカァーッ!アサカちゃん囮にって大丈夫カァー?」


山菱の言葉にアサカはVサインを送る。


「足場の悪い山道ならともかく平地であたしの脚にかなうヤツなんてそういないんだから!ヨリシロぶっこわすまでつかずはなれず逃げ回ってやるわよ!」


「無理すんなよ〜」


山菱はそう言葉をかけながら朝香から夜白を受け取る。


「山菱!“引渡り”を使って一気に屋敷へ飛ぶ!」


夜白は人差し指と中指を合わせる陰陽師ポーズを取ると自分から屋敷の方角へ真っ直ぐ腕を振った。


すると白く輝く線が屋敷の方角へ伸びる。


「朝香、くれぐれも気をつけろよ!危険だと思ったら全力で逃げに走れ!


「うん!任せといて!」


「よし……山菱、踏め!」


「アイヨッ」


山菱が線を踏むと2人は一瞬にして消えた。


幾ら常世の建物は自動修復といえ住民はそうは行かないだろう。さっきまでは夜白を抱えていた為隠れながら進まざるを得なかった。

そのため街の被害は甚大。住民が叫んで逃げ回る阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がっている。


(ごめんね、巻き込んで。でももうこれからは被害出さないから!)


住民たちに心の中で謝りながら朝香はクラウチングスタートの構えを取った。


これ以上の被害を抑えるため取る道は一つ。


真っ直ぐ。通りに沿って速さにかまけて全力疾走すれば獲物(朝香)を追う祟り神は直進する他ない。気を付けるべきは行き止まりに当たらないようにすることだけだ。なるべく広い道を選んで走るべし。


険しい山道ならともかく平地でやり合うなら朝香の敵ではない。


「ヨーイ」


祟り神が轟音と共に遂に真後ろに姿を現した。


「ドンッ!」


途端駆け出した朝香の脚がオレンジ色の炎を纏い、グンッと体が押し出される。

祟り神は狙い通り朝香の気配を追って真っ直ぐ迫ってきた。



脚がいつもの数倍軽い。着かず離れずって難しい。

祟り神を遥か後方に置いて行ってしまいそうだ。



こうして真夜中の追いかけっこが始まったのだった。

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