第三話 飛んで火に入るなんとやら
「う、うーん」
朝香はうめき声を上げてパチリと目を開けた。
直様目に飛び込んできた光景は自分たちを取り囲む沢山の人……ではなく、どう見ても人間ではないナニカ。
二足歩行の猫だったり犬だったり、それだけでなく頭にツノが生えた一つ目小僧だったり唐傘に目玉と脚をくっつけたようなモノだったり……そんなお化け的なナニカに覗き込まれていたのだ。
「ほえっ!?」
朝香は変な声を上げて飛び起きた。
すると周囲を取り囲んでいたナニカ達は驚いたようにサッと朝香から距離を取って、でも輪になって取り囲んだまま騒めいた。
「ニンゲンだ」
「ニンゲンだ」
「強い陽の気を持つニンゲンだ」
「迷い込んできた?」
「だが隣にはかの邪鬼がおる」
「野良か?」
「いや、この度門を開いたのはお狐様と聞いておる」
「またも邪鬼が邪魔を?」
「どちらつかずの半端者」
「障を振り撒く穢らわしき者」
「それにしてもあのニンゲン、うまそうだ」
様々な言葉を朝香の鋭い耳は全て拾って何やら聞き逃せない言葉にギッと振り向いた。すると朝香の視線を恐れるようにサッと周囲のモノ達が避けた。
ココに集っているモノ達がコスプレ集団ではないことは流石の朝香にも分かる。
親友の1人に読まされた漫画に出てきていたイワユル『妖怪』というモノではないだろうか。
うん、それがしっくりくる。
そこで朝香はハッとした。
「夜兄は!?」
と握りしめた手を辿ればなんということはない。隣で伸びていた。
「は〜よかった……。ね、ね、夜兄、夜兄!起きて起きて」
面をしているせいで隠れているがどうやら気を失っている夜白を激しく揺さぶると、「う〜ん」と呻き
「あ……さ、か……?」
しばしして気が付いた様だった。顔がわずかに動き、ゆっくりと周囲を見回してそこでガバリと跳ね起きた。その瞬間辺りにいた妖たちが皆揃ってピュンと姿を消した。
「朝香!?お前、なんでここに!?」
「キツネヤローから逃げてきたんじゃん?」
夜白がすごい剣幕でガッと朝香の肩を掴むがケロリとして答えてのける。
「このっ馬鹿っ!ココが何処だか分かっているのか!?」
夜白の剣幕もなんのその朝香は呑気に妖怪が居なくなった辺りを見回した。
和風の平屋建ての家ばかりが並び、至る所に赤い提灯が下がって夜道を照らしている。所々にお祭りに出ているような屋台が見え何処からかテンテケンテンと三味線の音が聞こえてきた。
とにかく一言で言えばザ・和風の町というだけのように見える。
住民がどうかはともかく。
「キョート?」
適当な答えを言うとスパァンッといい音を立てて頭を叩かれた。
「そんな訳ないだろう!
ここは『常世』!異世界だ!!!」
「へ?異世界?え、まじもんの?
……まあそれはともかくさっきはキツネヤローの邪魔が入ったからできなかったけどせっかくの再会を喜ぼうじゃないの」
夜白はワナワナと震えだした。
「なんでお前はそう能天気なんだ!ココに入ったら二度と戻れない!
お前は今!神隠しにあってるんだぞ!!!」
夜白が声を荒らげると突風が吹き抜け朝香の前髪を吹き飛ばした。
「ちょっとちょっと落ち着いてよ夜兄!ごめんて!」
少しおふざけが過ぎたと反省しなんとか夜白を宥めようとする。するとやしろはハッと我に返った様子で
「っすまん!大丈夫か!?」
と今度は過剰に心配し始めた。
ジェットコースターの様に上下する夜白の態度に朝香は目を瞬いた。
「ってなんで……!!!」
無事であることを確かめてホッとした様子を見せたのも束の間、また肩を掴んで今度は朝香の顔を凝視した。
面に隠されていても夜白の視線は朝香の顔面、特に目にグサグサ突き刺さっているのが丸わかりだ。
「ちょっとちょっとなんなん夜兄。ちょっと情緒不安定すぎじゃない?
