第2話 異世界召喚の初体験Ⅱ
「鈴木拓斗様。ようこそエデンへ。私は『我が社』で転送業務部、日本担当アドバイザーをしております、サラ・アリーナと申します。気軽にサラとでもお呼びください」
目の前に美人が立っていた。しかも、あの広告に載っていた女性だった。
俺は街道の脇に備え付けられたベンチに座りながら、辺りを見回す。
「急に見知らぬ土地に転送されて、あなたはさぞお困りのことでしょう。でも、ご安心を。私がこの世界であなたが何をすれば良いのか、しっかり案内いたしますので」
困ると言えば困っているが、何が困るかって何から聞くべきかわからないことだ。
まず、見知らぬ土地とは言えど、大して日本の草原風景と変わらない土地な訳で。きっとそこらを地元の電車が走っていても、違和感なく受け入れられると思う。
だから、俺はこう答えた。
「あの……、案内は要らないので、質問に答えてもらってもいいですか?」
「質問は常時受け付けておりますが、その……案内なしというのは、転送された方の案内が我が社の規定で必須となっておりますので、お引き受けできません」
いや、規定とか知らんけど。それに我が社の会社名をいい加減名乗ったらどうなんだ。
「そうですか。じゃあ、聞きますけど、先程から仰っているこの『エデン』って場所はいったいどこなんですか?見た感じ、日本のどこかなような印象ですけど」
「いえ、ここは日本ではありません。そもそも地球上の場所ですらありません。この世界は地球から遠く離れた土地です。地球の方々の言葉をお借りしますと、異世界と呼ばれる世界になります」
………………は?
今、こいつ何て言った?
「……異世界?異世界ってのは、あの異世界……ですか?」
「あのってのは存じ上げませんが、地球上にない世界と考えていただければ結構です」
地球上にない世界って何だ?別の惑星にでもある世界ってことなんだろうか。
そしたら、俺はワープでもして連れて来られてきたことになる。
もしや、これが世のラノベ界を足らしめている異世界転生と呼ばれるものなんだろうか。
でも、俺死んでないよな。スマホが突如光り出しただけで、気付いたらここにいたって感じだったし。
吐き気と疲労感と全身を圧迫されたような痛みが半端ないが。
俺はとりあえず気になることを片っ端から聞いてみることにした。
「この異世界ってのは地球とどのくらい離れている場所なんですか?」
「私共の見解ですと、太陽系と隣接する系に存在すると考えています」
なんと俺は太陽系すらも飛び越えた世界に来てしまったのか。
てっきり、火星か金星辺りにでも飛ばされたものと考えていたのだが。
「つまり、ここまで自分はワープしてきたってわけですか?」
「はい、その通りです」
やっぱり手段はそうなるのか。ならば魔法なんかもありな世界なんだろうか。
そうすると次に質問すべき事項は必然と定められてくる。
「この世界に連れて来られた目的って何ですか?自分は魔王でも倒しに行けばいいんですか?」
「確かに、この世界には魔王が存在しますが、魔王を倒してもらうためにこの世界に鈴木様を転送したわけではありません。我が社は日本の少子高齢化を対策するべく、鈴木様のような子どもを作るのが大変そうな方に出会いの場を設けることを主軸にして事業を展開しております。ですから、鈴木様にはこれから出会いを求めて、旅をしていただかなければなりません」
………何だって?
日本の少子高齢化を防ぐべく?
子づくりが大変そうな人材派遣?
伴侶づくりのための放浪の旅?
なんだよ、そりゃ。
「あの……、冗談を言っているわけではないのは何となくわかったんですけど、つまり自分はここでパートナーを見つけろってことですか?そもそも同じ人間が存在するかもわからない土地で?」
「その辺はご安心ください。遺伝子レベルでまったく同様な人類がこの地には存在していますので。そして、パートナーさえ見つけていただければ、日本に帰還していただいても構いません。それはこの世界の女性の間では周知のこととなっておりますから」
いや、そうは言われてもな。
モテるためにそういったサイトで検索をかけていた身とはいえ、そんなしょうもない理由で転送されたとあっては、なんかがっついているようで恥ずかしい。
まだ勇者として魔王を倒すべく召喚されただとか、英雄となってこの戦争で溢れる世界をお救い下さいなんて頼まれただとか、そういった恰好のいい役所で転送されたのなら、俺だって満更でもないのだ。
が、伴侶を見つけるためだけに別世界で生きろだなんて、ふざけてるとしか思えない。
よし、帰るか。
「自分のこの世界でのやるべきことってのはわかりましたけど、でもこの世界の常識も知りませんし、土地勘もないんで伴侶を見つけようにも見つけられないと思います。ですから、自分ではなくもっと相応しい方をお呼びしてください。自分はもう帰りますから」
「いえ、地球には鈴木様の奥様となられる相手方を見つけなければ帰ることはできませんよ」
今、こいつ何て言った?
俺は嫁を見つけなければ帰れない的なこと言ってなかったか?
