第六話 虎穴に入らずんば
夜白が感慨に耽っていたのも束の間手当てを終えた朝香が騒ぎ始めた。
「ねねねヤマビシさん!さっきの夜兄がピョーンて飛び出してきたのナニ!?」
「あれはおいらの術だカァー。おいら達鴉天狗は遊びを祀るんで遊びに交えた術が得意なのさ!さっきのは“影踏み鬼”。事前に影を踏んでおいた縁のあるヤツなら何処でも呼び出せるチョー便利な術なのさ!脱出にも使えるぜぇ?」
ご丁寧にちょっと得意げに説明する山菱。
「えーっちょーすごいじゃん!ねっねっあたしもピョーンて飛び出せる!?」
「チッチッチ。コレを使うには相手も使えなきゃならんから今のアサカちゃんにはまだ無理だカァー」
「そんなあ〜」
あからさまに落胆する朝香を尻目に今度は山菱が夜白に質問する。
「ヤシロっちこれからどうする?姐さんはこっちから連絡取れねえし、他に匿う所が……。それにアサカちゃんたら陽の気が強すぎんぜ?さっき力のハナシしたんだが全然知らねえみたいだし、コントロールも無理そうじゃねぇ?」
「力について話したのか。陽の気については少し考えがある。危険だが……俺の部屋に一旦匿う」
朝香の質問は遮られ夜白は少し考えた後結論を出した。
「ンゲェッ大丈夫カァーッ!?」
「孤月より神格が高い隠し場所の伝手がない。それに朝香の陽の気に一時でも陰の気を纏わせた方がいい。それなら隅々まで陰の気に満ちたあの屋敷はうってつけだ」
「ヨウノキ?インノキ?なんのハナシ?」
「一旦黙ってろ。後で全部説明してやる。お前が入ると話が進まん」
朝香が喧しく割って入るも速やかに黙らされた。不服である。
「本の一時だけだ。アレが俺にちょっかいをかけらて来るだろうがその方がマシだ」
「でもよぉヤシロっちぃ。アサカちゃんってそんなガマンできる子なの?」
「む……言って聞かせるしかないな……。おい、朝香!」
「なに?」
ようやく話に入れてもらえそうで朝香はぴょんと振り向いた。
「いいかこれから向かう屋敷にいる間、絶対、何があっても、じっと身を潜めて黙っているんだ」
「お屋敷ってドコの?」
朝香が小首を傾げると夜白は頭をガシガシと掻いた。
「俺を隠した張本人の屋敷だ。その離れに俺の部屋がある。いいか、今のお前はピカピカ光って目立ってしょうがない状態だ。だからあの屋敷で影を纏ってそれを抑える。だが、あの屋敷の主は……アレは太陽を憎んでいる。お前みたいな人間を殊更な。だから俺が隠しの呪いをかけるから息を潜めて……」
「つまり陰気なところに隠れて雲隠れしちゃうってことね。でもさ、ソイツが夜兄を隠したチョー本人で太陽がキライなら倒しちゃう絶好の機会なんじゃないの?」
「馬鹿か!」
「アホカァーッ」
朝香が思いつきを口にすると二人から同時にスパパァンと頭を叩かれた。
「アレは常世の支配者。神格は枠を外れて『特霊級』だ。いくらお前が強い陽の気に満ちていても術も何も無しに倒せる訳がない」
「どゆこと?」
「あのお方はぁー!そりゃもう神格上級の神様全員が束になっても叶わないチョーぉう強い神様なんだカァーッ!
