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赤い瞳と提灯   作者: 青沼サイ
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前編

桜が咲く時期

篠崎秀一(しのざきしゅういち)28歳は、ただなんとなく、金曜夜の浅草をぶらついていた。

春の生暖かい風が彼の頬を撫でていく。


(新人教育、引き継ぎ、新規案件・・毎年のことだが、4月は忙しいな。)


夜の花見客を横目に公園を通り過ぎ、秀一の足は浅草寺(せんそうじ)の方へと向いて行った。


すでに夜の11時を過ぎている。

当たり前だが、参拝客などおらず、本堂のあたりは閑散としている。


(お?あれは屋台か?)


本堂から真正面にある大きな赤い門。

雷門と似た作りの門のそば、灯りをつけた屋台がある。


(さすが浅草。まるで昭和時代のおでんの出店だ。)


一気に好奇心が湧いた平成生まれの秀一。


(一杯、引っ掛けていきますか。)


ワクワクとしながら屋台の暖簾(のれん)をくぐろうとした彼の目にとまった漢字2文字。


「にじゅうはち?」


暖簾に大きく筆で書かれた『二』と『八』。

風変わりな店の名前だと思いながら、これも浅草ならではなのだろうと勝手に解釈する。


「すいません、1人、いいですか?ーーん?」


おでんだねが浮かぶ大きな鍋を期待していた。

けれど、そこにあったのはたっぷりのお湯が沸いているだけの鍋。


「今晩は。」


声がした方向へと顔を向ければ、女性が1人座っていた。


「あ、こんばんわ。えー・・と、お姉さんはお客さん、であってますよね?」


彼女は秀一の問いに応えるように頷いた。

そして、目の前に置かれているにある銚子(ちょうし)をお猪口に傾けた。


「お店の人は?どっか買い出しでも行ってるんですか?」


席に着きながらあたりを見渡すが、店主らしき人物はいない。


「お姉さん、それもしかして熱燗?」


長年しみついた営業職の習性なのだろう。

秀一は自然と彼女へ親しげに話しかけていた。


「お姉さんみたいに若い人が熱燗なんて、渋いですねー。あ、別に悪い意味じゃないですよ?今、日本酒って流行ってますもんね!ワイングラスでおしゃれに飲むようなとことかー」

「私みたいな人?それはつまり、あなたから見たら、私はこの場に似合わないと?」


高過ぎず、低すぎもしない。

けれどその場に妙に響いた女の声。


秀一は彼女の機嫌を損ねてしまったのかと焦った。


「あなたの目に私は、どう見えますか?」


彼女は微笑を浮かべている。

その様子から、機嫌を悪くしたようではないとほっとした秀一。

けれど同時に、これは嫌な展開だと内心慌てる。


(“私何歳に見えます?“と同じくらいの超難問!下手に返せば、地雷踏んでここかから即退場だ。)


秀一は営業職で培った観察眼と経験を総動員した。


「そうですね・・・お仕事は研究職系ですか?」

「それは、私がこの白いのを着ているからですか?」

「ええ、それは白衣ですよね?医者や薬剤師は、普通それを着たままこんな屋台に入らないでしょ。」

「わかりませんよ?息抜きをしに、白衣を着たままこんな所まで来るかも。」

「え!?じゃあ、お医者さんなんですか?」

「いいえ、違います。」

「じゃあ、研究職?」

「いいえ。私は仕事に合わせてこれを着ているわけではありません。ただ、必要だから着ているだけ。」


そういうと、女は再びお猪口を唇へと運んだ。

それを見ながら秀一は言葉に詰まった。


(何だかさっきから会話が噛み合わないような。いわゆる不思議系ってやつか?)


しかし、人懐こい笑みを見せつつ、めげずに彼女へ話しかける。


「じゃあ、実は女優さんで、その白衣は役作りのためで、今、撮影途中とか?」

「私が役者?どうして?」

「だって、お姉さん綺麗で美人だから。さっきそこで見た着物の広告のモデルに似てますよ。黒髪色白、大和撫子って言われてる、あの流行りの人気モデル!えーと、名前はー・・・・」


いっこうに人気モデルの名前が頭に浮かんでこない。

するとふと、女の(そば)に立て掛けてある棒に気づいた。


「その赤い棒みたいのは、お姉さんのものですか?」

「これは私の仕事道具。」

「は?」

「来た。」


何が、と言葉が口から出る前に身震いをした秀一。

今までほのかに感じていた春の温かい空気が、一気に引いたのだ。


「いきなり寒い?なんで?」


秀一は急激な寒暖差に思わず体をさする。


一方で赤い棒を手にして急に席を立った女。


「ちょっとお姉さん?」


戸惑いながらも女について行くように秀一も屋台を出た。


「暗い?灯りがない?」


いつの間にか、浅草寺一帯にあったはずの街灯が消えていた。


「もしかして停電か?」


懐のスマホを取り出し、地域情報を調べようとする。


「圏外?そんな馬鹿な、浅草が圏外って、あり得ないだろ?ここは東京だぞ!?」

「電波と電気が通わなけえば、ただの鉄のガラクタ。所詮そんなものですよ、それは。」


女は秀一に一目もくれず、ただ眼前の闇を見ている。


「いつだって頼れるのは(おのれ)の目、感覚、思考のみ。そんな鉄の塊に毒され、あなた達は昔よりもずっと劣化してしまった。」

「昔?あなた達?」

「境界線を超えているんだから、電波はおろか、あちらの(ことわり)はここでは拒絶されます。」

「さっきから、一体何の話してるんですか!?とにかく、ここから移動しましょう!確かあっちの方に交番があったから、そこまで行けばなんとかなるでしょ!」


思わず声を荒立てた秀一。

だんだんと自分達が置かれた状況に焦りを感じたからだ。

けれど、女はというと、すっかり落ち着いている。

その場を動こう、という気配すらない。

そんな彼女に軽い苛立ちを感じた彼は、無理にでも移動させようと、彼女の腕へと手を伸ばした。


(あれ?そういえば、どうしてこの人だけ、こんなにはっきり見えるんだろう?)


女の顔、肌の色、手にしている赤い棒、ハイヒールの先。

全ての形と色まで、しっかりと秀一の目には見える。

なのに、自分自身の下半身から先は闇に浸かっているかのように全く見えない。


出会って数分しか経っていない。

それでも感じ続ける彼女への違和感が、一気に秀一の中で嫌な感覚へと変わる。


「あんた一体、何だ?」

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