勇者の花嫁は村人E
今日は、とても珍しい有名人が来ると聞いていたので村を出る前の思い出作りにでもしようと見に向かう。
だが、どうやら少し遅かったらしい。
この辺境の村にこんなにも人がいたのかというほどの人だかりの中、珍しい黒髪黒目の背の高い男が周りを見渡していた。
「うわーすごい人混み。一目見たかっただけだしもういいかも」
そんな風に考えていた時、ふとその黒い瞳と視線が合う。
すると、彼が驚いた様子で目を見開いた。
なんだ?あの反応。そう思っていると一陣の強い風が私の側へ吹き寄せた。
「やっと……やっと見つけた!!」
気づくと、泣いたような、笑ったような複雑な表情で、その人が目の前に立っていた。
私は、あまりにも強いその視線に思わずたじろいでしまう。
「あのー?何か私に御用でしょうか?」
「君を探していたんだ」
「私を、ですか?人違いではなく?」
「ああ、君をだよ。エマ」
確かにそれは、私の名前だ。だけど、私は彼が探すような大それた人物ではないのだが。
ただの、辺境の村のそのまたはずれに住むしがない村人でしかないのだし。
「本当に間違いじゃないんですか?」
「間違いじゃない。ずっと……そう、君が思うより、ずっと長い間探していたんだよ」
何やら事情があるようで、彼が感慨深げにそう呟く。
初対面の人にこんなこと言うなんて、もしかしたら、噂とは違って少しヤバい人なのかもしれない。
「はぁ、そうですか。それで、私に何か御用ですか?」
どちらにしろ、しがない村人である私に拒否権なんか無いので、そう尋ねる。
すると、彼は立派な服が汚れるのも構わず私の前に跪き言った。
「エマ、どうか僕と結婚して欲しい。たとえ何があっても僕が君を守るから」
「…………は?」
彼の突然の言葉に、激しく混乱する。
「いや、ちょっと」
「嫌?まさか、恋人がいるのか!?そんなはずは無い!だって、君は……」
何かブツブツと言い出した彼が何をしでかすか分からず不安になる。
「あのー?すいません」
「……相手の名前を教えてくれ。君に相応しい男か決闘して確かめる」
「ちょっ、ストップ!」
「譲れないことなんだ。どうか、諦めてくれ」
「だから!!待てって言ってるでしょーが!!!!」
これが、彼との出会い。そして、世界を救った勇者様と、しがない村人Eの物語の始まりだった。
◆◆◆◆◆
最近、魔王が倒されたこともあって随分と平和になった。
ほんの数年ほど前までは、強い魔物や魔獣がそこら中に溢れていて、ある程度自衛ができる私でも外を自由に出歩くことができないほどに危険だった。
だけど、勇者様が現れたという噂を聞いてからはそれは劇的に変化する。
聞くところによると、今代の勇者様、通称『抜かずの勇者』様は歴代でも最強らしい。
異世界から呼ばれた彼は、始めから剣術や魔術、その上薬草学や罠設置まで広い範囲の技能を扱うことができたようだ。
そして、そんな彼はただの一度も負けることはなく、勇者のみが扱えるという全てを切り裂く聖剣も、ただ魔王に止めを刺す際に抜いただけらしい。
それこそ、聖剣は魔王の消滅と共に姿を消すから本当にただの一振りしか使われなかったようだ。
更には、旅の道中、大きい街よりも小さい村々を優先して訪れ、救って回っていたらしい。そして、それは魔王を倒した後も続いているようで、特に辺境の村々を順番に巡っているとも聞いた。
正に理想の勇者。
私も、冒険者をしていた父が魔王軍に殺されているので、個人的な感謝の気持ちがある。
だから、ある日、勇者様が来るらしいとたまたま聞いた時、一生に一度かもしれないし、一目だけでも見てみようかなと考えたのだ。あんなことになるとは当然思わなくて。
◆◆◆◆◆
ギャラリーが騒ぎすぎて話にならなそうなので、私の家に連れて行く。
それでもついて来ようとする人もいたが、勇者様が一言いうと、解散してくれたのでそれは助かった。
そして、家に到着すると、彼を座らせた後、飲み物を準備しに台所へ向かう。
火の魔術を使いながらお湯を温めつつ、この辺りで採れるお茶っ葉を準備する。というか、我が家にはこれしか無いのだけど。
「すみません、碌なものがなくて」
「いや、大丈夫。コルシカのお茶は大好きなんだ。懐かしい味がするからね」
「このお茶のこと知ってるんですか?でも、それなら良かったです」
