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第十話 夜白と朝斗(下)

彼女らの父らしい……朝香という名の妹の方と同じ髪色をした人物がベッドから起き上がり、少し危なっかしい足取りで近づいて来るのを夜白は驚きで固まって見返していた。


夜白には母にも父にも、誰にも言ったことのない秘密がある。


人や、人じゃないものも。全て何かしら()()()()を纏っている。


夜白は物心ついた頃には既にそれが見えていた。


色の気配はそのモノや個人特有の色を基本に、気分や状態によって彩度や輝きが変わり、時に澱んで濁り、燻んだ色合いに変わる事もある。そんな時は大体不調をきたしている時だ。


そして夜白は色の燻んだ部分に触れればそれを吸い取れる。そうして取った澱みは夜白にくっ付くことは無い。大抵すぐ消えるのだ。

だから夜白は自分も含め少々の怪我や、風邪程度は触れるだけで治せるのだ。


……母の病には気付けなかったが。


母の色は濃紺に煌めく星が輝いていて、気をつけて注視しなければその影の濃さも、星が少しずつ減っている事にも気が付かなかった。

いつの間にか少なくなっていた星の数に「あれ?」と思い、夕食時に体調を尋ねてみた矢先のこと。

母は腹痛を訴え、吐血し、倒れたのだ。そして救急車で運び込まれ、長い手術の末現在の病室へ直行。

母の色の気配の翳りはどれだけ夜白が触れても吸い取れず、すっかり定着しているように張り付いていた。


気づくのが遅すぎたのだ。

それ以来、自分に責任があると償い代りに出会う人の色の気配は注視して、こっそり翳りを取り除いてきた。


ただ、目の前に立つこの優しげな男性が纏うのはその髪と同じ明るく輝く太陽の様なオレンジ色。

だが、その本来の色のままの輝きは中心と縁に少し残っているだけで、真っ黒な何かに覆われている。

そのざわつくような黒は本来の色の気配に定着して混ざっているわけではなく、ただ、色の中に在るだけ。

ともすれば真っ黒な何かを本来の色で閉じ込めているようにも視える。そしてこれは……


とても、悪い状態だ。


「あ、あなたは……」


と急いで色の気配に手を伸ばすと、男性はパシッと掴んで止めた。


()()は、君の手に負えるようなモノではないよ。誰も彼も、持つ()は万能ではないのだから」


夜白が驚いて顔を上げると彼は反対の手で「しー」、と唇に人差し指を当てた。


夜白はちらりと男性から視線を外し、男性と同じ、だけど黒い部分の全く見当たらない燦々と輝く太陽色の気配を持つ娘、朝香を見た。

まだグスグス泣いていたが、それでも冷やしタオルを作る……確か朝幸という名の兄を手伝って、部屋に備え付けの冷蔵庫からデカい氷の塊を取り出し素手で砕いている。


いや、ちょっと待て何かがおかしい。三歳の幼女が素手で氷塊をちぎっちゃ投げ、ちぎっちゃ投げしている。

朝幸は普通に受け取っているが、おかしい。おかしい。


「君は()()()子だね?」


同じように兄妹を見遣っていた男性も視線を戻すと、色の気配と同じような暖かさを感じさせる柔らかい声音で、でも他に聞かれないように音量を落として訊ねてきた。


夜白は慌てて男性に視線を戻すと、黙ってコクンと頷いた。


色の気配を持つのは何も目に見えるものだけではない。

本来なら、自分も見えない筈だった。ただ、いつの頃か、色の気配を纏っているのに目に映らないナニカが居る事に気がついたのだ。


それは当然他の人にも見える事はないが、夜白は色の気配を通してそれを視ることができる。


朝幸が男性にタオルを渡しに来たので彼はそれを受け取り、もっと作るように言いつけて振り向いた。

そして優しい手つきで夜白のヒリヒリする顔や体を拭いながら冷やしていき、


「よかった。酷い火傷にはなりそうにないね。

僕のしかないから申し訳ないけど着替えるといい」


と言ってタオルは朝香に任せ、朝幸に着替えを出すように声を掛けた。


「いや、そんな着替えなんて……」


「ここに居るという事は誰かご身内さんが居るんだろう?後で一緒に謝りに行かせてもらうのは当然としてさて置き、生暖かいコーヒーでびしょ濡れのままだと着心地悪いだろう?

