鬼喰む娘
午前零時、都市公園の中央広場。
全ての灯りが消え、ただ月明かりだけが照らす中、学生服姿の男女が何かと対峙していた。
「三狼、弓を!」
三狼と呼ばれた少年は背負い籠から弓と矢を取り出して少女に手渡す。
少女は素早く弓に矢をつがえ、なおやかな腕で引き絞る。
前方の闇にいるものは妖異である。
身の丈は巨大なヒグマほどであろうか。
虎のような体躯に顔はマシラのごとく、逆立つ頭髪はまるで炎のように赤い。
闇の中で炎のよう赤く光る双眸は少女を睨み付けている。
妖異が襲い掛かろうと跳躍したのと少女が矢を放ったのは同時であった。
空気を切り裂く音とともに、矢は狙い違わず化物の眉間に突き刺さり、衝撃音が響いた。
射抜かれた妖異は、まるで見えない壁にぶちあたったように垂直に地面に落ちて絶命する。
少女は視線を外すことなく妖異が完全に動かなくなるのを見届けた後、ゆっくりと弓を下げ、少年に渡す。
そして、ほっとため息をついた。
少年は終始無言で弓を受け取り、再び背負い籠に戻し、代わりに少女に鞄を手渡した。
少女は鞄の中からスマートフォンを取り出し、どこかに連絡をする。
「ええ、清掃課に連絡して。場所は・・・・。」
すべての用件が終わると、ようやく緊張を解き少女らしい笑顔で少年に話しかけた。
「鵺の処分はお役所がしてくれるとのことです。三狼、参りましょう。」
「はい、皐月様。」
西暦2035年、夜は再び奴らのものとなった。
文明開化と共に姿を消したはずの妖異たちが再び跋扈跳躍を始めた。
しかし、妖異が人を襲えば、それを狩るものもいた。
妖異の出現と共に鬼喰みの一族が再び動き出したのだ。
妖異の名は鵺、平安時代に宮中を騒がせた妖異である。
鵺を倒した少女の名前は”如月皐月”。
皐月は特殊な妖術を受け継ぐもの、戦闘時の名を殺鬼という。
如月一族の歴史は怪異に満ちている。
元は鬼姓を名乗っていたのだが、明治になり如月と文字を変えた。
始祖である鬼足高は絡新婦と武士との間に生まれた子という伝承がある。
人にして妖、妖にして人。
その能力を受け継ぐものは直系の女子だけであり、かつ平常の世ではその能力も現れない。
しかし、この令和の世に再び妖異が現れた時、一族に力を持つ女児が産まれた。
それが皐月である。
少女に影のように付き従う少年の名前は三狼。
皐月の妖力が目覚めた3歳より、彼女を守る為に共に育てられた衛士である。
彼は子供の時から皐月の盾であり、剣であった。
三狼は、自らの運命に対して疑問を抱いていない。
皐月を守るためであれば、彼は躊躇なく自分の命を投げ出すであろう。
1時間後、皐月は屋敷内の一室で和服姿の老婆とともに人を待っていた。
しばらくして襖が開き、スーツ姿の年配の男が秘書と共に入ってくる。
老婆と皐月は立ち上がり頭を軽く下げた。
「夜分、ご苦労様です。総理。」
総理と呼ばれた男は挨拶もそこそこに席につき、手を横にふる。
「いやいや、美彩姫殿。これより大事な用事などありません。鵺が出たと聞きましたが。」
「はい、つい今しがた。さつきが退治し、清掃課のほうに引き取られたかと。」
「ああ、その報告は先ほど受けました。それで、さらに悪いニュースなのですが。」
そういうと男は眉間にシワを寄せて言葉を続けた。
「鬼が目撃されたそうです。」
皐月の表情が一瞬変わったが、老婆は柔和な表情のまま応えた。
「妖異が現れれば、それを統べる鬼どもが現れるのは時間の問題でしょう。ところでなに鬼でしたでしょうか。」
「画像データを解析したところ、火鬼らしいのですが。」
秘書はタブレット端末を皐月達のほうに向けた。
遠距離から撮影した映像のようであるが、そこには赤い人型の妖異が写っていた。
秘書が説明をする。
「場所は京都府の大江山の山中です。現在、地元の住人3名行方不明となっております。福知山の駐屯地から清掃課が出動し、一帯は封鎖中ですが・・・・。」
老婆は少し首を傾けて、何やら考え事をしている様子であった。
暫くして口を開く。
「火鬼ですか、それは厄介な。」
そう言って横に座っている皐月を見る。
「いけますか?」
皐月は頷いた。
「草薙剣があればなんとか。確実にとまではいきませんが。」
総理は席をたちながら言った。
「わかりました。なんとかしましょう。」
