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電脳世界で幼馴染と再会する話  作者: 一ノ瀬レモン
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001 プロローグ

 ──嫌いなあなたの声を、顔を、忘れられたらどれだけ救われただろうか。

 水瀬涼(みなせりょう)天馬(てんま)の声を最後に聞いてから三年が経った。三年前、天馬は当たり前のように窓から水瀬の部屋へ侵入してきた。

「なぁ~助けてくれよ。明日が中間テストだなんて知らなかったんだ」

 時間は夜の十一時過ぎ。警察がそこを通り掛かっていたら補導される時間帯だ。天馬の顔に悪びれた様子は無く、頬にある痣が最も特徴的だった。水瀬は呆れた顔で天馬を部屋に迎えた。

「ワークは?」

 水瀬はテストまでの宿題であるワークの進捗を聞いた。

「まだ」

 天馬から返ってきた答えは水瀬にとって予想通りのものだった。天馬が鞄からワークと筆箱を取り出す。

「今からテスト勉強するぐらいなら、ワークに答えを写したほうが良い。うちの中学ならテストが零点でも、提出物を出しておけば内申に一が付くことはないさ」

 水瀬はワークの答えが書かれた冊子を天馬に差し出す。

「おお。相変わらず気が利くねえ」

水瀬の予想通り、天馬は答えの冊子を持ってきていなかった。

 天馬が答えを写し始める。ようやく自由が戻った水瀬は社会の暗記部分を復習する。本来ならもう寝る時間だったが、天馬との応対ですっかりと目が覚めてしまった。

「こんなことやって、何の意味があるんだろうな」

 天馬がこの前学校で配られたシャープペンシルを走らせながら呟く。

「さあ」

 水瀬はプリントから目を逸らさずに、相槌を打った。その答えが思い浮かぶ中学二年生なんて、日本に居るのだろうか。

「良いよな、水瀬は」

「テスト前にちゃんと勉強しているだけだよ。天馬だって、一年の学年末は結構良かったじゃないか」

 天馬は良くも悪くも気分屋で、行動力があると水瀬は思っている。実際、やる気があったときは水瀬よりも勉強して、水瀬と並ぶぐらいの点数を取っていた。それまでの負債が多かったからか、内申は伸び悩んでいたみたいだったが。

「あのときとは違って気が乗らないんだ」

 天馬が言ったあと、家のチャイムが鳴る。天馬の両親だろう。今夜はやけに早い。そもそも両親が天馬を迎えに来ることさえ珍しいのに。

「やっべ!」

 天馬は飛び上がり、ワークと文房具と、水瀬が貸した冊子を鞄へ投げ込んで入ってきた窓へ駆け出す。そのまま窓を開け、サッシを掴んでよじ登って反対側へと飛び越えた。


 翌日。天馬は学校に来なかった。

 翌々日。天馬の机が無くなった。先生が言うには、急遽転校することとなったらしい。


 *


 天馬が転校してから、三年が経った。水瀬に小学校からの付き合いだった天馬を忘れるのは難しいことだった。それでも、三年の時は天馬の記憶を溶かすには充分な時間だった。しかし、水瀬の家のポストに投函されていた手紙が天馬を思い出させた。それは大きな茶封筒で、中にはA4の紙と、カードキーが入っていた。封筒の表面には『水瀬涼様』と書かれていた。裏面には『Mr.X』という文字が左下にあった。中身の文章は簡単に言ってしまえは胡散臭い招待状だった。


 拝啓 入梅の候、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。

 厳正な審査の結果、水瀬涼様を電脳世界へご招待することが決定いたしました。おめでとうございます。

 勿論、お代などはいただきませんし、痛みもなく簡単に、何でも叶う世界へご案内いたします。

 なお、本状にご返信は必要ありません。下記の日時に会場までいらしてください。お越しになるのをお待ちしております。

敬具


 日時 六月二十二日 午後五時

 場所 〇〇市港区 五-八-二十三  ライヒスターク七○三号室

 

