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第九話 夜白と朝斗(上)

階段は長かった。下へ向かったかと思えば、それ以上に上へ登り、真っ直ぐの廊下が続いたかと思ったらまた上へ登る。

その長さたるやどう考えてもミケの家の敷地面積の範疇を超えていた。


「ねね、ミケさん。この階段どこ向かってんの?

それにさっき何気にミケさん家はウツシヨとトコヨの境界って言ってなかった?」


「そうさね。この階段の先はあたしの社。現世と常世の境目さね。

あたしやあたしの眷属である猫たちはみぃんなそこを通って現世と常世を行き来するんだよ」


その言葉に朝香は目を丸めた。


「やっぱ常世と現世を行き来できるの!?

じゃあじゃあ!あたしや夜兄もミケさんのケンゾクになったら現世に行ける!?」


「落ち着きな。あんた、猫にでもなるつもりかい?」


現世との行き来に朝香が食いつくも軽くミケにいなされる。


「現世と常世を行き来できるのは猫だけだよ」


「え、なんで?」


朝香はガーンとショックを受けた。


「アサカちゃんよぉ〜猫ってもんは、元からみぃんな妖みたいなものなんだカァー」


「えっ!?初耳なんだけど!全国の猫ちゃんがアヤカシ!?」


朝香も猫は好きだ。と言うより動物全般好きなのだが。食べることもあるけど。

それが妖だったとは何ごとか。


「猫には九回生を繰り返す。九回目が終わるまではあの世に行かない。その魂は常世へ還る。そうして格を積みながら現世と常世で生まれ変わりを繰り返す。そんな猫だから現世と常世が行き来できるんだ」


「そんなお猫事情が……」


夜白の補足に朝香は両頬に手を当てた。


「あたしゃ酸いも甘いも味わったけど九生ぜえんぶ大満足して生涯を終えた稀な猫なんだよ。九回目を終えた後、極楽に行くのはまだ勿体無いと思って神になることにしたのさ。猫の福の神、『招き猫』にね」


そうする間に細い通路の先から光が差してきた。


「さあ、着いたよ。あたしのお社さ」


そう言って引き戸を開けて現れた光景は明るい太陽が差し込む小さな神社だった。


「へっ!?お日様出てる!?」


「あっはっは、さっき宗坊が言ってたろう?ここは現世のお社だって?あたしの常世の家と繋がっている境界さね。現世にお社が建てられてたらそれを介して常世の住民でも自由に行き来できるんだよ。ま、現世にお社のある神さんは常世なんて陰気な所に行くのも稀さね」


「じゃ、ミケさんはなんでトコヨに住んでるの?」


朝香は目を瞬かせながら訊ねた。


「ふふ、さっきも言ったけどあたしゃ人間が好きなのさね。だから常世で迷子になってる子がいたら助けたげたいのさ」


「なんで?福の神サマだから?」


食いつく朝香にミケは艶やかに微笑んだ。


「あたしゃ九生とも人間に大切にそりゃもう可愛がられて天寿を全うしたのさ。だからだね。この姿はあたしの最後の飼い主のモノだよ」


「それであたしを助けてくれたんだ。カサネガサネありがとござます」


朝香は再び感謝の気持ちを込めて頭を下げた。


「俺も姐さんには何度も助けられている。タタリからしょっちゅう逃げていたからな。ここに匿ってもらっていた。山菱と引き合わせてくれたのも姐さんだ」


「んじゃ夜兄ずっとここに隠れてたらいいじゃん!そしたら帰るたんびにあんなコトされないですむし……」


「いや、俺にはやることがあったからずっと姐さんの所に引きこもっている訳にはいかなかった。

それに一度常世に馴染んだ人間はこの境界に長くいられない。存在が消えてしまうからな」


「うぇっ!?夜兄消えちゃうの!?」


あたふたと夜白をペタペタ触り始める朝香にミケが笑いながら補足した。


「閉ざされた今の常世に招かれた時点でその人間は夜の国の住民になる。それに馴染むって事は陽の光に耐えきれなくなるって事さね。

でもまあ丸一日くらいは大丈夫さ」


ミケの説明を聞きいて朝香は少し切なくなった。

夜白があまりにも眩しそうに、嬉しそうに太陽を見上げていたから。


(夜兄……五年もココでしかお日様当たれなかったんだ……。それもずっと居ると消えちゃうなんて……)