総理が去った後、老婆は少年を呼んだ。
「三狼、いますか?」
中庭の方から声が響く。
「はい、ここに。」
「剣が届き次第、皐月と共に大江山にむかいなさい。」
「承知しました。」
朝、ふたりはいつも通り学校に向かった。
皐月は小さくあくびをする。
三狼が心配そうに彼女の顔を覗き込む。
「皐月様、今日はおやすみになられた方がよかったのでは。」
「心配ないですよ。あまり休んでばかりもいられませんし・・・。それにこれが最後になるかもしれません。」
そう言った後、皐月は咎めるように言った。
「それと”さつき様”、ではなく”さつきちゃん”でしょう。私たちはいとこ同士ということになっているのでした。」
少年は少し下を向きながら言った。
「なかなか、恥ずかしいものですが。気をつけます・・・、皐月ちゃん。」
少女は笑った。
「相変わらず慣れませんね。まあ、いいでしょう。」
教室に入り席に着くと、皐月の周りに友達が数人集まってきた。
「昨日また通り魔がでたんだって。」
「そうなの?」
「都市公園の近くで。皐月の家って近くだよね。気をつけないとダメだよ。」
「ありがと。でも私は三狼くんと一緒だから。」
女の子たちが一斉に後方の窓際の席に座っている三狼を見た。
三狼は無表情のまま教科書を鞄から取り出している。
「木内君と一緒かあ。いいなあ。で、前から疑問なんだけど、ふたりは付き合ってるの?」
皐月は少し俯いてはにかんだ笑顔を浮かべた。
「私たち、いとこ同士だし・・・・。」
「いとこ同士は結婚できるよ。」
「でも、小さい頃からずっと一緒だったし、そんな気持ち・・・・。」
「幼なじみかあ。いいなあ・・・・。わたしもあんな幼なじみ欲しい。」
「キスくらいしちゃえばいいのに。」
始業のチャイムが鳴り、少女達は席に戻って行った。
「キスか・・・・・。」
皐月は小さな声で呟いた。
3日後、正午。
皐月と三狼は自衛隊の厚木基地にいた。
そこで剣を受け取り、そのまま舞鶴までヘリで移動し、そこから陸路を使って夜間に大江山に入る。
麓の食堂であろうか、その駐車場にテントが設置されており、前線基地となっていた。
隊長らしき人物が二人を出迎える。
「洞窟はこの山道を1時間ほど登ったところにあります。この者たち4名が護衛として同行いたします。」
隊長はある程度事情を聞いているようだが、4名は何も聞かされていないようだ。
屈強な隊員達は皐月と三狼の姿を見て、不満そうな表情を浮かべていた。
自分はともかく、皐月に対する視線が三狼には気に入らなかった。
隊員たちとともに洞窟へと向かう。
鬼嶽稲荷神社から少し降ったところに”鬼の岩屋”があるが、目的地はさらにその先であった。
巨石の前で皐月は立ち止まり、言った。
「ここですね。」
さつきが呪文を唱えると石の中央部に空間が現れる。
隊員達は無言であったが、少し表情が変わった。
ようやく自分たちが尋常ではないものを相手にしていることに気づいたようだ。
皐月と三狼は目配せをして中に入ろうとする。
隊員の一人が言った。
「お待ちください。我々が先に参ります。」
皐月は厳しい表情で言う。
「皆様はここでお待ちいただいた方がよろしいかと思いますが。」
「いえ、そう言うわけには参りませんので。」
押し問答の末、とうとう皐月は根負けして彼らの同行を認めた。
「いいですね。危険を感じたらすぐに逃げてください。」
やつらは逃げないだろうな、と三狼は思った。
戦士とはそういうものだし、自分もそうだからだ。
特に皐月のような女性に言われて逃げるような奴は男ではない。
逆効果だ・・・。
三狼は苦笑した。
中に広がる野球場ほどの空間は瘴気に満ちていた。
隊員達が苦悶の表情を浮かべる。
皐月が草薙剣であたりを二度・三度と払うような仕草を見せると、瘴気が和らぐ。
前方から大きな声が響いた。
「お前らは何者だ?人間の匂いもするが我らと同じ匂いもする。」
隊員達が前方に出て銃を構えた。
その瞬間、赤い光が隊員達を襲った。
皐月と三狼はとっさに左右に飛んだが、隊員達は胴の部分から分断され崩れ落ちていく。
火鬼は玉座に座り、二人を見下ろしていた。
身の丈5mはあろうかと思われる体躯は朱色に染まっていた。
皐月と火鬼に剣を向ける。