力技でどうにかなる相手じゃないんだぁーって!」
「え、でもそのラスボスシメなきゃ夜兄の呪いとか……」
「シメるな!力で敵わなければ交渉とか色々あるだろう!とにかく今は細かい説明をしている暇がない。孤月には深傷を負わせたからしばらくは追ってこないだろうが……他に目を付けられないとも限らん。いいか、今から俺の部屋で匿うからその間一言も声を発するな。息もできるだけ潜めろ。静かに、じっとしているんだ。たとえ目の前で何があろうともこれだけは守れ。お前の身の安全のために絶対必要なんだ。頼む」
「う、うん……」
夜白にここまで言われれば朝香も黙る他ない。
「よし、いい子だ。じゃあ……焦げ臭いかもしれんがこれを被っておけ」
そう言って朝香に自分の羽織を頭から被せた。夏の空気の常世で羽織なんて暑そうだと思っていたが特殊な素材なのか、案外涼しかった。朝香は羽織に顔を埋めてすぅーっと吸い込んだ。
(懐かしい……夜兄の匂いだ。ちっとも変わってない……。ちょっと香ばしいけど)
あちこち焦げ目が着いているので仕方がない。
「山菱、屋敷を荒らして悪かったな。ここからは巻き込んだらまずい、一旦別れよう」
「おう!気にすんな!おいらは一旦お師匠ん家尋ねてみるから!っていうかほんと気をつけろよ?ヤシロっち」
「ああ、お前もな」
夜白と山菱が固く握手し山菱が羽ばたく。
「そんじゃアサカちゃんも気ぃつけてなぁ!」
「えっヤマビシさんどっか行っちゃうの?」
「固まってたら孤月サマの目についちまうからなぁ〜!何カァーあったらすぐ呼べよ〜!チャオ!」
そう言い残して山菱は黒い流れ星の様に去っていった。
「行っちゃった」
「俺たちも行くぞ。さっきの約束絶対守れよ?」
「うん!」
夜白が朝香の身を案じてくれていることは充分伝わった。
「少しじっとしてろ」
そう言って夜白は朝香の前にかがみ込んだ。久々に直近で顔を見て改めて美形な兄に朝香は少し見惚れた。
(夜兄ったら全然変わってな……ちょっとだけ成長した?
顔近い。近いよ夜兄!なななんか恥ずかしくなってきた。あたし泥まみれだし!
顔が良過ぎて心臓に悪いって……ってあれ?
なんかさっきより顔の黒い部分が減って……?)
朝香の視覚記憶力は確かだ。額から頬にかけて痣の様に広がっていた黒ずみが僅かだが確かに減っている。
そんなこんなを考えていると夜白は左の人差し指と中指を揃えて朝香のオデコに円を描いた。
「ねえ夜兄……」
「しっ。ここから先は黙っていろ」
そのことを伝えようとするも遮られてしまった。
夜白は円を描いたそのまま何やら字を書くように朝香のおでこになぞっていく。
くすぐったいが夜白の羽織で口元を覆ってガマンする。
夜白は最後に目を閉じ、ふぅ、と息を吹きかけて立ち上がった。
「よし、終わったぞ。口を開くなよ。今、お前の存在を限りなく薄くする呪いをかけた」
朝香は黙ったままこくこくと頷いた。
「だが声を聞かれたり、人に触れたりすれば簡単に解けてしまう。それにお前の陽の気……存在感は術だけでは隠しきれん。だから陰の気が多い俺の羽織りで少しでも抑える。だからとにかくじっと静かにしているんだ。ほんの数刻したら部屋を出る。それまでの我慢だ。できるな?」
朝香は返事の代わりにサムズアップした。
「じゃあ行くぞ」
そう言って夜白は朝香の手を引いて歩き出した。
顔の痣同様、手の温度も心なしか上がっているように思える。夜白の身に何が起こっているのだろう。
朝香は前を行く夜白の背中をじっと見つめていた。
◇◇◇
「ここが俺に与えられた部屋だ」
小声で囁く夜白に朝香はこくこくと頷いた。
何処ぞの立派な神殿のような宮殿を取り巻く門壁をぐるりと外回りしてたどり着いたのは小さな裏戸。
そしてそこから数歩もすれば届く所にぽちんとある小さな建物だった。
夜白は周囲を抜かりなく見回すと朝香を招き入れて静かに襖を閉じた。
「ふぅ……小声でなら話してもいいぞ」