あたし別にどってことないけど……」
「お前!朝斗さんにもらった守りは!?」
「え?あ、そうだ、夜兄!お守りね、ついさっき壊れちゃったの!うぇ〜ん」
朝香はポケットをゴソゴソやると砕けた玉の欠片を見せると、夜白は硬直してしまったがそんなことには気づかず朝香はベソをかきだした。
「あのね、酷いんだよ〜。クマが、クマがね二頭であたしをね……」
「……通りで……」
愚痴る朝香を華麗にスルーして夜白は呆然と呟いた。
「不本意ながらお前の馬鹿のお陰で着地点がズレた、か……。だが目撃者が多過ぎる。
とにかく場所を移すぞ」
夜白は立ち上がって転がっていた刀を拾うと少し躊躇った後、朝香に左手を差し出した。朝香はなんら気負う事なくその手を握ったが、その冷たさに少々驚いた。
朝香がぴょんと立ち上がると夜白は手を引いて路地の物陰に連れ込んだ。そしてまたしても躊躇する様に動きを止めた後、薄暗いその中で夜白は自分の面をそっと外した。
その瞬間、朝香はなぜ夜白が面をしていたのかを理解した。
すっと通った鼻筋に薄い唇。長いまつ毛。夜千流に似た美貌はそのままだ。
だがその色白だった肌の右側は額から頬にかけて黒い痣のようなものが広がっていた。
額にツノが生え、青みを帯びた淡いグレーだった瞳も片目が紅く変色している。
「あまり……見るな。見て気持ちのいいもんじゃないだろ」
そう言ってグッと歯を食いしばり、苦しげな表情でふい、と顔を逸らした夜白を眺めながら朝香は1人納得していた。
(あー……うんうん。夜兄ったら見た目のコンプレックスヒドイもんねえ。そりゃ気になるわ)
夜白は元の姿だった時ですら両親に迷惑をかけている、と思い込み、酷く劣等感を抱いていた。
明野家と交流し始めてド派手オレンジでありながらのほほんのびのびとしている朝斗や朝香を見て、やっと自分の容姿を受け入れられるようになったのだ。
そんな彼にとって変貌してしまった今の自分の姿が受け入れられないのは至極当然。大ショックだっただろう。
だからこそ……
「べっつに夜兄は夜兄だし。気持ちいい悪いとかないっしょ。
どったのソレ?」
こうゆう場合はズバんと聞いてしまった方がいいのだ。
夜白は小さくフッと笑うと
「変わらないものだな、お前は」
と表情を和らげた。
(笑った!夜兄がやっと笑った!)
朝香が内心で小さくガッツポーズをとっていると、夜白は外したばかりの面を朝香に着けた。
「気分は悪くないか?」
頭の後ろで紐を結び終えたあと、恐る恐るといった様子で夜白が訊ねるが朝香は別のことに夢中だった。
「うんうん!