「私は鬼喰みの娘、皐月。あなたはなぜ現れた?」
火鬼は豪快に笑った。
「それは儂が聞きたいわ。気がつけばここにおった。おる以上、人間を喰うのが儂のするべきことじゃ。」
その時、皐月は鬼の足元にまだ新しい人骨が転がっているのに気づいた。
「火鬼よ。可哀想ですがあなたをを殺さねばなりません。」
火鬼は豪快に笑った。
「面白いことを言う。半妖の娘よ。それに・・、はて奇妙な人間よのお。人ではあるが・・・。まあ良い。鬼喰みか人喰いか、いずれにしても食うか食われるかじゃ。」
鬼が立ち上がると、右手に赤い棍棒のようなものが実体化した。
鬼はそれを前方の二人に向けて伸ばした。
皐月は右へ、三狼は左へと跳躍しかわす。
直後に棍棒がて元のふたりのいた地面を抉る。
最初に皐月が火鬼の左胴へと斬り込む。
火鬼は巨体に似合わず敏捷に棍棒で受ける。
短剣を持った三狼が右胴から襲いかかるが火鬼はそれを右手で払いのけようとする。
三狼はそれをかわしながら胴に剣を突き刺し、すぐに離脱する。
皐月は棍棒を跳ね上げてそのまま火鬼の右腕を斬り落とす。
火鬼は残った左手に棍棒を実体化させ、三狼を弾き飛ばした。
そして、皐月に向けて口から炎を吐く。
皐月は危ういところでバク転でかわした。
「三狼、大丈夫ですか?」
皐月の心配そうな声が洞窟に響く。
三狼は身を起こし、皐月に言った。
「大丈夫、この程度ならまだ戦えます。」
右腕を失った火鬼は怒りに満ちた声で言った。
「そうか、その剣は我らが王、八岐大蛇が所有せし剣。そうとわかればなおさらひくわけにはいかんわ。」
火鬼は左手の棍棒を振り回しながら突進してくる。
皐月と三狼の剣は火鬼をとらえるが、捨身の火鬼に対し踏み込みが甘く致命傷にならない。
「三狼、私に力をください。」
皐月が叫んだ。
その声を聞いた三狼は火鬼の攻撃をかいくぐり、皐月の前に立つ。
火鬼は、息をきらせながらも不敵に笑った。
「我が身を犠牲にしてその女を守るか。良い心がけじゃが儂には好都合じゃ。二人まとめて殺してやろう。」
三郎は叫ぶ。
「皐月様はお前ごときに敗れるようなお方ではない。この俺が命にかえてもお守りしてみせるわ。」
そして、皐月にうながす。
「さ、皐月様。はやく力をお吸いなさい。」
皐月は背後から三狼に抱きつき、首筋にそっと口づけをする。
三狼の身体が二度・三度痙攣したかと思うと徐々に力が抜け膝から崩れ落ちた。
皐月は三狼を優しく抱き抱えて壁際に横たえる。
そして、振り向き火鬼に対峙する。
その姿は皐月ではあるが、もっと神々しいものと変化している。
黒髪は赤く染まり、全身が光暈に包まれている。
火鬼は気迫におされ、あとずさりしていく。
皐月の持つ剣はまるでマグマのように赤く光っている。
「お前の力は人間のものではない。それは鬼の力・・・・。」
「私が誰なのか、私は知らないし関係ない。ただ、あなたを斬ることが私の役目。」
そう言って皐月は赤く輝く草薙剣を火鬼の脳天に振り下ろした。
避ける間もなく火鬼は両断された。
夜が開けようとしていた。東の空が徐々に明るくなってきている。
三狼は気がつくと自分が皐月の膝の上に頭をのせ、横たわっていることに気づいた。
急いで身を起こそうとするが身体が動かない。
「しばらくじっとしていて。今、あなたの力を返しますから。」
徐々に皐月の顔が近づき、三狼の唇に皐月の柔らかい唇が触れた。
しばらくすると、三狼の中に力が戻ってきた。
急いで身を起こし、真っ赤になって頭を下げる。
「皐月様、もう大丈夫です。ありがとうございました。」
皐月はにっこりと微笑む。
「礼を言うのはわたしのほうですよ、三狼くん。おかげで火鬼を退治できました。」
「それで、あの・・・・、先ほどはなぜ首筋ではなく。」
「ああ、あれですね。首筋を噛むよりより効率が良いと教わりまして。ダメでしたか?」
「い、いやダメではないんですが・・・、その。」
慌てる三郎を見ながら皐月は後ろを振り向き、小さな声で呟いた。
「嘘ですけどね。」
この小説は書いててしんどくなってきたので途中で一旦切りました。
短編じゃ難しいけど、恋来にすると中途半端になってしまいそうで。
もうちょっとダークよりなヒロインにするつもりだったのですけどね。
絡新婦の話は前日譚として書きたいなと思っています。