「夜兄攫った神サマってすんごいビカビカゴージャスなん?ここ最早お屋敷じゃなくて神殿じゃん」
「開口一番にそれか……。仮にも常世を支配する神だからな。昔は……こんな祟り神じゃなかったらしいが……」
「祟り神?」
「常世で言う祟り神というのは神が負の気を溜め込みすぎて浄化しきれなくなり変貌したものを指す」
朝香はなるほどと頷いた。そして先程から気になっていた事を質問する。
「ね、夜兄。顔の黒いのちょっと減ってない?」
「何?」
夜白は思わずといった様子で頬に手を当てた。
「手もなんかちょびーっと温くなってたし……」
朝香がそう言うと夜白はハッと息を呑んだ。
「そうか、あの時……」
何やら思い当たる節があるようだ。
「ねねね、なんか分かったんなら教えてよ〜」
と袖を引っ張る。
「……お前、それ態とか?」
夜白のじとっとした視線を受けてもなんの事やら。朝香は頭にはてなマークを浮かべるだけだ。
夜白は「はあ」とため息を着くと刀を置いて部屋の隅へ朝香を座らせた。
「陽の気と陰の気は分かるか?」
「分からん」
朝香が即答すると夜白はガクッと肩を滑らせた。
「あのな……そう、光と闇みたいなものだ」
「ほうほう」
今度は朝香の頭にもちゃんと入ってきた。
「現世に朝と夜がある様に、はるか昔は常世にも僅かな朝と長い夜があったんだ。この陰陽の気の二つはどちらが欠けても生物は生きていけない。強弱の差はあってもな。常世に棲む生物や物体の多くは陰の気を多く持つ者が多く夜を好む。逆に現世に棲む生き物は殆どが陽の気を多く備え、太陽を好む。現在でも稀に、大昔に常世へ戻れなくなった妖が現世に残っていることもあるがな」
「あ、それヤマビシさんから聞いたかも。あたしも夜兄も霊感テキな力があるって。やっぱ夜兄も知ってたんじゃん。なんであっちにいた時教えてくんなかったの〜!」
朝香がぷりぷり怒りぽかすかと叩くと夜白は頭を庇いながら言い訳した。
「お前が十三歳になったら言うつもりだったんだよ!」
「ぶー!なんで十三歳?もっと早くていいじゃん!」
「あのな、人間の年齢には節目ってものがあるんだよ!朝斗さんがお前が十八歳になるまでって約束したのと同じだ」
「パパが……」
朝香の動きが止まった隙に夜白は手の届かない所へ逃げた。
「いいか十三と十八は昔、成人を越えたとされる年だった。それが過ぎてやっとお前に説明できる事があったんだよ」
「それってなに?」
「お前の……いや明野家の力について、だ。十三になったらお前の持つ陽の気の力について話すつもりだった。そして十八を越えたら明野の話をするよう、朝斗さんに頼まれていた」
「パパから……」
朝香は驚きに目を見開いた。
———十八まで約束を守ったら、だよ』
昔の、朝斗と交わした約束の言葉が蘇る。
「いいか、大昔から『明野』はあの山の守護者だった」
「あの山って家の裏山のこと?みんなでアケビとったり、あたしが潜りまくってたりした?」
「そうだ。あの山は現世と常世の境界線。昔、両世界は行き来できていたらしい。明野は当主と、元服……成人を迎えて充分に力を発揮できる様になった子共と共にその門と現世と常世の均衡を守ってきた家だった」
夜白はあぐらをかいて座り改めて朝香に向き直った。
「だがある時、災厄が世界を襲った」
「さいやく?何があったん?」
朝香はゴクリと唾を飲んだ。
「『わからない』だ、そうだ。明野のあの家の書庫の文献にも何処にも残されていなかった。それほど昔のことだったそうだ。ただ……」
「ただ?」
「明野はその災厄から世界を守るため門を封印したそうだ」
「えっ?それって……」
朝香が口に手を当てると夜白は頷いた。
「そう、今は閉ざされている現世へ繋がる門の事だ。災厄は常世へ封印され、現世は守られた。だが、明野家は大きな『代償』を支払うことになった」
「代償?」
「ああ。本来なら明野家に生まれた者全てが短命に終わるはずだった」