 同封した鍵でご入室の上、係員に本状をご提示ください。

以上


 追記 === 貴方のご友人も心待ちにしております。


 二重線で雑に消された『来るな』の三文字が無ければ、水瀬はこの紙をすぐにゴミ箱へ捨てるつもりだった。

その三文字は天馬の字だった。走り書きだったからか、癖が如実に出ていた。水瀬はそのA4の紙とカードキーを丁寧に封筒に仕舞って、封筒を鞄に入れ玄関を出た。

高校は遠い所をわざと選んだ。片道一時間の電車通学を始めは苦に思ったが、次第に慣れていった。数ヶ月も経てば、学校に近づくにつれて寂しくなる車内と、緑が多くなる車窓の虜になっていた。

「隣、良いですか?」

 学校から四駅前になると、いつも同じ言葉を掛けられる。その声は佐藤芽衣(さとうめい)のもので、佐藤はそう言って水瀬の隣に腰掛ける。

「水瀬くんっていつも外を眺めていますよね」

「佐藤だって毎日俺の横に座ってるだろ」

 お陰で何回もの誤解を生んでいる、と水瀬は心の中で呟いた。水瀬は入学して間もなく、学校の最寄り駅の階段から最も遠い車両に乗るようになった。けれども、彼女との物理的距離が遠くなることはなかった。

「毎日同じ景色を見ていて飽きませんか?」

「毎日同じ人の隣に座って飽きないのか?」

「わたしは飽きませんよ? 水瀬くんはきみが思っているより面白い人ですよ?」

 水瀬は自分を見透かされているように感じ、不満を顔に浮かべる。

「そんな顔しないで下さいよ。はい。これ、例のやつです」

 佐藤は笑顔を崩さずに言って、A4ファイルからA3の紙を水瀬に渡す。

「はいはい」

 水瀬はその紙を受け取って、小包を鞄から出して、佐藤に渡した。

「ありがとうございます。帰ったら開けて食べますね」

 水瀬が渡したのは、最寄り駅の近くにある菓子だ。平日の朝限定でしか売っていない。時々水瀬はそれで佐藤に取引を持ち込んでいた。今回は佐藤からテストの過去問を貰った。

 程なくして、列車は学校の最寄り駅に到着する。

「それでは、またあした」

 そう言って佐藤はドアから駆け出していく。水瀬と佐藤の仲はこれ以上深くも浅くもない。ただ、朝の十数分間他愛のない話をしたり、取引をしたりするだけの仲だった。クラスも違うから、学校では顔も合わせられない。それに、彼女は部活に入っている。だから、本当に水瀬と佐藤の仲はそれ以上でもそれ以下でもないのだ。


 学校の席に着いて、水瀬は鞄を枕にして頭を伏せる。少し、あの手紙について考えたかった。まず頭に過るのは天馬だ。電脳世界に、天馬は本当に存在するのだろうか。水瀬にはあの一本線で雑に消された文字が、天馬のものである自信があった。それが水瀬に迷いを生んだ。

「おい! 涼。起きてるだろ?」

 五反田成哉(ごたんだなるや)の声だった。五反田は声量の制御が下手くそだと、水瀬はつくづく思っていた。

「考え事をしていたんだ」

 水瀬は頭を反対側に返して言った。

「ふうん。どんな悩みだよ?」

「トップシークレット」

「ちぇっ」

 五反田は残念そうに言った。五反田は声が大きいし、口が緩い。それに、天馬との面識も無いから切り出す理由が水瀬の中には生まれなかった。

「で、何だよ」

「CDが出るんだよ!」

「主語が無い」

「Iだよ“アイ”! この前カラオケでおれが歌った」

「へえ」

 Iとは、二人組のアイドルグループらしい。五反田曰く、地球でないどこかに住んでいるアイドル。カラオケで五反田が歌ったのを聞いただけだが、水瀬にとって彼女らの曲は歌詞が重く感じた。命だったり愛だったり存在だったりと、いちいち歌詞が難解で、重い。

