悪役令嬢は目をつけた
今日も私は憂鬱な気分で一日を過ごすことになるのかと落胆しておりました。ここ最近はご自分の身分に対して、あまりにも無頓着な言動をなさる方々の後処理のようなことをさせられる毎日でした。
はじめの頃は人目を気にする余裕もあったようですが、この二日ほど前から、人目を気にすることが無くなったようです。恋は盲目と聞きますが、ご自分の立場というものを忘れないで頂きたいものです。
この国の王位継承権第一位の御方であるフレデリク様は男爵令嬢であるアネットさんをご寵愛のご様子。人目をはばからず仲睦まじい様を見せつけられるのは正直に言って迷惑でしかありません。
私個人としてはお二人の仲について特に思うことは無いのですが、周りの方々の気遣いのお言葉や不躾な視線に辟易としております。
極めつけは、殿下の側近の方々までもがアネットさんをご寵愛なされていることです。殿下と同じく当初こそは隠したり誤魔化したりされていたようですが、今では殿下と競い合うように人目をはばからぬ有り様です。
はあ……。その影響はすぐさま私の周りに波及していきました。主に殿下の側近方とご婚約なされているご令嬢方に。彼女らはこぞって私に駆け寄り、どうにかして欲しいとおっしゃいます。
……お気持ちはわかります。私は殿下の婚約者です。未来の正妃とされている立場にあります。それに筆頭貴族の公爵家の娘でもあります。……ですが、私に言われてもどうしようもありません!
元々お互いに特別な感情など持ち合わせておりませんし、お互いの義務感のみで成り立っていた関係でしかありません。事務的な会話しか交わしたこともなく、最近は挨拶の際に目すら合わせようともなさりません。
ご令嬢の方々は話を聞いてもらえないと涙ながらに訴えて来られましたが、私も話を聞いてもらうどころか会うことすら叶いませんのに……。
はあ……。確かに目に余る行動です。ご令嬢方を慰めながら、それとなく突き上げをかわすのにも疲れてまいりました。そろそろ諫言申し上げなくてはと図書室に参りますと、男子学生のお二人の会話が耳に入りました。
「なあ、なんで殿下は男爵令嬢とイチャついているんだ? 確か婚約者は公爵令嬢だっただろ」
本棚を挟んだ反対側の席に座るお二人は、殿下方についてお話ししている様子でした。そういえば男性の方の意見を聞いたことが無かったと思い、不躾とは思いつつ聞き耳を立てることにいたしました。
どうやら体調を崩された方が、休まれていた間に起きた変化についてご友人に尋ねられたようです。しかし話を聞き続けていると、段々と不穏な方向へと変わっていきました。
内戦……。確かに伝え聞く殿下の婚約破棄のご意向が父の耳に入った場合、あり得ない話ではありません。この学園の職員や使用人たちは王家の管轄下に置かれてはおりますが、それなりに力のある家ならば手の者を入り込ませているでしょう。
いくら王家に対して忠の篤い者が漏洩を防ごうとしても、漏れ伝わるのは時間の問題でしょう。特にここで話をされているお二人の片割れはベクレール家のご子息。ベクレール家は腕利きの諜報集団を抱えていると父から聞いたことがあります。貧しい領地にも関わらず没落する気配が無いのは、そこに秘密があるからとか……。
「「はぁ」」
あら、いけません。自問をしている間にお二人の間で結論が出たようです。このまま逃がしては事が大きくなってしまいそうです。予定とは違いますが、急いで確保しなくては!