「それはどういう……」
「鈴木様のこれから果たしていただくべきことは生涯の伴侶をこの地で見つけていただくことです。例え、この先何年何十年掛かっても、実行していただきます」
「自分に断る権利は………」
「ありません」
………嘘だろ。おい、嘘だろ。
辞退厳禁とか、なにその理不尽な言い分。
「………………………」
「…………………………」
「……………………………」
「あの……、鈴木様?」
「………嫌だ」
「はい?」
「嫌だって言っているんだよ」
俺が子供の駄々をこねるときのような口調でそう言うと、アドバイザーさんはキョトンとした表情を浮かべた。
「それはどうしてでしょうか?」
「どうしてもこうしてもねぇよ。生涯のパートナーを見つけろって?ふざけてるだろ。こんな常識も何もわからない土地で、これからどうしたらいいかもわからないってのに。聞いておくが、あんたは俺がもしこの地で何も大成できずに無様に死んでいったとして、地球にいる俺の家族や友人に対して責任が取れるのか?あいつらは俺がどこで何をしているのかわからないんだろ?生きているのか死んでいるのかもわからないんだ。そういうことを気にする性質ではないけどさ、少しは迷惑をかけた人たちがいるんだ。俺だってあいつらが心配だし、きっとあいつらも心配する」
「その辺もお気遣いなく。多少の心配はあるかと思いますが、時間軸が太陽系とはズレていますので、例えこの地で百年掛かって地球に帰還されても、あちらでは一年程しか経過していませんので。そして、大抵の方が二、三年で相手方を見つけられますから、こちらに滞在する時間は地球時間で換算すると、二週間程度となります」
時間軸がズレている、だって?
二週間ならまぁ……、一人暮らしだから大して問題はないか。
問題はないが……。
「問題は解決していないんだよ、それじゃ」
「どういう意味でしょうか?」
「はっきり言うぞ。俺はあんたの組織のサービスに一切興味がないんだよ。俺は早く日本に帰りたいんだ。生涯の伴侶……だっけ?そんなのもどうでもいいし、そっちで適当に見繕ってくれて構わないから。別に体裁でも構わないんだろ?あとは日本に帰る直前にお互いに気が変わりました、でいいじゃねぇか。俺はいい加減帰って寝たい。すげぇ、疲れた」
というか、しゃべり疲れた。
「そう言われましても、この後ニアの街に案内することになってまして、鈴木様のご要望通りにすることはできません」
ニアの街?こっちの地名か何かか?
まぁ、せっかく来たのだから色々見て回りたい気持ちはあるが、こいつらの手の平の上で踊らされそうだから、ここはきちんと主張しておいた方がいいだろう。
「いや、いらん、そんな案内。俺は早く帰らせて貰えればそれでいい。早く帰るのにそれが手っ取り早いってなら案内を頼むが、そうじゃないなら別に案内はいらない」
「先程も申し上げた通り案内は必ずさせていただきます。それに、案内を受けた方が日本に早く帰還できると思いますよ」
つまり、ニアとかいう街に行けば、すぐにでも伴侶ができるってことか。
「そうなのか。じゃあ、さっさと案内してくれ」
俺はそう言って外国人が手招きするような仕草で、彼女に早くしてくれと伝える。
彼女がこれから何をどうするのかわからないが、手続きだとかそういった時間の掛かる面倒そうなものがなければいいんだけどな。
「かしこまりました。では、それほどに時間が惜しいようですので、私の案内はニアに着くまでとさせていただきます。この場所からニアまでは約一キロ。すぐに着いてしまいますので、大まかな説明になりますがよろしいでしょうか?」
「あぁ、いいよ」
早く帰れるなら、何だっていい。
「では、この水晶に手を重ねてください」
「こうすればいいのか?」
「そうです。はい、着きましたよ」
「………え?」
水晶が一瞬光ったかと思うと、そこはもうすでに先程までいた街道沿いのベンチではなかった。
見上げると、『ニアへようこそ』の文字が彫られたアーチ型の金属門があった。
そして、驚きを後付けるように、若干の吐き気と全身圧迫を受けたような激痛が俺の身体を襲う。どこかで体感したことのあるような気がしたが、それはつい先の地球から転送されてきたときに感じた痛みと同じだったことを思い出した。
その時は驚きばかりで痛みなど全く気にならなかったのだが、今は吐き気のあまり手で口を覆いながら激痛を堪えることに必死だった。
少し経って痛みや吐き気が収まると、俺は彼女に言葉を発した。
「………なぁ、もう着いたのか?」
「はい、ここがニアになります。あと、こちらが願いを一つだけ叶えてくれるアイテムです。では、これにて」
「……え?は?おい、ちょっと待て」
どうして彼女はまたワープの水晶のようなものに手を翳そうとしているんだ?
ちょっと待ってくれ、……って、おい、行くな行くな。ちょっと待て!!
俺は今にもワープしてどこかに行こうとする彼女の手をとっさに掴んだ。
すると、俺はちょうど水晶に翳している手を掴んでしまったものだから、俺の手は彼女の手に重なる形になってしまった。
「………え?」
彼女のその驚いた声と同時に俺に届けられたものは、先程同様の吐き気と激痛だった。
彼らの丁寧口調は、ここまでですね。
サラがこれ以降ポンコツになっていきます。
やっぱりポンコツヒロインっていいよね、うん。