縁側でよく日向ぼっこをしながら読書していた夜白を思い出す。そこで自分もよく膝枕をしてもらって寝ていたものだ。


「絶対呪い解いてまたウチで日向ぼっこしようね!夜兄!」


朝香は決意も新たにふんすと鼻息を荒くした。そんな朝香を見て夜白もふ、と微笑む。


「そうだな」


そこでパンパンとミケが手を鳴らした。


「さ、これからの事を話すよ。中にお入り」


「はーい!」


そう言ってぴょんと弾むようにミケの後に着いて行った朝香の背中を夜白は眩しそうに見つめていた。




———十五年程前。


日暮夜白は大いなる戸惑いの中にいた。


(コレ、止めた方がいい、のか……な?いや、止めるべき……だよね?)


この辺りで一番大きな総合病院の一室に入院しているのは夜白の母だ。


主に癌患者の為の療養病棟となっているここ、西病棟の五階に。


母が夕食時に腹の痛みを訴え、吐血し、倒れ入院した。“療養”のために。歳の割に賢い方だと言われる夜白は『癌で療養』となればもう手の施しようがなく、静かに最期の時を迎えるのを待つだけである事などとっくに気づいていた。


母と過ごせる時間はもう、そう多くないと言外に告げられたみたいだった。


なるべく多く母と過ごすため、放課後や休日。

ほぼ毎日父と共にせっせと病室へ足を運んでいた。家族団欒、と言ってもそんなに口数多くない自分たちだから特に多くの会話もないが、何となく一緒に過ごすだけでも充分だった。


ただ時折、ほんの少し。

どうしようもない悲しさと寂しさに溺れそうになるのでちょっと息を吐きたくて。


両親にはいつも「喉が渇いた」と告げて好物の『乳牛屋さんの牛乳コーヒー』を自販機で買いにくる。

そしてこの休憩スペースでゆっくり飲み、一服した後、また母の病室に戻るのが夜白の日常だった。


しかし今はそれどころではないのだ。


学校で周囲の大人から、あるいは同級生からも。物静かで冷静な、大人びていて優しく賢い親切な子。

そんな()()()のお手本の様に評されがちな夜白だが、今までの人生の中で最大級の戸惑いを覚えていた。


夜白の頭の中にあった寂しさとか悲しさとかの複雑なアレコレは全て吹き飛んでしまい、今、この現状をどうすべきか全力で思考を巡らせるが打開案が浮かばない。


その現状とは。

夜白の目的の自販機……にトカゲの様に張り付きジリジリとよじ登るド派手なオレンジ頭の幼女。

どうやら頂点近いブラックコーヒーのボタンを目指している様だが、夜白でも当然届かない高さなのだ。

無謀極まりないにも関わらず彼女は何処にどうやって引っ掛けているのか謎なまま、一心不乱にせっせと登っていく。


本当はすぐさま車椅子の人用に用意されている低い場所にある注文ボタンの存在を教えてやるべきだった。

あるいは声を掛け代わりにボタンを押してやるべきだった。

勿論それは分かっている。

だがちょっと言い訳させて欲しい。


最初、夜白は先客だったこの三歳くらいの幼女が、目一杯背伸びしてお金を入れようとしているのを微笑ましく見守っていた。


この自販機にあるのはほとんどがコーヒーで子供より大人向けだ。

精々一番下辺りの低い位置に並ぶミルク系の飲み物目当てで来たのだろうと思ったのだ。もしかしたら自分のご褒美かお使いで親に頼まれたのかもしれない。

ならば自分で達成することの喜びを奪う訳にはいかない。


そう、思って。


夜白と色は違えど自分と同じく変わった髪を持つ彼女に少し興味が湧いて、観察したかったという下心があったのも確かではあるが。


しかしどうやら彼女の目的は違ったようで、何とかお金を入れて嬉しそうにしたのも束の間、結構な高さまでぴょんぴょんジャンプして上の方のコーヒーボタンを押そうと試み始めた。