お詫びと、お礼として受け取ってくれ」


新しい冷タオルを受け取って優しく冷やしてくれる男性の言葉に夜白は首を傾げた。


「お礼?」


「そう、お礼だよ。

君は少し変わった力を持っているみたいだから……うちの朝香も火傷してそれを治してくれたんだろう?」


そう言って目を上げた彼の瞳は髪と同じ様に透き通ったオレンジ色で、とてもこんな病棟に居る人に見えないほど力強かった。


「朝香を治してくれてありがとう。そして迷惑をかけたね、ごめんよ」


一言も口にしていないのに自分の能力を言い当てられて夜白は息を呑んだ。

優しい微笑みを湛えたまま視線を落とし、再び夜白の手当てをしながら男性はふふ、と軽く笑った。


「心配はいらないよ。口外するつもりはないからね。僕も、君とはまた違った力だけど、その事を家族の誰にも話してはいない。同じ力を継いでしまった朝香にも、ね」


やっぱり、と夜白は砕いた氷の山を幾つものタオルに分けて包み、氷から溶け出した冷や水を染み込ませる様にモミモミしている朝香を見た。


待って待って。

あのタオルの数と氷の山はどうなんだ。どうするんだ。そしてそのタオル、当てたら絶対冷た過ぎて痛くなるやつじゃないか。


「ちゃんと名乗っていなかったね。どうも、僕は明野朝斗(あけのあさと)。うちの家系はとある役割を代々この力と共に継ぐ子供が生まれてね。だけど、僕は朝香にそれを継がせるつもりはない。だから内緒にしてるんだ」


