プロローグ
魔法のある異世界に転生した。トラ転的な事故死の記憶はないけれど、日本で生まれ育った記憶はある。たぶんそこそこ働くぐらいの年まで生きていたんじゃないかと思う。特筆すべきこともない、平々凡々の日本人女性の日常の記憶。
金髪・銀髪、碧眼・緑眼――色素薄い系が尊ばれるこの国で、銀髪紫眼の絶世の美少女に転生した。侯爵令嬢。身分も容姿も文句の付け所もない。なんだったら皇太子の婚約者候補でもある。
よくある乙女ゲー転生ものか?と思ってはいるけれど、転生モノ漫画や小説はよく読んでいたものの、肝心の乙女ゲーはやったことがない。手当たり次第に読み過ぎてどの世界かもわからない。でも、身分も容姿も揃っていて、皇太子の婚約者候補というなら私は悪役令嬢的な何かだろうと当たりはつけていた。
没落する気も処刑される気もないけれど、何も知らないから対処のしようもない。かといって、この世界でこのまま順調に生き続けるのも…
前世の平々凡々な日本人容姿から、いきなり銀髪紫眼の美少女だ。初めて自分の姿を見たときはビックリしすぎて涎が垂れるほど口を開けたまま放心したぐらい。家族も他の貴族たちも、もちろん婚約者候補の皇太子も王族も、もれなくキラキラしい美男美女揃い。なんだったら使用人すら前世の学年一かわいいレベルを超えている。
今の外見はその中でも埋没しない美少女っぷりだけど、前世を思い出してからは鏡を見る度に呆然とするし、二日に一度は目が潰れると思うし、三日に一度は遠い目になる。
――慣れない。全然慣れない。
日に日に前世の平々凡々な顔が恋しくなる。平々凡々な容姿でも、この両親から生まれてきたにしては上出来じゃんと笑っていた家族が、日々が、恋しい。
―美しく微笑むことが出来ても、大口を開けて馬鹿みたいに笑う楽しさを思い出してしまった。
―姿勢良くカトラリーを音も立てずに使いこなせても、床に寝転がってポテチを摘むだらけた夜を思い出してしまった。
今の家族が悪いわけじゃない。この世界が、国が悪いわけじゃない。恨んでもいない。
ただ。ただ。――
――ただ、私が思い出してしまった平々凡々な前世が恋しいだけ。
今目の前にいる女の子だって、金髪緑目でとっても可愛い。キャンキャンと吠える様は小型犬のようでもある。
王立学園の高等部。前世で言うところの高2の初夏。私は17才になっていた。
学舎から少し離れた裏庭で、小型犬のような令嬢にいちゃもんをつけられているところだ。
おそらく私が、皇太子殿下の婚約者候補で、上位貴族である侯爵家で何不自由なく暮らしてきた御令嬢で、容姿も教養も所作も文句の付け所がない完璧美少女(最近は美女へ移行中)であることへの僻み妬みを爆発させている。
婚約者『候補』であってまだ確定じゃないですよとか、お金に困ったことはないけれどその分付き合いが大変よとか、教養や所作は自分で学んで身につけただけで文句を言われる筋合いはないとか、容姿は授かりものだけど貴女もとっても可愛いと思うわよとか、いろいろ言いたいことはあっても相手の勢いに口を挟めずにいる。
「だからっ! アンタなんか二目と見られない顔にしてやるんだからっ!」
「ぇ?」
何やら呪符的なものから黒いモヤが出てきたと思ったら、あっという間に包みこまれた。
息はできそうだけどモヤを吸い込みそうで気持ち悪い。なんて思っていたら貧血のときのように頭がクラクラしてきた。立っていられず膝をつく。
次第にモヤが晴れて意識もハッキリしてくると、目の前に立つ令嬢を見上げた。
「あははっ! そんな顔じゃ侯爵家の御令嬢だなんて誰も気付かないわ!」
――変化の呪いをかけられた!
急いで姿を確認しようと立ちもせず這って近くの池を覗き込む。
「助けを求めても御令嬢を騙る平民だと捕まえられて投獄されるかもしれないわよ!」
――キラキラした銀髪は暗い色に… 暗いというか黒…?
揺れる水面ではっきり見えないけれど、二目と見られないという割にはちゃんと人の顔だと少しほっとする。
――眠そうな一重まぶた、特徴のない鼻、口、……
いやこれ前世の私の顔じゃない?!!!
高笑いを聞きながら、水面に映る自分の顔を呆然と眺めた。
という話が読みたい。