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『月の妖精』と『二目と見られない顔』



「『月の妖精』なんて言われてたのに! あー可哀想…ふふっ」


待って、え… 私だよね…? どっからどう見ても、平々凡々を絵に描いたような私の顔……


 ペタペタと両手で凹凸の少ない顔を触って確かめる。


「そんな顔じゃ恥ずかしくて私なら死んじゃうわ!」


 突然の自分との再会。

 長い間夢に見て美化していたのか、先程までの美少女からの落差のせいか、多少は前より可愛く思えたり感動があってもいいはずの前世振りの再会は『あぁこんなのだったな』という確認に終始してしまう。


「その顔で今から平民として生きていきなさい!」


――私だ。やっぱり私の顔だ。


 確信を得て、池の畔でペタンと座り込む。


「…ちょっと! そんな顔になってショックなのはわかるけど、死んじゃうなんて止めてよね!」


 余りに反応もなく呆然としていたせいか、小型犬令嬢が焦ったように言いだす。




いや、そんなことよりも。

そんなことよりも、だ。



……さっきから聞いてりゃちょっと言い過ぎじゃない?



『二目と見られない』なんて。

『二目と見られない』顔っていうと、一目見ただけでもう二度と見たくない顔ってことよね?


いやいや… いやいやいや……


毎日毎日二十年以上見てましたけど?!

平々凡々すぎて初対面の人にも会ったことあるような気がするとかよく言われてたぐらいありふれた顔だと思いますけど?!

むしろ目が潰れない優しさに溢れていて安心しますけど?!

恥ずかしくて死んじゃう?

この顔に生まれて自死を考えたことなんて一度もありませんけど?!


…確かに「眠いの?」と聞かれる一重まぶたは多少コンプレックスもあったし、この世界の人と比べたらへちゃむくれな鼻かもしれないし、よく半開きのまま涎の気配で焦ったりする締まりの無い口だったりするけれど。


そこまで! そこまで言われるような謂れはない!!


 怒りで震えそうな手を握りしめて、令嬢の方を向いて立ち上がる。


「貴女、ちょっと――」


 言いかけた自分の声を聞いて言葉が詰まった。





()の声だ――


鈴を転がすような声じゃない!

私の、私の声!!!




 声は骨格で左右されると聞いたことがある。

 イケメンがイケボのように、『月の妖精』の声は可憐で透き通ったまさに『月の妖精』に相応しい声だった。

 大声を出すなんて考えられない、砕けた言葉も下世話な話題も似合わない、そんな声。



ああ、ああ――

この溢れる感情は歓喜だ。



 顔も声も前世の私を取り戻した今になって自覚した。


 私は凡人だ。

何もかもが平の凡。

容姿だって頭の出来だって運動神経だって家庭環境だって、何も飛び出たところのない凡人。


 その中身で『月の妖精』と謳われるような貴族令嬢を数年やってきたのだ。

所作も知識も言葉遣いも生活態度だって『月の妖精』でいた。

そうあるべき、そうであってほしい。

――凡人であるが故の思いがあったから。


例えば、美人な子の字が汚いとガッカリするように。

かっこいい子が溺れるような泳ぎ方だと残念に思うように。

上に立つ人は清廉潔白であってほしいと思うように。

お姫様なら可憐で、王子様なら颯爽と、王様なら威厳があり、王妃様なら美しく慈悲深く。


 自分が平凡であるが故に、心の底で無意識に無自覚に、容姿や立場への勝手な希望を抱いてしまう。

 もちろん勝手な希望を押し付けるのはその人に失礼だと思うし、個性や人格をそれぞれが持っているのは当たり前で否定する気はさらさらない。

ない。と言い切れるはずなのに、やっぱり勝手に思ってしまうのだ。


 サラサラの銀髪はきちんと手入れをして丁寧に結わなければならない。

 透き通るような肌は日焼けしてはいけないし、出来物や傷を作ってはいけない。

 人形のように整った顔に浮かべる表情は、造形を留める程度のほうがいい。

 長い手足は優雅に動かすべきだし、姿勢もしゃんとしているべき。

 授業も真面目に受けるべきだし、成績も優秀でなければならない。


 清く正しく美しく、他者の模範となれるような人間でいるべき―――


この美貌に、地位に、

相応しい振る舞いを、見合う出で立ちを。



だって、この顔で大口を開けて笑うのは似合わない。

だらけた格好も猫背も似合わない。

おバカキャラなんて論外だし、下世話なこともしゃべってほしくない。


 こうあってほしいから、そうであるよう努力する。

 私の理想の『月の妖精』像があるから、その範疇から外れられなかったのだ。




 だが、今は『月の妖精』はどこにもいない。

 たった今戻ってきた()だけだ。



――私は『月の妖精』から解放されたのだ!

この解放感たるや!! 筆舌に尽くしがたい。

自分の理想が自分を縛り付けていただけの自業自得だと言われればそれまでなんだけども。

湧き上がる歓喜は抑えようもない。

大笑いしたい、変な動きで躍りだしたい。

もう私なんだもの! そんなことしても全然変じゃない。


 よく考えれば『二目と見られない』発言に怒っていたはずなのに、そんなもの吹っ飛んでしまった。

 呪いで前世の顔に戻るなんて大笑いだ。おばさんになったときに「若い頃はビックリするぐらい美人だったのに、呪いでこんなんになっちゃって」なんていい持ちネタになりそう。



……いや待て、喜ぶのはまだ早い。これは〈呪い〉だ。





「貴女」



 話しかけたままずっと黙っていた私が再び呼びかけると、小型犬令嬢はビクリと肩を揺らした。

 




ほのぼの平民生活はまだかと自分に言いたい。

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