ふわふわくるくるオレンジ色のツインテールを激しく弾ませて跳ねる幼女に、夜白が声を掛けようとしたその時。

幼女は一際大きく沈むようにしゃがみ込むと大ジャンプをしてビタンッと大きな音を立てて自分たちからすれば高い高い自販機の中程に張り付いたのだ。

カエルみたいに。


(……は?)


余りの驚きに思い浮かんだのはその一文字しかなかった。

そして呆けている間に幼女はにじにじとよじ登っていき、夜白では下ろすにも受け止めるにも危険な区域に到達してしまって今に至る。


幼女はおそらく彼女の目的地である頂点近い遥か頭上。


そんな高さにいる彼女が落ちれば大変な事になる。幾らかおかしな身体能力を持つとて、まだまだ小さく幼いのだ。大怪我すること間違いなしだ。


幼女に声を掛けて集中を削いでしまったら落ちるかもしれない。

休憩スペースには自分たちの他に人影はなく、通りかかる人もいない。

大人を呼びに行って目を離した隙にも落ちるかもしれない。

ここから大声で大人を呼んだらそれこそ彼女が驚いて落ちるかもしれない。


もう八方塞がりだ。


幼女は目的地に辿りついたらしく、残り三本の手足で張り付いたままヨヨヨ…とボタンに手を伸ばす。


夜白は覚悟を決め幼女が落ちたら自分が下敷きになって少しでも緩衝材の代わりになる様両手を広げて構えた。


ピッと音がしてボタンが無事に押されたことを知らせる。

構えのまま見守る夜白の心知らずして幼女は危なげもなくするすると自販機を降りて来た。


(本当にどうなってるんだよ……)