そう言って胸に手を当てる朝斗を夜白は呆然と見つめた。


この騒つく黒いモヤをこの人は自ら、取り込んでいるのだ。命を脅かすモノなのに。

生まれついて持つ力はコレを次の代に引き継ぐ事で軽減させるものなのではないのだろうか。

それを引き継がないからこそ……


「娘さんの為に死ぬつもりなんですか?」


朝斗と名乗ったその人は返事の代わりに静かに微笑んだ。


そんな、残される側の気持ちも知らずに……


と夜白が口を開こうとした、その時。


「おにたんゴメなしゃ!イタイのイタイのとんでくの!」


と朝香が夜白の顔、首、胸、足と順にビッタンビッタンと先ほどのタオルを貼り付けた。


火傷は冷やすに限る。これならよく冷えるだろう、と言わんばかりに。


朝斗が慌てて朝香を引き剥がしたが、遅かった。

哀れ、夜白はびっちょびっちょの冷タオルで濡れ鼠となった。

朝香に悪気は全く無く、むしろ完全なる良心故の行動な為、叱るわけにもいかない。

朝斗は眉を下げて持ち上げた朝香を見つめた後、再び夜白へ目を向けた。


「うちの子が度々ごめんよ……。全部着替えようか」


朝斗の言葉を受けて、夜白は顔に張り付いたタオルを剥がすと、


「冷やしてくれてありがとう。もう、大丈夫だよ」


朝香に向かって丁寧に礼を言って次のタオル攻撃を避けるべく丁重に断った。


その後現れた朝香の母、朝比奈によりその場は更に騒がしくなり、明野家一家一同が夜白の母の病室に来て土下座祭りを始めたものだからたまったものではなかった。


だが、そこから二家の交流が始まり、夜白は朝斗から様々な事を教えてもらった。


「そうか、君の力は障りを取り込んで浄化するものなんだね」


「障りってなんですか?」


朝斗の言葉に夜白は首を傾げた。


「障りというのはね病気や怪我なんかを纏めた呼び方みたいなものだよ。障りが酷くなるとやがてそれは穢れとなり人や物を蝕み滅ぼす……僕や夜千流さんみたいにね」


「俺がもっと早く朝斗さんに会ってたら……朝斗さんも母さんも……」


夜白が血が滲むほど小さな手を握り込んでいるとそれを朝斗は優しく開かせた。


「なんでも自分が何とかできた筈なのにと思うのは驕りだよ。人間一人の力で何とかするには限界がある。でもほら、そのおかげで僕らは出会えたじゃないか」


「でも……」


「夜千流さんが抱えた病も、僕が抱え込んでいる穢れも、君が取り込んでいたら浄化し切れず酷い事になっていた」


「でも、俺の命と引き換えで済むなら母さんを……」


夜白のおでこを朝斗はピンとデコピンで弾いた。


「いたっ」


「そんな事を言うもんじゃあない。それに、死ぬだけで済むと思うかい?」


「どういうことですか?」


夜白が額を抑えて訊くと朝斗はゆっくりと笑みを消した。


「力を持つ人間はね、周囲に影響を与えるんだ。現に僕も君に影響を与えているし、君も僕に影響を与えている。だけどその使い方を間違えれば時に、周囲をも不幸にする災いとなるんだよ」


「災い?」


「穢れを浄化出来なくなるとその者は障りをばら撒く瘴気を纏った化け物になる。生き物には大なり小なり障りを浄化する力がある。君はそれが人より何倍も大きなだけだ。その許容量を超えれば……分かるだろう?。君も、君の周りの人も全員穢れを受けて死んでしまう。そんな風にはなりたくないだろう?」


「……はい」


「力を持つからには責任が伴う。だから自分の許容範囲もしっかり把握しておかなきゃいけないんだよ」


朝斗の深刻な表情での忠告は夜白の胸に深く刺さった。

が朝斗は次の瞬間ころりと態度を変えていつも通りの優しい柔和な笑顔を浮かべた。


「ところで話は変わるけど、朝幸や朝香と居るのは楽しいかい?」


「はい、とても。朝幸は学校でも俺のこと構ってくれて……一人でいた時よりずっと楽しいです。朝香ちゃんも天真爛漫で見てるだけで癒されます」


「そうかそうか、それはよかった。どうにもうちの子達の方がお世話になってるみたいだけどね。時に、教頭先生のカツラは一体どこに隠したんだい?かなり焦っていたみたいだけど」


「うっ」


いつも夜白にネチネチと嫌味を言ってくる教頭がカツラであることを暴き、朝幸と共謀して隠したことがバレたらしい。


「自分が髪がないからって夜白君にあたるようじゃあ大人としてよろしくないなと言っておいたよ。多少堪えただろう。だからカツラは返しておあげ。もう三日も学校に来れてないそうじゃないか」


「ぶっ」


朝斗の物言いに夜白は思わず吹き出した。


「校庭のカラスの巣の中に……」


「それは大変だ。すっかりカラスのお気に入りか……教頭先生に伝えておくよ」


全く大変と思っていなそうな朝斗がおかしくて夜白は笑い転げていた。



◇◇◇


「と、言う訳でうちで日暮さんとシェアハウスしようじゃないか」


「どうゆうワケで!?」


あれから一週間もしない内に朝斗が持ち出してきた提案に明野家の母、朝比奈(あさひな)がツッコミを入れた。


なんやかんや揉めたが子供達との思い出が病院だけだと勿体無いという朝斗の言い分と、残りの人生を楽しく過ごしたいという夜千流の願い、そして子供達から家族一緒に暮らしたいという願望に折れて明野家で暮らす事になった。


