第二話 再会と邂逅、そして……
その反応は顕著だった。男の肩がぴくりと動き、思わずといった様子で呟いた。
「まさか……朝香か……?」
ボソリと溢れた言葉を朝香の鋭い聴覚が拾わない訳がない。
(はい確定いただきました)
「夜兄〜!もうっ何してたのさ!こんな所でコスプレしちゃってさ!ずっとずっと探してたんだからねー!」
歓喜に湧いた朝香はそのまま残りの石段をすっ飛ばし、再会の喜びを分かち合うべく駆け寄ろうとした。
が、後数歩と言った所で急ストップせざるを得なくなった。
間違いなく夜白であるその人物に刀を突きつけられて。
「ちょっと!危ないじゃん、何すんの夜兄!」
朝香はベインとビンタで刀を払おうとしたが思ったより手応えがあり、目の前の人物は切先をブレさせただけで何とか踏ん張った。
朝香は「あり?」と首を傾げた。
(夜兄ってこんな力持ちだっけ?)
夜白が消える少し以前は朝香は彼を文字通り振り回していたのに、と。
「誰と勘違いしているのか知らないが、ここは常夜の国。昼の世界の者が踏み込んでいい場所ではない。
この門を越えれば二度と日の目を見ることは叶わなくなる。
今すぐ来た道を戻れ。さもなければ斬っ……
「ちょっとちょっとなにカッコつけた喋り方してんの!勘違いとかありえないし!
さっき思いっきり朝香って言ったじゃん!あたしの耳が誤魔化せるとでも思ってんの!」
朝香はするりと刀を避けそれを持つ夜白の腕を掴んだ。
「ほら、一緒に帰ろ!」
そして渾身の力を込めて引っ張った。
瞬間。
バチバチバチッと激しい音と閃光が奔り夜白が悲鳴を上げた。
「うわっちょっ何コレ!?」
流石の朝香もこれには驚いてパッと手を離した。
すると夜白は弾かれるように後ろに吹き飛ばされた。何とかたたらを踏んで踏みとどまったが刀を持っていた腕を押さえる。
「夜兄大丈夫!?」
朝香が急いで駆け寄ろうとしたその瞬間……
「踏み込むな!」
と夜白は素早く反対側の手に持ち帰えた刀を振り下ろした。
すると再び朝香の手前の石畳が斬り裂かれ勢いよく黒い靄が立ち上る。
「ちょっ!あぶなっ!」
朝香が抗議の声を上げるも
「俺が何者かなんてどうでもいい!とにかくこの門を潜るな!帰れなくなるぞ!元来た道を引き返せ!!!」
夜白は聞く耳持たずと言った様子だった。
「ちょっとちょっとあたしが何のためによくわかんないココに来たと思ってんの!」
朝香も負けじと言い返す。そしてビシイッっと夜白を指差すと。
「あたしの目的は!それこそ夜兄を連れて帰ることなんだから!!!」
「俺は『夜兄』とやらじゃない!お前はすぐ引き返せ!でないと取り返しのつかないことに……」
朝香は頑なな夜白にだんだん腹が立ってきた。
溜め込んでいた思いが口から飛び出す。
「どう考えても夜兄じゃん!さっき朝香ってバッチリ言ったし!声もそのまんまだし!あたしが聞き間違えるとでも思ってんの!?
ずーっとずっとずっと毎日毎日山に潜って探し回ってたんだからね!?
熊も倒したし!うさぎを捕まえるのもお手のものだし!お陰で今やサバイバル検定グランドマスターになっちゃったんだから!
ママも夜パパも朝兄も!家族みんなで夜兄がいなくなったの心配して!
この五年間で色々あったんだから!!!」
「五年?」
他にも色々衝撃的な発言だったが夜白はその一言に衝撃を受けたように繰り返した。
「そーよ!五年もこんなところにいて!
この春には妹が生まれるんだからね!!!」
「妹!?」
夜白はガガーンと目に見えてショックを受けたようにふらついた。
朝香はため息を吐いてやれやれと肩を竦めた。
「はあ……夜兄ったらもう自白しまくってんじゃん。あの腹黒策士王子の異名はどこにいっちゃったのs」
「なんだその変な通り名は!?」
夜兄は別のショックで立ち直ったようで目にも止まらぬ速度で戻ってきて門に半分足を乗っけている朝香の肩をガッと掴んだ。
「キラキラして表向き優しい王子様みたいなのに腹の底は黒い。無駄にゆーしゅーなアタマで朝兄と悪さばっかしてたからそんなんなったんだし。
中学でも高校でも伝説の二大王子サマとして残ってるよ?」
「だれだそんな名前つけたの!」
いやに何か焦って居るからかあっちにいた時と違いさっきからボロがボロボロ出ている。
「朝兄と夜兄の女子ファンクラブができてたんだって。知らんかったの?未だに残ってるよ?」
夜白は頭を抱えてしまった。そんな夜白の肩を今度は朝香がガシリと掴んだ。
「確保!
