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第五話 逃げるが勝ち勝ち

天井が崩れ落ち屋敷が青白い炎に包まれる。

トン、と軽い足音を立てて降り立ったのは門の前で一悶着した例のエロギツネだった。


「ギャーッおいらの家ガァーッ!」


「クソっ何故ここに!?」


夜白が素早く刀を抜き放ち朝香と叫ぶ山菱を背に庇う。


「いやぁ、門からおらんようなってて流石のボクも焦ったけどなあ。キミは隠すの上手いから。

でも”噂をすれば影“。門でキミの喉掴んだ時に掛けといて正解やったわあ」


「あの時かっ……クソッ!」


孤月の言葉に夜白が悪態を吐いた。


「それになぁ、小鬼ちゃんの妖気もアサカちゃんの陽の気ぃもあんなダダ漏れさせてバレへんとでも思ったん?」


孤月は炎に囲まれて逃げ場のない朝香達に向かってゆっくり歩み寄る。


「チッ……山菱!」


「アイヨッ!行くぜアサカちゃんっ!」


夜白が声をかけるや否や山菱が朝香の脇に手を差し入れて大きな翼をはためかせた。


「ちょっ夜兄は!?」


「心配するな!それよりこの場にお前が居る方が拙い。行けっ!」


夜白がそう言い終える前にぽっかり穴の空いた天井から山菱は勢いよく飛び立った。


「夜兄ぃー!」


「だぁいじょうぶさアサカちゃん!まずは自分の心配しな!」


朝香の叫びとそれを宥める山菱の声を聞き届け、夜白は改めて刀を構え直した。


「あーぁ……行ってもうた。ほんま手ぇ掛けさすのが上手やなあ小鬼ちゃんは」


孤月は朝香達が去った方向を手を翳して見ながら呟いた。


「“噂をすれば影”か。仙狐の癖に随分と姑息な手を使うな?」


「用意周到って言うてや」


夜白の挑発に孤月は振り向きニマアと嗤う。


「なんかあった時のために保険掛けとくのは常識やろ?ソレより、キミ。一人でココに残ってどうするつもりなん?まさかボクに敵うとでも?」


「さあな」


夜白の持つ刀がチャキ、と音を立てる。それを見た孤月は大きくため息をついてやれやれと首を振った。


「門でのこと、忘れたん?今回はちょっと予想外の展開でしくったけどキミ、今までボクや他の神さんの邪魔できた試しないやん?やのに毎回毎回隠しの術使うて人間追い返そうとして……健気で泣けてくるわ」


「どうだか。お前が知らないだけかも知れないぞ」


夜白の背中を冷たい汗が伝った。


今はとにかく時間を稼がねば。

自分はいざという時の脱出法がある。だが朝香にはない。先程自分を包んだ温かい陽の気。あれは朝香が意識して使ったものではない。・朝斗の守り・が壊れたという事は朝香の年齢は既に十八歳を越えたということだ。


狭間で再会した朝香の姿を思い出す。

すっかり成長して見違えた。最初、呼びかけられるまで誰だか分からなかった。


夜白はグッと唇を小さく噛んだ。


自分の不甲斐なさに情けなくなる。

本来なら現世で自分が朝斗の後を継ぎ朝香を守り、様々な事を教えなくてはならなかった。

朝斗から引き継いだ朝香の……・明野の力・。・明野の因縁から朝香を守るために朝斗は亡くなった・のだというのに、託された筈の自分が神隠しに遭って五年も彼女を放置してしまった。


幸いにも朝斗の守りと呪い(まじない)のおかげで無事だったようだが、十八歳まで守られ、蓄えられた朝香の力は膨大だ。なのにあろう事か知識も備えも何もないまま常世へ来てしまった。


もし朝香の力がこのまま花開き、知れ渡れば孤月のみならず様々な者から狙われる。最悪の場合……いや、間違いなく・アレ・にも伝わるだろう。


だから。と再び孤月を見据える。


朝香を逃し自分も後を追う。そして伝えなければ、護らなければならない。


「ボクはねえ、もうすぐ準一霊級に上がるんよ。そのために嫁さん呼ばなあかんの。あの嬢ちゃん……アサカちゃんやっけ?どえらく強い陽の気持っとたあの子を娶れれば準一飛ばして一霊級まで上がれるやろなあ。だから、小鬼ちゃんに構うとる暇ないんよ。そいじゃ……」


