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電脳世界で幼馴染と再会する話  作者: 一ノ瀬レモン
2/2

002 侵入

「で、水瀬くんは電脳世界に行こうか迷ってると」

「うん」

 指定されたマンションの最寄り駅から出てすぐのファーストフード店内で、ポテトをつまみながら佐藤は言う。彼女のトレイにあるポテトやジュースは勿論水瀬の奢りだ。

「いいんじゃないですか? これに書いてあるのが本当なら」

「本当なら、な」

「普通に考えるなら誘拐とか疑うのが筋かと」

「うん。だけど」

「この『来るな』の文字ですよね」

「そう」

「これが気になって水瀬くんは行こうとしている、と」

「そういうこと」

 軽く唸りながら佐藤はポテトを咥える。水瀬も最初はイタズラを疑った。

「そこまで天馬さんのことが気になるんですね。水瀬くんとどういう関係なんですか?」

「ただの友達だよ」

「なるほど。なら、誘拐の線は薄そうですね。でも、どうして友達が警告しているのを承知の上で、水瀬くんは行こうとするのですか?」

「どうしても会いたい理由があるんだ」

「ふうん。そうですか」

 少し不機嫌そうに佐藤はポテトを口に放り込んだ。

「まあ、いいでしょう。取引のものも貰えるみたいですし」

「ああ。ありがとう」

 水瀬は佐藤に賄賂として新宿にしか売っていないチーズタルトをテスト明けの朝に渡すことを約束した。水瀬にとってこれは正直痛手だが、来月の給料日まで招待状が待ってくれるわけでもないから、仕方のない出費だった。

 それから十分程でトレイにあるポテトとジュースを片付け、二人はファーストフード店をあとにした。近くに国際港があるこの街は駅前から高層ビルが並び、一面緑の学校周辺とは大違いだった。

「まるで別世界ですね」

「佐藤はこっち側にあんまり来ないのか?」

 友達の多い佐藤なら付き合いでこの辺に来てもおかしくないと思った。

「はい。デートでこの辺に行ったとかの話なら友人から聞きましたが」

 そういえば、ここはデートスポットで有名だったことを水瀬は思い出した。見ようと思ったことも無いが、ここの夜景はとてもロマンチックだと言われる。

「なんなら、夜まで待って観覧車でも乗りますか?」

 にやけた顔で、佐藤は水瀬の顔を覗き込んで言う。

「一人で行けばいい。僕は招待状の真偽を調べたら新宿に行く」

「そうですか。レディーの誘いを断るなんて、水瀬くんは変な人ですね。男として」

「勝手に言ってろ」

 駅から少し離れたところで、臨海の公園に出る。

「結構人居ますね」

「ここはそういうところだからな。休日に比べれば空いている方だよ」

 公園近くの歩道は平日でもすれ違うときに体が当たりそうになるくらい、人の往来が多かった。その殆どの歩行者がカップルだった。水瀬は佐藤を選んだことを少し後悔した。傍から見ればこっちもカップルだ。

「大人って、平日は朝から晩まで働いている生き物だと思っていました。とくに男性は」

「それ、本気で言ってる?」

「半分ぐらい。飲食店とかの人を考えても多すぎます」

 佐藤は少しズレているときがあると、水瀬は思っている。天馬とは違う、世間知らずな感じが少しする。

 レンガで埋められた道を歩いて水瀬と佐藤は指定されたマンションの麓に着く。

「七階建てって、このへんだとすごい低く見えますね」

「ミスターXとか胡散臭い名前だから、もっと見晴らしの良さそうなところに住んでいる気がしたけどな」

「どうします? このまま行きますか?」

「いや、他の建物からちょっと偵察がしたい」

 水瀬は周辺のマンションの非常階段から侵入して指定された建物の通路を見ようと試みる。ほとんどのマンションが階段を施錠しており、侵入できなかったが、一つだけ建物内に侵入できるマンションがあった。水瀬は非常階段からそのマンションに侵入し、エレベーターに乗り込む。