別にそれほどメジャーなお茶では無いと思ったけど彼はこのお茶を知っていたらしい。それに、懐かしいとはこの辺りに知り合いでもいるのだろうか。
まぁそんなことはどうでもいい。それよりもいつも入れているハチミツが恋しいなぁ。あれ入れるとすごく美味しいのに。
別に在庫が無いわけではない。というか彼のすぐ右隣にあるので取って貰えばいいだけなのだが、世界の救世主に頼むようなことでもないので諦めて口をつけようとする。
だが、なぜか彼はそれに気づいたようだ。おもむろにハチミツの入った銀色の容器を取るとこちらに差し出してきた。
「入れないの?」
「……なんでわかったんですか?」
「君を想っているからかな」
キザったらしい気持ち悪い台詞だ。
でも、なんでわかったのだろう。無意識に視線を向けていたのだろうか。不思議に思う気持ちはありつつも、それを受け取りお茶に入れる。
そして、少しぬるい温度のが好きなので冷やそうとすると何故か目の前で小さい氷の粒が形成され、ゆっくりと私のカップに落ちていくのがわかる。
原因は明らかだ。そちらを見ると、彼は凄まじい練度の魔術を片手間に使いながらほほ笑んでいた。
「何でもお見通しなんですね」
「君のことならね」
もう考えるのも馬鹿らしくなってきたのでため息をつきながらそれを受け取る。
「それで、どうして私にあんなこと言ったんですか?」
「君を愛しているからだよ」
「冗談はやめてください」
「冗談じゃないさ。僕はね、たとえもう一度人生を繰り返したとしても君を愛するだろう」
「話になりませんね」
何を考えているのか全く分からず、埒が明かない。
「君が、簡単に話を信じないのは分かってる。だから、まずは君との時間をもっと作りたいんだ」
「それは、どういう意味ですか?」
「僕と旅をしよう。君は、世界の色々な場所を見て回りたいはずだ」
「はぁ。本当に何でもわかるんですね」
「愛は偉大なのさ」
普通の女の子ならこんなストーカーは怖がるだろう。だけど、冒険者の父から男の子のように育てられ、女っ気の無い性格をしている私には呆れ以外の感情は全く無かった。
それに、その申し出は正直いってメリットが多い。若い頃は名のある冒険者だったらしい父から一人前と言い渡された私はそれなりに腕が立つ。
しかし、私が行きたい場所は魔境と呼ばれるようなエリアがほとんどで、そこに一人で立ち入るほどの実力があるとはさすがに思ってなかった。
でも、探そうと思っていた同行者が彼ならば、とても都合がいい。
「悪くない話だろう?条件は一つだけ。君との時間を貰うこと、それだけだ」
「…………確かに、悪くない。うん、いいでしょう。貴方と旅に行きます」
「君ならそう言ってくれると思ってたよ。じゃあ、交渉成立だ」
彼がこちらに手を差し出してくる。もう少し、疑うべきかもしれない。でも、勇者が騙すほどの価値が私にあるとは思えなかった。
「はい。それでお願いします」
「旅を一緒にするんだ。僕の名前は倫太郎だからそう呼んでくれ。それに敬語も無しでいい。そちらの方が咄嗟の指示も出しやすいだろうし」
「わかった。私のこともエマでいいわ。これからよろしくね、リンタロウ」
「…………ああ、これからもよろしく。エマ」
そう言うと、彼はどこか複雑な感情を噛みしめているかのような表情になった。
本当に、謎の多い人だ。でも、立ち振る舞いだけでも実力が本物なのがひしひしと伝わってくる。
なら、それでいい。別に旅に同行さえしてくれれば仲良くなる必要も無いのだから。
◆◆◆◆◆
あれから、五年、たくさんのところを旅した。
初めの頃、最上位の冒険者達ですら尻込みするような人外の魔境を巡った。
悪鬼が屯する、骨すらも残らない地獄洞穴
羅刹蟲が生息する、永久の地獄を味わわされるという苗床の谷
大地自体が意志を持つ、永遠の道が続く無限廻廊
それから、人類が足を踏み入れた記録のない最果ての地を巡った。
竜帝が座する、鉄をも溶かすような灼熱に包まれた滅びの山。
氷姫が支配する、吐いた息すらも瞬く間に凍る絶対零度の凍原の大地
邪神の住まう、光を呑み込むほどの深い闇に包まれた黒染めの神殿
たくさんのところを旅し、たくさんの記憶を共有した。
人よりは肝の座っていると自負のある私すらも顔が引き攣るような場面も多かった。