それから数年、明野家にて夜白は朝斗から様々な術や霊力の扱い方等。より実践的な事を教えてもらった。


「今日はここらまでにしとこうか。こないだ教えたうちの……明野の隠れ書庫にはねもっと色んな術があるんだよ。中には君の陰の気により馴染む術の指南書だってある筈さ」


「はあはあ、はい……そう言えば朝斗さんはなんでそんな力があるのに自分の穢れが祓えないんですか?」


ひと訓練終えた後冷たい水を飲みながら二人でよく話をした。


「これは明野家にかけられた呪いなんだ」


「呪い?」


夜白は訝しげに眉を顰めた。


「そうだよ。その昔、常世と現世が繋がっていた頃にある災厄が起きたんだ」


「災厄って何ですか?」


「分からない。文献には載っていないからね」


朝斗の色が微かに翳ったのを夜白は見逃さなかった。


「何で嘘を吐くんですか」


「あはは、君には敵わないなあ」


夜白が目尻を吊り上げるも朝斗は呑気に笑う。


「何か、知ってるんじゃないですか?それとも隠した文献があるとか……なんで教えてくれないんですか」


「知っているけど、教える必要がないからだよ。知ってしまうと深い業を背負う事になる。僕の代で全てを終わらせるんだから」


「……」


夜白のじとっとした視線も知らんと朝斗は指をふりふり話を続けた。


曰く、明野を滅ぼす呪いを陽の気の強い者達で肩代わりしたとの事だった。しかしその力を持つ者も減っていき朝斗が最後になるはずだったと。

ついでに朝比奈の所業も聞いてしまった。


それらを話して笑っていた朝斗だが突然、遠くを見つめてポツリ、と言葉を溢した。


「夜白くん。一つ、頼み事があるんだけども……引き受けてくれるかな」


「内容によりますよ」


「ははは、参ったな。君は素でもしっかり者だなあ」


そう言って再び頭を掻いた朝斗は表情を引き締めた。


「朝香をね、守ってやってくれないか」


「そんなこと当然ですよ」


夜白は即答したが朝斗は少し困った笑みを浮かべた。


「そんなに簡単なことじゃあない。朝香はあの通り素直だから約束を守るだろう。だけど、それだけじゃだめだ。見ても、聞いても、話しても。一度でも常世を認識してしまえば朝香に掛けている守りの呪い(まじない)は解けてしまう」


朝斗は目と耳を塞ぐ仕草をして見せた。


「念の為、君に手伝ってもらって作ったお守りがあるけれど、常世に迷い込んでしまう可能性はゼロじゃあない。その時は、君の同調する力で朝香を連れ戻して、忘れさせてやってくれないか。子供の君にこんなことを背負わせてしまって申し訳ないけれど……」


「そんなことありません。俺は朝斗さんに沢山救われました。妖を引きつけてしまう体質も治して、祓う術も教えてもらって……それに俺、朝斗さんだけじゃなく朝香も朝幸も朝比奈さんも……明野家が好きです。恩返しさせてください」


「そう言ってもらえると嬉しいよ。ありがとう。僕はもう、長くないからね」


その言葉に夜白はハッとした。


「本当は朝香が十三歳を超えて力の使い方を教えてやれるまで生きれればよかったんだけれども……。代わりにお願いできるかい?」


「寿命、何とかならないんですか……?」


「残念ながらこればかりはね。明野の話も朝香が十八歳を超えてお守りが壊れたら教えてやってくれないか?」


夜白はグッと涙を堪えて頷いた。


「僕は君も心配しているんだよ、夜白くん。暮れに夜の姓名を持つ君は余りに常世に近しい存在だ。この世ならざる者には決して明かさない事だよ。相性が悪くて僕が君に呪い(まじない)を掛けてあげられないことが心残りだ。でも朝香の側に居れば……きっと大丈夫だから」


そうしてその秋。朝斗は息を引き取った。

夜白は決意を新たに泣きじゃくる朝香の肩を強く抱き寄せ守って見せると誓ったのだった。

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