今見た一連の事態が少し信じ難く、夜白は内心ぼやいた。

そして幼女が安全区域まで降りてきたのを見届け、邪魔にならないように再び後ろに下がる。


今までに見たどんなスリル満載の映画よりハラハラさせられた。とてもとても心臓に悪い。


もうこんな思いをするのは嫌だと思いながら目の前の幼女がコーヒーが挽かれ、注がれるのを小窓からワクワクした様子で覗き込んでいるのを眺めた。


ピーッとコーヒーが淹れ終わったのを知らせる音が鳴り、幼女は手を叩いて喜びながら小窓のドアを開けた。


幼女がこれ以上奇想天外な行動をする事がないよう、息を詰めて見守っていた夜白はやっと解放される、とホッと息をついたのも束の間。


「わーい!!」


幼女がラージサイズに並々とコーヒーが注がれた紙コップを手に、喜びの歓声を上げながらグルンッと勢いをつけて振り向く。


あ、と思った時にはもう遅かった。


ああ、そんな勢いよく振り回したら……。


そんなツッコミをする間も無く遠心力によって、幼女の手の中のコップから勢いよく、挽きたて、淹れたて、アッツアツの美味しいコーヒーが飛び出し……


夜白は思いっきり頭からそれを浴びせられた。


何とか目だけは閉じたが、コーヒーの熱さにしみじみと感じ入っていると、カラッとコップが落ちて転がる音と、幼女が息を呑んだ音がした。


ジンジンする顔や肌の痛みは置いておき、幼女がどうなったか確認すべく目を開けると。

彼女も夜白から跳ね返ったコーヒーを頭から被っていたようで赤と白のチェックだったワンピースは赤と茶色のチェックに変化していた。


「っだいじょ———


「ゴッ……ゴメしゃああああああああーーーーーッッッ!!!!!」


夜白が慌てて声をかけると同時に幼女の謝罪の大絶叫が響き渡った。


「いや、僕は大丈夫で、君は———


「ごめしゃっ!!!ごめなしゃっ!!!イタイ!?あちゅい!?ゴメナシャアアアアアアアアーーーーーーーわあああああーーーーんんん!!!!!」


自身より夜白を心配してくれるのだから優しい子なんだろうが、この大絶叫の号泣祭りはやめて欲しい。


夜白が泣かせているみたいにしか見えない。


それに彼女の肌も赤味を帯びており、少し火傷をしたようだ。

夜白は後で()()()()()()()がとりあえずは幼女をなんとかせなければと声を掛けようとするが、一言発そうとするたびに幼女がワンワン大声で泣き叫び、夜白の赤くなった肌を撫でてはまた泣く。

と、繰り返すのでどうしようもない


もうどう思われても構わないから、自分を責めてくれていいから、とにかく誰でもいいから、この状況を何とかして欲しい。

というかなんで今日にかかって誰も通り掛からないんだ。


と夜白がヤケクソになって天を仰いでいると、心の声が届いたのかものすごい勢いで誰かが廊下を走る音がして、横滑りの急ブレーキをかけながら夜白と同じ年頃の少年が現れた。


「うぉぉおおおおおお!!!朝香ーーーーーッッ!!!お前どこに行って……って、何じゃこりゃ!?おまっ何してんだ!!?!?」


一瞬、少年の言葉は幼女の手を取り、反対の手を彼女の頬に当てて()()()していた夜白に向けたものかと思ったが違った。彼は幼女以外眼中にもない様子だ。


「あしゃにいいいいいいいいい!!!!!おにたんがああああああああーーーーーーッッッ!!!!!ぶえええええええんんんん!!!!!!」


どうやら兄妹らしいこの幼女と少年は叫ばずには会話出来ない性分なのか、お互い叫び合う為休憩スペースは大変な騒ぎだ。


死んだ魚の様な目をして二人を見つめていた夜白はここが療養病棟の中でも家族の面会が多い病室が集められていることもあって、邪魔にならぬようナースの見回りが少ない事を思い出していた。


「って、うぉっ!?お前!大丈夫か!?」


少年は幼女の言葉で初めて夜白の存在に気付いた様で、今度は未だビービー泣いている幼女そっちのけでこちらに駆け寄って来た。


いいのかそれ。大丈夫かそれ。


「あ、うん。だいじょ———


「悪い!朝香……うちの妹が何かやらかしたんだろ!?お前真っ赤じゃねえか!!!ちょっとこっち来いウチの病室近いから!!!朝香!行くぞ!」


状況を正確に読み取って夜白のせいにしないだけでも及第点にも関わらず、彼はこちらの心配までしてくれる。

だがしかし悲しいかな。

少年は夜白の話も聞かずムンズと腕を掴み反対側は()()()()()()妹の手を引いて有無を言わさず歩き出した。


「いや、大丈夫だから。僕も病室ちか———


「どう見ても大丈夫じゃねえって!お前自分の顔見たか!?ヤケドしてんじゃねえか!!!」


どうにもこの兄妹。揃って人の話を聞いてくれない性分の様だ。

彼は夜白のお断りの言葉なんて耳に入っていない様子で大慌ての猛スピードで引き摺って行くのでなす術もない。


そうして、あっという間に母の病室と休憩スペースを挟んでちょうど反対側の番号の病室に引き摺り込まれてしまった。


「父さん、朝香いた!んでやらかしてた!!!ヤケドってどうすりゃいい!?」


「それは一大事だね……。朝幸、タオルを冷たい水で濡らしなさい。君、大丈夫かい?」


オレンジ色の髪に、同じ色に輝く透き通った瞳をした男性が夜白に声を掛けてきた。


これが夜白と朝香。そして朝香の父———朝斗との出会いだった。

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