「お前も聞いてみろって。絶対ハマるから」

「気が向いたら聞くよ。そういや、来週の物理のテストだけど」

「過去問仕入れたのか?」

「ああ。まだざっくりとしか見てないけど、問題数が多いから、浅く広くやったほうがいい」

「ふうん。また例によって見せてはくれないのか?」

「あいにくね。そういう取引なんだ」

「そうか。まあ、何か情報があるだけでもありがたいや。

あいつ、問題と答案回収するからな。おまけにテストのヤマすら教えてくれない」

「仕方ないよ。うちの学校は曲がりなりにも進学校なんだから」

 少し不機嫌そうな顔で五反田は帰っていった。水瀬は、明日五反田とカラオケに約束を思い出した。水瀬はIの曲を動画配信サイトで調べて、聞いた。水瀬には彼女らが送りたいメッセージがわからなかった。

 授業の間も、水瀬の思考は招待状に、厳密に言えば天馬が書いた三文字に占領されていた。席が後ろから二番目だったから、先生の目を盗んで会場の場所も調べた。

今日最後の授業が終わったあと、水瀬は携帯と顔を合わせながら駅へ向かい、特に目線を上げることもなく電車の席に着いた。席に着いて水瀬は携帯をポッケに仕舞って、頭を屈めて想像を張り巡らせる。しかし、カップ麺もできぬうちにその思考は遮られた。

「帰りも同じ席に座るのですね」

 佐藤の声だった。水瀬は少し驚いた。彼女と帰りの電車で会うのは初めてだからだ。

「隣、いいですか?」

 いつもの台詞を言って、佐藤は水瀬の隣に座る。

「どうしてこの時間に……」

「どうしてこの時間にわたしが居るのかって聞きたいのですか?

 たまたま部活が休みだったからですよ。まだこの時期なら補講もありませんし」

 彼女はライフル部の部長をしていると言っていた。団体戦は振るわなかったものの、個人戦ではいい成績を収めていると聞いた。

「あと、わたしの駅の出口はこの車両から近いんですよ」

 普段の帰りは友達に合わせて別の車両に乗りますが。と、佐藤は付け加えて言った。

「その友達はどうしたんだ?」

 佐藤はその友達よりも自分を選んだのだろうか。

「今日は学校の近くで遊んでいくみたいです。わたしも誘われましたけど、人数が多いので断りました」

「ふうん。案外佐藤もそういう考えを持ってるんだな」

 佐藤なら、大人数でもそのグループの中心に居そうだ。彼女はそれだけの人格と、美貌がある。

「案外って。水瀬くんの中のわたしはどんなイメージなんですか?」

「典型的な優等生かな」

「優等生はお菓子で買収されて、過去問を横流ししませんよ?」

「そうかな?」

 小さな紙袋一つの菓子で買収される優等生は、それはそれで良いんじゃないかと思う。水瀬は心のなかで呟いた。直接口にするのは水瀬にとって恥ずかしかった。

 それから少しの沈黙の後、二人は朝のように特に大きな意味もない話をした。今朝過去問を受け取ったからか、半分ぐらいが定期テストの話だった。佐藤がまだテスト勉強をしていないのが意外だった。彼女は部活動停止期間になるまで勉強をしないらしい。二週間前から計画を立てて勉強をする水瀬とは対照的だった。

 水瀬は計画的に物事を進めたがる。そうでもしないと足場を見失いそうになるからだ。彼は佐藤との会話の裏で、あの会場にどう行くかを考えていた。

 気がつけば、列車は佐藤の最寄り駅の間近に迫っていた。ブレーキが掛かり、体の重心が傾く。そして、ブレーキの力が弱まったとき、佐藤は立ち上がり、ドアを目指して歩き出す。

 水瀬は「佐藤」と、彼女が別れの挨拶をする前に呼び止めた。「はい」と言って、佐藤が水瀬の方を向く。水瀬は言った。彼女を『共犯者』にするために。

「ちょっと、付き合ってくれないか」


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