第4話 タクトの失敗
ギラギラと空に浮かぶ天体を太陽と呼んでよいものかわからないが、その光源から届けられる陽の光が俺の身体を照らし出す。
日本では考えられない程にその存在を大きく空に誇示しているというのに、周囲の空気は心地良く俺の肌を滑っていく。日本の暑さなど忘れてしまいそうになる程、このエデンなる世界は随分と過ごしやすい気候を有しているようだ。
だというのに。
「ねぇ、タクトぉ。私、いい加減疲れたわ。もう三十分も歩いているじゃない。そろそろ一休憩挟みましょう」
このなんちゃってアドバイザーは、駄々に駄々を重ねていた。
「俺だって疲れてるんだ。自分勝手に休憩を入れようとするな。それにもう見えてきてるじゃないか。あの一際目立ってる建物だろ?『我が社』のニア支部ってのは」
「そうだけど、疲れたものは疲れたんだもの。見えてるとは言っても、まだ二キロくらいあるのよ。歩いてニ十分以上掛かるじゃない」
何言ってやがる。たった数百メートル歩いただけで疲れたって言い出すくせに。
俺がこの地にやって来たのは二日前。本来ならば、ニアの中心地にて宿に寝泊まりしながら、お見合いなりナンパなりして女作りに精進するのが正規のルートなのだろう。が、現在の俺たちはそんな悠長な状況にはいられなかった。
事の発端を紐解いていけば、俺がサラを妻にしたのがいけないという、サラの考えは否定できない。しかし、それで俺が日本に帰還できたのなら、サラも俺も解放されて問題は一切ないはずだ。サラの自由は少し失われるが。
だが、サラは日本に帰還の目処が立ち次第解放してやると言っても、わぁわぁ喚くばかり。どういうことか訳を尋ねると、こんな言葉が返されてきた。
『私はエデンの人間じゃないのよ!!私を娶ったって、タクトは日本に帰れないの!!』
そんなの知らんわ。
『でも、遺伝子レベルで同じ人類がいるって言ってたろ?なら、エデンを案内するとか吐かす地球人と全く同じ見目の生物を目にして、エデンの人間だと勘違いするのはしょうがないだろ』
そう返しても、喚き声は継続されたが。
その後、それなら一度『我が社』へ交渉に行こうと、こうして歩いて街外れの村からこれまた街外れにある『我が社』の村まで徒歩で向かって現在に至る。
「ねぇ、タクト。休憩がダメなら、おんぶしてよ。もうくたくたで足が死んでるの」
「死んでるなんて大袈裟だろ。まぁ、確かに二日間歩きっぱなしってのは、なかなかに苦行を強いてるとは思うけど……」
俺はその場にへたり込んだサラに手を差し出した。サラは弱々しくその手を掴む。
「おんぶは構わないが、ある程度進んだら自分で歩けよ?流石に、二キロの距離を人間一人おんぶしながら歩き続けるのはキツいからな」
「ん。ありがとう。さすがタクトね」
「さすが」と言われるほど、俺とお前の付き合いは長くないと思うんだが。
「まぁ、いいか」と呟きながらサラを背負うと、しっかりと女性特有の二つの出っ張りが俺の肩甲骨を通して主張してくる。
くそっ。別にそういう相手として意識していないというのに、身体が無我に反応してしまうのは釈然としない。
俺は意識を別に向けようと、サラへ気に掛かっていた質問をぶつけることにした。
「なぁ、昨日から聞こうと思って躊躇っていたんだけどさ、意外と街中を歩いている女性の割合少なくないか?」
この辺りが街の中心部から離れていることもあるのかもしれないが……。
サラの話からして、男女比が男一割に女九割ぐらいのレベルで、ハーレム作り放題な男のユートピア的世界なのかと思っていたのだが。
見たところ、男女比四、六くらいで僅かに女が上回っているようにしか思えない。
「何言ってるの、タクト。これでも多い方よ」
「………え?」
「ニアの中心部には本物の女性なんて一割くらいしかいないもの」
自然とサラを支えていた腕の力がスッと抜ける。足元から「いったぁ」とサラの声がした。
なんで女性を娶る為に転送される世界に女性がいないんだよ。
これなら、日本で婚活サービスに頼った方が早いぞ。