「短……命……?」
なんだか聞いているとドキドキして胸が痛い。
「だが明野を滅ぼす筈だったその呪いを当時の当主と力を持つ子らでなんとか肩代わりした。結果、明野家の力を持って生まれた者は皆、力の大小にもよるが病にを抱え大幅に寿命を縮めることになった」
「明野家の……力?」
「そうだ。明野の力を持つ者は皆、太陽の色をした髪と目を持って生まれる」
ドクン、と朝香の心臓が大きく波打った。
「パパ……と、あたし……?え、でもあたしの目って茶色……」
「まだ続きがあるから落ち着いて聞け。明野はその呪いを分散させるためより多くの子孫を残した。だが力を持って生まれる子供の数は徐々に減りその分一人一人が持つ力はより強さを増していった。だから朝斗さんは終わらせようとしたんだ」
朝香はもうひとつ唾を飲むと口を開いた。
「なにを……?」
「明野家の役目も、呪いも、全て自分の代で終わらせる事を、だ。次の代のお前に背負わせないように朝斗さんは全てを引き受けて逝ってしまったんだよ、朝香」
「なんでっ……」
朝香の口が戦慄いた。
「なんでっそん大事なコト……っ!パパは教えてくんなかったの?あたしに引き継いだっていいじゃん、気にしないのに……!」
「朝香、落ち着け声が大きい。朝斗さんはな、元々結婚するつもりすら無かったんだ。数の少なくなった明野の力を持つ子供は七つを越えたら守りの呪いを解かれ、秘密を明かされる。そして病を背負いながら力つける修行をさせられるんだ」
夜白は朝香に静かに言って聞かせた。
「それはとても辛い、苦しいものだったらしい。普通の子供の様にはとてもじゃないが過ごせなかったんだと。だから朝斗さんは自分の子供にはそれをさせたくないと、子供は作るまいと、強力になった自分の力を使って全てを封じ込めて、一人で人生を終えるつもりだっった。先代、お前の爺さんともそうやって話を付けていたらしい。だけど……」
夜白はそこで言葉を切ると表情を和らげた。
「朝比奈さんに出会った。だが結婚はできないと言ったら既成事実を作られてしまったらしい」
「あはっ、ママらしい」
朝香も目尻に溜まりかけた涙を拭った。
「そうして朝幸とお前が生まれた。朝斗さんは結果として幸せだと言っていた。あのまま一人を選んでいたらあんなに長く粘っていられなかった、と」
「パパの病気のコト?」
夜白はゆっくりと頷いた。
「お前という後継を得て朝斗さんは尚更自分の代で終わらせると決意した。朝斗さんはお前が生まれてからずっと『おまじない』を掛け続けていた。そして自分が居なくなった時の保険として『お守り』も作った」
朝香はポケットからオレンジ色の玉の欠片を取り出した。その手を上から握り夜白は続ける。
「妖や常世に関わることを認識してしまえば『守り』の呪いは解けてしまう。だから朝斗さんはずっとお前に言い聞かせていたし、完全に力が成熟する十八までこのお守りでお前の力を封印していたんだよ。だからお前の目は茶色いままだったんだ」
「そう、だったんだ……」
父の想いで朝香の胸はいっぱいになり涙が滲んだ。
「な・の・に!ったく!お前は常世に来てしまった。お前には朝斗さんのためにも無事に現世に帰る義務がある。その為に常世に封じられた災厄の事を調べて、現世への門の開き方を探す。一緒に帰る為にな。こき使うから覚悟しとけよ」
そう言って夜白は朝香にデコピンした。
「へへっ。それを聞いたら明野家のけーしょーしゃであるあたしが元凶をなんとかするのが筋っしょ!夜兄取り返す為にもっ!墓穴に入らずんばこじきは飢えるってね!」
「虎穴に入らずんば虎子は得ずだ馬鹿」
そうして兄妹で笑い合ったのも束の間夜白がハッと息を呑んだ。
「?どったの?」
「しっ!アイツが来る!いいか、これからは微塵も動くな。声も出すな。何があっても息を潜めてじっとしてろ。いいか・何があっても・だ」
そう言って朝香に羽織を被せ直すと少し距離を置き刀を手に取った。