さ!こんな変なトコいないでさっさと帰ろ!みんな待ってるよっ!」
そう言うと夜白もまた朝香の肩をガシリと掴みグイグイと押し戻そうとする。
「いいからお前一人で戻れ。
それも、急いでだ。お前なら可能だろ。
朝香」
とうとう自分を偽るのを辞めた夜白は真剣な声音で朝香を諭す。
「ちょっと、だからあたしは夜兄を……」
「いいか。よく聞け、朝香。」
朝香の言葉を遮り、夜白は抑揚のない声で話す。
「俺はもう帰れない」
「は!?ちょっとどう言うこと!?」
「落ち着け。とにかく時間がない」
夜白は朝香を落ち着け何かに焦るように口早に言葉を紡いだ。
「お前が今いるのは『狭間』。俺たちが元いた世界、『現世』と俺が今いる門のこちら側『常世』を繋ぐ亜空間だ。狭間にいる今ならまだ現世に帰れる。
今は俺が邪魔しているから気づかれていないが、本当なら直様『迎え』が来る筈だ。そいつに捕まって常世に引きずり込まれれば最後。
『神隠し』に遭い、現世に戻れる可能性はほぼ無くなる」
そう言って夜白は肩を掴む手に力を込めた。
「朝斗さんとの約束を忘れたか。
俺はもう隠された。それに……この様だ」
「なんで帰れなくなんの?『神隠し』とかってよく帰ってくる話があるじゃん!
それにどんなカッコになったって夜兄は夜兄でしょっ!」
夜白の話はよく分からないが、見つけたこの絶好のチャンスを朝香は逃すつもりは更々なかった。
「俺のことはいいから!早く帰れ!もう誤魔化し切れない。
朝斗さんの言いつけは覚えてるな。目の前に何があろうと元来た道を戻れば———
「だからっ!あたしは夜兄探しに来てたんで!一人で帰るつもりなんかないから!
帰れないんなら帰れる方法一緒に探すよ!」
父の言いつけはもちろん覚えている。が、夜白の言葉を食い気味に遮って朝香は叫んだ。
「朝香!」
夜白も痺れを切らした様に叫ぶと門に突っ込もうとする朝香を突き飛ばした。
「いった、ひどいじゃん夜兄!ってかいつからそんな力持ちになったのさ!」
元の世界にいた頃には考えられない程の力に思わず驚いて朝香は尻餅をついて文句を言った。
「そんな事はどうでもいい!とにかく早く……
「おんやあ?
なかなか来ぃへん思て迎えに行ったのにこんな所におったんや?」
夜白が再び刀を構えると同時に背後から呑気な声がかけられた。
周囲の警戒を怠っていなかったのになんの前触れもなく掛けられた声に朝香は驚いて振り返った。
カランコロンと下駄を鳴らして階段を登ってくるその男の姿もまた普通の人間と違っていた。
黒に赤い糸で刺繍された袴に、白い着物と金色のピカピカした羽織。だが注目すべきは背後に見える八本の尻尾と頭にぴょこんと生えている三角の耳。おそらく狐のものだろう。
「小鬼ちゃん酷いやないの。ヒトがせっかく嫁さん呼び寄せたんに邪魔するなんて。お陰で失敗したんかと思うたやん」
「なんだと……?くそっよりによって……」
その狐男は夜白の悪態を無視したまま、階段を登り切り、立ち止まって朝香を上から下まで睨め回した。
そのやらしい目つきによ〜く覚えのある朝香は急いで立ち上がって身構えた。
(っていまこのヒト、嫁とか言ってなかった?)
目つきと言いその言葉と言いこの狐男に嫌悪感を覚えた朝香はゾゾ〜ッと鳥肌が経った。
「チッ!
朝香!逃げろ!!!
こいつに捕まれば二度と戻れない!急げ!」
夜白は刀を狐男に向けて構え直すと叫んだ。
「へえ〜アサカちゃん言うんや。ボク好みのカワイイ子やん。嬉しなあ」
そう言うが早いか狐男が霞んだ。瞬時に朝香の隣に現れその腕に手を伸ばす。
すると朝香と狐男の間にザンッと切れ目が入って三度黒いもやが吹き出す。
その隙に朝香と狐男は互いに距離を取り向かい合う。
狐男は忌々しそうに舌打ちした。
「チッ……!この穢らわしい邪鬼が!」
「あ゛あ゛ん゛!?」
夜白を貶されて朝香がキレる。
「朝香いいから!コイツは俺が相手する!