でも、リンタロウはいつも余裕そうで、楽しそうで、どこにいても私を助けてくれた。
そして、今、世界を見下ろすことのできる空中庭園に二人で座っている。
一年中咲いているというここだけに咲く白い花が、淡い光を放っていてとても綺麗だった。
「やっと、君と全部回ることができた。……今回の旅は本当に、楽しかったよ」
寝転びながら、楽しそうな声で彼が言う。
「…………そうね、楽しかった。それに、本当に行けるなんて思ってもいなかった。リンタロウ、全部貴方のおかげよ」
遥か昔、古代エルフが書いたとされる本には世界中の美しい景色が絵で描かれていた。
私は、父が仕事で見つけたこの本を小さい頃に読んでからそれらを見るのをずっと夢にして生きてきた。
大人になるにつれ、それがどれほど無謀なことなのかが分かって諦めかけていた夢。
でも、私は今その最後のページを開いている。
≪全てを見し者、願いを叶える≫と、刻まれたそのページを。
「いや、エマ。お礼を言うのは僕の方だ」
旅の途中、彼はよくそう言って私に感謝をした。
でも、それは全く身に覚えのないものだ。それこそ、彼に助けられたことはたくさんあるが、彼を助けたことなんてまるで記憶に無い。
「そろそろ、理由を教えてくれるのよね?もう、私は貴方が言うことなら、どれだけ突拍子も無いことでも信じるつもりよ」
三年目の冬、彼を心から信頼するようになった日、いつか貴方のことをちゃんと話して欲しいと頼むと彼は言った。
僕の世界では死亡フラグって言葉がある。今回の旅は必ず生きて乗り越えたい。だから、旅の終わりになったら話すよ、と。
「……そうだね。ようやく、君と旅をすることができた。だから、聞いてくれるかい?」
「もちろん」
そして、彼はポツリポツリと話し始めた。私の知らない、私と彼の話を。
◆◆◆◆◆
平凡な高校生として平和な日本で暮らしていた僕、立花 倫太郎はある日この世界に突然召喚された。
そして、右も左もわからぬうちに、僕は流されるままに勇者として歓迎され、魔王を倒す旅に仲間達と旅立つことになる。
普通であれば、平和な日本で暮らして来た僕に何もできるわけがない。
でも、召喚された時に持っていた聖剣はご都合主義の塊のようなもので、それを鞘から抜くだけで何もかもが手に入った。
あらゆる攻撃を弾く硬い防御に、風よりも早く駆けられる速度、どんなものでもバターのように切り裂ける力
一人だけがチート状態の中で、何も考えずに剣を振るだけで全てが上手くいく。
いつも称賛してくれる仲間達に、どこにいっても歓迎してくれる人々、そんな世界で甘やかされた僕は、いつしか天狗になっていた。
魔王を倒し、聖剣がその手から消えるその時までは。
最初は良かった。魔王を倒し、凱旋する。誰もが僕を褒め称え、前世では縁も無かったような美女達が僕に言い寄ってくる。
きっと、ゲーム感覚で楽しんでいた僕はもっと早く気付くべきだったのだ。
これは現実だと。この世界にいる人たちは僕の都合のいいように動いているわけでは無いのだと。
でも、愚かな僕は殺されかけて初めてそれに気づいた。魔王という脅威が無くなり、平和になった世界では邪魔になった僕を排除したい人がいることに。
あの日、夜中に何故か目が覚めた僕が周りを見渡すと、剣を構えた騎士達に囲まれていた。
それこそ、聖剣頼りだった僕はあの時死んでいてもおかしくなかっただろう。だけど、火事場のクソ力というやつなのか、傷だらけになりながらもなんとか逃げだすことができた。
だけど、その後も不幸は続いた。次の日には、身に覚えのない罪が幾重にもかけられていて、国中でお尋ね者になっていた。優しかった人々は、その目も眩むような懸賞金に手のひらを変えて僕を追いかけるようになり、浮浪者以下の生活が始まった。
そして、そのまま長い逃亡の果て、空腹で倒れ、人生を諦めかけた時、旅の途中らしいエマに出会った。
彼女は、僕が追われているのを知っているにもかかわらず、お父さんの敵を取ってくれたからと言って匿ってくれた。それに、過去を後悔し続ける僕に生きる目標すらも与えてくれた。
「私と旅をしましょう。嫌な記憶を塗り替えれば、貴方も前に進めるでしょ?」
そう言って、僕らは二人で旅を始めた。
≪古代遺跡≫
古めかしい遺跡の中を歩いていた時、とても立派な宝箱が置いてあることに気づいた。