「向こうが近隣のマンションも張っていたらどうするんですか?」

 電話越しに佐藤の声が聞こえる。偵察は水瀬一人で行うことにした。もし、他のマンションで待ち伏せしていた場合は佐藤には逃げて警察を呼んでもらうことにしている。

「そこまで用意周到だったら、駅から後を付けていたことになる。そこまでされちゃ勝ち目なんか初めから無い」

 だって今日は、指定された日よりも早いのだから。

「今回って勝負なんですか?」

 佐藤の言うとおり、勝ち負けなんかどこにも無い。あるとするなら、水瀬の意地ぐらいだ。

 待ち伏せは無かった。水瀬は指定されたマンションを覗く。指定された部屋は角部屋で、七階は管理室がある都合上なのか、三部屋しか無かった。指定された部屋に表札は無く、一見すれば空き家のような雰囲気が漂っていた。

「どうですかー? 見えましたか?」

「ああ。概ねストリートビューで見たとおり」

「それは良かったですね」

「ほんとに。全然違かったら引き返してた」

「変な所で慎重ですね」

 水瀬はエレベーターで降り、佐藤の傍に戻る。

「で、行くんですか?」

「行くよ。状況が変わらないうちに」

 水瀬と佐藤は指定されたマンションのゲートをくぐる。本当は裏口から入りたかったが、鍵がかかっていたから、渡されたカードキーで正面から入るしかなかった。

「このカードキーに細工がされているなんて無いですよね?」

「わからない」

 水瀬は携帯をポケットから抜いて、あるアプリを起動する。携帯の画面にはさっき偵察しに行ったときのマンションからの景色が映っていた。

「なんですか? これは」

「向こうにカメラを置いてきた。これに映っているのはその映像。ここから人影が見えたら、すぐに逃げる」

「本当に変なところで用意周到ですね」

二人はエレベーターに乗り込む。水瀬は同乗者が現れないことを祈った。しかしそれとは裏腹に、ドアが閉まる直前で一人エレベーターに乗り込んで来たが、その人は三階で降りていった。

「それじゃあここからは計画通りで良いんですか?」

「それでいい」

 佐藤には七階に着いた後、エレベーターを見張ってもらうことになっている。水瀬は一人で指定された部屋に行くつもりだった。もし、後から追ってきた場合。つまり、エレベーターが動いて五階を超えた時は佐藤が水瀬に電話をし、非常階段から降りる。水瀬の携帯はすぐ最寄りの警察に電話できるようになっている。

 水瀬にとって理想は空きであることだった。それなら中を物色できるし、何しろ天馬の手がかりがある気がした。

 エレベーターが六階に到着する。ここで水瀬は降りて、階段から七階を目指す。階段から七階の廊下を覗いて、もし異常が無ければ水瀬は佐藤にSNSでスタンプを送る。それを確認した佐藤が、エレベーターを六階から出発させる。

 階段を登る足は重く、胸に緊張が走った。『大丈夫だ』と心に念じ、水瀬はポケットに忍ばせたシースナイフを握り、刃のカバーの留め具を外す。そして、一呼吸置いてから、水瀬は七階の廊下に侵入する。廊下に人は居なかった。水瀬は佐藤にSNSでスタンプを送る。すると、すぐにエレベーターの駆動音が聞こえた。

 駆動音が止まり、佐藤と合流する。

「案外簡単に入れましたね。あれだけ六階に止まっていたら、管理人に催促されるんじゃないかとビクビクしていましたが」

「まだ人が帰るような時間じゃないしな」

 『大丈夫だ』と、再び水瀬は心に念じる。ここまでは上手く行った。100点に限りなく近い。そう思った矢先、背後から足音が聞こえる。水瀬は背筋を凍らせ、後ろを向く。どこから入ってきた。普通なら非常階段からの音がなるべきなのに。

「こんにちは」

 その足音の主は、優しく言う。初老の男性の笑顔は不気味なくらい温かい。水瀬はポケットからナイフを取り出そうと手を潜らせる。

「そして、さようなら」

ナイフを抜く暇も無く、男性から銃口がこちらに向く。水瀬はとっさに佐藤を自分の身で隠した。


水瀬の記憶は、ここで途切れている。


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