おおー!布被ってんのに見える!スケスケ!透明マントみたい!」
とはしゃいでいた。
「あれは外からも見えないだろ」
元いた世界のネタを出すと夜白の表情が更に和らいだ。
「これもカオ隠すんだからおんなじじゃん?」
「馬鹿。これは気を抑え隠すものだ。行くぞ」
「なんかバカバカ言い過ぎじゃない?」
「いいから早く着いて来い」
堅い表情とぶっきらぼうな口調に変わっていても自然とぽんぽんやり取りができるのは嬉しい。
だがこう何度も馬鹿馬鹿言われるのはいただけない。
うん。不本意である。
「ねー、ココが異世界ってほんと?」
「ああ。ここは『常世』。妖と神が棲む夜の国。日の昇ることのない世界。
俺たちがここにくる前いた元の世界、『現世』と対の世界だ」
「ごめん、あと九回言って?」
夜白はガクッと崩れ落ちそうになった。
「お前なあ……!」
「だって小難しいんだもん。夜兄だって知ってるじゃん?あたしが難しい話ニガテだって。高校上がんのちょう大変だったし」
その通り。朝香は勉強や難しい話が苦手だ。
十回は繰り返し話てもらわなければ理解できないのである。
朝香にテストが訪れる前、もしくは訪れた後。勉強や補習に付き合わされた朝幸や友人達、そして教師の苦労が伺える。
その代わり十回聞けば当分の間は絶対忘れることがないだが。
夜白は再び「はああーっ」と大きくため息をつくと再び付いてくるよう促して歩き出した。
「ここは『常世』と呼ばれる異世界だ。お化けや神様が棲むところ。ついでにずっと夜で朝は来ない」
裏道を迷うことなくスイスイと進みながら夜白が子供にも分かる様な言葉に言い換えて再び説明した。
「えっ朝来ないの?」
もっと突っ込むところがあるだろうに朝香が真っ先に食いついたのはそこだった。
夜白はまたしてもガクッとした様だが丁寧に答える。
「そうだ。日が昇ることはない。常に夜だ。
ここにいる奴は大半が太陽を嫌うからな」
「なんで!?フツーお日様当たんないと元気出ないじゃん!?」
朝香は慌てふためいた。眩しい陽の光こそ朝香にとって栄養の様なものだ。
「太陽には浄化能力があるからだ。ここに棲む奴らは陰の気に馴染む者が多い。だから純粋な陽の気の浄化能力に耐え切れないから———
「ごめんもう九……
「ああ!もう!お日様や強い光に弱いんだよ!とにかく!」
「そう言われるとなんかバイキンみたいな感じするんだけど……夜兄ヤケクソんなってない?」
「もうソレでいい!お前のせいだよ馬鹿!」
やはりヤケクソである。
身に染み付いてしまっているのか気を抜くと堅く古くさいな喋り方になってしまうようだ。
「ねー神サマがいるってほんと?」
「話は後でだ。ついたぞ」
朝香が訊ねるも夜白は答えずに立ち止まった。
「おおー」
目の前に立派な御屋敷があった。裏口みたいだけど。
夜白は朝香を待たせて裏道から出ると、油断なく辺りを警戒しながらお屋敷に比べるとちっちゃい裏戸をコココン、コンと変わった叩き方をした。
すると間も無くして裏戸が開き……
「いよぉー!ヤシロっちじゃねえか!まあたタタリサマから逃げてきたのか?」
陽気なカラスが現れた。
(いやいやそのまんまカラスなワケじゃなくって!
人間とカラスを合体させたよーな……なんだっけ?
そう!カラス天狗ってやつ!……みたいな?)
「似たようなものだ、少し匿え。連れがいる……朝香」
「ほーい」
夜白が陽気な鴉天狗に話を付けたらしく、呼ばれたので朝香はドデカリュックを背負い直してぴょこぴょこと近づいた。
すると
「んゲェッ!?ヤシロっちが女の子連れてる!?」
と鴉天狗が目を向いた。
「話は中で。とにかく入れろ」
「ちっす。お邪魔しまーす!」
夜白がカラスを押し除けて中へ入る。どうやら仲良しのようなので朝香も遠慮せず挨拶して続いた。
◇◇◇
「邪魔して悪いな。山菱、こいつは朝香、俺の妹だ。朝香、こいつは鴉天狗の山菱。俺のこちらでの数少ない友人だ。」
「明野朝香です!お邪魔してます!」
「おいらはヤマビシ!堅くなんなよ〜楽に楽に〜。
それにしてもヤシロッちに妹ちゃんがいたなんてびっくらだぜおいら。もっと早く紹介してくれよ〜水くせえなぁ〜コノコノ」
夜白の紹介で二人が互いに挨拶を交わす。
ヤマビシが夜白の友人というのは本当でとても親しげでそんな存在が傍にいてくれたことに安心する。
「んで?今回は誰からなんで逃げてきたのよ?」
と、ヤマビシはお茶と大きな揚げ菓子を出してから本題に入った。
「門が開いたんでいつも通り邪魔しに行った。そしたらこの馬鹿がいたんだ。
だが最悪なことに招いたのがあの色ボケ狐だ」
「ンゲェー!?あの仙狐の孤月サマかいなー!?