さも見てくださいというような怪しい置き方をしてあるそれを当然僕は通り過ぎようとしたけど彼女は目を煌めかせながら僕を引き止めた。
「待って!!貴方の目は節穴なの?」
「……ねえエマ、これ絶対罠だと思うんだけど。こんなあからさまな宝箱なんて普通ないよ」
「でも、開けなかったらずっと心残りになりそうじゃない?ほら、罠探知の魔術には無反応だし。宝物が入ってるかもでしょ?」
「そうかもしれないけどさ」
「でしょ?じゃあ、開けるわよ」
「うわー。やだなー」
「ほら、元とはいえ勇者でしょ!シャキッとしなさい」
「わかったよ」
確かに罠では無かった。でも、中にあったのは愚か者と刻まれた石板だけで、エマを激怒させた。
そして、僕がそれを見て爆笑していると、思いっきりビンタされた。
≪誘い洞窟≫
暗い洞窟の中を光魔術の明かりだけを頼りに歩いていた時、何故か突然前を歩いているエマに蹴りを入れられた。
「ちょ、痛いんだけど。急にどうしたの?」
「…………今、お尻触ったでしょ」
「触ってないよ」
「嘘ね。私が絶世の美女で触れたくなる気持ちは分かるけど、そうゆうの嫌だからやめて」
「いやいや、触ってないから」
「往生際が悪いわね。もういいから、次は貴方が前に行って」
「はぁ。本当に触ってないのに」
そして、僕が前を歩いていると、後ろから肩を叩かれた。僕も怒っていたので最初は無視していたけど、しつこいくらいに何度も叩いてくるから後ろを振り返った。
「なに?しつこいんだけど」
「え、なにが?」
「なにがって、肩叩いてたでしょ?」
「叩いてないけど」
「そんなわけ…………」
違和感を感じ、光魔術の出力を高めると、近くでは青白い色をした手が浮かんでいた。
手首から下は何もなく、ふわふわと。
「「……ギャー!!!!!!」」
僕らは大きな叫びをあげ、頭を何度も打ちながら逃げ回った。
後で知ったが、そういう系統の魔物で、見た目の不気味さの割には特に害は無かったらしい。
≪白夜の大森林≫
夜の来ない大森林で、野営をしていた時、食事当番の彼女が料理を作った。彼女の味付けはその大雑把な性格がこの上なく出ていて当たり外れが大きい。
「ほら、とっても美味しい私の手料理が出来たわよ」
「今回のは美味しい詐欺じゃなさそう?」
「失礼ね。美味しくなかったことなんて一度もないじゃない」
「意見の相違だね。エマの調理は適当すぎるんだよ」
「そんなことないわ。逆にリンタロウが丁寧過ぎるのよ」
「舌が上品だからね。文明的な味しか受け付けないんだ」
「……辛い物がダメなお子様舌の癖に」
「……君だって、甘い物大好きのお子ちゃまじゃないか」
「なによ?」
「なんだよ?」
後で思い返すとなんで喧嘩してたのかわからないくらいどうでもいいことでよく喧嘩した。
大体次の日には二人とも忘れてしまっていたけど。
本当に色々なところを旅した。二人でああだこうだと言い合いながら、時に逃げ回り、時に戦い、毎日のように笑っていた。
輝かしい最高の日々。僕にとって絶対に手放したくないほどの幸せがそこにはあった。
でもあの日、彼女を失った日。その時の僕はまだまだ弱くて、取り返しようのない致命的なミスをした。
自分が傷ついたならよかった。だけど、傷を負ったのは彼女だった。
「エマ、どうして!?なんで庇ったんだよ!」
「…………リンタロウ。最後にお願いがあるの」
「喋っちゃダメだ。すぐに治癒魔術をかけるから」
「お願い」
彼女の体は、下半分が無くなっており、治癒魔術で治せないことは明らかだった。
だから、僕は、涙を流しながら、彼女に耳を傾ける。
「何でも言って。必ず、僕が君の願いを叶えるから」
「…………どうか、旅を続けて欲しいの。そして、最後の場所までちゃんと行って」
「ああ、分かった。その願いは必ず叶える」
「………………絶対よ?」
「ああ、絶対だ。」
「…………………今まで、ありがとう」
「僕の方こそ」
彼女は自分の宝物であるそのくたびれた本を僕に渡すと、微笑みながら眠りにつく。
僕の慟哭の声を子守歌にして。
その後は、一人で旅をした。
今まで響いていた二人の笑い声はそこには無く、ただ、前だけを向いて進み続けるつまらない旅。
寝ることすらろくにできず、生死を彷徨うことも日常茶飯事だった。
それでも僕は、その道がどれだけ過酷でも、たとえどれだけ傷ついても、彼女の願いを叶える一心で、歩み続けた。