孤月が跳び上がろうと脚に力を込めた瞬間、夜白は目にも止まらぬ速さで屋敷の四方八方を切りつけて回った。切りつけた箇所から黒い靄が吹き出し辺りに満ちる。

孤月の目が見開かれた。


「お前、広所で俺が動く姿を見たことがないだろう。

弾かれる門の狭い空間で限られた動きしかできない場合と今じゃ勝手が違うぞ」


言うが否や脚に気を溜め、一気に前進し、孤月の懐に入る。刀を下から袈裟懸けに斬り上げようとしたがそこは流石神格上級者。いつの間にか取り出した鉄扇で防がれた。


ガキィンと耳障りな金属音が鳴り響く。


「小癪なっ!」


孤月が懐からもう一本鉄扇を取り出し今度は夜白に切りつけようとする。だが夜白は直様距離を取り遠距離から斬撃を飛ばした。

孤月は鉄扇で防ごうとしたが全ては捌ききれず衣を引き裂いて腕に傷がついた。そこからじわりと傷の侵食が始まる。


「このっ穢らわしい邪鬼がああっ!!!」


孤月の怒りと呼応して鉄扇に青い炎が灯り暴風と共に夜白を襲いかかった。




◇◇◇


ボオンッ!と大きな音がここまで聞こえる。

どこぞの狩猟民族より鋭い朝香の目には遠ざかった山菱の屋敷から激しく青白い炎が巻き上がったのが見えた。


「ね、え!ちょっと!ヤマビシさん離してよ!夜兄!夜兄が!」


そうする間にも屋敷は見る間に遠ざかっていく。


「ちょっとちょっとアサカちゃん暴れるなぁーって!だぁいじょうぶ!神格にどれだけ差があってもヤシロっちはかなり強い部類に入るから!」


「だってあんなに炎が!燃えちゃうよ!」


空を飛びビュウビュウと風が朝香の髪を煽る。狭間で間近にあの青白い炎を見た時の事を思い出す。

熱くて冷たい。あの炎は熱さを通り越して冷たく感じるほど高温なのだ。


「っ!それにヤマビシさんのお家なのに!」


天井は崩れあんな大火事だ。これから先どうするのだろう。


「おいらん家の事も心配しなぁいの!常世の建物はみんな時間が経てば元通りになるんだカァー」


「どゆこと?」


朝香が思わず目を瞬かせると山菱は笑った。


「カカカ!常世じゃ決闘や血の気の多いヤツが暴れることで建物損壊なんて日常茶飯事!そんなん毎回直してらんないだろ?だカァーらこの世界の仕組みとして建物の自動修復ってのがあるんだよ」


「え、ちょー便利」


夜白の心配でいっぱいな朝香だったがこれには流石に驚いた。


「そぉれにヤシロっちが言ったろ?あのままあそこに居たら、ヤシロっちはアサカちゃんを庇って動けなくなるし、最悪あの場で決闘を申し込まれちまうんだカァーら!今は逃げるが勝ち勝ちって事よぉ!」


「それはそうだけど……」


「なぁにヤシロっちにも逃げる手立ては用意してあるのさ!だからおいら達がやるこたとにかく速やかに遠くまで逃げること!孤月サマにも分かんなくなる位置までね!」


「うぅ……」


そう言われると朝香も納得する他なく渋々前に向き直る。


「ねえ、さっきエロギツネが言ってた“ウワサをすればカゲ”ってなんのこと?あたし達がエロギツネの話ばっかりしてたから来たってこと?」


「カカカ!アレは術の一つさ!追跡術“噂をすれば影”。対象の喉に触れることによって自分の名前を呼んだら居場所が分かるようになる術だカァーッ。一回こっきりだけどね」


「えー!ナニソレ!ちょーズルいじゃん!」


朝香は鼻息荒く憤慨した。


「カァーッ!こぉればカァーりは神格の違いが出るってもんよ。神格が上がれば使える術の幅も、威力も!ドーンと上がるカァーらなぁ〜」


「えー!ズールーいー!ズールーいー!」


ぶーたれる朝香を山菱がドウドウと宥める。


「だけどヤシロっちも負けてないんだぜ?剣術は天下一品だし、神格が低いにも関わらず色んな術が使えちまうんだカァー!だカァーらそう簡単にやられる訳はないって事よ!」


「へ?そんな事があるの?さっき神格の差が絶望的とか言ってたじゃん」


山菱の屋敷で聞いていた事は一応ちゃんと覚えている。


「まぁーそぉりゃ元がフツーの人間じゃねえカァーらよ。半妖だからこそ神格は底辺に位置付けされちゃいるが実力で言っちまえば実はおいらよりずぅーっと上なのさ。アサカちゃんもものすんげえ()を持った人間だからよぉそこらの妖は蹴散らせちまうかもな!カカカ!」


