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終生屋

みなさんは死をどうお考えでしょうか?

私たちの世界では「悲しいもの」だと多くの方が思うでしょう。


でも、魔法使いさん達の世界では少し価値観が違うようです。魔法使いさん達は長い長い寿命を持っており、老衰死や事故死、病死など滅多にないらしいのです。

では、どうやって死ぬのでしょう?


そこで活躍するのが終生屋です。今回はそこで働く彼が主人公さん。小さな小さな物語が始まります。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


俺は老舗の終生屋を営んでいる店主。今日は1組のお客様がやってきた。一見死に急ぐまでもない若そうなカップルに見えるが、年齢や身体を自由自在に操れる魔法が存在する以上見た目だけで判断することは出来ない。ここに来る多くのお客様のほとんどが何百歳も生きているんだ。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。お二人の終生をお手伝いさせていただきます。よろしくお願いいたします。ざっくりとで構いませんので、どのような終生がご希望でしょうか?」


俺はいつものように挨拶と共にお客様のご要望を聞いている。終生というのは人生にとって最大の晴れ舞台だ。お客様が満足してお死にいただくためにヒアリングは欠かせない。

終生屋ではロケーション、参加者、死に衣装、装花、思い出アルバムと終生するのに必要なものを全てコーディネートする。まるで結婚式のようだ。


「そうね、まずはガーデンでお花に囲まれた感じがいいかしら。衣装はお揃いのものが付いているのがいいわね、後はあなたはどう思う?」


「そうだな、花の色は赤色が良いな晴れ舞台にはよく似合う。後は息子と孫には参加してほしいのと、アルバムも息子用と孫用と2つ用意してほしいな。これも赤がいいな」


「かしこまりました。では、このような感じでどうでしょう?」


俺はお客様に見本のカタログを見せていく。お客様も具体的なイメージが掴めたようだ。後は日時を確定して当日まで準備するだけだ。


「かしこまりました。なるべくお客様のご希望に沿って当日は素晴らしい終生式が行えるよう努めます。よろしくお願いいたします」


俺はお客様を玄関先まで見送った。

それから、少し時間が経った時に今日はもう1人お客様がやってきた。また、若い女性だが、今回はあまり楽しそうに見えない。むしろ元気がなさそうに感じる。


「いらっしゃいませ、私があなた様の終生をお手伝いさせていただきます。よろしくお願いいたします。ざっくりでも構いませんのでどういったご希望がございますでしょうか?」


俺はいつも通りに接客した。すると彼女の口からは驚くことが出てきた。


「希望はないです。なんでも良いのでとにかく早く死にたいです」


一瞬言葉が詰まった。人生一大事の晴れ舞台、そんなことを言ってきたお客様は俺の人生で初めてだった。

俺は普段お客様のプライバシーに関わることをほとんど聞くことはない。しかし、元気のない姿にとんでもない注文、どうしても彼女のことが気になった。もう聞かずにはいられなくなっていて、勝手に口が動いた。


「あの、失礼ではございますが、何か死ぬご理由がおありなのでしょうか?」


「もう人を信じられなくなったからです。人生に絶望したからです」


ぽつりぽつりと話し出した彼女に俺は心配した。そしてまた俺は一足踏み込んでしまっていた。


「私でよければお聞きしましょうか?」


「ええ、どうせ最後だしお話させてもらうわ。私は百面相魔法使いなの。でも魔法使うのが下手でね、美女にも美男にもなれないの。どんなに魔法を使っても醜い顔にしかならないのよ。でも、そんな私にも仕事があるって話があったの。だけど、その仕事っていうのは犯罪に関わることだった。犯罪に利用されるところだったのよ。もうこんな醜い姿なんて誰も見向きもしないわ。だから、私はくだらない人生を終わらせにきたの」


そういう彼女の姿は特に醜いわけではなかったが、やはり百面相魔法使いだとは思えない姿だった。


俺は話を聞いた途端直感で思った。この彼女に素晴らしい終生式を提供することは出来ないと。

一歩踏み込んでしまってはもう後に引き返すことは出来ない。俺は彼女にどうにかして生きる希望を持ってもらいたくなった。


だが、俺は終生屋。どんなものであっても仕事は仕事だ。俺はカタログを見せヒアリングを続けることにした。


「かしこまりました。もしこのようなシンプルなもので結構であれば、日程に関しては柔軟に対応させていただきます」


「最短でどれぐらいですか?」


「さ、最短だと明日でも可能です」


こんなこと言いたくなかった。こんなに早く彼女が死んでしまうなんてあんまりじゃないか。

だけど、お客様のご希望に沿えたサービスを提供しなければならない。俺は終生屋なんだ、嘘をつくことはできない。


「じゃあ、明日でいいわ」


やはり彼女のご希望は明日だった。俺はこれから急いで彼女のために終生の準備をしなければならない。


彼女を玄関先まで見送った後、自分自身の魔法能力を悔いた。

俺が持つ時間魔法は本来自由自在に対象の時間を操れるもの。俺みたいに2000年時を進めることも出来れば、数十年や数百年単位で進めたり戻せたり出来るやつもいる。

もし俺が後者だったら、彼女を子供に戻して、純粋な楽しさを感じさせられたかもしれない。もしくは、老婆になるまで進めて人生の奥深さを感じさせられたかもしれない。そして、なによりそんなことができれば彼女の考えも少しは変えることが出来たかも知れない。


初めてだ。悔しさと悲しさで体が動かなかった。彼女の終生式の準備なんて手につけることすら出来ない。刻一刻と迫るのを感じると共に俺の心はだんだんと強く締め付けられるようになった。



次の日、結局俺は何も出来ていない。自分でも驚く、こんなに簡単に仕事を放棄してしまった。


そして、時間通りに彼女はやってきた。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


俺はとりあえずいつも通り挨拶した。だが、頭の中は未だに彼女になにか考えを変えてあげることが出来ないかずっと考えている。


「では、今日はよろしくお願いします」


「大変申し訳ございませんが、私はあなたのご希望に添えることは出来ませんでした。式の準備もしておりません。私はあなたにまだ生きて欲しいのです!」


俺は観念して本音を彼女に話した。目を大きさせ、驚く彼女。


「どういうこと?私はこのくだらない人生を終わらせに来たの!!何も知らないくせに生きて欲しいなんて自分勝手なこと言わないで!!」


彼女は涙を流しながら、そして声を荒げて、俺に怒りをぶつけてきた。

そんな中、俺はそんな彼女が生きていける最後の手段を思いついた。


「おっしゃる通り、自分勝手でございます。だから、私があなたの一生の責任を取ります。素晴らしい終生式が出来るまでどうか私の隣にいて下さい」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


それから老舗の終生屋には彼ら2人の仲良い姿が見られました。主人公さんの隣にはいつも素敵な笑顔の彼女いるのです。まるで生きる希望が持てているようです。

まだまだ素晴らしい終生式は行われそうにないのでしょう。


今回の小さな小さな物語はこれにておしまいおしまい。


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