そして遂に、楽しくもない灰色の旅路を終える。最後の場所に来ても、達成感は一切なかった。
何年かかったかは覚えてない。髪は白く染まり、腰に差した剣はボロボロで、心はとっくに擦り切れていた。
「ここが、最後だ。なら、もういいよね?エマ」
誰もいない庭園で抜け殻のように座りこむ。
たぶん彼女は、僕が自分で命を絶たないようにするために、生きるための目標を与えてくれたのだろう。そして、美しい世界を見ながら少しずつでも前を向いて欲しいと願ったのだ。
最後に残った彼女の優しさ、でも僕はそれを台無しにするしかない。
何故なら、彼女のいない世界なんて何の色も感じないから。
「君は、優しすぎるんだよ………………それこそ、残酷なほどに」
立ち上がる気力は既に無い。
だが、そのまま朽ちるのを待とうとしていたとき自分のものではない声が空から響く。
≪全てを見し者、一つ願いを叶えよう≫
確かに、本には願いを叶えると書いてある。胡散臭いなとは思いつつ、前から思っていたことが頭の中を過る。
(もう一度、やり直したい。そして、今度こそエマを守るんだ)
別にそんな話を信じていたわけでは無かった。でも、それは本当だったようだ。
何故なら、気づいた時には再び召喚された日に戻っていたのだから。
過酷な大地を旅した知識も経験も、何よりも彼女との幸せな記憶も全部持ったまま。
そして、僕は魔王討伐の旅をしながら村々を巡り始めた。彼女が辺境の村出身であるという情報だけを手掛かりにして。
◆◆◆◆◆
「これが、今の君が知らない君と僕の話だよ」
「……そんなことってあるのね」
「ああ、夢みたいな話だ。でも、これは夢じゃない」
彼が、私の手の存在を確かめるようにして握る。そして、嬉しそうに微笑んだ。
「たぶん、そろそろかな」
「なにが?」
彼が唐突に上を向いたので、そちらを見る。しかし、そこにはただ天井が広がっているだけだった。
不思議に思っていると、突然、上から降り注ぐような声が響いた。
≪全てを見し者、一つ願いを叶えよう≫
「これは…………」
なるほど、彼が言っていたのはこれのことだったのだろう。
遠くにいるような、近くにいるような不思議な声だった。
「エマ、君は何を願う?」
「……私は、いいわ。もう叶ったもの。今度は、ちゃんとリンタロウだけの願いを叶えて」
「本当にいいの?こんな機会滅多にないよ?」
「いいのよ」
「……わかった。じゃあ、少し後ろを向いていてくれるかい?」
私が後ろを向くと、彼は、何かを願っていたようだ。
しかし、見た目には何も変化は起きていなかった。
「エマ、もういいよ」
その手には、これを願ったのだろう。一対の光り輝く指輪がある。
確かにとても綺麗で、一目で素晴らしいものだと分かる。でも、時を超えることすら可能なことを考えると、こんな願いで良かったのかと思う。
「…………それこそ、何でも叶えられたのに。本当に、これでよかったの?」
「いいんだ。だって、僕の願いを叶えられるのはあの声の主じゃないから」
そう言うと、彼は最初に会った時のように私の前に跪き、言った。
「エマ、どうか僕と結婚して欲しい。たとえ何があっても僕が君を守るから」
「………………リンタロウは、もう私の答えわかってるんでしょ?」
「うん。愛は偉大だからね。それこそ、時間も越えちゃうくらい」
「それなら、あえては言わないでおこうかな」
「いやいや。それとこれとは話が違うじゃないか。なぁエマ、頼むよ。君の口から聞きたいんだ」
「言わないったら。言わない」
「そんなー」
歴代最強の勇者があげた情けない声が庭園に響く。そして、その対となる楽しそうな声も。
咲き誇る白い花が、そんな二人をまるで祝福するかのように綺麗に舞い踊っていた。
時間系はあえてタグから抜いておりますので悪しからず。
それと、恋愛なのか、冒険ファンタジーなのか。かなり変な組み合わせになりました(笑)
ただ、勇者逆行物と冒険っぽい物が書きたいけど長編は書く余裕が無く、それでいて恋愛も書きたいと思ったゆえの闇鍋作品です。
※下記は作品とは関係ありませんので、該当の方のみお読みください。
【お誘い】絵を描かれる方へ
絵に合わせた作品を執筆してみたいと思っております。興味を惹かれた方は一度活動報告をご覧頂けると幸いです。