……何とかベクレール家子息のエリクさんを確保できました。ソラル家の方は、放っておいても大丈夫でしょう。検閲で止められるはずです。
サロンに着いた私はとりあえず学園に雇われている給仕にお茶を頼みました。しかし、いつものように味わう事ができません。勢いで行動したために、どうしたらいいのかもわかりません。
対するエリクさんは悠然と構えていらっしゃいます。ご本人が言っていらした通りに粗こそありますが、見ていて見苦しいような点はありません。ご三男ということでそこまで厳しく躾られていらっしゃらないのでしょう。
「エリクさんはこの後どうすべきとお考えですか?」
お茶を共にするためにお誘いした訳ではありません。我ながら漠然とした質問とは思いますが、こちらから話を進めるのが筋というものでしょう。
「そうですね、まずは包囲網を形成するべきです。数は力ですからね。幸いにも公爵家にお味方するであろう家には当てがございましょう? そこからさらに縁戚などを頼りに数を増やしていけば短期での決着も叶うでしょう」
は?
「我が国、特に公爵領と隣接する相手がこの隙を見逃すとは考えられません。なので短期での決着を目指すべきです。野戦で王家側の軍を殲滅してからの王都攻略戦が理想ですが、公爵家側の軍も他家連合なので危険ですね。数が少なくなるのを許容して電撃的に王都を包囲すべきでしょう」
えっ、ちょ。
「その場合は籠城側の戦力を削れていないので、攻囲側に数が必要です。そこで内側から門を開けさせるように動くべきでしょう。家の者を使えば比較的楽かと思いますが、父を動かすのは公爵閣下に頑張ってもらうしかありません」
は、はわっ。
「その間にもお味方を増やす努力を怠ってはいけません。攻囲している側が一見有利に見えますので、そこまで難しくないでしょう。問題は電撃的に王都を包囲することに失敗した場合ですが」
「ちょっと待ってっ!」
私が突然大きな声を出したからでしょうか、エリクさんは話すのをやめてくださいました。微動だにせず、私の目を見て話し出すのを待ってくれていることに好感が持てます。
壁際に控えていた使用人たちがこちらに近寄ろうとしてきましたが、大丈夫だからと元の位置に戻るように促します。……彼らは王家の諜報員でもありますからね、エリクさんも声をひそめて話してくださっていましたし。
「私は争いを望んでいる訳ではありません。貴方方の話を聞いて、それを回避しなければと考えています」
国内で争いが起きて一番被害を受けるのは、我が公爵領でしょう。エリクさんの言うとおり隣国の軍が侵攻してくるのはほぼ間違いないはずです。
「なので貴方にも不用意に触れ回ってもらいたくないのです」
先ほどの体勢からやおら動き出すと、何かを考え始めたようです。……どうなんでしょうか、エリクさんは私の意を汲んでくださるでしょうか。
「なるほど、クリステル様の考えはわかりました」
何やら難しそうな顔で、絞り出すように声をお出しになられました。……相当に困難なことなのでしょう。私には何か有益な考えなど思い付きません。
「父に相談してみます。私では駒が足りませんが、父ならどうにかなるかもしれません」
何か光明が見えたのでしょうか、先ほどと違い目が曇っていません。どこか遠くを見るような目を見て、私は少し悲しい気持ちになってしまいました。
「ああ、ご心配無く。父も私も民を不幸にすることを望んではいません。我が領は貧しい土地ゆえに民と手を取り合いやってきました。同じ王国に住まう者として、他領の者にも不必要な不幸など与えぬように尽力いたします」
エリクさんは優しげに、目を合わせながら微笑んでくださいます。私の心の機微を感じ取り、安心させようとしてくださったのでしょう……。
「ですので、どうかそのようなお顔をなさらないでください」
私が顔を俯けていたからでしょうか、エリクさんはわざわざ私の足元まで来て、膝をついてまで顔を合わせてくださいます。私が思わず手をエリクさんの方へと伸ばすと、その手を取り。
「ご安心を、貴女の御心のままに」
わ、私は何をしているのでしょうかっ、不用意に殿方にすがるような真似をっ!
「それでは失礼いたします」
「あ、はい……」
そう言ってエリクさんは退室していきました。ど、どうしましょうっ、顔がとても熱いですっ、赤くなった顔を見られたでしょうか!?
変だったら優しく教えてください。
作者の心はそんなに強くありません。
こっち方面で良かったかもよかったら教えてください。