「夜兄がフツーの人間じゃない?あたしのチカラ?なに?どゆこと?」


朝香が混乱して訊ねると山菱は「あれ?」と首を傾げた。


「カカ?ヤシロっちから何も聞いてないのカァー?」


「へ?」


「昔から変な音を聞いたり妖を見たりしたこと無かったのカァー?」


そう言われて朝香は父、朝斗の言葉を思い出す。



———何も無い場所で、傍に誰もいないのに声がしたらすぐに逃げなさい———



「そういえば……ちっちゃい頃パパからそんな事を言われたような……。でもココに来るまではほんとなにも無かったんだって!」


「カァー?変だなぁ〜」


「夜兄はなんか知ってんの?」


そこでやっと山菱はしまったというような顔をした。


「お、おいら知らな〜い。ヤシロっちに聞きなぁ〜」


顔を背けてぴゅーと下手な口笛を吹く始末。だがやがて朝香のジトーっとした視線に耐えきれず……


「ちょっとだけだぜ?」


と前置きして説明してくれた。


曰く、人間の中にはいわゆる霊感的なものを持つ者がいるらしい。霊感を持つと言ってもピンキリで視える、もしくは聞こえるだけの者から妖を倒せてしまう者までいるとのこと。

夜白や朝香はその類の人間だということだった。


「へ〜」


思ったより薄い朝香の反応に山菱はガクッと肩を落とした。


「妖祓えるなんてすごいことなんだぜ?もっとこう……なんというカァーッないカァーッなぁ!」


「だって全然ジッカンないんだもん」


「って言ったってよぅ〜もうちっと何カァ〜」


ブツクサ言う山菱に朝香は質問を重ねた。


「夜兄はあっちにいた時からソレ、知ってたのかな」


「ソレこそ本人に聞いた方がいいんじゃないカァー?っと、ちょっちそろそろ降りてヤシロっち呼ばねえと」


「呼ぶ?」


朝香の疑問を残して山菱は路地へ向かって急降下していった。




◇◇◇


青白い炎の冷たい熱風と黒い瘴気の渦巻く屋敷で夜白と孤月が向かい合う。

両者とも肩で息をし、致命傷こそないものの細かい傷だらけだった。


「ええ加減小賢しいわあ!」


青白い炎に包まれた鉄扇が孤月の手を離れ弧を描いて夜白に飛来する。


「ぐっ」


夜白は刀でそれを受け弾き返すが炎が頬を掠め赤く爛れる。


夜白が未だ息があるのは一重に孤月が朝香と山菱を追おうと何度も気を逸らしていた事と、夜白自身を蝕む呪いによる穢れのお陰だった。


穢れは陰の気の中でも更に深い負の気の塊。夜白はその負の気を刀に乗せて斬り付けることによって孤月をも障らせ、その動きを鈍らせていた。


「アサカちゃん追うのも苦労しそうやしもうええわ、先にキミを片付けたる。決闘の形をとらへんでも片方が死ねば決着はつくんや。どの口が『勝手が違うぞ〜』やねん。今の自分見てみ?ボクが本気も出してないのに満身創痍やないの。あんまり弱い者いじめするのも悪いし、次で終わらせたるわ」


孤月の持つ鉄扇がゴウっと燃え上がる。夜白は隙を窺い機を待った。


そろそろの筈だ。


「いねや」


孤月が突如目の前に現れ鉄扇が首に迫る。

スローモーションのようにも見えるそれを夜白は後ろへ仰け反り避けその反動を利用して足が焼けるのも構わず鉄扇を蹴り上げる。

そして隙のできた孤月の胴に一閃。刀を振るった。


が、孤月も流石の動きで胴を切り離す筈だったその攻撃を飛び退き斬り傷に止めた。だが障りは深く侵食する。


「ちっ……まだ早よ動けるやないの。でも……その足ならもう次は避けられへんし逃げられもせんな」


「どうかな。お前も随分瘴気に侵食されているだろう。動きが鈍いぞ」


孤月はニヤリと口の端を上げ、夜白が汗を伝わせながらそう言ったその瞬間。

夜白の足元で小さな声がした。


“《コイコイ、〈日暮夜白〉よコイ。おいらのもーとに出ておいで》”