お前は逃げろ!」
夜白が声を荒げると狐男がケラケラと高らかに笑った。
「キミがボクの相手を?
そこから出やれもせんのに何言うとん。
それに……」
と、言葉を区切ると細めていた目を薄く開いて
「キミ如きがボクの相手になるとでも?」
凄みのある声で言うが早いか夜白の目の前に現れ刀を持つ手を払った。
刀が宙を舞い、朝香の側に突き立つ。
「神格最底辺の出来損ないが上級のボクの相手になるやて?おかしな冗談言いなや」
そう言って夜白の白い首を掴んで持ち上げた。
「グッ」
夜白が呻いたその瞬間。
「とおおおおぅっ!」
狐男の背後にひとっ跳びして現れた朝香が夜白の刀を振り下ろした。
「ぅぉおっ!?」
これには流石に驚いたのか狐男は夜白を離し、横っ跳びに躱した。
「あんたねえ!聞いてりゃ夜兄のこと好き勝手言って!
もー!許さないんだからねっ!」
夜白も驚きに目を見開く。
「兄……?兄妹なんか?いや、でも血の繋がりは見えひんけど……。
なんやえらい物騒な嬢ちゃんやなあ。
まあ、お転婆もええもんやけど……ってうぉっ!?」
ぶつぶつと呟く狐男に朝香が再び切り掛かる。
「なんや!?嬢ちゃん剣でもやっとったんか?」
再び横様に避けた男は少し声に焦りを滲ませて朝香にストップを掛けようと手を突き出して振り回した。
「全運動部で一位総舐めしたあたしを舐めんじゃないわよ!」
朝香はうまいこと言ってビシイッと刀を狐男に突きつけた。
「なあんてな、ほい、捕まえた」
狐男は先程の朝香と同じようにするりと刀を避けてその腕を掴んだ。
「ボクは嫁さん娶る前に痛めつけるんはシュミやないんで大人しくしとき」
と顔の前で陰陽師がよくやるようなポーズを取った。
「朝香!!!」
夜白が叫ぶ。
「誰がアンタの嫁じゃあああっ!!!」
朝香は掴まれている腕と反対側に担いでいたドデカリュックを素早く肩から抜き、振り回した。
途端、リュックが明るく眩しいオレンジの炎を纏い、狐男へ直撃した。
「ふぶっ!?」
「へ?」
「なっ」
狐男は吹っ飛んだが驚いたのは朝香と夜白もだ。
「ぎゃーっ!リュック!リュックが燃えた!……って、あり?」
朝香は突如燃え上がったリュックをバタバタ叩いたが、朝香が消すまでもなく炎はシュゥ、と音を立ててすぐさま収まった。
熱くもなく、焦げ目もないリュックにキョトンとする。
「まさかっお前、お守りは!?
いや、好都合だ。朝香!そのまま逃げろ!」
夜白は突然の好機に感謝しながら何度目かになるか分からないが朝香に逃げるよう促した。
「く……くくくくっ、ちょっと今のは効いたで。油断したわあ。
随分陽の気が強い嬢ちゃんやなあ……。コレまた当たり引いたわ。
こないな長いこと遊べるオモチャ逃すわけぇ……ないやろっ!」
階段下に吹き飛ばされていた狐男は顔を抑えつつも、すぐ立ち上がりフゥッと手のひらに息を吹きかけた。
すると下の段に青白い炎の壁が立ち上り道を塞ぐ。
「っ!」
流石の朝香も冷たいような熱いような相反する炎の勢いに怯む。その時夜白が叫んだ。
「朝香っお前ならいける!そのまま逃げろっ!」
「……!うんっ!」
朝香はリュックを肩に掛け直し、刀を右手に猛ダッシュした。
……門に向かって。
「なっ!?」
「はあっ!?」
夜白も狐男も驚いて目が点になる。
朝香はあっという間に夜白の元へ辿り着き
「ちょっ待ち……!」
「夜兄っ!逃げるよっ!」
後ろで叫ぶ狐男を無視してその手をハシっと掴み、そのまま駆け抜ける。
「朝香っ!止まれっ!!!」
夜白の静止も虚しく、門の屋根を通り過ぎると突如、足場が無くなった。
「へっ!?うゎあああああぁぁぁぁーーーー!」
「このっ馬鹿ーーーーーーっ!」
こうして朝香と夜白の叫びは奈落の底に吸い込まれて行ったのだった。