え、て、コトは……」
「バリバリ」
「ああ、目的は『嫁取り』だ。最悪だ」
「ゲゲゲ、アサカちゃん大ピンチじゃねーの!孤月サマにかかりゃおいらん家の結界なんて吹っ飛ばされちまうぜ?」
「ガリガリ」
「ああ。なるべく早急にこいつの隠し場所を移すつもりだ。それまで……すまない」
「そりゃおいらは構わんけど……アテがねーだろヤシロッち……。
それに、嫁取りってコトは……ん?あれ?なんでアサカちゃんまだココに居れんの?」
「ボリボリボリッ」
「ああ……それが本当にややこしくてな……。こ・の・馬・鹿・!が俺の手を引いて自らこっちへきたんだ」
「ん?」
夜白と山菱が何やら話し込んでいる間、朝香は出された揚げ菓子に夢中になっていた。
(だって晩ご飯食べ損ねたんだもん。そりゃお腹もすくってもんよ)
が、夜白に力強く強調して呼ばれた気がして顔を上げるとジッと二人に見つめられていた。
「モグモグ。ごくん。どったの?」
朝香が小首を傾げると
「どうしたじゃない!!!お前が馬鹿やったせいでとんでもないことになってるんだよ!!!」
とうとう夜白が爆発した。
「な、なになに?夜兄お腹空いてんの?
ごめんって占領してて。ちょーっとあげるから落ち着きなよぉ」
「そうじゃない!いるか!しかもそれ山菱が出したヤツだろうが!!!」
朝香は宥めようと今まで占領していた大きな揚げ菓子の器をそそそ、と夜白に追いやるも火に油を注いだ様だった。
「ヤシロっち!妖気が漏れてんよ!」
山菱の少し悲鳴じみた声を聞いて夜白はハッと我に返り座り直して大きく息を吐いた。
「すまんキツかっただろ」
「いいっていいって。
おいらにかかりゃしばらくすりゃまた元気になんよ」
よく分からない会話だった。が、心無しかヤマビシがぐったりしている様な気がする。
「ん?ヤマビシさんどっか悪いの?」
と山菱の手を取り脈を測ろうとした。
すると
「うぉおおお!?なんじゃこりゃ!?一気に吹き飛んだぞ!?」
「あぁ……そうか呪いが切れたならコイツは……道理で……」
山菱がエネルギーがみなぎるとでも言うようにがばりと立ち上がり、夜白は目をもんで朝香を見やった。
「なに?なに?どったの??」
朝香には全く状況が掴めない。
「とにカァーッく!
いいかいアサカちゃん!キミの現状を話すと!
キミは常世の神様に招かれたんだよ!仙狐のお狐サマに!!!
ところがどっこいキミはヤシロっちの手を引いて自分からこっちに来ちゃった!だカァーッら腹を括らなきゃいけない!!!」
「え、なになになんの話?腹を括るって何を?」
山菱の勢いに押されて朝香は目を白黒させながら聞き返した。
「お狐サマカァーッ!ヤシロっちカァーッ!どっちカァーッのお嫁さんになることを!だよ!
そりゃヤシロっちも怒るってもんよ!
飛んで火にいる夏の虫カァーッ!!!」
途中までよく分からなかったが『お嫁さんになる』ということは聞き取れた。
だから朝香のノウミソでもじわじわ理解できて。
「えっ?」
夜白を見る。
夜白は目元を覆って項垂れ動かない。
「ええぇぇぇええええーーーーーーっっっ!!?」
朝香の叫びが屋敷中に響いたのであった。
以降更新まちまちになりますがツイッタランドでイラストや紹介をしていこうと思いますので良ければ遊びに来てください(●︎´▽︎`●︎)