ナイスタイミング。


「逃げるが勝ち、だ。この勝負貰っ。」


と早口で告げて横にあった支柱をスパリと斬り払った。


「なん……っ!?」


倒れてくる柱を避けた孤月の目の前から夜白は姿を消していた。


慌てて辺りを見回すも影も形もない。気配すらも全く追えず唐突に跡形もなく消え去っていた。


「クソがああああッッッ!!!」


燃え盛る屋敷の中、深手を負った孤月の咆哮が空を突いた。



◇◇◇


「そろそろちょうど頃合いカァー?ヤシロっちが耐えきれなくなる前に呼ぶぜ」


「呼ぶ?」


降下した先の路地で自分の影に跪きながらそう言う山菱に朝香は不思議そうに首を傾げた。


「カカカまあ見てなって。さっき言ったヤシロっち逃げる手立てってヤツさ!おいらとヤシロっちの秘密コンボよ!

《コイコイ、<日暮夜白>よコイ。おいらのもーとに出ておいで》」


と何やら遊び言葉の様に声を掛けた。

途端、その影から夜白が飛び出し華麗に着地した。


「ふぅ、ちょうどいいタイミングだ……助かった。山菱、礼を言う。」


「わっなに?って夜兄ぃ〜!よかったあ!」


朝香は歓喜して夜白に飛びついた。


「カカカ!以心伝心ってやつよぉ!無事で何より……無事、カァー?」


「ぎゃーーーっ!!!夜兄!擦り傷切り傷火傷の三大傷だらけじゃん!」


本人は涼しい顔であちこち焦げた着物を直しているが、ちょっと見なかった間に数えきれない程火傷や切り傷をこさえてきていた。


「ちょっと待って救急バコがこん中に……」


朝香は急いで応急処置セットを探してドデカリュックをゴソゴソしだした。


「別に放っておけば治る。それになんだその荷物は」


「アサカちゃん〜それアサカちゃんより重かったぜぇ〜置いてきゃよかったのに」


そのあまりにどデカいリュックに夜白と山菱が交互に感想を述べる。


「ほっとけないし置いてけないよ!大事なもんいっぱい入ってるし!」


やっと見つけた救急箱を手に朝香はズンズンと夜白に歩み寄った。


「大事なものって……なんだ?」


「せーふくとか寝袋とかサバイバルナイフにこの救急バコでしょ?あとはカンパンに缶詰に水とコンロと鍋とコップと缶詰と缶詰とご飯と……」


夜白の火傷に軟膏を塗りながらつらつら上げていくドデカリュックの内容に二人は頭が痛くなった。


「ほぼなくてもいいじゃないか」


「あたしの山籠りライフラインなんですけど!?腹ペコじゃ山には潜れないんだから!」


「なんだそれは」


「門で言ったじゃん!あたしが何年山に潜ってたか!

暇さえあれば山!山!!山!!!夜兄探してあの山をずーーーっと探してたんだからねっ!サバイバルもしてたけど冬は獲物が少ないからご飯持参すんの!あたしが大喰らいなの知ってるっしょ!?」


夜白の言い草に朝香はぷりぷりと怒った。夜白はと言うと朝香が健気に五年も自分を探し続けていたことを思い出し顔を覆っていた。


「はい!次、足!うわっ!カカトちょう痛そう!コレ、歩ける?」


「いや、……すまん」


「え?やっぱ歩けない?おんぶしようか?」


「違う、そうじゃない。それはすぐ治る。薬は大切に取っておけ……お前は五年も……俺を探して……」


「そーだよ!少しくらい労わってよね!」


「ああ、すまない」


夜白が俯くと朝香は足に包帯を巻きながら見上げた。


「そこは『ありがとう』でしょ?全く夜兄ったら古めかしい喋り方んなっちゃってお礼の言い方も忘れたん?」


夜白は朝香の小言にフッと笑うと


「ああ、ありがとう。山菱もありがとうな」


改めて礼を言い直した。


「オウヨ!」


「どいたまして!」


朝香と山菱は二人揃ってニカっと笑った。

何処となく似た雰囲気を持つ陽気な二人を見て夜白はふと、山菱と打ち解けたきっかけを思い出す。


(そう言えばコイツの明るさに、よく朝幸や朝香を重ねていたんだったな)


そう思うと夜白の口元は自然と弛んだ。

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