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赤い瞳と提灯   作者: 青沼サイ
2/2

後編

「あんた、一体何だ?」


無意識に秀一は、女から一歩、距離を取った。


突然、あたり一面に火がつけられたように無数の灯りが浮かびあがった。


「なっ!?赤い提灯が浮いてる!?」

「あれは送り提灯。近づいても近づいても、すぐに消えては前方に現れる。」

「はぁ!?」

「知りませんか?本所七不思議の一つ“送りちょうちん“。そして、これは“消えずのあんどん“。」


女は赤い棒で屋台を指し示した。


二八(にはち)そば屋のあんどんは一晩中消えない。」

「これが、そ、蕎麦屋?」

「二八と言えば蕎麦。昔は常識だったんですよ?」

「お、俺知らないっすけど?一体いつの昔ですか?」

「200年くらい前。」

「に、200年!?それって・・・・江戸時代頃!?」

「あの頃の言葉、文化、風習、随分と忘れられたものが多い。だからあなたのように、好奇心に駆られて入り込んできてしまう。まぁ、それが狙いなんだろうけど。」


彼女の最後の一言は、目の前に広がる提灯達に向けられていた。


「「「腐った肉に用はない。後ろの若い新鮮な肉をさっさと寄越せ。」」」


低い這うような声が無数に重なって鳴り響いた。


「ちょ、提灯が喋った!?」


異様な光景に怯える秀一。

けれど、女は怯むことなく淡々と提灯達と話し始めた。


「断る。この肉は諦めろ。」

「「「なぜ貴様がでしゃばる?」」」

「お(かみ)のご用命さ。“本所七不思議“程度で収まっていればよかったものを。食い始めた時点でお上の目に止まったんだよ。」

「「「何が悪い?あいつらはうじゃうじゃと生まれるではないか。数などすぐに戻る。むしろ、奴らの数は増えすぎだ。それゆえに土地を水を空を汚し、他の生物の命を脅かしている。奴らのせいでこの浅草もすっかり変わり果ててしまった。」」」


ふっ、と乾いた笑みを女は浮かべた。


「確かに。私の知っている浅草は、こんな鉄とゴミと異国語が溢れかえる場所では無かったな。」


そして女は笑みを消し、鋭い視線を眼前へと放つ。


「けれど、これはそれとは別だ。約定を忘れたか?お互いを食すことなかれ。もう2、30人は食ったろう?十分じゃないか?」


女は手にしていた赤い棒へと、もう片方の手を添えた。

そして、ゆっくりと顔へと引き寄せながらそれを抜いた。


「これは警告ではなく予告。ここで引かなければ斬る。」


赤い鞘から抜かれた銀色に煌めく刀身。

そこに映る女の瞳孔は赤かった。


「「「笑止!その約定を破った当本人に指図されるいわれなし!貴様のその腐った肉、ここで燃やし尽くしてやろう!!!」」」


鳴り響く怒号と共に、おびただしい数の提灯達が揺れ、火を吹き始めた。

そして、燃え盛る提灯どもは、女と秀一へと向かって次々に襲いかかり始めた。


「ひぃっ!?」


秀一は反射的に両腕で顔を覆って目を瞑った。

けれど、何の衝撃も感じなかった。

恐る恐る目を開けると、女が刀で提灯達を斬り落としていた。

彼女は物凄い速さで移動しつつ、襲いかかってくる提灯達を次々と斬り伏せていく。


斬られた提灯たちは灰となって、次々と地へ落ちていった。

そして、最後に残った一つを女は突き刺した。


「貴様・・・本来なら、我らの方にも、あちらの方にも属さぬくせに。」

「そうだな。おかげで300年くらいは面倒ごとに煩わされた。だから、今はこちら側にいることにした。元はあいつらと同じだからな。」


女はチラリと秀一を見た。


「意地汚く生にしがみつき、力を貪るこの異形者め!いつか報いを受け、腐臭撒き散らしながら、その命惨めに果てるがいい!」

「それは、願ったり叶ったりだ。」


女はそう言い終わると同時に、刀を上へと振り抜いた。

赤い提灯はその裂け目から火を噴き出し燃え尽きた。


「“消えずのあんどん“、お前はどうする?」


女は二八の暖簾がかかった屋台に話しかけた。

すると、屋台の灯りはスーッと消え、屋台自体も闇へと消えていった。


屋台が消えるのと引き換えに、明かりと気温が戻ってきた。


「もとに戻った?今のは、一体・・・?」


秀一は目の前に立つ、『女』と思っていたのを凝視する。

白衣、赤い仕込み刀、赤く光る瞳。


「まさか、いや、今の現代に、そんな・・。」


化け物、妖怪、鬼。

そんな単語が秀一の頭を占める。


「次、屋台に入る時はしっかりと暖簾を確認して下さい。新橋あたりは大丈夫だと思いますよ。職場はそちらの方が近いでしょう?」


女は微笑を秀一へと向けながら、刀を真っ赤な鞘へとしまった。


「俺、仕事先、言いましたっけ?」

「いいえ?でも私には見えてしまうから。KM建築会社営業一課所属、汐留本社勤務、篠崎秀一、28歳。」


言葉を失い固まった秀一。

赤い瞳が彼へと笑いかけてる。


「これは忠告。今後は、賢い選択をするように。難しくありませんよ。怪談、悪い噂などいわくのある場所、時間には出向かない。例えば、ここではこの門。」


女は真上にある大きな提灯がぶら下がる赤い門を指差した。


「この宝蔵門は雷門より本堂に近いせいで、色んな思念を引き寄せやすい。昼間は人間の、丑三つ時に近い深夜を回れば、その他の生物のを集める。そういったものは出入り口にと利用される。あなたは“消えずのあんどん“に目をつけられ誘い込まれたけど、偶然に私が居合わせた。よかったですね、普通は帰ってこられませんよ。」


そう言い終わると、女は秀一へと背を向け本堂へと向かって歩き始めた。


「またお会いすることはないと祈っています。では、良い夜を秀一さん。」


そうして、女の白い後ろ姿はヒールを鳴らす音と共に闇へと消えていった。

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