それと、聞きづてならないことが一つある。
「本物の女性?」
「………?それがどうかしたの?」
「いや、その言い方だと、まるで偽物の女性がいるみたいに聞こえるんだが……」
「いるわよ。人間の女性に化けたモンスターが」
な〜んだ。モンスターかぁ〜。
女装したゲイ集団でもいるのかと思ったよ〜。
「なんて納得する訳ないだろうが!!」
「い、痛いわよ!」
俺はサラの細い腕を握りしめて、声高に彼女へ迫った。
サラは一歩引いて身を縮める。
「わ、わるい……」
さすがにやりすぎたと、反省の色を顔色で表現しながら、俺はサラの「医者料として一万を要求するわ」をスルーする。というか、慰謝料のイントネーションが違った気がしたが、まぁいいか。
「で、一体どういうことだ?モンスターが人間の女性に化ける?そんな怖いことがこの世界では平然と起こっているのか?」
「そうよ。人間の女性に化けて、近づいてくる男性を襲うの」
なんだ、そのクソ恐ろしい化け物は。
「でも、襲われると言っても、精気を抜かれるだけらしいわよ。あいつらの栄養分は人間の雄の精気だけだから」
いや、精気だけでも十分脅威だからね。
この世界の男性は日々、そのモンスターに怯えながら生きているのか?
俺が少しおどおどした調子でそう尋ねると。
「いいえ、モンスターだってバカじゃないもの。きちんと入れてくれるかどうかを、その人から自然と漏れる精気の量で判断するのよ。しかも、相手の要望に合わせてキャラを使い分けるらしいから、敢えてモンスターにつかまりに行く人もいるし、モンスターと同居している人もざらにいるとの噂よ」
なに、その悲しい話。それがモテない男の末路というものか。
しかし、モンスターかぁ。初めて抱いた女が実は自分の好みに化けたモンスターでしたとか、罰ゲームですら有り得ないだろう。いや、そんな仕打ちを考えた奴がいたら、他人事でもぶっ飛ばしに行きたくなる。
サラの前に跪いて、俺はショックのあまり首を垂れる。というより、俯いて無我に出た表情を隠した。
想像しただけでも吐き気のするその話は、ショックというだけでなくシンプルに怖い。
モンスターどころか、そこらにいる野良猫ですら生態なんかわかりはしないのに、そんな得体の知れない奴らと一緒に過ごすなど恐怖の対象であって、興味の対象ではない。
「そうね。タクトは絶対そんなことしないでね。私との約束よ。わかった?」
「……あ、あぁ」
「気の無い返事で返さないでよ……」
「だって、その……」
ヤバイ、なんか急にここが異世界だっていうことを意識してきた。
恐怖で身震いとともに鳥肌が立つ。
そうだよな。ここは日本じゃないんだものな。憲法や法律で身の安全が保証されているわけじゃない。
俺の目が泳いでいたからか、それともいつまでも手を取って起こしてくれなかったからか、俺の不自然さを読み取ったサラが俺の手を掴んでもう片方の手を重ねてきた。
別に怯えてなんかいない、と強がりを言おうとしたが、声が出ない。顔を向けると、サラが優しい表情を浮かべていた。
「タクトは仮とはいえ、私の旦那さんになった訳でしょ。なら、もう少し気をしっかり持って。きちんと支えてくれる人じゃないと、私は身を任せられないわ。でも、安心して。私のために尽くしてくれる人を見捨てるような薄情な人間じゃないわ。いつでもそばにいるから」
唖然とする、というのはこの時サラに見せた俺の表情のようなものを言うのだろうな。
それくらい、俺は驚愕を隠せなかった。
恐怖を取り除こうと言ってくれたセリフなのだろうが、その意図とは違う形で恐怖はなくなった。
「………お前、サラだよな?」
「何を言っているのよ。私はこの世に一人だけ。偽物なんて存在しないわよ」
いや、別にそういうことを聞いてる訳じゃないんだが。
まぁ、いいか。
俺は惚れそうになったのを、首をブンブンと横に振って誤魔化した。
徹夜続きで流石に眠いです。今もかくかくしながら書いてます。
書き手だけに。
ではまた次回oaisma……